六甲全山縦走
六甲・摩耶・有馬
最終更新:nanaco3
基本情報
| 標高 | 491.6m |
|---|---|
| 場所 | 北緯34度48分06秒, 東経135度19分19秒 |
岩倉山の標高として三角点があるところの高さとしている人がいますが
地形図をよく見ると三角点の西側により高いところがあります。
三角点は単なる高さの基準点でありその山の標高ではありません。
標高は三角点より高い場所がある場合にはその標高点が山の高さとされます。
宝塚市の地図には三角点の位置の高さが488.4mで最も高いところが491.6mと記載されています。よって岩倉山の標高は488.4mではなく491.6mです。
祠の傍らに置いてある石柱
「山中来諸并牛為安全立之者也 藤兵衛」 側面に「丑二月吉日」 この祠の数m 南に放置の石柱 には 「○○ 頌寿長久 豊嶋屋」 側面に「丁文化十四○」と記載があります。 豊嶋屋 藤兵衛 それに建立時期が 譲葉山の石祠 と結びつきがあります。 これらの石柱は 本当に 岩倉山の祠と関連があるのか疑問が出てきます。
岩倉山の祠は 本当に丁丑文化の時代からあったのかと。
祠
天板は化粧鋼板で吹かれていることから現代に作製されたものであるが 内部にある不動明王像はどこにあったものかと疑問が出てくる。 石柱の記載文字と不動明王から連想されるのは 昭和22年 木藤誠一郎著 のハイカーの径 に記載の ・・・・千石ズリ上に行く少し手前から右へ譲葉山々上への登路がある。山上は好展望臺にてその北方のピークに高山不動尊の祀がある・・・・・ と記載があり 高山不動尊が 譲葉山の石祠の北にある壊れた石祠であるとすれば 石祠が壊れたので 岩倉山に移設したと考えれば合点がいく。
しかも譲葉山の石祠 と 高山不動尊は 豊嶋屋藤兵衛つながりである。 推測の域ではあるが。
地形図をよく見ると三角点の西側により高いところがあります。
三角点は単なる高さの基準点でありその山の標高ではありません。
標高は三角点より高い場所がある場合にはその標高点が山の高さとされます。
宝塚市の地図には三角点の位置の高さが488.4mで最も高いところが491.6mと記載されています。よって岩倉山の標高は488.4mではなく491.6mです。
祠の傍らに置いてある石柱
「山中来諸并牛為安全立之者也 藤兵衛」 側面に「丑二月吉日」 この祠の数m 南に放置の石柱 には 「○○ 頌寿長久 豊嶋屋」 側面に「丁文化十四○」と記載があります。 豊嶋屋 藤兵衛 それに建立時期が 譲葉山の石祠 と結びつきがあります。 これらの石柱は 本当に 岩倉山の祠と関連があるのか疑問が出てきます。
岩倉山の祠は 本当に丁丑文化の時代からあったのかと。
祠
天板は化粧鋼板で吹かれていることから現代に作製されたものであるが 内部にある不動明王像はどこにあったものかと疑問が出てくる。 石柱の記載文字と不動明王から連想されるのは 昭和22年 木藤誠一郎著 のハイカーの径 に記載の ・・・・千石ズリ上に行く少し手前から右へ譲葉山々上への登路がある。山上は好展望臺にてその北方のピークに高山不動尊の祀がある・・・・・ と記載があり 高山不動尊が 譲葉山の石祠の北にある壊れた石祠であるとすれば 石祠が壊れたので 岩倉山に移設したと考えれば合点がいく。
しかも譲葉山の石祠 と 高山不動尊は 豊嶋屋藤兵衛つながりである。 推測の域ではあるが。
| 山頂 |
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