最終更新:レコ君
基本情報
| 標高 | 1453m |
|---|---|
| 場所 | 北緯33度55分09秒, 東経133度27分28秒 |
四国 石鎚山脈から東に延びる、法皇山脈のなかの一峰。
四国中央市(旧 土居町)の南にそびえる。
ふもとからは、三角形の優美な姿が特徴的に見える。
山頂部は平坦な広場状となっており、西方、二つ岳、東赤石山方面の展望が良い。
山頂より南に少し下ったところに、朱色の星形マークを刻んだ石の祠が鎮座している。
登山道は、山の北側、四国中央市(旧 土居町)から、皇子渓谷沿いに登るコースと、
南側の銅山川の谷より、中腹の中尾集落から、あるいは中尾集落の先まで
車で林道を行き、林道終点から登るコースの2つがある。
南側からの登山道は割と良く整備されている。
北側の皇子渓谷沿いの道は、滝が多いのが見どころだが、
急登が続き、川沿いなので増水時は要注意。
【参考文献】
「新・分県登山ガイド 愛媛県の山」 山と渓谷社 刊(2004)
・・・南側コースからのガイドあり
「分県登山ガイド 愛媛県の山」 山と渓谷社 刊(1994)
・・・北側コースからのガイドあり
四国中央市(旧 土居町)の南にそびえる。
ふもとからは、三角形の優美な姿が特徴的に見える。
山頂部は平坦な広場状となっており、西方、二つ岳、東赤石山方面の展望が良い。
山頂より南に少し下ったところに、朱色の星形マークを刻んだ石の祠が鎮座している。
登山道は、山の北側、四国中央市(旧 土居町)から、皇子渓谷沿いに登るコースと、
南側の銅山川の谷より、中腹の中尾集落から、あるいは中尾集落の先まで
車で林道を行き、林道終点から登るコースの2つがある。
南側からの登山道は割と良く整備されている。
北側の皇子渓谷沿いの道は、滝が多いのが見どころだが、
急登が続き、川沿いなので増水時は要注意。
【参考文献】
「新・分県登山ガイド 愛媛県の山」 山と渓谷社 刊(2004)
・・・南側コースからのガイドあり
「分県登山ガイド 愛媛県の山」 山と渓谷社 刊(1994)
・・・北側コースからのガイドあり
| 山頂 |
|---|
山の解説 - [出典:Wikipedia]
赤星山(あかぼしやま)は、四国山地のうち、「広義の石鎚山脈」 の東部、「法皇山脈」(ほうおうさんみゃく)に属する、標高1,453.2メートルの山である。行政区画的には、愛媛県 四国中央市に属する。この山は、「四国百名山」の一つにも選定されている。
赤星山は、「法皇山脈」のうち、「二ッ岳」(標高;1647m)の東側、「豊受山」の西側に位置する。
「法皇山脈」には、「二ッ岳」のほか、「東赤石山」(標高;1706m)、「西赤石山」(標高;1626m)など、標高が1500mを越える個性的で険しい山が多いが、この赤星山は、標高は1400m台であるが、富士山型の均整の取れた端正な山体をしており、遠方からも良く目立つ山である。
山容から、古くから「伊予小富士」 という別称を持つ。
古くは、西行法師が、赤星山をたたえて以下の和歌を詠んだ、という。
『忘れては 富士かとぞ思う これやこの 伊予の高嶺の 雪のあけぼの』
「赤星山」という山名の由来は諸説あり、定かではない。
一説には、「伊予国司の越智玉澄が乗った船が、養老4年(720年)に瀬戸内海の赤星山沖で転覆しかかったため、豊受山(「赤星山」の東側の山)に祈ったところ、その西方の山(=赤星山)の頂に火の玉が現れて、海を照らし風が収まったことにちなんで命名された」、との伝承がある。
また、「8月、北側の麓から望むと、「さそり座」の一等星「アンタレス」という赤い星が、山頂の真上に輝くことに由来する」 という別の伝承もある。
なお、山名と関連があると思われるが、赤星山の頂上から登山道沿いに南へと10分ほど下ったところに、赤い星のマークが刻まれた石の祠がある。
後述のとおり、赤星山の北側には、「皇子渓谷」(おうじけいこく)と呼ばれる、滝の多い渓谷があり、変化のある良い登山道にもなっている。



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