トムラウシ山遭難事故。山岳ガイド協会の中間報告書にみる「低体温症」の実際
2009年トムラウシ遭難について、山岳ガイド協会の事故報告書(中間報告)についての、当時のヤマレコ日記です。 コメント部分に記述した追加のデータは割愛しています。生存者の証言や経過の分析については、こちらの日記に重要部分を紹介しています。http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521
tanigawa
12月7日に発表されたこの中間報告書は、7月のトムラウシ遭
難事故について多くの証言やデータをもとに専門家も参加して詳しい状
況を報告・分析しています。
(日本山岳ガイド協会 トムラウシ山遭難事故調査特別委員会の
「中間報告書」)
これまでの遭難事故報告書に比べて、この中間報告の一番の特徴
は、大量遭難事故の犠牲者の直接の死因を「低体温症」ととらえ、そ
の様相と、そこに至った原因を多角的に検証しようとしていること
です。
そこには、これまで認識されてこなかった「低体温症」の脅威と
進行の様子が、おそらく史上初めてのことと思いますが、多数の証
言で明らかにされています。
中間報告は、次のように書いています。
「今回の生還者も、「疲労凍死」という言葉については多くの人
が知っていたが、「低体温症」という言葉は、ほとんどの人が知ら
なかった。したがって、低体温症に関する正しい知識を啓蒙するこ
とは、今後の遭難防止にとって重要なことだろう。」
ガイド協としてはこの報告書の全文をWEB上に掲示していませ
んが、ぜひ全文を読めるようにし、多くの登山者に読んでほしい
と思っています。
なお、この問題では、私の事故翌日昼の次の日記のスレッド
も、比較検討していただくことを希望します。
「トムラウシ山遭難――低体温症とツアー登山、2つの問題」
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3691
以下、中間報告から、この角度での要点をツリー形式で紹介し
ていきます。
まず、低体温症の今回の現れ、です。
報告書は次のように記述しています。
「北沼周辺で亡くなつた人の内2-3名は、北沼以前(ロックガーデ
ン周辺)から発症していたと思われる徴候があった。ロックガー
デンを登り終え北沼に降りる時点で、ほかの人の力を借りなけ
ればならないような歩行状態は、すでに症状が進んでいたと推
定できた。発症は待機が始まった時間(北沼に到着した時間)の
10時30分にした。」
「北沼分岐ですでに低体温症になった人たちが、待機から行
動に移った瞬間から低体温症は急激かつ加速度的に進行し、症
状が悪化する。これは静止状態から運動状態に移つたことで、
冷たい血液が体内に一気に流れ出し、脳や筋肉の機能障害が急
速にきたためと思われる。インタビューした多くの人が、この
北沼分岐を出発したと同時に「意識が朦朧とした」「つまずい
て歩けなかった」と証言したことで証明できる。」
「北沼からトムラウシ分岐までの20分間という短い距離と時
間の間に、低体温症で次々に倒れていった事実に注目しなけれ
ばならない。
発症から死亡するまでの時間(推定)は、
2〜4時間以内:5名 、
6〜10時間半以内:3名
(6〜10時間半以内の死亡者の中には、テント内でビバーク
した2名を含む)
死亡者の半数以上が2〜4時間以内で亡くなっていることは、
低体温症が加速度的に進行、悪化したものと思われる。これ
は急性低体温症といえる。
低体温症が始まると、前述したとおり、体温を上げるため
に全身的「震え」が35℃ 台で始まるのが特徴的であるが、今
回の症例ではこの症状期間が短く、一気に意識障害に移行し
た例もある。あまりにも早い体温の下降で人間の防御反応が
抑制され、30℃ 以下に下がっていったと思われる。」
今回の低体温症は、北沼のずっと手前で症状が現われたこ
と、そして、続いて報告しますが、参加者の全体に大なり小
なり発症していたことが、一つの驚きでした。
/////////////////////////////////////////////////
以下は、コメント部分に書いた私の追加の書き込み。
「中間報告書」への私の注文
この遭難事故調査特別委員会の座長のS氏は、私も一度、少人数で食事をする機会があった方です。山へ入る修行僧を思わせる風貌をもつ、一本気な方という印象を持ちました。
座長としての巻頭の文言では、今回の「中間報告書」は、登山者の目線で事故原因を明らかにする、という立場からまとめあげたと述べられています。私もこの位置づけには、賛成できますし、調査と考察の内容はその目的に応えるものがあると感じます。
登山の愛好者と岳人のなかに、この「報告書」の中身が広く認識され、討論・交流されることが大事になると思います。
私のここでの一連のコメントも、そういう趣旨でおこなってきたものでした。
その立場から、最後に、「中間報告書」について、私の意見を述べることにします。
