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更新日:2023年06月15日 訪問者数:1650
クライミング/沢登り 技術・知識
台湾での沢登りについて
tamoshima
はじめに
 台湾における沢登りについては、2007年に海外溯行同人により出された「海外溯行研究 No.1」にまとめられている他、最近では大西良治著「渓谷登攀」でも何本か紹介されている。しかし、これらの書で紹介されているのは遡行・下降に1週間程度以上もかかる大渓谷ばかりである。このことから、日本の一般の沢屋には、台湾の渓谷に入るのはよほどの篤志家だけであり、遠い存在と捉えられているように感じられる。
 しかしながら、中国語で書かれたWEB記録を見てみると、実際に台湾でよく行われている「溯溪」(※1)は、日本と同様1〜3日程度のものである。このため、私は台湾での沢登りも日本と同様に気軽に行えるものであろうと考え、今回(2023年4月29日〜5月7日)、長期ではない、台湾で人気の沢の遡行を目的として、台湾へ行ってみた。
 ここでは、今回の台湾遠征において、事前、遠征中、事後に得た知見等をまとめる。たった一度の渡航で知ったように書くのもおこがましいとも思うが、推測で書いたこともあることを承知の上で読んで頂ければと思う。また、誤り等があればぜひご指摘いただきたい。
 より多くの日本の沢屋が台湾に行くようになり、遡行に適した沢がもっと紹介され、海外溯行へのハードルが低くなることに繋がれば幸いである。

※1:台湾で使われる「溯溪」という言葉は、字義通りには沢登りのことであるが、現在ではキャニオニング(溪降)も含めた意味で使われている。この点には留意が必要である。
台湾の渓相と溯溪の実情
●台湾の地質と渓相
 「海外溯行研究 No.1」に、成瀬陽一氏による「台湾の渓谷論」が5ページに亘り掲載されており、参考になる。また、全土の地質図のうち分かりやすいものは下記。
http://www1.geo.ntnu.edu.tw/~shensm/Course/CourseWork/TaiGeom_Stu/%E5%8F%B0%E5%8C%97%E7%B8%A3%E6%A8%B9%E6%9E%97%E5%B8%82/_private/%E5%9C%B0%E5%BD%A2%E5%8D%80/%E5%9C%B0%E8%B3%AA%E5%9C%96.htm
 台湾の五大山脈と言われるのは中央山脈、雪山山脈、玉山山脈、阿里山山脈、海岸山脈で、他に遡行対象の沢がある山域としては大屯火山群(陽明山)がある。
 中央山脈、雪山山脈、玉山山脈、阿里山山脈は実際には1つの山塊で、東ほど古く変成が進んだ岩、西ほど新しく変成の進んでいない岩である。具体的には、西から順に砂岩、頁岩、粘板岩、千枚岩、片岩が分布している。また、中央山脈の東側に、南北に細く大理石も分布しており、太魯閣峡谷等の大理石の大ゴルジュが形成される要因となっている。砂岩〜片岩が層状に崩れやすい岩であるためか、この山塊には大規模な崩壊地が多く、沢はゴーロの区間が長くなっている一方で、側壁数百mに及ぶ巨大なゴルジュが点在し、ゴルジュ内の突破は困難である。また、岩の崩れやすさから、規模の大きい滝は傾斜の強いものが多く、直登できるものは少ない。谷の奥深さにも特徴があり、多くの谷には谷沿いの車道がなく、下部の長いゴーロを歩かないと、滝のあるエリアに到達できない。島を東西に貫く北横公路、中横公路、南横公路等は例外であり、山深い谷に楽に入渓できる有難い存在である。岩質は、大理石を除いて黒っぽい岩ばかりであり、粒子は細かく、つるっとしていて滑りやすい岩が多い。フェルトソールでもラバーソールでもよく滑る。
 海岸山脈(最高峰:新港山1680m)は新第三紀中新世以降の頁岩、砂岩、集塊岩からなり、急峻な沢が多く、空中写真からは崩壊地もそれほど多くないため、ゴーロはあまり長くないように見受けられるが、遡行記録は少なく、詳細は不明である。山の大きさからは、日帰り〜1泊程度の沢登りが出来そうである。
 大屯火山群(最高峰:七星山1120m)は第四期更新世の安山岩からなる新しい山で、遡行対象となる沢はあるようだが、発達したゴルジュはなさそうである。小さい山であるため、日帰りルートのみと思われる。

