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更新日:2018年03月29日 訪問者数:5963
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ワカンのバンド調整に関する一考察
yokota1967
はじめに
ワカンの登山靴への固定は,事前に登山靴に合わせて補助バンドの長さを調整しておき,実際にワカンを使う際には,メインのバンドを締め付けることにより行うことが一般的である.メインのバンドの締め付け方は,取り扱い説明書やネットなどで解説されているため問題はないが,補助バンドの調整に関しては,単に靴に合わせて調整するとしか書かれていなかったり,写真1(あるワカンメーカーの取扱説明書の中で正しい取り付け方とされている写真)に示すように,写真でしか示されていないこともある.しかも,実はこの補助バンドの調整法は間違っているのである.ワカンは,スノーシューとは異なり,急斜面ではワカン前部を雪面に蹴りこんで使うこともあり,逆にこうした使い方ができることが浮力に劣っても余るワカンの最大の特徴でもある.しかし,補助バンドの長さの調整を誤ると,雪面に蹴りこんだ衝撃などで,ワカンに対して登山靴が前方にズレてしまうことがある.こうした原因を示したうえで適切な補助バンドの調整法を説明してある文献を見たことがない.もちろん,直観的に正しく補助バンドを調整している方も多いと思うが,よくわからず困っている方も多いと思うので,高校の数II(一部,数III)レベルの数学を使い,このズレが生じる原因を明らかにし,ズレを発生させないための補助バンドの調整法を示す.
まず,結論
写真1や写真6に示した取り付け方は誤りであり,写真4に示したように補助バンドBが垂直に,かつ補助バンドAが水平になるように,補助バンドAの長さを調整して登山靴をワカンに取り付けることが正解である.写真1や写真6に示した取り付け方だと,雪面にワカンを蹴りこんだ際の衝撃で,写真8(上)に示しようにワカンに対して登山靴が前方へズレてしまうことがある.写真8(下)は正常な状態であり,かなり前方にズレていることが分かる.
ワカンについて
ワカンの登山靴への固定法については,YouTubeを含めてネットの様々なところで解説されているので,そちらを参照頂くことにする.むしろ,この記事を読む方は,すでにワカンを使っておられる方が多いと思われるので,この後の説明に必要な点だけを重点的に説明する.写真2のようにワカンを置き,右足を写真でつま先が右になるようにワカンの上に乗せる.この際,底バンドBを登山靴の土踏まずのヒール側に引っ掛けるようにする.その後,メインのバンドで締め付けたものが写真3であり,これが完成形である.これを側面から見たものが写真4,靴底から見たものが写真5である.メインバンドは一本のバンドであり,問題の補助バンドは2本あり,個別に長さを調整できるようになっている.便宜上,それぞれを写真4に示したように補助バンドA,補助バンドBと呼ぶことにする.本来ならば余ったバンドはきちんと処理するべきであるが,ここでは省略してある.また,写真5で底バンドBが登山靴の土踏まずのヒール側に引っ掛っていることが重要である.
登山靴の前方へのズレ現象
補助バンドAの長さが登山靴のサイズに対して短かった場合,メインバンドは,写真6に示すような張り方になってしまう.写真4との違いを比較してもらいたい.実は,こうした張り方では,雪面に蹴りこんだ衝撃などで,写真7に示したように底バンドBがヒールの上にずり上がり,写真8(上)に示したようにワカンに対して登山靴が前方にズレてしまうことになる.写真8(下)が正常なので,かなり前方にズレてしまっていることが分かる.こうなると非常に歩きにくく,雪面にワカンを蹴りこむことは不可能である.実は,先に示した取扱説明書の写真1は誤ったバンドの縛り方である.以下では,このズレが生じる原因を明らかにし,ズレを発生させないための補助バンドのベストな調整法を示す.
登山靴,ワカン,バンドのジオメトリーの簡略化と固定法の基礎知識
写真4に示した登山靴を真横から見た概形を図1(a)に示す.これをもっと簡略化して図1(b)とする.これを図1(c)に示すようにワカンに点bでバンドにより固定するものとする.実際は,点bからバンドが出て,点jを経由し,反対側の点bで固定されるが,対称性が成り立つため,片側のみで議論しても問題はない.この際,登山靴の上部でバンドが垂線になるような点jを経由してバンドを張ったとき,バンド長が最小となり,登山靴の前方へのズレを生じさせない.ただし,後方へのズレはバンドと登山靴,登山靴とワカンの間の摩擦抵抗のみにより抑制されるが,衝撃等で容易に生じてしまう.また,図1(d)に示すように,一本のバンドを使い,ワカンに点bと点dの2点で固定できる場合,点bから点jを通って反対側の点bに回り,そこから点iを通ってこちら側の点dに来て,さらに点hを通って反対側の点dに回り,そこから点iを通ってこちら側の点bまで来る縛り方となる.この場合,同図に示すように点jと点hでいずれも垂線となるようにし,かつ,点iを線分ibと線分idの長さの和が最小になるようにしたとき,バンド長が最小となり,登山靴の前方へのズレを生じさせない.図1(c)の場合と比べ,バンドと登山靴,登山靴とワカンの間の摩擦抵抗は増えるため,後方へのズレを図1(c)の場合よりも抑制するが,止めることはできない.言うまでもないが,点bと点dは,底バンドAと底バンドBへの取り付けを意味している.線分bdの長さはこれら二つの底バンドの間隔であり,事前に調整された長さに固定されている.