1、低体温症の脅威と対応を登山界全体が認識できる体系的な構成に。
最初の私の書き込みにあるように、この「中間報告書」の一番の特徴、日本の登山・遭難の歴史のなかでの新しい特徴は、大量遭難の直接の死因を「低体温症」ととらえ、そこにいたった経過と原因を多くの生還者の証言をもとに多角的にとらえて教訓化しようとしていることにあります。
調査に参加した複数の専門家の記述も、大量の犠牲者を出した直接の原因は低体温症だったことを的確に規定しています。パーティーが生死の際で直面したのは、まさに低体温症との戦いでした。
ところが、この「中間報告書」を第一報したマスコミ報道は、「ガイドの力量不足、判断ミス」に焦点を置いた内容になっていました。ここには、書いた記者の認識の段階も反映していると思います。
しかし、「中間報告書」の構成を見ると、全体を通して読み解けば低体温症の問題がくっきりするものの、たとえば事故にいたった原因の総括的な考察は、総ざらい的に問題を列挙するものになっています。先入見なしに、末尾までしっかり読みこまないと、何が起こったのかが体系的につかみにくい構成になっていることも、関係しているように思えます。
この大量遭難は、8人の犠牲者が滑落や落雷で亡くなられた事故ではありません。ヒグマに襲われたわけでも、沢の鉄砲水に呑み込まれたわけでもありません。
パーティー自身は「無自覚」だったけれど、彼らを襲ったのは報告書が指摘するように、低体温症でした。個々人の経験と技量、ガイドの力量はまさにその点で問われました。
そして、低体温症の危険を予測し、予防し、出発前と行動開始後、さらに発症後のあらゆる局面でこれと闘いぬくためには、従来の登山者の認識の水準を超えるような、総合的な判断、認識が問われた事件でした。生死を分けた勘所も、気象、運動生理学、装備と食事、救護の在り方など、多面的に検討されるべきものだったことは、中間報告書が示す通りです。
私が今回の事故でもっとも大事だと思ったのは、18人の全員が、低体温症に無警戒だっただけでなく、言葉として低体温症を現場で頭に思い浮かべた人もガイド1人だけで、かつその認識も現場の進行と対応させて考えるにいたらない、おぼろげな水準のものだったことです。
現場では、3日間の全行程を通して、何より、症状が出てからさえも、「低体温症」という言葉そのものが、ガイドと参加者の誰からも発せられることはありませんでした。
参加者には30年、50年という登山の経験者もいました。それだけの登山者が集まってもなお、低体温症は現実の脅威として現場で認識されることはなかったのです。介護を続けながら「摩訶不思議な出来事」と最後まで思っていたというベテランの参加者の証言が示すとおりです。
これは、例えて言えば岩場に取り付いている登山者が、何が危険か、どう安全確保するか、予測も認識もしなかったようなものです。これでは、ガイドも参加者も対応・備え・回避のしようがありません。
不幸なことに、低体温症は、人の判断力、行動力そのものを突然、奪うものでした。リーダーガイドが「力量不足」の焦点に立たされていますが、彼のパーティーを襲ったものが低体温症でなければ、彼は長年の経験と判断とを生かして、事に対処していた可能性もあります。低体温症の認識がなかったからこそ、ガイドと登山者側の対応も後手に、あるいはなすすべもないところに、追い込まれた可能性が強くあります。
今回の大量遭難事故の最大の問題がここにあります。
(関連して言えば、私が遭難直後のツリーで書いていたことですが、北沼の渡渉も、低体温症との関係でより力点をおいてほしいことです。雪渓に半ば埋まった北沼の水温はほぼ零度です。急激な発症者が直後に複数出たのは、この水に漬かったことと深い関連があります。そのうえ1時間、待機させられ、発症が拡大した。低体温症への無警戒の顕著な現われと思います。北沼は現場の判断の最終関門でした。「もう引き返せない」という証言の通りです。)
そうした問題であることが把握しやすい構成、原因論の論じ方になっていれば、記者のみなさんもああいう記事の中身にはならなかったでしょうし、何よりも多くの登山者にとって、これは新しい、深刻な問題が提起されていることが、受けとめられることにもなります。
私は、今度の遭難の最大の問題は、日本の登山界でその程度にしか低体温症の怖さが認識されてこなかったこと、そのことにあると思っています。そこを広く指摘し、その問題を根幹にすえて、体系だった報告書、とくに原因究明をすすめることが、事故報告書として大事ではないかと考えます。
それこそが、広く登山者の目線で原因と教訓を明らかにする方向ではないかと思います。
2、ガイドの水準、認識を向上させ、ガイドが参加者の命にかかわる問題で的確な判断を保障しうる制度の提案。
2つめの問題は、いま述べたことを本当に実行するには、解決策として何がかなめか、ということです。
報道のようにガイドの力量不足がかなめだというならば、個々のツアー会社と個々のガイドの今後の努力に委ねるという策が基本になってしまいます。
そのことで、解決がなしうるのでしょうか?