●台湾の沢登りの実情
 台湾の山のほとんどを占める中央山脈の山塊の渓相とアプローチが上記のようなものであるためか、台湾で行われている溯溪は、下記のようなものが多い。
・溪降(キャニオニング)
・見応えのあるゴルジュや滝までゴーロを歩いて引き返す
・野溪温泉(野湯)までゴーロを歩いて引き返す
 そのため台湾の溯溪者の遡行能力は平均して低いと思われ、遡行対象としてメジャーな沢は、日本の沢慣れた沢屋からすると、易しい傾向にある。なお、台湾の沢には野湯が多く、野湯への入浴は楽しみの1つとなり得る。

 このようなことから、キャニオニングを楽しみたい方、野湯が好きな方、滝やゴルジュはみるだけで良い方には、台湾のメジャーな溯溪ルートはお薦めできる。一方、滝を登りたい沢屋は、台湾でメジャーな溯溪ルートがあまり楽しめないため、結局、マイナーな谷に活路を見出すことになる。本流筋の大渓谷は1つの選択肢だが、長大なゴーロ、大高巻、冷たい水、不安定な天候、1週間程度以上の日数と重荷、稜線登山道の通行許可取得を覚悟しなければならない。もう1つの選択肢は、情報の少ない短い沢であるが、台湾ではあまり遡行記録のWEB公開が進んでいないし、推奨度の記載もなく、良さそうな沢を見つけるのは難しい。今回の9日間で最も遡行価値の高かった瓦黒爾溪も、人から教えてもらった沢であり、自分で発見することはできなかっただろう。しかし逆に、遡行価値の高い谷がメジャー化せずに残っているということでもあり、このような谷を見つけ出すというのは、台湾での溯溪の楽しみ方の1つであろう。
今回行った沢とその印象
●4/29 高坡溪:キャニオニングのメジャールートだが、遡行しようとしてうまくいかずエスケープしたり、下降しようとして私有地だから入るなとの掲示に従って撤退したりと、微妙な結果に。登れそうにない滝が多いことを知った。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5420446.html
●4/30〜5/2三光溪周回:台湾北部で遡行対象としてメジャーな三光溪傳統段が、期待ほど良い渓相ではなく失望。ルート中に野湯が2箇所もあり、適温で気持ちよく入れたのは良かった。立派な巒大杉や苔生す詰めも印象深い。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5437599.html
●5/4瓦黒爾溪:立派なゴルジュなのに大高巻が必要な滝がなく、登り応えのある滝が多くて、短くも非常に面白い渓谷であった。一押しの谷。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5460996.html
●5/5立霧溪本流:観光地である九曲洞の本流へ行ってみたところ、滝はないものの、渡渉力を試される箇所が多く、緊張感のある遡行を楽しめた。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5463302.html
●5/6馬海僕溪:ここも地元で人気のルートだが、凡流部が長めで、野湯以外に大した見どころはなかった。源流は3000m峰であり、見学だけで引き返したが高巻きが非常に大変そうなゴルジュと、水の冷たさが印象に残った。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-5475258.html
台湾の地図
 台湾の登山者は、「魯地圖」と呼ばれる地図を使っており、日本人もそれを利用できる。
https://twmap.happyman.idv.tw/map/
 10m毎の等高線があり、日本の2.5万図と同程度には正確であるように感じた。アプリ(AndroidであればGreen Tracksがお薦め)にダウンロードすれば圏外でも使用可能で、非常に便利である。
 正規の登山道に加えてバリエーションルート的なものや廃林道等も載っているが、藪や崩壊等で辿るのが難しい状態のものも含まれているため注意が必要である。逆に、載っていない径路も勿論ある。

