(今回は術前もあり)抗がん剤治療中でも登れるのか?
今回このテーマを書こうと思ったのは、コメントで「抗がん剤治療中に登山をしていた」という実体験をいただいたことがきっかけです。
正直なところ、これまで外来で「抗がん剤中に登山してもよいか」という相談を受けたことはほとんどなく、一般的には控える行動と認識されています。私自身も、基本的にはその理解で問題ないと考えています。
一方で、現実には治療中でも登山を続けている方が存在するのも事実です。この“実際に行われている行動”に対して、一律に「やめましょう」で終わらせるのではなく、どの条件であれば許容され得るのかを整理しておく必要があると感じました。
本稿はそのような背景から、「抗がん剤治療中でも登山は可能か」をあえて言語化したものです。ただし前提として、これは推奨ではありません。あくまで条件下で現実的にどう考えるかという整理であり、最終的な判断は個々の状態に基づく自己判断になります。
________________________________________
まず大前提として、ここで扱うのは静注抗がん剤です。内服抗がん剤は薬物動態が異なるため本稿では対象外とし、また内服の分子標的薬(CDK4/6阻害薬)については第2回コラムを参照してください。
抗がん剤のメニュー(レジメン)によってリスクの“形”が異なります。
週に1回投与(代表的にはウィークリーパクリタキセル)の場合、明確なnadir(白血球や好中球が最も低下する時期)を作らない代わりに、全体として軽度の骨髄抑制が持続します。つまり「特定の日だけ危険」というより、「常にわずかなリスクを背負っている」状態です。ただし好中球減少や倦怠感、末梢神経障害は一定頻度で生じ得るため、決して“安全”ではありません。日ごとの体調の振れ幅は比較的小さいものの、あくまで低負荷・短時間・撤退しやすいルートに限定した行動が前提になります。この条件下であれば、現実的に行動が検討される場面もあります。
これに対して3週に1回の投与では、行ける時期と行けない時期がはっきり分かれます。抗がん剤投与後1〜2週に出現することが多いnadirの時期は感染リスクが高くなるため登山は避けるべきであり、回復期に限って行動を考える必要があります。
したがって、「どの治療か」ではなく「今がどの時期か」で判断することが重要です。
追記)近年、ドーズデンス(dose-dense)という投与法での抗がん剤治療が行われるようになっています。これは抗がん剤の投与間隔を通常より短くして治療強度を高める方法ですが、その一方で体調は一定ではなく、投与後の経過に応じて変動します。投与後に強い嘔気・嘔吐がない場合には、一般的に投与直後から数日間は比較的体調が保たれ、その後に倦怠感や骨髄抑制が出現することが多く、この“前半の期間”に限って活動が成立し得る場合があります。ただし、このような経過には個人差があり、また同じ抗がん剤でもレジメンが変われば成立しないため、一般化できるものではありません。なお、白血球を上げる薬を併用している場合でも感染リスクが完全になくなるわけではなく、その点を理解した上で慎重に判断する必要があります。
(このドーズデンスの話は直接メッセージをくださったから思い出して追記しました。ありがとうございます。)
分子標的薬(抗HER2療法)単独の場合はさらに様相が異なります。骨髄抑制は軽度であることが多く、初回投与を問題なく経過すれば、その後は全身状態に応じて行動制限は比較的緩やかになります。一方で、登山という観点で問題になりやすいのは下痢です。特にパージェタやフェスゴでは下痢がみられることがあり、脱水につながることでパフォーマンス低下や判断力低下を招き、結果として転倒などのリスクを高める可能性があります。ただし、この下痢は回を重ねる中で、ご自身のパターン(出現時期や程度)を把握できることが多いのも事実です。その経過を踏まえた上で、あらかじめ担当医から止痢薬の処方を受け、適切に調整できている場合には、条件付きで登山は現実的な選択肢となります。もちろん、コントロール不良の下痢や脱水傾向がある場合は適していません。
以上をまとめると、抗がん剤治療中の登山は一律に可否を決めるものではなく、抗がん剤メニューごとに次のように整理できます。
週1回レジメン:持続的な軽度リスク → 条件付きで現実的
3週に1回レジメン:時期依存 → nadir回避で限定的に可
2週に1回レジメン(ドーズデンス)→ 投与直後の短期間に限り条件付きで可
抗HER2剤:骨髄抑制軽微 → 比較的自由度が高い(ただし下痢に注意)
なお近年、がん治療中であっても身体活動を適切に維持すること自体に一定の意義があると考えられています。運動介入は倦怠感や症状負担の軽減、身体機能の維持に寄与することが報告されており、「治療中はひたすら安静にすべき」とは言い切れません(参考文献1,2)。
ただし、これは登山を積極的に推奨する根拠ではなく、あくまで低負荷・短時間・撤退可能という条件のもとで、活動を完全に止めないことを支持する材料として理解すべきです。
ただし、実際の判断はもっとシンプルで、「普段通り動けるかどうか」に集約されます。日常生活レベルで階段昇降や外出が問題なく行えるか、明らかな倦怠感や食欲低下がないかといった点は一つの目安になります。倦怠感や食欲低下、脱水傾向がある状態で無理に山に入るべきではありません。
