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最終更新:ヤマレコ/YamaReco
深田久弥終焉の地となった古い火山
茅ヶ岳は山梨県の山で、標高は1704mです。日本二百名山の一座ですが、日本百名山の選定者・深田久弥の終焉の地として知られています。
隣り合う金ヶ岳とともに火山運動で生まれた山ですが、永年にわたり活発な様子は見られません。ピークは年月をかけた浸食によってできました。
山容は八ヶ岳に似ることから「ニセ八ツ」と呼ばれることがあります。
深田久弥にまつわる山
茅ヶ岳は深田久弥が亡くなった山として有名です。
1971年(昭和46年)3月、彼は山行中に脳卒中で倒れ、帰らぬ人となりました。登頂直前の出来事で、その地には「深田久弥先生終焉の地」の石碑が設置されています。
彼を偲び、また登山界への貢献を称え、登山口には深田記念公園が設けられました。
園内の石碑には、「百の頂に百の喜びあり」の文字が本人の筆跡で刻まれています。毎年4月には「深田祭」が催され、茅ヶ岳への記念登山も行われています。
深田久弥は、山行に必ずあんぱんを持参したというエピソードがあります。彼を慕う登山者の中には、それに倣い茅ヶ岳にあんぱんを持参することがあるようです。
眺望良しの山頂
山頂は見晴らしのよい場所で、方位盤と二等三角点が設置されています。
富士山や南アルプスを存分に展望することができます。また八ヶ岳、金峰山をはじめとする奥秩父の山々も見渡せます。
定番ルートは深田記念公園からの周回
茅ヶ岳は登山初心者でも挑戦しやすい山です。登山口はいくつかありますが、最も利用されているのは深田記念公園です。
登山口からやや進むと林道に出合います。ここから山頂へは、女岩を経由する谷沿いの道と、尾根沿いの道の二手に分かれます。王道ルートは、登りに前者を、下りに後者を選んで周回します。
女岩は水が沁み出ている大岩です。かつては貴重な水場として利用されていましたが、現在は落石の危険から立ち入ることができません。
女岩を越えると、傾斜がきつくなっていきます。大岩がごろつく急坂や、つづら折れがあります。
もう一方の尾根道は、比較的歩きやすい道です。
防火帯を兼ねて、道幅が広く取られた箇所もあります。
登山口 |
深田記念公園 金ヶ岳登山口 観音峠 千本桜経由茅ヶ岳登山口 |
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基本情報
標高 | 1704m |
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場所 | 北緯35度47分42秒, 東経138度30分49秒 |
山頂 |
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山の解説 - [出典:Wikipedia]
茅ヶ岳(かやがたけ)は、山梨県にある山。北杜市と甲斐市に属する。奥秩父山地の南(西)部に位置する火山。標高は1,704 m。火山体には金ガ岳峰も含む。東側は黒富士火山群に接する。
茅ヶ岳火山は約20万年前後に活動した安山岩の複成火山であり、それが侵食されてできた峰が茅ヶ岳である。
1971年(昭和46年)3月21日には、日本百名山で知られる小説家の深田久弥が、茅ヶ岳の登山中に脳卒中で死去した。麓に深田記念公園があり、毎年4月に韮崎市と地元の山岳会である白鳳会によって深田祭が開催されている。
頂上からは、奥秩父の主脈や、甲斐駒ヶ岳や鳳凰三山などの南アルプスの山々が展望できる。金ヶ岳と連なって、甲府盆地から見た山容が八ヶ岳に似ているため、江戸時代後期の『甲斐国志』や『甲斐叢記』など地誌類によれば、古くから八ヶ岳と混同・比較され、「ニセ八ツ」と呼称されたという。
山麓一帯は利水に乏しく、古代には穂坂牧や小笠原牧など官牧が設置された。江戸時代には楯無堰や大垈堰(おおぬたせぎ)など堰が開削され、新田開発が行われた。
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1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月「百の頂に百の喜びあり」 日本百名山を選定した深田久弥が残した言葉であり、その氏の終焉の山が茅ヶ岳だ。 山容が似ているため「偽八ヶ岳」と言われるこの山は本家に勝るとも劣らない変化のある山歩きが楽しめ、また山頂は南アルプスの大展望台。 空気がピンと張り詰め澄み渡る、秋から初冬におすすめしたい山です。
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1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月深田久弥終焉の地として知られる茅ヶ岳。八ヶ岳を小さくした様な山容で変化に富んだ山歩きと大展望を楽しむことができます。