関東
最終更新:japanet
基本情報
| 標高 | 57.8m |
|---|---|
| 場所 | 北緯36度04分42秒, 東経139度24分23秒 |
丘陵上の一番高いところにある小山の山頂部分に古墳が築造されている。
といっても人工の山ではなく、自然の山を整形したもの。
山名は古墳の墳丘の形が冑になぞらえられたことに由来する。山頂に冑山神社が祭られている。江戸時代末期に編纂された新編武蔵風土記稿」に乱掘されたことが記されている。
古墳は円墳、直径約90メートルで全国的にも有数の規模。
標高は熊谷市の電子地図「くまっぷ」による。
といっても人工の山ではなく、自然の山を整形したもの。
山名は古墳の墳丘の形が冑になぞらえられたことに由来する。山頂に冑山神社が祭られている。江戸時代末期に編纂された新編武蔵風土記稿」に乱掘されたことが記されている。
古墳は円墳、直径約90メートルで全国的にも有数の規模。
標高は熊谷市の電子地図「くまっぷ」による。
| 山頂 |
|---|
山の解説 - [出典:Wikipedia]
甲山古墳(かぶとやまこふん、大里甲山古墳)は、埼玉県熊谷市冑山にある古墳。形状は円墳。埼玉県指定史跡に指定されている。埼玉県中部、比企丘陵北東部の丘陵上に築造された大型円墳である。古墳名は墳丘の形がかぶと(兜/冑)になぞらえられたことに由来する。現在は墳丘上に冑山神社が所在する。江戸時代の『新編武蔵風土記稿』に乱掘記事が見えるほか、発掘調査は実施されていない。
墳形は円形(一説に帆立貝形)で、直径約90メートル(南北)・高さ約11.25メートルを測り、埼玉県内では埼玉古墳群の丸墓山古墳(行田市)に次ぐ第2位の規模になる。墳丘は2段築成。墳丘外表では円筒埴輪が採集されている。また墳丘周囲には埋没した周溝が巡るとみられ、周溝を含めた規模は100メートル以上と推定される。副葬品として、『新編武蔵風土記稿』では乱掘時に石槨内から甲冑・馬上塑人(埴輪)・玉・鏡・折れた大刀などが出土したと伝える。
築造時期は、古墳時代後期の6世紀後半(または6世紀前半)頃と推定される。比企丘陵北端の大古墳群である三千塚古墳群の東端に所在するとともに、北約1キロメートルに所在するとうかん山古墳(熊谷市箕輪)と合わせて、埼玉古墳群とも関係する大首長の存在を示唆するとして重要視される。
古墳域は1989年(平成元年)に埼玉県指定史跡に指定されている。
Kabutoyama Kofun (Kumagaya), enkei-2.jpg|遠景
Kabutoyama-jinja (Kumagaya), honden-2.jpg|墳頂の冑山神社本殿(熊谷市指定文化財)
Kabutoyama-jinja (Kumagaya), haiden.jpg|墳麓の冑山神社拝殿
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