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間倉山周回(関山坂下から879メートルピーク経由)
日程 | 日帰り 5.3 時間 往復/周回ルート |
---|---|
エリア | 蔵王・面白山・船形山 |
ジャンル | 積雪期ピークハント/縦走 |
技術レベル | 5/5 ※技術レベルの目安 |
体力レベル | 3/5 ※体力レベルの目安 |
見どころ | 温泉あり 眺望あり 紅葉あり |
距離/時間
[注意] |
水平移動距離: 4.2km
最高点の標高: 957m 最低点の標高: 566m 累積標高(登り): 603m 累積標高(下り): 608m |
アクセス |
車・バイク |
コースタイム | 坂下口 ---(115分)--- 間倉山南尾根上のピーク ---(60分)--- 間倉山 ---(145分)--- 坂下口 |
ルート説明:
仙台から山形に向かう国道48号に沿って車を走らせると、作並温泉あたりから左右に山並みが迫り、新緑、紅葉、ほとばしる清流、そして雪景色と、四季にわたって美しい景観に心が浮き立つ。ところがこの山々にはトレッキングルートが無く、地図を見ても山名も見当たらない言わば空白地帯なのである。行ったことの無い山が近場では少なくなってきた私の中では、この空白地帯が次第に気になる存在となっていった。そんな折、この謎めいた?山域に私が入り込むきっかけとなる記事をウェブ上に見出したのだ。それはまたしてもsoneさんのブログで、件の謎の山々はその昔大倉五岳と称されたとある。その五岳は、最高峰の大富山を筆頭に、高倉山、深沢山(小綱取)、綱取山(大綱取)、間倉山からなるそうだ(いずれも現在の名)。ひとたびこうして「問題提起」がなされると、同じようにこの辺りが気になっていたヤブ山フリークの皆さんがブログや宮城里山文庫で取り上げ始めることとなる。それらの記事を参考に、この2年くらいの間に私も4座を踏破し、あとは間倉山が残るのみとなっていた。間倉山は、48号線関山トンネル宮城側入口から県境尾根の寒風山ルートを辿り、コブの背の手前から道のない尾根を南東に辿れば一投足の位置にある。なので、簡単にこなせる筈であった。昨年の秋遅く、藪ガレ後を狙ってコブの背の稜線から「いざ」とばかりに踏み込んだのだったが、その篠竹ヤブの壮絶さにわずか10分そこそこで撤退を決めた。これは、雪の積もっている時しかない、ということで、今年3月12日に別ルートで再アタックを試みた。この時は、その後見つけたマロ7さんの記事に従って、国道48号の小綱取林道入口から尾根筋(間倉山南尾根と仮称する)をまっすぐ北上する計画であった。ところが、例年になく春先に雪が降り続いたせいで、未だに降りたてでもあるかのように沈む雪の急斜面に悪戦苦闘し、何ヶ所か取り付き点を代えてトライしたものの、またも敗退した。
そして4月16日、今日を逃せばもう残雪を頼っての登高は難しくなるであろう、最後のチャンスであった。今回は、かねてから目を付けていた間倉山南尾根の中間点、879メートルピークから関山トンネル宮城側入口に向かって伸びる急峻な尾根にルートをとることにした。この尾根を辿った記録は皆無であり、不安は拭えないが、雪の状態は「行けそう」なのであった。8時15分、トンネル入口の駐車場を出発、まずは目の前の沢の向こう側に行かねばならないが、折からの融雪で増水している。見回すと、沢はすぐ下流側で48号の下をくぐって道路の反対側に行ってしまっており、要するに全く徒渉せずに対岸に渡れるのであった。沢の左岸に沿って上流に向い、雪に乗って最初の堰堤を軽く通過、水線に沿ってへつるように上ってもう一つの堰堤も楽々通過する。この先、沢は右に曲がりすぐに二又(小さな枝を入れると三つ又)となっている。
