【過去レコ】早池峰(日本100)QC:晩夏でも花咲く北の名峰、半袖隊長、大人休日倶楽部パスを初使用の東北山旅
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- GPS
- 16:00
- 距離
- 7.0km
- 登り
- 878m
- 下り
- 864m
コースタイム
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★新EK度数:19.54= 6.96+(839÷100)+(838÷100)÷2
→→→判定「新EK16〜24未満 比較的楽」
新EK度数=合計距離+(累積標高上り÷100)+(累積標高下り÷100)÷2
Thanks to murrenさん⇒
http://www.yamareco.com/modules/diary/42284-detail-56974
天候 | 雨のち曇りのち薄く晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2008年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 自家用車
【初日:2008/8/31】移動のみ 地元駅⇒東京駅⇒(東北新幹線 ![]() ![]() 【二日目:2008/9/1】早池峰登山 往路)盛岡駅(レンタカー ![]() ![]() 復路)河原坊登山口 ![]() ![]() (東北新幹線 ![]() ![]() (奥羽本線 ![]() ![]() 【三日目:2008/9/2】岩木山登山 往路)弘前駅⇒(バス ![]() ![]() ![]() 復路)岩木山八合目⇒(バス ![]() ![]() ![]() (奥羽本線/東北本線 ![]() ![]() |
コース状況/ 危険箇所等 |
☆道の状況![]() ★登山ポスト ![]() ☆トイレ ![]() ★駐車場 ![]() ☆下山後温泉 ![]() ★飲食店 ![]() ☆半袖 ![]() ★半袖 ![]() ☆半袖 ![]() |
写真
感想
【記載日:2014年3月14日】
JRの「大人の休日倶楽部」への加入資格を得て初めて発売された休日倶楽部パスを使って東北の山旅へ来た。
有給休暇を取得したものの、天気が崩れて、これでは行っても仕方ないので止めようか・・・と思いもしたものの、散々迷った挙句に午後になって行くことを決め、まずは盛岡まで移動し前泊した。
ところが、翌日早朝は昨夜来の小雨が降り続いており、「こりゃダメか、レンタカーもキャンセルか」と思って朝食を食べていたら雨が上がった。これまた意を決して8時に駅レンタカーにてクルマを借り、河原坊登山口に向かった。途中で雨がぱらついたことはあったものの、本格的な雨になることなく河原坊に到着。
既に10時前であったので、急いでせっせと登り始める。
最初は花咲く沢沿いの道を、途中から岩稜地帯の道を歩いて、2時間15分ほどで頂上に到着した。頂上近くから青空が覗き始め、雨が降る心配はなくなったが、残念ながら雲が湧いていたため眺望は効かなかった。
しかし日本百名山であると共に花の百名山だけあって、晩夏でもそれなりの種類の花が咲いていた。
有給休暇を取得した平日(月曜)登山だったこともあって、山頂には数組のハイカーしかいなかった。また登山道でもあまりハイカーには出会うことはなかった。
この山行でよく覚えているのは、山頂から小田越への下りでバランスを崩しスローモーションのように倒れ頭を打撲したことである。が、結果的に何も怪我することはなかったが、今までこんな倒れ方をしたことがなかったのでショックな出来事であった。
下山してからは、急いで盛岡駅に戻ってクルマを返却し、八戸・青森経由で弘前駅と移動し東横インに宿泊。夕食は駅から徒歩5分のスーパー(イトーヨーカドーだったかな?)に行って食材を購入してホテルの部屋で取って早々に就寝、翌日の岩木山登山に備えた。
隊長
僕は一昨年の6月下旬に行きました。
一日中雨降りで土砂降りの中の下山でしたが、雫に輝くハヤチネウスユキソウは記憶に刻まれました!
他にも様々な花が咲いていて素晴らしかった。
この感動を超える山は、まだ無いです。
隊長と同じ歳かも?
僕は1958生まれです
山名の好感度からして、全国ベスト10に入る山じゃないですか?
「山」や「岳」「丸」「森」で終わらない貴重な名前です。
田中澄江さんの花100でもあり、山渓の花百でもありますからね。
東北に位置して標高1917mですから、アルプス3000m級の実力がありますよ。
足さえ確保できれば、西方の鶏頭山に向かって稜線歩きするのも楽しそうですね。
小田越を挟んだ薬師岳に登る手も
逆算すれば年齢(生まれ年)は簡単に分りますね
大人QC資格年齢に達してすぐに入会し、すぐにパスを購入・遠征しました。
おっしゃる通り・・・巨人・大鵬・玉子焼きの同じ世代ですよ。
但し、拙者は若い頃から一部で「爺さん」というあだ名(愛称)で呼ばれておりました。
「niini」さんとは大違いです。
宇野重吉って名俳優がいたでしょう?
容姿が宇野重吉に似ているのですが、おまけに寿司を食べる姿が爺くさかったので、そう呼ばれたこともありました。
私は2度登りました。
最初はJリーグが始まった年です。
何年だったかな??
金曜の夜に11時ごろまで残業して朝一の新幹線で盛岡に行き、そのままレンタカーで姫神山登山して駅前のホテル泊
その時に確か鹿島と名古屋の試合やってました
翌日早池峰に登りそのまま盛岡に戻って帰宅というハードスケジュールでしたが20代でしたので平気でした。
今は11時まで残業なら山は怠けて翌日は昼まで爆睡です。笑
ウスユキソウの季節で当時もこの時期はすごい人出でしたが今のようなマイカー規制はありませんでした。
すごい強風とガスでウスユキソウもくそもなく登って降りてきただけでした。
二度目は98年は晩秋にリターンマッチ。
さすがに花はありませんでしたが透き通るような秋空のもと、栗駒から岩手山までの山並みは壮観でした。
でもそれ以上に記憶に残ったのが露出した蛇紋岩の不思議な文様。
去年奥武蔵の高原牧場入口から粥新田峠への登りで同じ蛇紋岩の説明版がありました。
奥武蔵の片隅に東北の名峰と同じ希少な岩があるのがとても不思議でした。
歩きながら蛇紋岩を探しましたが見つかりませんでした。
立ち入り禁止の採石場に入れば見れたんでしょうか??
確か隊長も同じコースを歩かれましたよね??
Jリーグ発足は1993年ですね。
拙者、当時は全国でも指折りのサッカー所であった広島に駐屯しておりました。
おまけにサッカーボールと関係の深い会社との取引を担当していたので、よく覚えています。
既に30代半ばでしたよ。
早池峰と言えばウスユキソウですから、その時期は今でも混むんでしょうね。
拙者の行った8〜9月の端境期は・・・ガランガランでしたよ。
駐車しているクルマも5台くらいでした。
登山道でも遭った人・すれ違った人・・・合計10人程度でした。
頂上からは、あの岩手山でさえ見えなかったですから・・・。
ましてや栗駒など・・・です。
蛇紋岩の説明板は砕石工場の辺り(登山道と林道が切り替わる辺り)にあったような記憶ですが・・・。
拙者は粥煮田峠(近く)から高原牧場入口バス停に向かって下りて来て、中途半端な時間帯になってバスに乗れないなぁとしょげていた頃です。
岩手県で登ったことがあるのは岩手山、姫神山、八幡平、乳頭山、焼石岳ぐらいですが、やはり花の季節にピッタンコだった県境の秋田駒が一番印象深いかな。
次は・・・岩手山かな・・・ガソリンスタンドにクレジットカードを忘れたまま帰京したので
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