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日記

最近の日記リスト 全体に公開

2026年 05月 27日 10:25エッセイ

静かな漂流

山行計画の多くは、いまやLINEの画面の上で進む。  「どうします?」  「合わせます」  「どちらでも大丈夫です」  という返事は次々に返ってくるのに、  「では、こうしましょう」  と話をまとめ、計画を決めていく声はなかなか現れない。日程調整でも、山行計画でも、集合場所でもそうだ。皆が非
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2026年 05月 22日 14:25エッセイ

山は人を映す

パーティ登山で繰り返し現れるものがある。 根拠のないオプティミズム。 自己責任の放棄と他責。 そして同調圧力。 「行けるだろう」 「リーダーが言ったから」 「みんなそうだから」 危険は少しずつ仮面を被って一見「正常化」される。 恐ろしいのは、これらが特別な未熟者だけの問題ではないことだ。むし
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2026年 04月 29日 10:13エッセイ

山は逃げる 後記 秩父槍ヶ岳にて

県道二一〇号線がようやく開通し、満を持して秩父槍ヶ岳に向かった。 実際に行ってみると、やはり楽な山ではなかった。踏み跡のない急斜面、安全確保が必要な岩稜通過、気の抜けない高巻き通過。かつての自分なら尻込みしていたか事故を起こしていたと思う。だがこの頃には、会で教わった技術と、何より頼れる先輩と仲間
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2026年 04月 27日 20:12エッセイ

山は逃げる 終章 それでも次の山へ

さて、次の山行計画を出さなければならない。 会報の締め切りは三ヶ月前である。 行きたい山を思いついても、まず林道状況を調べ、残雪を読み、公共交通の時刻表を確認する。近頃は、この山行に誰が付き合ってくれるか、というのも加わった。雪解けの落石も落ち着いただろうか、梅雨明けのロング縦走は今年どのルートに
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2026年 04月 26日 21:41エッセイ

山は逃げる 第五章 会に残るもの

二年間の役を終える頃、私は一種の無力感を抱えていた。 人の感情はそう簡単には動かない。年齢で区切ることの違和感も、世代間の微妙な距離も、最後まできれいには解消しなかった。会の空気を変えられた実感もなく、やり遂げたと言えるものは正直何もなかった。 だが、アンケートの回答を読み返す中で、一際目を引く言
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2026年 04月 26日 21:05エッセイ

山は逃げる 第四章 人の間(はざま)

入会して一年が過ぎた頃、雪山教室の講師の大先輩から役員推薦の声を掛けていただいた。ありがたい話ではあったが、会の規則で入会二年以上でなければ役員にはなれない。結局その年は見送りとなり、翌年、山スキー教室でお世話になった先輩方からあらためて推薦を受け、私は役員を引き受けることになった。 引き受けて間
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2026年 04月 26日 16:30エッセイ

山は逃げる 第三章 山を習う

日本の山を歩くには、きちんと学ばなければならない。 秩父槍ヶ岳の記録を読みながら、そんな思いが次第に強くなっていった。 本を読んだり、インターネットで記録を漁ったりすれば、それなりの知識は手に入る。だが、読図も、急斜面の通過も、危険箇所での身体の使い方も、文字を読んだだけで身につくものではない。や
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