東海
岐阜県
最終更新:NanjaMonja
基本情報
標高 | 65m |
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場所 | 北緯35度25分20秒, 東経136度59分59秒 |
<可児市の説明板より>
「氷場・石垣について」
この長方形の石垣は「氷場」と呼ばれて、大正時代にはここで氷をつくっていました。
12月になると谷川の水を入れ、池いっぱいに氷が張ると「寒のうち」(1月中旬から2月初め)に一尺二寸(約40cm)角で、一枚が四貫目(15kg)の板状に「ノコギリ」で切り取って、これを4枚づつ積み重ねて2人1組で船着き場まで運び、
舟で対岸の坂祝にある倉庫でおがくずなどを詰め、保存しました。
そこから船に乗せて一宮・笠松へ運び、名古屋・岐阜へ運ばれました。
しかし、大正末期頃からは、機械で氷がつくられるようになり、氷場は使われなくなりました。
「氷場・石垣について」
この長方形の石垣は「氷場」と呼ばれて、大正時代にはここで氷をつくっていました。
12月になると谷川の水を入れ、池いっぱいに氷が張ると「寒のうち」(1月中旬から2月初め)に一尺二寸(約40cm)角で、一枚が四貫目(15kg)の板状に「ノコギリ」で切り取って、これを4枚づつ積み重ねて2人1組で船着き場まで運び、
舟で対岸の坂祝にある倉庫でおがくずなどを詰め、保存しました。
そこから船に乗せて一宮・笠松へ運び、名古屋・岐阜へ運ばれました。
しかし、大正末期頃からは、機械で氷がつくられるようになり、氷場は使われなくなりました。
登山口 |
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