六甲・摩耶・有馬
大土神社(おおつちじんじゃ)
最終更新:徘徊王™(Hi-king™)
基本情報
| 場所 | 北緯34度44分06秒, 東経135度13分52秒 |
|---|
近くに「大土平町」(おおどひらちょう)があるが、「おおど神社」ではなく「おおつち神社」と読むようだ。
兵庫神社庁サイトより
https://www.hyogo-jinjacho.com/data/6301032.html
神社創建の約25年前の享保9年(1724)頃より、神社西側を流れる六甲川の水力を利用する水車造りが始まり、川沿いに多数の水車が建設。
これらの水車を利用した水車業者は、菜種から油を絞り、灯明油として新在家の浜から船積みして、海路京阪・江戸に送る程繁昌した。
油絞りの水車郷は、水車新田という村の成立となったため、寛延元年(1748)に村内と油の海上輸送安全を願い、天照大神・住吉大神・天満宮などを勧請して当社が創建されたという。
境内には、六甲山への登山者によく知られている自然石の「かえる石」があり、旅行などで出掛ける時に撫でて参拝すると「無事かえる」といわれている。また、うっ蒼とした森は、神戸市の「市民の森」に指定されている。近年、六甲川沿いに水の流れを楽しめる遊歩道も整備され、自然を満喫できる清閑なところである。
鎮座地を昔、水車新田字宮坂といった。川下の大土平町2丁目に、大きな銀杏の木が目印となっている当社の別宮がある。市杵島姫命を祀る厳嶋神社で、「弁天さん」の呼び名で親しまれている。
兵庫神社庁サイトより
https://www.hyogo-jinjacho.com/data/6301032.html
神社創建の約25年前の享保9年(1724)頃より、神社西側を流れる六甲川の水力を利用する水車造りが始まり、川沿いに多数の水車が建設。
これらの水車を利用した水車業者は、菜種から油を絞り、灯明油として新在家の浜から船積みして、海路京阪・江戸に送る程繁昌した。
油絞りの水車郷は、水車新田という村の成立となったため、寛延元年(1748)に村内と油の海上輸送安全を願い、天照大神・住吉大神・天満宮などを勧請して当社が創建されたという。
境内には、六甲山への登山者によく知られている自然石の「かえる石」があり、旅行などで出掛ける時に撫でて参拝すると「無事かえる」といわれている。また、うっ蒼とした森は、神戸市の「市民の森」に指定されている。近年、六甲川沿いに水の流れを楽しめる遊歩道も整備され、自然を満喫できる清閑なところである。
鎮座地を昔、水車新田字宮坂といった。川下の大土平町2丁目に、大きな銀杏の木が目印となっている当社の別宮がある。市杵島姫命を祀る厳嶋神社で、「弁天さん」の呼び名で親しまれている。




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