 上記ウェブサイトの「地圖瀏覽器」では、レイヤ変更により日本統治時代の地形図、詳細な空中写真等も「瀏覽」できるので、非常に参考になる。
台湾での生活
【レンタカー】
・台湾では、日本の免許証と、JAFが発行する(手数料3300円)中国語翻訳文があれば車を借りられる。
・左ハンドル右側通行なので、慣れるまでは注意が必要。
・市街地ではバイクが多く運転しづらいので、大きい市街地には車で入らないほうが良い。
・信号通行のルールは日本とほぼ同じ。
・日本と同じ車種名でも、サイズ等が日本とは違う車を販売しているメーカーもあるので要注意。
・高速代は日本よりかなり安いので、ケチらずに使えばよい。ETCはレンタカーに標準装備で、返却時に清算。
・今回は桃園空港そばの上馬租車を利用。早朝や夜間の送迎にも追加料金なしで対応頂け、バンパーに小さい傷をつけてしまっても修理費を請求されることもなく、良かった。

【宿泊】
・今回、いつどこで泊まるかは天気次第と考えていたため、事前の宿泊予約はしておらず、毎日当日にGoogle Mapで宿を検索し、AgodaやBooking.comで予約していた。それでも問題はなく、1泊1人当たり400〜600元程度で泊まれた。今回宿泊した宿は下記の通り。
29:拉拉山周家渡假旅館、2:愛在大南澳民宿、3:戴一夏民宿、4:太魯閣蘇西小空間、5:維多利亜温泉会館、6:埔里背包客之家
どこも特に不満はなく泊まれたが、戴一夏民宿は非常にアットホームな民宿で、印象に残った。また、埔里背包客之家は偶然にも日本人オーナーの宿で、いろいろと話しやすかった。
・日本では銭湯で入浴して宿泊は車中というスタイルが可能だが、台湾には銭湯が殆どないので不可。宿無し=入浴なしとなる。

【洗濯】
・大きめの町にはコインランドリーがある他、洗濯が可能な宿も多い。

【食事】
・臭豆腐等、あえて癖の強い食べ物を選ばなければ、たいていの食事は日本人の口に合うと思う。しかし、白飯は粘りがなくぱさついている。
・稀に、ぼったくりというほどではないが多めに請求してくる店があるようなので、値段の明記された店に入る方が安心。
・食べるものによるが、1食あたり40〜500元程度。

【言語】
・田舎では英語も日本語も殆ど通じないが、翻訳アプリ等の使用で何とかなる。とはいえ、多少でも中国語が話せる方が良い。多少の違いはあるが、概ね普通話で通じる。
・言葉が通じないからと言って邪険にされるようなことはほぼなく、皆親切であった。

【お金】
・台湾は現金社会で、コンビニ、スーパー等の一部を除き現金払いのみ。
・宿泊施設も、今回泊まったような田舎では現地での現金払いが多い。
・両替は、10万円以上なら送料無料になるので、東京のインターバンクがレートが良くお薦め。
・10万円未満の場合、現地での両替も良いかもしれない。
・物価は、コンビニやスーパー等は日本と同程度。交通費、外食費、宿泊費は概ね日本の半額程度。
台湾での沢登りにおける留意事項
【天候】
・今回はGW9日間の滞在で、最終日だけ大雨だったが、6日間は降らず、2日間は夕立のみと、比較的天候に恵まれた。
・年によってはGWでも既に梅雨入りしており、雨ばかり降る年もあるらしい。
・主要都市における気候の概況は下記ページで把握できる。
https://ja.weatherspark.com/map?id=135332&pageType=1
・概ねどの都市でも、冬季の降水確率が低く、夏季の降水確率が高いが、その程度は地域により差がある。また、冬季でも雨が多かった年もあり、運次第である。
・山地部を含む各観測点の観測値については下記ページで閲覧できる。
https://e-service.cwb.gov.tw/HistoryDataQuery/
・天気予報については、SCW、Windy等が参考になるが、外れることが多いと感じた。
・直近数日間の累積雨量や、直近数時間の雨雲レーダー等は、中央気象局のウェブサイトまたはアプリで確認できる。
https://www.cwb.gov.tw/V8/C/