登山靴の後方へのズレの防止とそれにより発生する新たな前方ズレ
図1(c)や図1(d)に示した固定法では,登山靴の後方へのズレを止めることはできない.そこで,図1(e)に示すように,点kから登山靴の後部の点gにかけて別なバンド(補助バンドAとする)を張ることにより後方へのズレを防ぐことを考える.一般的なワカンでは実際にこのような固定法が使われている.特殊な登山靴でない限り,点gは固定点ではないため,補助バンドAは垂線でない限り,容易に緩んでしまうことになる.写真1に示したワカンの取扱説明書の写真では,この点にまず誤りがある.写真4と比較してもらいたい.線分kgは,補助バンドA,線分kdは補助バンドB,線分jb,線分ib,線分ik,線分hkがメインバンドである.二つの補助バンドの長さは事前に調整された長さに固定されているとする.ワカンを登山靴に固定する際には,メインバンドの長さ,つなわち線分jb,線分ib,線分ik,線分hkの長さの和を最小にするように縛らなければ容易に緩んでしまうことは分かるであろう.このためには,これまでと同様に点jと点hではバンドが垂線となるように,また,点iは線分ibと線分ikの長さの和が最小になるような点でなければならない.

点dではワカンの底バンドBが登山靴のヒールの前部に引っかかるように固定されるため,簡単には前方にズレない感じがして補助バンドの調整は不要のように思える.しかし,急斜面を登る際にワカンの前部を雪面に蹴りこむなどの力を加えると,底バンドBが土踏まずとヒールの段差を超えてしまい,図1(f)に示すように登山靴が前方にズレてしまうことがある.図1(f)においてもメインバンドの長さは,図1(e)と同じ長さであり,緩みなく張られていることに注意するべきである.このような登山靴の前方へのズレが発生する原因の直観的な解釈は,登山靴とワカンの相対位置2か所でメインバンドの長さが一致する解が存在してしまうことである.ここでの目的は,具体的に2つの解が存在する数値例を示すことと,こうしたズレを発生させないための補助バンドAの長さの事前調整の方法を示すことである.
登山靴の前方ズレの要因
数値例を示すため,私の登山靴の形状を参考に,図1(g)に示すジオメトリーを仮定する.ここで,例えば線分abの長さを単にabと表すことにする.x=df,y=kg,z=kdとおく.y, zは,それぞれ補助バンドA,Bの長さであり事前に調整しておく,xはワカンに対する登山靴の相対位置を表す.メインバンドの長さは,線分jb,線分ib,線分ik,線分hkの長さの合計(靴の反対側を考えればその2倍であるが無視する)であり,これをx,y,zを変数に持つ関数f(x,y,z)で表す,補助バンドの長さy,zを固定した場合,単にf(x)と書く.付録に示したように,このメインバンドの長さf(x,y,z)を導出した.三角関数までの知識(高校の数学?)で容易に導出できる.私の登山靴の場合,おおよそ,tanθ=0.3,oa=70/3cm,af=35cm,bd=10cmなので,これらの値をf(x,y,z)に代入した.ちなみに,ヒール前部から靴の後部までの長さは9cmなので,ワカン装着時のdf,つまりxは9cmであることを覚えておいていただきたい.
一例としてy=6cm, z=10cmの場合のx(cm)とバンド長f(x) (cm)の関係を図2に示す.ワカンを装着する際には前述したようにx=9cmでメインバンドを張るため,その際のメインバンド長f(x)は約40.25cmである.ワカン下部の底バンドBは,初期状態では土踏まずのヒール前面にあり固定されているが,ワカンを雪面に蹴りこむなどによりヒールの部分を超えた場合,xはx=9cmから小さな方に移動することになる.図2から分かるように,この場合,メインバンド長f(x)は小さくなる.つまり,もっと締め付けられることを意味する.簡単に言えば緩んでいるのである.登山靴がもっと前方にズレて,x=3.2cmまでくると,x=9cmの時と同じバンド長f(x)になる.つまり,メインバンドは再び緩みなく張られてこれ以上前方へのズレることはなくなる.x=3.2cmまでズレたのであるから元のx=9cmから考えると,5.8cmも登山靴が前方にズレたことになる.これが,ワカンのズレの原因である.
