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更新日:2026年08月21日 訪問者数:520
登山・ハイキング 技術・知識
診察室から登山者へ�� 山に登ると血圧は上がる?――高地と血圧の話
keenjii
山に登ると血圧は上がる?――高地と血圧の話
今回の常念診療所で医療ボランティアをしていたときのことです。
ある初老の女性の血圧を測定すると、普段よりかなり高い値が出ました。
「こんなに高いはずはないんですけど……」怪訝そうな表情をされています。
「高い山に来ると血圧は上がることがあります。低酸素に対する身体の反応のひとつですよ」
そう説明したのですが、どうも納得していただけない様子でした。普段見たことのない数字が出れば、測定がおかしいのではないかと思うのも無理はありません。
高い山へ登るとSpO2(血液中の酸素飽和度)が下がることは、登山をされる方ならよくご存じだと思います。
では、血圧はどうなのでしょう。

そこで今回、あらためて調べてみました。

最初にお断りしておきますが、私は乳腺外科を専門とする医師で、循環器の専門医ではありません。以下は、常念診療所での経験から疑問を持ち、医学論文や専門学会のステートメントを調べた範囲でまとめたものです。その点をご理解いただいたうえでお読みください。

高い山では、本当に血圧が上がる
結論からいうと、高地では血圧が上昇します。
標高が上がると気圧が低下し、身体に取り込める酸素が少なくなります。その結果SpO?が低下します。
身体はこの低酸素を感知すると交感神経を活性化させます。心拍数が増え、末梢血管が収縮し、やがて血圧が上昇します[1]。
大まかにいえば、標高が上がる → 酸素が少なくなる → SpO?が下がる → 交感神経が活性化する → 心拍数増加・血管収縮 → 血圧上昇という流れです。
低地に住む正常血圧の人を高地へ移動させ、24時間血圧を測定したHIGHCARE-HIMALAYA研究では、高度が上がるにつれて血圧が上昇することが確認されています[2]。
ということで、常念診療所であの女性に説明した「高い山では血圧が上がることがあります」という話には、ちゃんと医学的な裏付けがありました。ただし、ここで一つ注意があります。
「高地では血圧が上がることがある」ことと、「どんな高血圧でも山だから問題ない」ということは、まったく別の話です。非常に高い血圧や、胸痛、強い呼吸困難、神経症状などを伴う場合まで「山だから」で片づけてよいわけではありません。

もともと高血圧の人では?
では、高血圧の人が山へ登ったらどうなるのでしょうか。これについても実際に調べた研究があります。
HIGHCARE-Andes研究では、軽症高血圧患者を標高3,260mに移動させて24時間血圧を測定しました。その結果、高血圧患者でも高地では血圧が上昇することが確認されています[3]。さらにこの研究では、テルミサルタン+ニフェジピンという降圧薬による治療群とプラセボ(偽薬)群が比較されました。
高地ではどちらの群でも血圧は上昇しましたが、降圧治療の効果自体は標高3,260mでも維持されていました[3]。
つまり、「降圧薬を飲んでいるから高地で血圧が上がらない」わけではない。しかし、治療を受けている方が血圧は低く保たれるということです。
では、登山するとき普段飲んでいる降圧薬はどうすべきでしょうか?
高地では普段と身体の状態が違うので、「山では降圧薬を飲まない方がいいのでは?」と思う方がいるかもしれません。しかし、高地へ行くという理由だけで、普段飲んでいる降圧薬を自己判断で中止する根拠はありません。 高地ではむしろ血圧が上がる方向に身体が反応します。高血圧が適切に治療されていることは、高地へ行くうえでも重要です[1,3]。ただし、これは「山でもどんな状況でも必ず同じように飲めばよい」という意味ではありません。登山では大量に汗をかきます。水分が十分に取れなかったり、嘔吐や下痢を起こしたりすれば脱水にもなります。血圧が下がったり腎機能へ影響したりする可能性もあります。また、降圧薬の種類によって高地での作用や運動時の影響が異なることも報告されています[1,2]。したがって、降圧薬を飲んでいる方は「山に行くから薬をやめる」のではなく、自分の病状や薬について必要なら事前に担当医(降圧薬処方医)と相談しておく、というのが現実的だと思います。