我々はこの堰堤真横から右手の小尾根に取り付く。取り付きは非常に急である。幸い、雪溜まりが随所にあってこれに乗りながら細木の枝を掴んで何とか登る。左手は谷に向かってえぐれており、注意しながらひたすら登っていくと、やがて周囲はアスナロの樹林となって、幾分、傾斜が緩んでくる。標高が上がると、背後には関山峠の尾根とその向こう側には山形県側の山々が望まれるようになる。左側には、谷を隔ててコブの背の南のピークと間倉山とが、背丈を競っている。右に目を転じると、面白山が矢尽の急斜面を伴って白銀に輝いていた。その東に、寝そべるウシのように大きな山容で望まれるのは、数年前登頂に成功した新川岳である。さらに、新川岳と面白山の隙間から、大東岳が重量感あるその姿を覗かせている。ここまでくると滑落の恐れはもはやなくなったが、今度はアスナロの下生えのジャングルに進路を阻まれる。やだなー、と周囲を見回すと、尾根の北側にはそこここに雪面が張り付いているではないか。これを飛び移るようにして、ハイマツよろしく枝を張ったアスナロの下生え地帯を回避しつつ上を目指す。まだ雪が融けて間が無いのであろう。露地に生えたイワウチワは蕾のままで、一輪たりとも咲いてはいなかった。そうこうするうちにアスナロ林からブナ林へと樹相が代わり、下生えもまばらな明るい尾根となった。動物たちにもこちらのほうがいい環境であることは、獣道と彼らの糞が証明している。やがて左が谷に向かって切れ落ちたキレット状のやせ尾根地点を通過する。これを越えると尾根型は不明確となって丈の低い笹が目立つようになる。どうやら主稜線直下に来たらしい。一気にてっぺんを目指してダッシュし、主稜線に飛び出す。10時10分、879メートルピーク到着である。
眼前には小綱取沢を隔てて右から深沢山、綱取山、大富山が連なり、さらに左奥には、後白髪山がひときわ白い山肌を覗かせている。ヤブ深い稜線の西側は轟々と恐ろしげな音を立てて猛烈な風が吹き付けている。稜線の東側はうってかわって穏やかな陽の光がさんさんと降り注ぐ。足元の巨大な雪庇の崩壊を恐れつつも、ぽかぽかの太陽のもと雪庇のすぐ上の木の枝に腰を下ろして、早めの昼食をとる。kinuasaが握ったおにぎりをasakinuがみそをつけて焼いた焼きおにぎりである。このルートを帰路再びとる可能性も想定して、ピークからの下降点を示す短冊布を二本ほど木の枝にぶら下げた。10時40分、ピークを後にし、主稜線を北に辿る。ヤブに覆われているが、かすかな獣道を利用する。右下の谷底には3月に偵察した小綱取沢添いの林道が走っているのであり、あの時見定めた小尾根はこれだな、とか、遠く上方に白く輝いて見えたあの尾根に今いるんだね、などと話しながら歩を進めれば、あっという間に間倉山直下の鞍部に到着した(11時10分)。ここから間倉山側は、完全に雪に埋まっているので、アイゼンを装着することにする。間倉山に取り付いて急な斜面を登ると、やがて左背後に面白山を再び目にすることとなる。これまでの青く透き通った空に代わって、灰色の雲が上空に広がり、山形方向からは雷鳴が轟いて何やら怪しい天気となった。それでも、右前方に広がる後白髪山の辺りは青空の支配が続き、そのきらめきに励まされながら、急な雪面を頂上目指し登る。今日は季節外れの高温の予想で、多分この山中ですら、すでに20℃を越えている。おかげで雪は緩んでおり、アイゼンを着けていても滑る状態である。
11時40分、間倉山山頂に達する。2年前にマロ7さん、おっ家内さんが苅り払いして下さったおかげで、そこだけ雪が消えた山頂の、三等三角点はすぐに見つかった。天気も持ち直してきたようだ。だが油断せず、10分後には歩き始める。指呼の距離にあるコブの背南のピークに向かって歩を進めると、右手彼方に、今日初めて船形山がその勇姿を顕した。なぜかこの時期、船形山の山頂付近からは雪が消える。それがアクセントになって存在感はますます大きい。船形山の左には、楠峰の三角形と、白髪山の等脚台形が仲良く並んでいる。南のピークからコブの背に向かって稜線を辿ると、後白髪山、船形山、仙台カゴ、楠峰、これらの山々が雪の装いをまとって、遮るもののない大スペクトルで眼前に展開する。積雪期に登る者だけが味わうことのできる醍醐味である。この稜線のコブの背寄りのところでは、雪庇の大きな亀裂が今にも崩壊しそうな形勢であり、近づけない。左に山腹を巻くように進むと、雪の融けたところに夏道が顔を出していた。そこでこれを辿って関山トンネル迄戻ろうと考えたが、夏道はすぐに雪に再び没し、どこにあるのか全く見当もつかない。そこで再び南のピークに踵を返し、そこから雪の斜面を南に下降することとした。ピーク直下は尾根型がはっきりしない上に眺望が利かず、どっちに降りていいのやら。幸い、天気がよくなっていたので、ほぼ南中の太陽を指針に下降を始める。やがて尾根が形をとり始め、眼下には、白線を引くかのように雪庇の続く関山峠への稜線が真正面に現れて、正しい方角に降りていることがわかった。雪の消えた藪の中をひたすら下っていくと、眼前に夏道があった。夏道は崩壊しつつある雪庇の中に潜り込んでおり、とても使えないので、あくまで尾根をまっすぐヤブを払いつつ下降していく。この冬は雪が少ないと思ったが、一方で積雪の消えるのは例年より遅くなっているのがわかる。4月半ばになっても雪庇がこの稜線に沿って切れ間なく続くのは、珍しいと思う。