登山靴の前方ズレを防止するためには
登山靴の前方ズレを起こさないためには,初期位置,つまりx=9cmの位置で,バンド長f(x)が最小値になっていればよい.そこで,z=10cmに固定し,補助バンドAの長さyをy=6,7,8,9,10cmと調整したときのバンド長f(x)を図3に重ねて示す.それぞれのyにおいて,バンド長f(x)が最小値をとる位置xに〇を描いた.yを調整することにより,バンド長f(x)が最小になる位置が変化してゆくことが分かる.yとそのyにおいてバンド長f(x)が最小値となるxの関係を図4に示す.初期位置x=9(cm)でバンド長f(x)を最小にするためには,補助バンドAの長さyは,約y=9.15cmでなければならないことが分かる.そして,この時,登山靴は前方にも後方にもズレなくなる.

ここまでは,補助バンドBの長さzは固定していたが,zをさまざまな値に調整したとき,zとx=9cmでバンド長f(x)が最小になる最適な補助バンドAの長さyの関係を調べた.その結果を図5に示す.zにより最適なyは変化するが,yの変化は数ミリ程度であり,おおよそy=x=9cmと考えても差し支えないことが分かる.つまり,補助バンドBが垂直になるように補助バンドAの長さyを調整したとき,ワカンのズレが最も少なく安定していることが分かる.
補助バンドBの長さの目安
任意のzにおいて最適なyは存在するため,補助バンドBの長さzは,どのようにしても構わないように思えるが,実は違う.z=3,4,...,10とし,それぞれのzで最適なyを選択したときのバンド長f(x)を図6に示す.ただし,見やすさを考えてf(x)の最小値が0になるように補正してある.これまで述べてきた通り,バンド長f(x)はx=9cmで最小値をとるが,凸の鋭さがzにより異なる.専門的に言えば,x=9でのf(x,y,z)のxに関する2次導関数(d/dx)f(x,y,z)の値がzにより異なる.これは,バンドが伸縮した場合やバンドの固定が余った場合に,xがどの程度,動きやすいかを表す.凸形状が鋭い,つまり2次導関数の値が大きいほど,こうした要因に対し,x,つまり登山靴が動きにくくなる.zとそれぞれ最適なyを選択した際のf(x)のx=9での2次導関数の値の関係を図7に示す.zが小さいほど,2次導関数の値が大きくなり,ワカンと登山靴のズレが生じにくいと言える.つまり,補助バンドBの長さzは短いほど良いことになる.ただし,補助バンドAの長さの調整ほど重要ではなく,登山靴のgの位置の形状にも依存するので,登山靴に合わせて安定な点gを見つけることになる.
再度,結論と補足
ワカンに対する登山靴の前方へのズレを防止するためには,補助バンドAは水平に張り,長さは補助バンドBがおおよそ垂直になるように調整することが必須である.簡単に言えば,写真1や写真6ではなく,写真4のように取り付けることが正解である.また,補助バンドBの長さはなるべく短い方が望ましいが,補助バンドAが通る登山靴の裏側の点gが安定していることの方が優先される.

実際の登山靴は,図1(g)のような2次元形状ではなく,もっと複雑な3次元形状をしている.また,土踏まずとヒールの段差(ヒールリフト?)や足ではなく脚の入る部分?の存在も無視している.そのため,ここでの解析は精密ではない部分があると思うが,本質はそれほど外していないと思っている.
付録
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コメント

ワカンは、ずれるモノだと思っていたので
ワカンは、ずれるモノだと思っていたので、目からうろこです。
早速調整しましたが、バンドAの長さがギリギリで、上手く調整できたかどうか、微妙。試してみたいところですが、残念ながら来シーズンまでお預けかな・・・
2018/3/31 21:36
Re: ワカンは前にずれるモノだと思っていたので
ワカンを雪面に蹴りこむとやっぱりワカンに対して登山靴の方が前にズレてしまいます.
このシーズンオフに今更とは思ったのですが,自分自身の覚え書きの意味も込めてアップしました.補助バンドの調整は面倒ですが,バンドを切っていなければ,意外に調整範囲は広いようです.来シーズン,困ったらコメント下さい.
2018/4/1 19:36
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