最終更新:silverfrost
基本情報
| 標高 | 288m |
|---|---|
| 場所 | 北緯34度45分16秒, 東経135度56分32秒 |
京都府笠置町の笠置寺の中の後醍醐天皇行在所が山頂。三角点はないがここを笠置山の山頂としている。
三角点は、ここより南西約800mほどのところにある。
笠置寺は1300年前、実忠和尚、良弁僧正によって大岩石にに仏像が彫刻され、この山全体が修行場となった。
1331年元弘元年、倒幕に失敗した後醍醐天皇が京を逃れ、笠置山を行在所として籠城したが、北条氏に破れ、全山焼亡した。
これが、元弘の変である。
三角点は、ここより南西約800mほどのところにある。
笠置寺は1300年前、実忠和尚、良弁僧正によって大岩石にに仏像が彫刻され、この山全体が修行場となった。
1331年元弘元年、倒幕に失敗した後醍醐天皇が京を逃れ、笠置山を行在所として籠城したが、北条氏に破れ、全山焼亡した。
これが、元弘の変である。
| 山頂 |
|---|
山の解説 - [出典:Wikipedia]
笠置山(かさぎやま)は、京都府相楽郡笠置町にある山。標高は288m。京都府南東部を東から西に流れる木津川に南から半島状に突き出す形で位置する。地質は花崗岩で奇岩や怪石が多い。
笠置山にある笠置寺の境内からは弥生時代の石剣が出土している。寺が創建されたのは7世紀末とされる。
笠置山が有名になったのが元弘の乱で、鎌倉幕府の倒幕計画が発覚した後醍醐天皇が笠置寺に行幸して御在所とし、鎌倉方の大軍が押し寄せて籠城戦となった(笠置山の戦い)。
山のほぼ全体が広葉樹に覆われ、アラカシやクヌギ、アオキなどが自生する。山麓の河原には桜が植えられているほか、紅葉の名所としても有名である。

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