やがて、関山との鞍部に達し、ここから夏道を関山トンネル入口に向かう。一日を通してほとんど道のないところを歩いてきたが、今日の山行で一番心配だった場所は、実はここからトンネル入口までの夏道なのである。道は斜面をトラバースするように切られていて、最後は谷沿いである。春先は雪の崩落によって道が削り取られ、倒木や岩が押し出されて厄介な状態になりがちだからである。今回は駐車場のすぐ手前まで雪が残り、雪を踏んでの下山となった。ジグザクの下りでは、正面の谷向こうに、今日登った尾根が見えている。こちらから見るととても登れそうにない急峻な尾根だ。最後の谷に降りるところで、今春初のキクザキイチゲが、日陰にもめげずに明るく花を開いていたのが印象的であった。14時5分、駐車場に帰着した。
トンネル入口から一気に間倉山南尾根中間点の879メートルピークを目指すことで、時間と労力の節約をしたつもりだったが、蓋を開けてみれば南尾根末端から登ったマロ7さんのタイムとまるで差がなく、マロ7さんたちの快足ぶりにただ脱帽するばかりである。
そして4月16日、今日を逃せばもう残雪を頼っての登高は難しくなるであろう、最後のチャンスであった。今回は、かねてから目を付けていた間倉山南尾根の中間点、879メートルピークから関山トンネル宮城側入口に向かって伸びる急峻な尾根にルートをとることにした。この尾根を辿った記録は皆無であり、不安は拭えないが、雪の状態は「行けそう」なのであった。8時15分、トンネル入口の駐車場を出発、まずは目の前の沢の向こう側に行かねばならないが、折からの融雪で増水している。見回すと、沢はすぐ下流側で48号の下をくぐって道路の反対側に行ってしまっており、要するに全く徒渉せずに対岸に渡れるのであった。沢の左岸に沿って上流に向い、雪に乗って最初の堰堤を軽く通過、水線に沿ってへつるように上ってもう一つの堰堤も楽々通過する。この先、沢は右に曲がりすぐに二又(小さな枝を入れると三つ又)となっている。
我々はこの堰堤真横から右手の小尾根に取り付く。取り付きは非常に急である。幸い、雪溜まりが随所にあってこれに乗りながら細木の枝を掴んで何とか登る。左手は谷に向かってえぐれており、注意しながらひたすら登っていくと、やがて周囲はアスナロの樹林となって、幾分、傾斜が緩んでくる。標高が上がると、背後には関山峠の尾根とその向こう側には山形県側の山々が望まれるようになる。左側には、谷を隔ててコブの背の南のピークと間倉山とが、背丈を競っている。右に目を転じると、面白山が矢尽の急斜面を伴って白銀に輝いていた。その東に、寝そべるウシのように大きな山容で望まれるのは、数年前登頂に成功した新川岳である。さらに、新川岳と面白山の隙間から、大東岳が重量感あるその姿を覗かせている。ここまでくると滑落の恐れはもはやなくなったが、今度はアスナロの下生えのジャングルに進路を阻まれる。やだなー、と周囲を見回すと、尾根の北側にはそこここに雪面が張り付いているではないか。これを飛び移るようにして、ハイマツよろしく枝を張ったアスナロの下生え地帯を回避しつつ上を目指す。まだ雪が融けて間が無いのであろう。露地に生えたイワウチワは蕾のままで、一輪たりとも咲いてはいなかった。そうこうするうちにアスナロ林からブナ林へと樹相が代わり、下生えもまばらな明るい尾根となった。動物たちにもこちらのほうがいい環境であることは、獣道と彼らの糞が証明している。やがて左が谷に向かって切れ落ちたキレット状のやせ尾根地点を通過する。これを越えると尾根型は不明確となって丈の低い笹が目立つようになる。どうやら主稜線直下に来たらしい。一気にてっぺんを目指してダッシュし、主稜線に飛び出す。10時10分、879メートルピーク到着である。