また、発熱は重要な中止サインです。行動中に発熱や悪寒を自覚した場合は、その時点で登山を中止し、速やかに下山する判断が必要です。
さらに見落とされがちな問題として、脱毛と頭皮の問題があります。脱毛期から直後にかけては頭皮が過敏になり、発汗や摩擦でトラブルが起こりやすい状態になります。「抜けきったから大丈夫」ではなく、頭皮の違和感や痛みが落ち着いているかで判断する方が実際的です。
装備の面では、ウィッグは登山には基本的には適しません。蒸れやすく、発汗時の不快感やズレの問題が大きく、行動中の安定性に欠けます。短時間・低強度の行動であれば例外的に使用可能な場合もありますが、一般的には吸湿速乾素材の薄手キャップやバフなど、通気性と軽さを優先した装備の方が現実的です。脱毛後の頭皮は紫外線や冷えの影響も受けやすく、この点も含めて装備選択が重要になります。
※もし抗がん剤治療中に登山をされた経験がある方がおられれば、差し支えない範囲で共有していただけると参考になります。どのタイミング(投与後何日目か)、どの程度の負荷、どのような点に注意したかといった具体的な情報は、同じ状況の方にとって実用的な判断材料になります。
結局のところ、抗がん剤治療中であっても活動をすべて止める必要はありません。しかし同時に、“いつも通り”に戻ることとも違います。低負荷・短時間・撤退可能という条件の中で、どこまで許容するかを個別に判断していく必要があります。
可能であることと、実際に行うことは別問題です。その中間にある現実的なラインをどう引くか。それがこのテーマの本質だと思います。
正直なところ、これまで外来で「抗がん剤中に登山してもよいか」という相談を受けたことはほとんどなく、一般的には控える行動と認識されています。私自身も、基本的にはその理解で問題ないと考えています。
一方で、現実には治療中でも登山を続けている方が存在するのも事実です。この“実際に行われている行動”に対して、一律に「やめましょう」で終わらせるのではなく、どの条件であれば許容され得るのかを整理しておく必要があると感じました。
本稿はそのような背景から、「抗がん剤治療中でも登山は可能か」をあえて言語化したものです。ただし前提として、これは推奨ではありません。あくまで条件下で現実的にどう考えるかという整理であり、最終的な判断は個々の状態に基づく自己判断になります。
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まず大前提として、ここで扱うのは静注抗がん剤です。内服抗がん剤は薬物動態が異なるため本稿では対象外とし、また内服の分子標的薬(CDK4/6阻害薬)については第2回コラムを参照してください。
抗がん剤のメニュー(レジメン)によってリスクの“形”が異なります。
週に1回投与(代表的にはウィークリーパクリタキセル)の場合、明確なnadir(白血球や好中球が最も低下する時期)を作らない代わりに、全体として軽度の骨髄抑制が持続します。つまり「特定の日だけ危険」というより、「常にわずかなリスクを背負っている」状態です。ただし好中球減少や倦怠感、末梢神経障害は一定頻度で生じ得るため、決して“安全”ではありません。日ごとの体調の振れ幅は比較的小さいものの、あくまで低負荷・短時間・撤退しやすいルートに限定した行動が前提になります。この条件下であれば、現実的に行動が検討される場面もあります。
これに対して3週に1回の投与では、行ける時期と行けない時期がはっきり分かれます。抗がん剤投与後1〜2週に出現することが多いnadirの時期は感染リスクが高くなるため登山は避けるべきであり、回復期に限って行動を考える必要があります。
したがって、「どの治療か」ではなく「今がどの時期か」で判断することが重要です。
追記)近年、ドーズデンス(dose-dense)という投与法での抗がん剤治療が行われるようになっています。これは抗がん剤の投与間隔を通常より短くして治療強度を高める方法ですが、その一方で体調は一定ではなく、投与後の経過に応じて変動します。投与後に強い嘔気・嘔吐がない場合には、一般的に投与直後から数日間は比較的体調が保たれ、その後に倦怠感や骨髄抑制が出現することが多く、この“前半の期間”に限って活動が成立し得る場合があります。ただし、このような経過には個人差があり、また同じ抗がん剤でもレジメンが変われば成立しないため、一般化できるものではありません。なお、白血球を上げる薬を併用している場合でも感染リスクが完全になくなるわけではなく、その点を理解した上で慎重に判断する必要があります。
(このドーズデンスの話は直接メッセージをくださったから思い出して追記しました。ありがとうございます。)
分子標的薬(抗HER2療法)単独の場合はさらに様相が異なります。骨髄抑制は軽度であることが多く、初回投与を問題なく経過すれば、その後は全身状態に応じて行動制限は比較的緩やかになります。一方で、登山という観点で問題になりやすいのは下痢です。特にパージェタやフェスゴでは下痢がみられることがあり、脱水につながることでパフォーマンス低下や判断力低下を招き、結果として転倒などのリスクを高める可能性があります。ただし、この下痢は回を重ねる中で、ご自身のパターン(出現時期や程度)を把握できることが多いのも事実です。その経過を踏まえた上で、あらかじめ担当医から止痢薬の処方を受け、適切に調整できている場合には、条件付きで登山は現実的な選択肢となります。もちろん、コントロール不良の下痢や脱水傾向がある場合は適していません。
