6/5は名護岳へ。地味な色合いだけどすんごい模様のオオトモエ。
7
6/5 8:36
6/5は名護岳へ。地味な色合いだけどすんごい模様のオオトモエ。
ギョクシンカ(玉心花)。
8
6/5 9:15
ギョクシンカ(玉心花)。
リュウキュウサンショウクイ?飛ぶときにピリリと鳴くので探しやすい鳥さん。
6
6/5 14:09
リュウキュウサンショウクイ?飛ぶときにピリリと鳴くので探しやすい鳥さん。
そしてここからがレコの始まり。沖縄は梅雨明けしめっちゃ暑いです。久しぶりにモノレールに乗ります。
6
6/21 7:13
そしてここからがレコの始まり。沖縄は梅雨明けしめっちゃ暑いです。久しぶりにモノレールに乗ります。
初乗り運賃230円。高っつ!でも那覇空港までは370円で行けます。空港駐車場は空きを探すのに結構苦労します。
5
6/21 7:16
初乗り運賃230円。高っつ!でも那覇空港までは370円で行けます。空港駐車場は空きを探すのに結構苦労します。
沖縄北部まで延伸計画はあるけど私が死ぬまでに出来上がるのかな?
4
6/21 7:22
沖縄北部まで延伸計画はあるけど私が死ぬまでに出来上がるのかな?
久しぶり切符を買ったら改札で切符を入れる箇所がない!
なんとタッチ方式に変わっていました。いつの間にこんなことに?
5
6/21 7:29
久しぶり切符を買ったら改札で切符を入れる箇所がない!
なんとタッチ方式に変わっていました。いつの間にこんなことに?
首里駅で降りました。首里公園まで石畳風の歩道で分かりやすいです。
4
6/21 7:37
首里駅で降りました。首里公園まで石畳風の歩道で分かりやすいです。
首里公園内。一周歩くだけでも結構いい運動になりそう。
4
6/21 7:40
首里公園内。一周歩くだけでも結構いい運動になりそう。
余りに高い湿度でカメラのレンズが曇ります、沖縄あるある。
5
6/21 7:41
余りに高い湿度でカメラのレンズが曇ります、沖縄あるある。
ちょっと遠いけどオオゴマダラ。
7
6/21 7:47
ちょっと遠いけどオオゴマダラ。
この古めかしい門から中頭方西海道の始まりです。
6
6/21 7:54
この古めかしい門から中頭方西海道の始まりです。
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は世界遺産に登録されています。
4
6/21 7:54
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)は世界遺産に登録されています。
守礼の門は後姿だけ。
9
6/21 7:54
守礼の門は後姿だけ。
歓会門の後ろの建物内で首里城の修復を進めています。2026年に完成予定。
6
6/21 7:55
歓会門の後ろの建物内で首里城の修復を進めています。2026年に完成予定。
今日は首里城には入りません。浦添城跡を目指しましょう。
8
6/21 7:56
今日は首里城には入りません。浦添城跡を目指しましょう。
公園内の池にはバリケンいっぱい。
7
6/21 7:58
公園内の池にはバリケンいっぱい。
押すなよ〜。
8
6/21 7:59
押すなよ〜。
龍潭(りゅうたん)と呼ばれる池。王国時代はここに爬龍船を浮かべ競漕を行っていたそう。沖縄では今でも海で爬龍船競漕をするハーリーと言う行事が残っています。
4
6/21 7:59
龍潭(りゅうたん)と呼ばれる池。王国時代はここに爬龍船を浮かべ競漕を行っていたそう。沖縄では今でも海で爬龍船競漕をするハーリーと言う行事が残っています。
弁財天堂。橋の中央が高くなっているのは中国の影響を受けているのだそう。
5
6/21 8:01
弁財天堂。橋の中央が高くなっているのは中国の影響を受けているのだそう。
わらべ歌ミミチリボウジの舞台となった場所。
昔、妖術を使って悪時を働く僧侶は北谷(ちゃたん)王子に耳を切り落とされ成敗されました。
屋敷の端に埋められた僧侶の祟りで王子の一族には男の子が育たなかったそう。男の子が生まれると大きな女の子が生まれたと言って祟りを避けるようになりました。
4
6/21 8:13
わらべ歌ミミチリボウジの舞台となった場所。
昔、妖術を使って悪時を働く僧侶は北谷(ちゃたん)王子に耳を切り落とされ成敗されました。
屋敷の端に埋められた僧侶の祟りで王子の一族には男の子が育たなかったそう。男の子が生まれると大きな女の子が生まれたと言って祟りを避けるようになりました。
屋敷はなくなり今は城壁だけが残っています。
話は本当かわかりませんが、悪事を働いた僧侶は実在したそうですよ。
4
6/21 8:13
屋敷はなくなり今は城壁だけが残っています。
話は本当かわかりませんが、悪事を働いた僧侶は実在したそうですよ。
古めかしい建物ですが未だ現役。みそ、しょうゆ屋さんです。
残念ながら営業は9時からでちょっと早すぎました。
4
6/21 8:23
古めかしい建物ですが未だ現役。みそ、しょうゆ屋さんです。
残念ながら営業は9時からでちょっと早すぎました。
暑い夏でも花は咲いています、アサヒカズラ。
10
6/21 8:25
暑い夏でも花は咲いています、アサヒカズラ。
あっち〜のなんのって。オアシスに吸い込まれ飲み物購入。
5
6/21 9:24
あっち〜のなんのって。オアシスに吸い込まれ飲み物購入。
転げ落ちそうな急坂。
5
6/21 9:38
転げ落ちそうな急坂。
にしぬひら(北の坂)と呼ばれています。かつては石畳の非常に険しい坂で交通の難所だった場所です。