パーティーがあの気象条件とパーティーの構成で、足の揃った静岡のパーティーでさえ夜7時半にようやく十勝側に下山できたような行程に出発せざるを得なかったのは、行くしか選択肢がない立場にあったからでした。
麓の温泉は予約済み、バスも待っている、飛行機の便も団体で予約済み、当日は同社の別のパーティーが避難小屋に入ってくる、もしかしたら、下山後はすぐ次のガイド番にふりあてられていたのかもしれません。
そして、3人のガイドの構成そのものが、ルートの未経験者が2人もいる、非力なものでした。中間報告書がいうように、ガイドの構成、予備日なし、出発の判断も自分の裁量が限られる、そういう条件で、この登山は始まったのです。
小屋にサポート役と、テントとガスコンロを、その日に入れ替わりでやってくるパーティーのために残しておくという、無防備な体制でです。
制度としては、ガイドが会社とは独立に安全最優先の判断をおこないうる、そうした体制・制度に改善されることが第一の問題です。それでこそ、ガイドの力量は発揮されます。
そして、その制度化と併せて、ガイドの力量の向上が必要です。
人の命を預かるのですから、会社から独立した立場でこうしたツアーに、専門的なガイドを配置することを義務付け、ガイドの判断によってその地位や生活が脅かされない立場を保障する。
そのうえで、ガイドが行った判断には、ガイドは会社とともに、全面的なそれぞれ独自の責任を負う。もちろんガイドは、接客役とは区別して、有資格者でなければなりません。ガイド協会が雇用形態の面で、会社側と専門ガイドとの間を仲立ちする仕組みづくりも一案と思います。
こうした制度が創設されないかぎり、コスト優先のガイド配置とツアーの運営が手つかずになり、事故はこれまで通り、繰り返されることになると思います。
ガイドの力量・判断の問題は、いまに始まったことではなく、長年の野放しの結果、今があるということが大事と思います。
難事故について多くの証言やデータをもとに専門家も参加して詳しい状
況を報告・分析しています。
(日本山岳ガイド協会 トムラウシ山遭難事故調査特別委員会の
「中間報告書」)
これまでの遭難事故報告書に比べて、この中間報告の一番の特徴
は、大量遭難事故の犠牲者の直接の死因を「低体温症」ととらえ、そ
の様相と、そこに至った原因を多角的に検証しようとしていること
です。
そこには、これまで認識されてこなかった「低体温症」の脅威と
進行の様子が、おそらく史上初めてのことと思いますが、多数の証
言で明らかにされています。
中間報告は、次のように書いています。
「今回の生還者も、「疲労凍死」という言葉については多くの人
が知っていたが、「低体温症」という言葉は、ほとんどの人が知ら
なかった。したがって、低体温症に関する正しい知識を啓蒙するこ
とは、今後の遭難防止にとって重要なことだろう。」
ガイド協としてはこの報告書の全文をWEB上に掲示していませ
んが、ぜひ全文を読めるようにし、多くの登山者に読んでほしい
と思っています。
なお、この問題では、私の事故翌日昼の次の日記のスレッド
も、比較検討していただくことを希望します。
「トムラウシ山遭難――低体温症とツアー登山、2つの問題」
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3691
以下、中間報告から、この角度での要点をツリー形式で紹介し
ていきます。
まず、低体温症の今回の現れ、です。
報告書は次のように記述しています。
「北沼周辺で亡くなつた人の内2-3名は、北沼以前(ロックガーデ
ン周辺)から発症していたと思われる徴候があった。ロックガー
デンを登り終え北沼に降りる時点で、ほかの人の力を借りなけ
ればならないような歩行状態は、すでに症状が進んでいたと推
定できた。発症は待機が始まった時間(北沼に到着した時間)の
10時30分にした。」
「北沼分岐ですでに低体温症になった人たちが、待機から行
動に移った瞬間から低体温症は急激かつ加速度的に進行し、症
状が悪化する。これは静止状態から運動状態に移つたことで、
冷たい血液が体内に一気に流れ出し、脳や筋肉の機能障害が急
速にきたためと思われる。インタビューした多くの人が、この
北沼分岐を出発したと同時に「意識が朦朧とした」「つまずい
て歩けなかった」と証言したことで証明できる。」
「北沼からトムラウシ分岐までの20分間という短い距離と時
間の間に、低体温症で次々に倒れていった事実に注目しなけれ
