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更新日:2016年05月31日 訪問者数:6497
登山・ハイキング 技術・知識
熊除けスプレー考(追記あり)
残念ながら、熊対策にこれといった有効な決定打は無いのが現状です。そのため、このノートでは題材が広範囲になることを避け、熊除けスプレーに関連した項目を中心に取り上げました。
microlight
熊除けスプレーは無意味?
携行しているOCスプレー
・逆上防止のため、対人用を選択
・使用可能期間は38年
先日の質問箱にもありましたが、他にも登山関係の個人サイトでは「スプレー不要」の意見が少なからず見受けられます。理由としては、「高い」「使える場面が限られる」「効果に疑問」「練習が必要」といったところでしょうか。
私自身の経験でも、スプレーを携行していることに気がつくと大げさに驚かれたり、中には笑い出す登山者に出会ったことさえあります。

そこで、質問箱に寄せられたことを機に、意見の異なる方や批判される方もおられることを承知で、私なりに考察してみました。また、長くなるため質問箱での回答という形は取らず、ヤマノートでの投稿としました。
熊に襲われたら何をしてもほぼ無意味
実際のところ、熊に襲われたら何をしてもほぼ無意味です。
熊の皮は厚く頭骨は強固で、アルミストックで叩いたところで余計に逆上させるだけです(*1)。ひたすらザックを盾にうずくまって、噛まれようが爪で抉られようが耐え抜いて捕食行動でないことを祈り続けるか、あるいはナタなどで死に物狂いで応戦して奇跡を願う他ありません。

ツキノワグマはヒグマほど個体は大きくなく、攻撃的でもありませんが、それでも遭遇時には、「人語が通じない」という現実と「圧倒的な力の差」を思い知らされます。
攻撃時には、足場の悪い地形を信じられないほどの速さで駆け寄ってきますから、走って逃げ出すことなどまず不可能です。

子熊の場合はそれほど脅威を感じませんが、その存在自体が危険になります。
子熊は警戒心が薄く、逆に好奇心が旺盛なため、こちらが気付かないうちに接近されてしまい、母子の間に入り込んでしまうことがあります。そうなると、母熊は何があっても決して逃げようとせず、敵を排除するまで攻撃をやめません(*2)。
------------
*1:
軽いアルミストックで距離を保とうとするのは無理だと思います。
恥ずかしながら、私も昔ツキノワグマに襲われたことがあり、その時はストックで突き放すように距離を取ろうとしたところ、一発でへし折られました。
後で調べると、熊は視力は人間と変わらないと言われますが動体視力や反射神経ははるかに高いうえ、人間が持つストック自体を見慣れたものと認識しているため、人が振り回す動きなどは敵対行為として認識はしても、脅威としてはまったく受け取らないようです。

ただし、先端を相手に向け、繰り返し突くような動作が効果的だとする一部研究者もいます。熊はこうした動きが苦手らしく、嫌がって逃げることを選ぶ可能性が高いそうです。
一説には、熊は本能的に蛇を嫌うからではないかとも言われています。
*2:
なお、熊害対策シンポジウムなどで取り上げられる事例の多くは山菜採りでの被害であり、彼らの餌場への占有心や被害の傾向は繰り返し題材として挙げられています。
ただ、熊の餌場に入り込みがちな山菜採りと、一般登山道を歩く山行とは私は区別して考えており、ヤマノートも「ジャンル共通」にはあえてせず、「登山・ハイキング」と限定しています。
必要なのは襲われないようにすること
出会い頭対策の防犯ブザー
・ザックのショルダーストラップに装着
・熊が未知の音を恐れることを期待し、ピロピロという電子変調音
必要なのは、遭遇した場合に襲われないようにすることです。

至近距離(*3)から突然襲われるような事例は意外と少なく、出会い頭でも多くは少し離れた距離で遭遇したり、熊の警告する唸り声で接近に気付いたりする場合が多いのですが、その際、熊除けスプレーやナタを携行していると、こちらもある程度冷静になることができるものです。
そして応戦ではなく、相手が近づくのをためらったり嫌がるように仕向け、襲うことを諦めさせる必要があります。その際にスプレーは極めて有効です(*4)。
風上であることが条件になりますが、熊は嗅覚と聴覚が優れている(犬より高いといわれる)ため、ある程度離れていてもスプレー成分を忌避し逃亡を選択する可能性が高くなります。

被害の多い地域・山域の自治体や警察などではスプレー携行を推奨していますし、過去に開かれた熊害対策のシンポジウムでも、様々な事例でスプレーの有効性が報告されています。
また、里山に迷い込んだ熊を山奥に戻す場合、スプレーで懲らしめてから放すのが通例です。これは熊に「人間は嫌な存在だ」と覚えこませ、里に下りて来させないようにするのが目的です。
------------
*3:
私は普段から山野での距離感の方が強いので説明不足になってしまいましたが、「至近距離」というのは手の届くような範囲のことではありません。それはあくまで「人の世界」の感覚であって、山野での感覚や野生動物の世界では10〜20mは「目と鼻の先」の尺度に入ってしまいます。
銃で撃つ射程を思い浮かべていただければ分かりやすいでしょうか。
*4:
(捕食行動時を除き)彼らはまず「ブラフアタック」というのを仕掛けてきます。こちらに突進すると見せかけて直前で後退するという「脅し行動」ですが、殆どの人はこれで慌ててしまい、パニックになったり背を向けて逃げようとするため、そのまま襲われてしまうケースも少なくないようです(我慢しろと言うのも相当無理がありますが)。
慌てないためにも、スプレーやナタといった対抗策を持ち、心理的にも身構えられるようにするのが有効とされています。
野生動物を山へと押し上げる力を地域は失っていった
そうですね、熊情報のある山域に何の対策も講じないで入り込むのも、自分だけは大丈夫だと思い込むのも、いわゆる「自己責任」です。