以上をまとめると、抗がん剤治療中の登山は一律に可否を決めるものではなく、抗がん剤メニューごとに次のように整理できます。
週1回レジメン:持続的な軽度リスク → 条件付きで現実的
3週に1回レジメン:時期依存 → nadir回避で限定的に可
2週に1回レジメン(ドーズデンス)→ 投与直後の短期間に限り条件付きで可
抗HER2剤:骨髄抑制軽微 → 比較的自由度が高い(ただし下痢に注意)
なお近年、がん治療中であっても身体活動を適切に維持すること自体に一定の意義があると考えられています。運動介入は倦怠感や症状負担の軽減、身体機能の維持に寄与することが報告されており、「治療中はひたすら安静にすべき」とは言い切れません(参考文献1,2)。
ただし、これは登山を積極的に推奨する根拠ではなく、あくまで低負荷・短時間・撤退可能という条件のもとで、活動を完全に止めないことを支持する材料として理解すべきです。
ただし、実際の判断はもっとシンプルで、「普段通り動けるかどうか」に集約されます。日常生活レベルで階段昇降や外出が問題なく行えるか、明らかな倦怠感や食欲低下がないかといった点は一つの目安になります。倦怠感や食欲低下、脱水傾向がある状態で無理に山に入るべきではありません。
また、発熱は重要な中止サインです。行動中に発熱や悪寒を自覚した場合は、その時点で登山を中止し、速やかに下山する判断が必要です。
さらに見落とされがちな問題として、脱毛と頭皮の問題があります。脱毛期から直後にかけては頭皮が過敏になり、発汗や摩擦でトラブルが起こりやすい状態になります。「抜けきったから大丈夫」ではなく、頭皮の違和感や痛みが落ち着いているかで判断する方が実際的です。
装備の面では、ウィッグは登山には基本的には適しません。蒸れやすく、発汗時の不快感やズレの問題が大きく、行動中の安定性に欠けます。短時間・低強度の行動であれば例外的に使用可能な場合もありますが、一般的には吸湿速乾素材の薄手キャップやバフなど、通気性と軽さを優先した装備の方が現実的です。脱毛後の頭皮は紫外線や冷えの影響も受けやすく、この点も含めて装備選択が重要になります。
※もし抗がん剤治療中に登山をされた経験がある方がおられれば、差し支えない範囲で共有していただけると参考になります。どのタイミング(投与後何日目か)、どの程度の負荷、どのような点に注意したかといった具体的な情報は、同じ状況の方にとって実用的な判断材料になります。
結局のところ、抗がん剤治療中であっても活動をすべて止める必要はありません。しかし同時に、“いつも通り”に戻ることとも違います。低負荷・短時間・撤退可能という条件の中で、どこまで許容するかを個別に判断していく必要があります。
可能であることと、実際に行うことは別問題です。その中間にある現実的なラインをどう引くか。それがこのテーマの本質だと思います。
参考文献
1. Ligibel JA, et al. Exercise, Diet, and Weight Management During Cancer Treatment: ASCO Guideline. J Clin Oncol. 2022;40:2491?2507. doi:10.1200/JCO.22.00687
2. Mijwel S, et al. High-intensity exercise during chemotherapy induces beneficial effects in breast cancer patients: OptiTrain randomized controlled trial. J Cancer Surviv. 2019;13:244?256. PMID: 30912010
→ https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30912010/
2. Mijwel S, et al. High-intensity exercise during chemotherapy induces beneficial effects in breast cancer patients: OptiTrain randomized controlled trial. J Cancer Surviv. 2019;13:244?256. PMID: 30912010
→ https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30912010/
その5 転倒・擦過傷、そのままにしていませんか? はこちら
著者のヤマレコページでのこの日記に、もともと記載していた内容をヤマノートに転記しております。
この記事に対するご意見、コメントは小生のヤマレコページでの日記にてお願いいたします。
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