ばならない。
発症から死亡するまでの時間(推定)は、
2〜4時間以内:5名 、
6〜10時間半以内:3名
(6〜10時間半以内の死亡者の中には、テント内でビバーク
した2名を含む)
死亡者の半数以上が2〜4時間以内で亡くなっていることは、
低体温症が加速度的に進行、悪化したものと思われる。これ
は急性低体温症といえる。
低体温症が始まると、前述したとおり、体温を上げるため
に全身的「震え」が35℃ 台で始まるのが特徴的であるが、今
回の症例ではこの症状期間が短く、一気に意識障害に移行し
た例もある。あまりにも早い体温の下降で人間の防御反応が
抑制され、30℃ 以下に下がっていったと思われる。」
今回の低体温症は、北沼のずっと手前で症状が現われたこ
と、そして、続いて報告しますが、参加者の全体に大なり小
なり発症していたことが、一つの驚きでした。
/////////////////////////////////////////////////
以下は、コメント部分に書いた私の追加の書き込み。
「中間報告書」への私の注文
この遭難事故調査特別委員会の座長のS氏は、私も一度、少人数で食事をする機会があった方です。山へ入る修行僧を思わせる風貌をもつ、一本気な方という印象を持ちました。
座長としての巻頭の文言では、今回の「中間報告書」は、登山者の目線で事故原因を明らかにする、という立場からまとめあげたと述べられています。私もこの位置づけには、賛成できますし、調査と考察の内容はその目的に応えるものがあると感じます。
登山の愛好者と岳人のなかに、この「報告書」の中身が広く認識され、討論・交流されることが大事になると思います。
私のここでの一連のコメントも、そういう趣旨でおこなってきたものでした。
その立場から、最後に、「中間報告書」について、私の意見を述べることにします。
1、低体温症の脅威と対応を登山界全体が認識できる体系的な構成に。
最初の私の書き込みにあるように、この「中間報告書」の一番の特徴、日本の登山・遭難の歴史のなかでの新しい特徴は、大量遭難の直接の死因を「低体温症」ととらえ、そこにいたった経過と原因を多くの生還者の証言をもとに多角的にとらえて教訓化しようとしていることにあります。
調査に参加した複数の専門家の記述も、大量の犠牲者を出した直接の原因は低体温症だったことを的確に規定しています。パーティーが生死の際で直面したのは、まさに低体温症との戦いでした。
ところが、この「中間報告書」を第一報したマスコミ報道は、「ガイドの力量不足、判断ミス」に焦点を置いた内容になっていました。ここには、書いた記者の認識の段階も反映していると思います。
しかし、「中間報告書」の構成を見ると、全体を通して読み解けば低体温症の問題がくっきりするものの、たとえば事故にいたった原因の総括的な考察は、総ざらい的に問題を列挙するものになっています。先入見なしに、末尾までしっかり読みこまないと、何が起こったのかが体系的につかみにくい構成になっていることも、関係しているように思えます。
この大量遭難は、8人の犠牲者が滑落や落雷で亡くなられた事故ではありません。ヒグマに襲われたわけでも、沢の鉄砲水に呑み込まれたわけでもありません。
パーティー自身は「無自覚」だったけれど、彼らを襲ったのは報告書が指摘するように、低体温症でした。個々人の経験と技量、ガイドの力量はまさにその点で問われました。
そして、低体温症の危険を予測し、予防し、出発前と行動開始後、さらに発症後のあらゆる局面でこれと闘いぬくためには、従来の登山者の認識の水準を超えるような、総合的な判断、認識が問われた事件でした。生死を分けた勘所も、気象、運動生理学、装備と食事、救護の在り方など、多面的に検討されるべきものだったことは、中間報告書が示す通りです。
私が今回の事故でもっとも大事だと思ったのは、18人の全員が、低体温症に無警戒だっただけでなく、言葉として低体温症を現場で頭に思い浮かべた人もガイド1人だけで、かつその認識も現場の進行と対応させて考えるにいたらない、おぼろげな水準のものだったことです。
現場では、3日間の全行程を通して、何より、症状が出てからさえも、「低体温症」という言葉そのものが、ガイドと参加者の誰からも発せられることはありませんでした。
参加者には30年、50年という登山の経験者もいました。それだけの登山者が集まってもなお、低体温症は現実の脅威として現場で認識されることはなかったのです。介護を続けながら「摩訶不思議な出来事」と最後まで思っていたというベテランの参加者の証言が示すとおりです。