しかし、人が街へと産業・生活圏を移し山域での人口が減るにつれ、彼らは人への怖れを忘れるようになりました。里山の荒廃、耕作放棄地、廃村化の進行は、彼らの生息地の拡大を意味します。それに関連し、近年、人を怖れない個体が増加しているという報告もされており、被害も増加しています。
熊鈴やラジオの音を聞きつけて、逆に近づいてくる個体もいるということです(*5)。

里山に近く生息しながらも用心深い彼らは、人の営みをよく観察しているといわれます。車に乗り、木々を倒し、重機で大地を削る人間は、彼らにとって不可解で用心すべき存在なのです。
しかし、偶然でも人を襲って食料を奪い(あるいは人を捕食し)、人が厄介な存在ではなくただの弱い生き物だと知った個体は、次第にハイカー目当てか里山に降りるようになります。その中で人身事故が起これば最後には射殺です。そうなればもう「自己責任」の範疇ではありません。

熊は人を怖れてはいませんが、人と関わるのが嫌なものであるということを教えなければ、いずれはどちらにも不幸な事態を招くことも考えられるわけです。
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*5:
熊は本来、「臆病、慎重、神経質で暗い所に潜む」とされてきましたが、その正反対である、「大胆、無警戒、無神経に出没」という個体が多数報告されています。
熊の生息域に立ち入るなら相応の準備を
「雪山に入るなら、アイゼン歩行や滑落停止の訓練をするのは当たり前だ」と誰もが言い、誰もが同意します。危険なルートではアンザイレンをしたり事前にビレイを取ったりと、細心の注意を払います。
であるのなら、「熊除けスプレーを使うのには練習が必要だから、携行しても意味がない」「邪魔だから結局ザックに入れっ放しになるので、いざという時に使えない」というのは矛盾ではないでしょうか?

熊情報があるのなら、いつでも取り出せる位置に携行するのは当然ですし、素早くケースから出して安全ピンを外し、発射できるように身構えられることを訓練するのもまた当たり前です。
「熊になんかめったに出会うものではない」というのなら、私も訓練を重ねた滑落停止が実際に役立ったことはありませんし、常に携行している救急キットも大部分は使用したことがありません。

誰もが口にしますが、登山の原則は「セルフレスキュー」であり「自己責任」です。
彼らの生息域にこちらから進んで入り込む以上、それ相応の準備をするのも、自身の被害から地域への熊害へと拡大させないことも、登山者の「自己責任」のひとつなんじゃないでしょうか。
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コメント

とても貴重な提言だと思います。
microlight さん、はじめまして。
ツキノワグマの被害に関しては、今までは大した
被害もなく、熊鈴程度でも問題なかった。。という
認識だったんでしょうけど、ここのところそういう認識が
甘かったと思わざるを得ない被害報告がたくさんあがっていますね。

自分も、正直ツキノワグマくらい。。という認識でしたが、
これからは認識を改めたいと思います。

熊の生態に関してはおっしゃる通り、
熊鈴がなっているから、熊が逃げてくれる。から、
わざわざ寄ってくる熊も出てきた。
人間を恐れない個体が増えてきたと考えても
よろしいかと思います。

熊が人間を恐れるように配慮するのも
山のマナー。。そんな時代になってきているようですね。

熊避けスプレーは腰に常備して、みつけたらすぐに
発射できるように身構える。
不用意に発射することはしないで、まずは対面して熊の動向を見極め、
徐々に後ずさって敵意のないことを知らしめ、
熊が去ってくれるようなら、こちらも刺激するようなことはしない。
というようなところが正解でしょうか。

知床あたりだと漁師のおばちゃんが、
羆に大声で説教して撃退するなんてシーンが
映像で残っていますが、野生動物との付き合い方を
勉強する必要がありますね。
2016/5/29 18:50
Re: とても貴重な提言だと思います。
k-yamaneさん、初めまして。

熊は大変頭が良く記憶力も優れていると言われますが、そのためか生育環境や経験が個体の性格に大きく影響するようで、場合によっては対応策に対する反応が個体によって正反対になることもあります(熊鈴が良い例でしょう)。
ですから、「熊はこうするはずだ」とか「こう対応すれば大丈夫だ」とは必ずしも言い切れないのが熊対策の難しいところですね。

我々としては、熊の行動パターンを安易に決めつけたりせず、気象と同様、熊情報に注意しながら山行に臨むしかないのでしょう。
2016/5/31 21:08
情報ありがとうございます
microlightさん、はじめまして。
クマ対策は気にしていたものの、カウンターアソールトなどの購入は価格が高いので見送ってきました。
対人用という選択肢をお知らせいただき、ありがとうございます。
有益な情報と思い、ついコメントしました。
2016/5/30 12:28
Re: 情報ありがとうございます
superfrogさん、初めまして。
参考にしていただき、恐縮です。

私が選んだのは米国の治安機関で認証を受けている軍事規格のものですが、防犯ショップによっては、まるで効果のない防犯スプレーを売りつけているところもありますので、お気をつけください。
2016/5/31 21:20
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