5
6/21 9:39
にしぬひら(北の坂)と呼ばれています。かつては石畳の非常に険しい坂で交通の難所だった場所です。
浦添市は文化財など見どころも多そうなのでまた歩きに来ようかな。
4
6/21 9:39
浦添市は文化財など見どころも多そうなのでまた歩きに来ようかな。
琉球王国時代の歴史の道。全部歩いてみたい気もするけど…たぶんやらない。どなたか歩いてみてくださいな。
4
6/21 9:39
琉球王国時代の歴史の道。全部歩いてみたい気もするけど…たぶんやらない。どなたか歩いてみてくださいな。
浦添市が中頭方西海道の一部を石畳風に整備しています。
5
6/21 9:40
浦添市が中頭方西海道の一部を石畳風に整備しています。
石畳は途中途切れますが松並木が植えられ海道っぽくなっています。
4
6/21 9:57
石畳は途中途切れますが松並木が植えられ海道っぽくなっています。
この辺りまで来るとゴールとする場所は近いです。
沖縄本島が山北、中山、山南の勢力に分かれていたころこの辺りは中山の都がありました。
津々浦々を襲う(支配する)が浦襲う(うらおそい)となり、のちにここの地名、浦添(うらそえ)の語源になったそう。
4
6/21 10:01
この辺りまで来るとゴールとする場所は近いです。
沖縄本島が山北、中山、山南の勢力に分かれていたころこの辺りは中山の都がありました。
津々浦々を襲う(支配する)が浦襲う(うらおそい)となり、のちにここの地名、浦添(うらそえ)の語源になったそう。
何やら古めかしい石碑。
むかしここに巣くう妖怪が人々をたぶらかしていたそう。16世紀の初め、お坊さんが金剛経というお経を書いた小石をこの場所に埋め石碑を建て妖怪を鎮めたと伝えられています。
7
6/21 10:04
何やら古めかしい石碑。
むかしここに巣くう妖怪が人々をたぶらかしていたそう。16世紀の初め、お坊さんが金剛経というお経を書いた小石をこの場所に埋め石碑を建て妖怪を鎮めたと伝えられています。
興味のある方は読んでみて下さい。
4
6/21 10:04
興味のある方は読んでみて下さい。
再び石畳が現れ次の目的地へ。
3
6/21 10:07
再び石畳が現れ次の目的地へ。
海道の雰囲気が残る場所。
5
6/21 10:10
海道の雰囲気が残る場所。
中頭方西海道(なかがみほうせいかいどう)
首里城から牧港(まきみなと)、読谷(よみたん)、恩納(おんな)国頭(くにがみ)方面を繋ぐ主要道路。
3
6/21 10:10
中頭方西海道(なかがみほうせいかいどう)
首里城から牧港(まきみなと)、読谷(よみたん)、恩納(おんな)国頭(くにがみ)方面を繋ぐ主要道路。
この石畳が歩きにくいのなんのって。昔の人は大変ね。
4
6/21 10:11
この石畳が歩きにくいのなんのって。昔の人は大変ね。
安波茶橋とその周辺には石畳がまだ残されています。
4
6/21 10:13
安波茶橋とその周辺には石畳がまだ残されています。
深い滝つぼの側に巨石を積み上げる工事は大変な難工事だったと思われます。
5
6/21 10:14
深い滝つぼの側に巨石を積み上げる工事は大変な難工事だったと思われます。
橋の下流側には赤い皿で水を汲んで国王に差し上げられたと伝えられてる赤皿ガーがあります。ガーとは泉のことです。
5
6/21 10:15
橋の下流側には赤い皿で水を汲んで国王に差し上げられたと伝えられてる赤皿ガーがあります。ガーとは泉のことです。
川沿いに残された石壁は当時の物でしょうか?
4
6/21 10:15
川沿いに残された石壁は当時の物でしょうか?
セイロンマンリョウ。暑くって木陰で涼んでいます。
7
6/21 10:20
セイロンマンリョウ。暑くって木陰で涼んでいます。
強い日差しでも元気なヒオウギ。
9
6/21 10:41
強い日差しでも元気なヒオウギ。
浦添城跡の石畳が見えてきました。ゴールはすぐそこ。
4
6/21 10:45
浦添城跡の石畳が見えてきました。ゴールはすぐそこ。
コチラがゴールとした場所。首里城から浦添城までを結んだ石畳道です。当時の石を生かしながら復元された道です。
9
6/21 10:47
コチラがゴールとした場所。首里城から浦添城までを結んだ石畳道です。当時の石を生かしながら復元された道です。
肉眼では見えませんが私のカメラで撮影した写真は首里城の城壁が見えます。
3
6/21 10:50
肉眼では見えませんが私のカメラで撮影した写真は首里城の城壁が見えます。
浦添城の前の碑
首里城から浦添城までを整備した時の竣工記念碑です。
表にはひらがなの琉球文、裏には漢文で国民の力により道路を作ったことが記されています。
約400年前のことです。
4
6/21 10:48
浦添城の前の碑
首里城から浦添城までを整備した時の竣工記念碑です。
表にはひらがなの琉球文、裏には漢文で国民の力により道路を作ったことが記されています。
約400年前のことです。
一駅ですがまたまたモノレールに乗り、車がある駅まで戻ります。
6
6/21 11:03
一駅ですがまたまたモノレールに乗り、車がある駅まで戻ります。
運転手は女性でした。沖縄のモノレールは2両。混雑時は3両編成です。
7
6/21 11:06
運転手は女性でした。沖縄のモノレールは2両。混雑時は3両編成です。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する