最終更新:ベルクハイル
基本情報
| 標高 | 1247.4m |
|---|---|
| 場所 | 北緯33度55分40秒, 東経133度28分44秒 |
ウイキペディアにも説明があるので、詳細は略すが、補足説明をしておきます。
1)登山道は、古くは北側の山麓から登られていたようだが、現在では、東側の「鋸山登山口」から「鋸山」を経由して稜線をたどるルート、西側の「赤星山」から稜線をたどるルート、および「赤星山」の北麓「野田登山口」から入山し、途中の「豊受分岐」から登るルート、などがある。
2)山頂部はやや複雑な地形となっており、縦走路の一角に「豊受神社」の社殿があり、その裏手から稜線上に上がって、赤星山への縦走路を分ける分岐を北へ向かうと、その分岐から約100mの地点が、標識と三角点のある「豊受山」山頂。
標識のある場所は樹々に覆われていて展望がないが、そこから北側へ続くふみ跡を数十m下ると、展望のある岩場に出る。また、「豊受神社社殿」の裏手にも別の分岐があり、そこから南へ数十m進むと、「三度ヶ崖展望台」と呼ばれている、展望のある岩場にでる。
1)登山道は、古くは北側の山麓から登られていたようだが、現在では、東側の「鋸山登山口」から「鋸山」を経由して稜線をたどるルート、西側の「赤星山」から稜線をたどるルート、および「赤星山」の北麓「野田登山口」から入山し、途中の「豊受分岐」から登るルート、などがある。
2)山頂部はやや複雑な地形となっており、縦走路の一角に「豊受神社」の社殿があり、その裏手から稜線上に上がって、赤星山への縦走路を分ける分岐を北へ向かうと、その分岐から約100mの地点が、標識と三角点のある「豊受山」山頂。
標識のある場所は樹々に覆われていて展望がないが、そこから北側へ続くふみ跡を数十m下ると、展望のある岩場に出る。また、「豊受神社社殿」の裏手にも別の分岐があり、そこから南へ数十m進むと、「三度ヶ崖展望台」と呼ばれている、展望のある岩場にでる。
| 山頂 | 豊受山 |
|---|
山の解説 - [出典:Wikipedia]
豊受山(とようけやま)は、四国山地のうち、「広義の石鎚山脈」の東部、「法皇山脈」(ほうおうさんみゃく)にある、標高 1274mの山である。行政区画としては、愛媛県 四国中央市に属する。なお、豊受山は、「四国百名山」の一つに選定されている。
「豊受山」は、「法皇山脈」のうち、「赤星山」(標高;1453m)の東側、「鋸山」(標高;1070m)、「翠波峰」(標高;約900m)の西側にある山である。
西側の「赤星山」よりも標高は低く、山体も小さいので、遠方からはあまり目立たない山ではあるが、「赤星山」が富士山型の穏やかな山容をしているのに対し、「豊受山」の山頂部が、見る方向によっては鋭く見える。
「豊受山」の山頂部近くには、白鳳6年(西暦;666年)9月13日(旧暦)に、天武天皇が伊予に巡行された際に奉斎されたという伝承がある、「豊受姫命」(とようけひめのみこと)を祀った「豊受神社」奥宮があり、その東側には立派な鳥居もある。
その奥宮には、簡素ながら二つの社殿が並び建ち、伊勢神宮に習って、20年ごとの「式年遷宮」が行われている。
元々、「法皇山脈」の北麓、瀬戸内海と石鎚山脈に挟まれた、愛媛県東部(東予地方)の細長い平野部のうち、旧)土居町(現;四国中央市)や、旧)伊予三島市(現;四国中央市)付近では、春から初夏にかけて、南の四国山地から山を越えて吹き降ろす、「やまじ風」と呼ばれる強い「局地風」が吹く場所である。
この「やまじ風」は「日本三大局地風」の一つ、とも言われている。
また、この「やまじ風」は、「豊受山」の山頂付近にある「風穴」と呼ばれる場所から出てくるという、古くからの伝承がある。そのため、「豊受山」の山頂部にある「豊受神社」は、その「やまじ風」を抑える役目を持つとされ、「やまじ風」を抑える為の「風鎮祭」とよばれる神事が、古くから行われており、現在でも年1〜2度は行われている。
「豊受山」の山頂部はやや複雑な地形となっており、主稜線上に、鳥居と「豊受神社」の本殿(奥宮)があり、そこから北側へと伸びた短い枝尾根の先に、三角点と、祠がある。前記の「風穴」はその付近に位置する。
山頂部は、樹木が多いため展望はあまりないが、三角点の少し北側からは、麓の四国中央市や瀬戸内海が望める。
また、前述の主稜線沿いの「豊受神社」奥宮付近から南側にふみ跡を少し行くと、「三度ガ崖」(さんどがたけ)という、南側の展望が開けている岩場状の場所があり、眼下に銅山川の渓谷やダム湖、その先に、愛媛県/高知県の県境をなす山脈が望める。
付近の山
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