【国家公園における法規制等】
・台湾には、日本の国立公園に相当する国家公園があり、国家公園法等による様々な規制がある。
原文:https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?PCode=D0070105
日本語版:https://npm.cpami.gov.tw/jp/news_4main.aspx?ID=1140
沢登りをする上では、この第13条及び第19条が問題で、19条により生態保護区に許可なく入ることが、13条により焚火が禁じられている。
また、内政部の法規公告では、太魯閣国家公園、玉山国家公園、陽明山国家公園における禁止事項として「溯溪」が明記されており、初回は1500元、2回目以降は3000元の罰金と書かれている。
https://www.cpami.gov.tw/%E6%9C%80%E6%96%B0%E6%B6%88%E6%81%AF/%E6%B3%95%E8%A6%8F%E5%85%AC%E5%91%8A.html
上記ページで、「國家公園區域 禁止事項」と検索すると、各国家公園における禁止事項と罰金を確認できる。
・上記のような規制はあるが、台湾の沢屋はこれを守っているわけではなく、見つからないようにしてやっているのが実情であるし、実際に罰金を科されたということは殆ど無いらしい。
・従って、国家公園内で沢登りをする場合、取り締まりには一応気を付けたほうが良い(人目に付くところではハーネス、ヘルメットをしまっておく等)が、よほど運が悪くなければ大丈夫であろう。

【その他の法規制等】
・台湾では国家公園以外にも、自然保留區、野生動物重要棲息環境等の自然保護区がある。
https://conservation.forest.gov.tw/total
・オンラインで進入申請を受け付けているが、実際には申請せずに入谷しても問題となることはほぼないと思われる。

【有害生物】(※季節によって異なる可能性あり)
・スズメバチの類は今回の9日間でも見かけたし、台湾での遡行記録を読んでいても被害に遭っている人が少なくないようなので、要注意である。ポイズンリムーバ必携。
・日本でも厄介者のヤマビルは、台湾にも生息するらしいが、今回の9日間では一度も見なかった。
・台湾に生息する毒蛇の種類は多いが、山地に生息する種は少ないらしい(茂木,2007)。今回の9日間の滞在で生きた蛇を見ることはなかったため、密度は高くないと思われる。
・蚊は人里に多いが山中では気にならなかった。
・虻やブヨも見なかったが、メマトイの類は沢によっては多くいた。
・ツキノワグマの一亜種タイワンツキノワグマが生息するが、密猟等により台湾全体で数百頭まで減っているとされ、危険というよりも見られればラッキーかもしれない。
おわりに
 今回の遠征の結果、台湾では、日帰り〜2泊程度で多くの滝を登りながら稜線まで登り、近くの沢や登山道を下って帰るという、自分好みの沢登りを楽しめる沢が多くは知られていないことが分かった。
 しかし、多くはないながらも好みの沢はあったし、野湯を楽しめる沢、滝は少なくても渓谷美・原生林を楽しめる沢、巨大なゴルジュを擁する沢等、様々なタイプの沢が台湾にはある。それに、支流筋はまだまだ未開拓と思われるし、今回訪れられなかった海岸山脈等の南部の沢も興味深い。自分もまた台湾を訪れたいと思うし、これを読んだ多くの方にも台湾へ沢登りをしに行ってみて頂ければ幸甚である。
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