これは、例えて言えば岩場に取り付いている登山者が、何が危険か、どう安全確保するか、予測も認識もしなかったようなものです。これでは、ガイドも参加者も対応・備え・回避のしようがありません。
不幸なことに、低体温症は、人の判断力、行動力そのものを突然、奪うものでした。リーダーガイドが「力量不足」の焦点に立たされていますが、彼のパーティーを襲ったものが低体温症でなければ、彼は長年の経験と判断とを生かして、事に対処していた可能性もあります。低体温症の認識がなかったからこそ、ガイドと登山者側の対応も後手に、あるいはなすすべもないところに、追い込まれた可能性が強くあります。
今回の大量遭難事故の最大の問題がここにあります。
(関連して言えば、私が遭難直後のツリーで書いていたことですが、北沼の渡渉も、低体温症との関係でより力点をおいてほしいことです。雪渓に半ば埋まった北沼の水温はほぼ零度です。急激な発症者が直後に複数出たのは、この水に漬かったことと深い関連があります。そのうえ1時間、待機させられ、発症が拡大した。低体温症への無警戒の顕著な現われと思います。北沼は現場の判断の最終関門でした。「もう引き返せない」という証言の通りです。)
そうした問題であることが把握しやすい構成、原因論の論じ方になっていれば、記者のみなさんもああいう記事の中身にはならなかったでしょうし、何よりも多くの登山者にとって、これは新しい、深刻な問題が提起されていることが、受けとめられることにもなります。
私は、今度の遭難の最大の問題は、日本の登山界でその程度にしか低体温症の怖さが認識されてこなかったこと、そのことにあると思っています。そこを広く指摘し、その問題を根幹にすえて、体系だった報告書、とくに原因究明をすすめることが、事故報告書として大事ではないかと考えます。
それこそが、広く登山者の目線で原因と教訓を明らかにする方向ではないかと思います。
2、ガイドの水準、認識を向上させ、ガイドが参加者の命にかかわる問題で的確な判断を保障しうる制度の提案。
2つめの問題は、いま述べたことを本当に実行するには、解決策として何がかなめか、ということです。
報道のようにガイドの力量不足がかなめだというならば、個々のツアー会社と個々のガイドの今後の努力に委ねるという策が基本になってしまいます。
そのことで、解決がなしうるのでしょうか?
パーティーがあの気象条件とパーティーの構成で、足の揃った静岡のパーティーでさえ夜7時半にようやく十勝側に下山できたような行程に出発せざるを得なかったのは、行くしか選択肢がない立場にあったからでした。
麓の温泉は予約済み、バスも待っている、飛行機の便も団体で予約済み、当日は同社の別のパーティーが避難小屋に入ってくる、もしかしたら、下山後はすぐ次のガイド番にふりあてられていたのかもしれません。
そして、3人のガイドの構成そのものが、ルートの未経験者が2人もいる、非力なものでした。中間報告書がいうように、ガイドの構成、予備日なし、出発の判断も自分の裁量が限られる、そういう条件で、この登山は始まったのです。
小屋にサポート役と、テントとガスコンロを、その日に入れ替わりでやってくるパーティーのために残しておくという、無防備な体制でです。
制度としては、ガイドが会社とは独立に安全最優先の判断をおこないうる、そうした体制・制度に改善されることが第一の問題です。それでこそ、ガイドの力量は発揮されます。
そして、その制度化と併せて、ガイドの力量の向上が必要です。
人の命を預かるのですから、会社から独立した立場でこうしたツアーに、専門的なガイドを配置することを義務付け、ガイドの判断によってその地位や生活が脅かされない立場を保障する。
そのうえで、ガイドが行った判断には、ガイドは会社とともに、全面的なそれぞれ独自の責任を負う。もちろんガイドは、接客役とは区別して、有資格者でなければなりません。ガイド協会が雇用形態の面で、会社側と専門ガイドとの間を仲立ちする仕組みづくりも一案と思います。
こうした制度が創設されないかぎり、コスト優先のガイド配置とツアーの運営が手つかずになり、事故はこれまで通り、繰り返されることになると思います。
ガイドの力量・判断の問題は、いまに始まったことではなく、長年の野放しの結果、今があるということが大事と思います。
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