甲信越
松田山神社元宮(まつだやまじんじゃもとみや) / おてんごさん(天宮山)
最終更新:冷奴
基本情報
| 標高 | 946m |
|---|---|
| 場所 | 北緯35度43分07秒, 東経138度47分04秒 |
■由緒と歴史:
一般には「天宮社(または天狗祠)」と呼ばれています。上萩原の字・天宮山(矢立石)に位置しています。
昔、この地は近隣10か村の共有地(入会地)でしたが、その後、幕府が鷹の雛を捕獲・育成するための「御巣鷹山」に指定されたため、巣籠の時期には一般人の立ち入りが禁止されるようになりました。
そこで慶長年間(1596年〜1615年)に、河野弥五右衛門殿へ願い出たうえで、大山祇命を祀り、山の神としました。
その後、大久保久兵衛殿による検地が行われ、さらに正徳3年(1713年)、甲府藩主・松平甲斐守(柳沢吉里)の検地奉行である山口八兵衛殿の調査によって、七丁七反二畝(約7.6ヘクタール)の土地が、税金のかからない「除地」として認められました。
明治8年の土地調査(地租改正関連)の際に、現在の境内地は一反五畝(約1,500平方メートル)となりました。古来より、例大祭や社殿の修繕などは、上萩原の住民全員で協力して執り行ってきたものです。
*現在の御霊は、麓の神金小学校の前へ遷宮されています。
■神部神社 由緒より
古い時代の「岩間神社(神部神社)の奥宮(山宮)」であったと伝えられています。
一般には「天宮社(または天狗祠)」と呼ばれています。上萩原の字・天宮山(矢立石)に位置しています。
昔、この地は近隣10か村の共有地(入会地)でしたが、その後、幕府が鷹の雛を捕獲・育成するための「御巣鷹山」に指定されたため、巣籠の時期には一般人の立ち入りが禁止されるようになりました。
そこで慶長年間(1596年〜1615年)に、河野弥五右衛門殿へ願い出たうえで、大山祇命を祀り、山の神としました。
その後、大久保久兵衛殿による検地が行われ、さらに正徳3年(1713年)、甲府藩主・松平甲斐守(柳沢吉里)の検地奉行である山口八兵衛殿の調査によって、七丁七反二畝(約7.6ヘクタール)の土地が、税金のかからない「除地」として認められました。
明治8年の土地調査(地租改正関連)の際に、現在の境内地は一反五畝(約1,500平方メートル)となりました。古来より、例大祭や社殿の修繕などは、上萩原の住民全員で協力して執り行ってきたものです。
*現在の御霊は、麓の神金小学校の前へ遷宮されています。
■神部神社 由緒より
古い時代の「岩間神社(神部神社)の奥宮(山宮)」であったと伝えられています。
| 山頂 | 天宮山 |
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付近の山
この場所を通る登山ルート
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