眼前には小綱取沢を隔てて右から深沢山、綱取山、大富山が連なり、さらに左奥には、後白髪山がひときわ白い山肌を覗かせている。ヤブ深い稜線の西側は轟々と恐ろしげな音を立てて猛烈な風が吹き付けている。稜線の東側はうってかわって穏やかな陽の光がさんさんと降り注ぐ。足元の巨大な雪庇の崩壊を恐れつつも、ぽかぽかの太陽のもと雪庇のすぐ上の木の枝に腰を下ろして、早めの昼食をとる。kinuasaが握ったおにぎりをasakinuがみそをつけて焼いた焼きおにぎりである。このルートを帰路再びとる可能性も想定して、ピークからの下降点を示す短冊布を二本ほど木の枝にぶら下げた。10時40分、ピークを後にし、主稜線を北に辿る。ヤブに覆われているが、かすかな獣道を利用する。右下の谷底には3月に偵察した小綱取沢添いの林道が走っているのであり、あの時見定めた小尾根はこれだな、とか、遠く上方に白く輝いて見えたあの尾根に今いるんだね、などと話しながら歩を進めれば、あっという間に間倉山直下の鞍部に到着した(11時10分)。ここから間倉山側は、完全に雪に埋まっているので、アイゼンを装着することにする。間倉山に取り付いて急な斜面を登ると、やがて左背後に面白山を再び目にすることとなる。これまでの青く透き通った空に代わって、灰色の雲が上空に広がり、山形方向からは雷鳴が轟いて何やら怪しい天気となった。それでも、右前方に広がる後白髪山の辺りは青空の支配が続き、そのきらめきに励まされながら、急な雪面を頂上目指し登る。今日は季節外れの高温の予想で、多分この山中ですら、すでに20℃を越えている。おかげで雪は緩んでおり、アイゼンを着けていても滑る状態である。
11時40分、間倉山山頂に達する。2年前にマロ7さん、おっ家内さんが苅り払いして下さったおかげで、そこだけ雪が消えた山頂の、三等三角点はすぐに見つかった。天気も持ち直してきたようだ。だが油断せず、10分後には歩き始める。指呼の距離にあるコブの背南のピークに向かって歩を進めると、右手彼方に、今日初めて船形山がその勇姿を顕した。なぜかこの時期、船形山の山頂付近からは雪が消える。それがアクセントになって存在感はますます大きい。船形山の左には、楠峰の三角形と、白髪山の等脚台形が仲良く並んでいる。南のピークからコブの背に向かって稜線を辿ると、後白髪山、船形山、仙台カゴ、楠峰、これらの山々が雪の装いをまとって、遮るもののない大スペクトルで眼前に展開する。積雪期に登る者だけが味わうことのできる醍醐味である。この稜線のコブの背寄りのところでは、雪庇の大きな亀裂が今にも崩壊しそうな形勢であり、近づけない。左に山腹を巻くように進むと、雪の融けたところに夏道が顔を出していた。そこでこれを辿って関山トンネル迄戻ろうと考えたが、夏道はすぐに雪に再び没し、どこにあるのか全く見当もつかない。そこで再び南のピークに踵を返し、そこから雪の斜面を南に下降することとした。ピーク直下は尾根型がはっきりしない上に眺望が利かず、どっちに降りていいのやら。幸い、天気がよくなっていたので、ほぼ南中の太陽を指針に下降を始める。やがて尾根が形をとり始め、眼下には、白線を引くかのように雪庇の続く関山峠への稜線が真正面に現れて、正しい方角に降りていることがわかった。雪の消えた藪の中をひたすら下っていくと、眼前に夏道があった。夏道は崩壊しつつある雪庇の中に潜り込んでおり、とても使えないので、あくまで尾根をまっすぐヤブを払いつつ下降していく。この冬は雪が少ないと思ったが、一方で積雪の消えるのは例年より遅くなっているのがわかる。4月半ばになっても雪庇がこの稜線に沿って切れ間なく続くのは、珍しいと思う。
やがて、関山との鞍部に達し、ここから夏道を関山トンネル入口に向かう。一日を通してほとんど道のないところを歩いてきたが、今日の山行で一番心配だった場所は、実はここからトンネル入口までの夏道なのである。道は斜面をトラバースするように切られていて、最後は谷沿いである。春先は雪の崩落によって道が削り取られ、倒木や岩が押し出されて厄介な状態になりがちだからである。今回は駐車場のすぐ手前まで雪が残り、雪を踏んでの下山となった。ジグザクの下りでは、正面の谷向こうに、今日登った尾根が見えている。こちらから見るととても登れそうにない急峻な尾根だ。最後の谷に降りるところで、今春初のキクザキイチゲが、日陰にもめげずに明るく花を開いていたのが印象的であった。14時5分、駐車場に帰着した。
トンネル入口から一気に間倉山南尾根中間点の879メートルピークを目指すことで、時間と労力の節約をしたつもりだったが、蓋を開けてみれば南尾根末端から登ったマロ7さんのタイムとまるで差がなく、マロ7さんたちの快足ぶりにただ脱帽するばかりである。
ルート詳細
879メートルピークから西に派生する急峻な尾根に取り付き、登りきる。道なし。
道なし。
道なし。
4.
コブの背の南のピーク
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