譲が葉森(ゆずりがはもり)
最終更新:レコ君
基本情報
| 標高 | 1016m |
|---|---|
| 場所 | 北緯33度07分25秒, 東経132度37分14秒 |
| 山頂 |
|---|
山の解説 - [出典:Wikipedia]
譲ヶ葉森(ゆずりがはもり)は、四国の南西部、愛媛県 宇和島市にある、標高;1016mの山である。「四国百名山」の一つに選定されている。「譲ヶ葉森」は、四国山地のうち南西部にある、標高;1016mの山である。行政区画的には、愛媛県 宇和島市(旧;津島町)に属する。
四国南西部の地勢は、宇和島市の東側に、1200m前後の山々がまとまった「鬼ヶ城山系」があり、そこから南へと愛媛県/高知県の県境に沿うように、1000m前後の山なみが続き、「日本三百名山」の一つでもある「篠山」(ささやま、標高;1065m)に至る。この山はそのうち、「鬼ヶ城山系」と「篠山」とのほぼ中間に位置している。
この山の頂上には、四等三角点が設置されている。公式名称は「譲が葉森」、標高値は1015.95mである。
この山は、「四国百名山」の一つに選定はされているが、四国山地の山々のなかでも、ほとんど無名といって言い山である。また古い登山ガイドブックには載っているが、 最近の登山ガイドブックには掲載されてないなど、 登山対象としての意味も無くなりつつある。
現在はスギなどの人工林に覆われて、単調な山であるが、20世紀後半期(昭和30年代頃まで)は、山頂部は茅場(かやば)となっており、樹々がないので展望は非常に良かったという。またかつての登山ルートがある西側の山麓部、山腹部は、「南予高原牧場」という牧場になっていた、という。
「譲ヶ葉森」(ゆずりがはもり)という変わった山名の由来は、南北朝の時代、後醍醐天皇の子である懐良親王(かねよししんのう/かねながしんのう)がこの地に滞在し、滞在地に生えていたユズリハの樹の葉陰からこの山を望んだ、という民間伝承による、という。
この山の周辺には、「御内」、「御代ノ川」、「秡川」などの地名、河川名がある。これらは前記の「懐良親王」伝承ともかかわる地名とも言うが、あくまで民間伝承である。またこの山麓部にユズリハの樹が特に多いというわけではない。
付近の山
この場所を通る登山ルート
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