六甲・摩耶・有馬
高畑城跡(たかはたじょうあと) / 高畑山
最終更新:NKT
基本情報
| 標高 | 234m |
|---|---|
| 場所 | 北緯34度42分38秒, 東経135度04分20秒 |
標高234メートルの高畑山頂には、文明十八年(1486)に伊川荘の代官職に任命された明石氏が構築した高畑城があった。『蔭凉軒日録(おんりょうけん)』によると、その初代城主は明石法眼周防守宗安であるといわれている。それから約百年間、この城の歴史は史料に見られず謎であるが、天正年中(1573〜91)に明石与四郎則真が城主として登場する。その後、天正六〜七年の三木合戦で則真は羽柴秀吉側に属し、端谷城攻略のための対城として高畑城を守備したとあり、三木落城後、則真は豊岡城へ移封され、これを機に高畑城は廃されたと思われる。
城跡の両側の谷は深く急傾斜であり、特に南側は絶壁となっている。城の頂上には曲輪(囲い)が東西に二つ配置され、それを取り巻くように腰曲輪がコの字形にめぐらされ、尾根伝いには、連郭式に曲輪が配されている。城の両側は深い堀切で区切られ、城と居館を結ぶ尾根筋には物見台・竪堀・堀切が随所に設けられている。 『高畑城跡案内板』より
城跡の両側の谷は深く急傾斜であり、特に南側は絶壁となっている。城の頂上には曲輪(囲い)が東西に二つ配置され、それを取り巻くように腰曲輪がコの字形にめぐらされ、尾根伝いには、連郭式に曲輪が配されている。城の両側は深い堀切で区切られ、城と居館を結ぶ尾根筋には物見台・竪堀・堀切が随所に設けられている。 『高畑城跡案内板』より
| 山頂 | |
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| 展望ポイント |
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