稚児ヶ墓山(柏尾台北(大塚山北公園)〜無動寺)
- GPS
- 02:41
- 距離
- 6.6km
- 登り
- 409m
- 下り
- 417m
コースタイム
大塚山北公園 15:54 – 丹生山系縦走路(肘曲り) 16:10/15 – 屈曲点 16:22 – 小ピーク 16:32 – 稚児の墓 16:36/42
– 稚児ヶ墓山 16:46/17:07 – 分岐 17:15 – 昔の道 17:46 – 国道428号線 17:57 – 無動寺 18:07
– 大塚山北公園 18:35
(2012年2月27日修正)
●行動時間 2:41
天候 | 快晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2005年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
(自宅) = (大塚山北公園) – 稚児ガ墓山 – 無動寺 - (大塚山北公園) = (自宅) ●自動車でのアクセス ○柏尾台、大塚山北公園) ・神戸市中心部から新神戸トンネルを抜けて神戸市北区にきた場合、「箕谷ランプ前」で国道428号線に出てくる。そこを右折で国道を北進すると、およそ800mにある信号交差点を右折すると柏尾台。 ・「大塚山北公園」は、柏尾台の最奥部にある |
コース状況/ 危険箇所等 |
●コース状況 ・途中、尾根から無動寺への下りには手書きで危険と書いてあった(H17当時)が、言うほどの危険箇所はなかった ●買う、食べる ・箕谷から柏尾台への進入口までの間にもコンビニがある ・飲食店もいくつかある |
写真
感想
この頃、あまりの忙しさに、殆どまともな休日も取れない日が続いていた。
そうはいえども一年に一度も山に行かないというのは、続けていた物が途切れるようでやるせなかった。しかし、少しでも時間があれば体というか脳を休めたいような心境であり、時間があっても逡巡しているような日が続いていた。
ようし、どこでもいいから行ってしまえ、と思い立ったのは、既に午後のこと、夏でもあるから夕方山歩きのほうが暑さ対策としても適切だ、と自分に言い聞かせ家を出る。ほんとうにあてはなかったのだが、たまたま開いたガイドブックと所要時間から、稚児ヶ墓山に決定。山の名前に“墓”とあるので、心境と合わせると決していい選択ではないのだが、時間も迫る中、決めたら行くんだ、と更に自分に言い聞かせる。
登山口となる大塚山北公園は、まだ売り地の残る柏尾台の最奥部にあった。正式に車を止めるような余地はないのだが、山道にわずかに頭をつっこむような感じで無理矢理駐車し、出発。
生い茂る木立の中の緩やかな石畳の登りを行くと、やがて一本の道筋に突き当たる。右は志久峠、左は稚児ヶ墓山である。ここが肘曲り。今日の進路は左へ。
肘曲りからはいよいよ顕著な登りとなるが、その後も木立が薄くなったりうっそうとしたりを繰り返しながら、緩やかに高度を上げていく。小ピークを過ぎて、程なく「稚児の墓」。山の名前の由来のようだ。この遺跡があるから山名があるようだ。ここからは南西面が開けていて、西神方面などを望むことができる。
稚児の墓の標柱には山田地区の名が。そういえば、北区山田地区は伝統芸能も含め、歴史を大切にしている地区だから、こういった山中の遺跡もきちんと標示されているんだろうと思った。
稚児の墓からほどなく稚児ヶ墓山山頂。木立の間の眺めのない山頂。先ほどの稚児の墓からのほうが眺めはよい。
そのまま山頂を通り越して、下る。山頂下の分岐から無動寺方面へ。案内には危険と手書きしてあるので、ちょっと気にするも、進んでいく。
途中手入れの悪い道になるものの、特に危険と言うほどのことはなく、昔の道へ。かつての道路跡だ。
それを抜けて現在の国道428号線を渡ると無動寺への一本道。境内を通り抜け、参詣道を下っていくと、またも“太陽と緑の道”の標示。これに従い左(東)へ。角に「新兵衛石」なる石が祀ってあった。江戸時代の孝子のようだ。一旦道を取り違えたものの、国道で挽回し、並行する田舎道を行く。このあとのルート自体はわかりやすい。夕暮れも近づいてきたので、一直線に柏尾台を目指す。行きに車で柏尾台を通ったとき、もっとも東寄りに車道があった。しかしおそらく西寄りにも歩道などはあるはずだとよく見ると、どうやら西側からも歩いて上がることはできるようだ。それを通って、一番北端にある大塚山北公園に着いた頃には、もう日暮れ時であった。
かくして、平成17年唯一の山行きは、あっさりと終わった。
(2012年2月27日修正)
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