高血圧や心臓病があれば、登山してはいけない?
ここが一番気になるところでしょう。結論としては、「高血圧がある=登山禁止」ではありません。
軽症で、治療によって血圧が良好にコントロールされている人については、高地への旅行や登山そのものを一律に禁止する必要はないとされています[1]。一方で、コントロール不良の重症高血圧では高地への曝露を避けることが推奨されています[1]。
さらに注意したいのは、冠動脈疾患などの心血管疾患を持っている場合です。山では単に酸素が少ないだけではありません。低酸素、血圧上昇、心拍数増加、運動負荷、寒冷、脱水・・・こうした負荷がいくつも同時に身体へ加わります。心臓からみれば、運動によってより多くの酸素が必要になっているのに、高地ではそもそも利用できる酸素が少ないという状況です。したがって、冠動脈疾患などを持つ人では、平地以上に心血管系への負担を考える必要があります[1,4]。

登山中の突然死という問題
さらに無視できないのが、山岳活動中の突然死です。登山・山岳ハイキング中の死亡というと、滑落や遭難をまず思い浮かべます。しかし、突然心臓死は山岳ハイキングにおける非外傷性死亡の主要な原因です[5]。
では、どんな登山者でリスクが高いのでしょうか。
山岳ハイキング中に突然心臓死した人と対照となる登山者を比較した研究では、心筋梗塞の既往や既知の冠動脈疾患、糖尿病、高コレステロール血症などが突然死と関連していました[5]。一方、高血圧そのものについては、この研究では独立した有意なリスク因子とはなっていませんでした。
ただし、これは観察研究の結果です。「糖尿病があれば登山中の突然死が○倍になる」と個々の登山者にそのまま当てはめられるものではありません。糖尿病を含め、基礎疾患があるから一律に登山してはいけないという意味でもありません。大切なのは、それぞれの疾患の状態や合併症、普段の運動習慣などを含めて考えることです。
普段から山岳スポーツを年間2週間を超えて行っている人では、突然心臓死のリスクが低いという結果も出ています[5]。もちろん、これは「山へ行けば行くほど安全になる」という意味ではなく、普段から山岳活動をしている人と、そうでない人との間には体力や健康状態などさまざまな違いがあります。観察研究(コラム「医学的に。」7 「効いた!」だけでは証明になりません:を参照、RCTではないです)ですので、そこは割り引いて考える必要があります。

ここで、最初の「高地では血圧が上がる」という話に戻ります。
高地で血圧が上昇することにはエビデンスがあります[1-3]。また、心筋梗塞の既往や冠動脈疾患などを持つ登山者で、山岳ハイキング中の突然心臓死のリスクが高いことにもエビデンスがあります[5]。しかし、「高地で血圧が上がることによって、心筋梗塞や突然死が増える」と、この二つを直接結びつけることまでは証明されていません。 むしろ先ほどの研究では、高血圧そのものは登山者の突然心臓死の独立した有意なリスク因子ではありませんでした[5]。実際の登山では、血圧上昇だけでなく、低酸素、頻脈、長時間の運動、寒冷、脱水など複数の負荷が同時に身体へ加わります。そこにもともとの冠動脈疾患などが重なることで、心血管イベントのリスクが高くなると考えるのが適切でしょう[1,4,5]。

「こんな血圧、見たことない!」と驚く前に
常念診療所で出会った女性のように、山で血圧を測って、「こんな数字、普段は見たことがない」と驚くことがあるかもしれません。でも、高地では平地より血圧が高くなることがあります。それは低酸素環境に適応しようとする身体の生理的な反応のひとつです。山で変わるのはSpO?だけではありません。血圧も変わります。
そして、高血圧や心血管疾患があれば一律に「山はダメ」というわけでもありません。
大切なのは、病名があるかないかだけではなく、その病気がきちんとコントロールされているか、普段どのくらい運動できているか、そしてどの程度の標高・運動強度の山へ行こうとしているのかです。
血圧の薬を飲んでいる方は自己判断で中止しない。心血管疾患を持っている方や、血圧のコントロールがよくない方は、登山前に担当医へ相談する。そして山の上で普段と違う血圧が出ても、数字だけを見て慌てず、同時に「山だから大丈夫」と決めつけもしない。
今回、常念診療所でのちょっとしたやり取りをきっかけに調べてみると、そんなところが「高地と血圧」の大切なポイントのようです。
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参考文献
[1] Parati G, et al. Clinical recommendations for high altitude exposure of individuals with pre-existing cardiovascular conditions: A joint statement by the European Society of Cardiology, the Council on Hypertension of the ESC, the European Society of Hypertension, the International Society of Mountain Medicine, et al. Eur Heart J. 2018;39:1546-1554.
[2] Parati G, et al. Changes in 24 h ambulatory blood pressure and effects of angiotensin II receptor blockade during acute and prolonged high-altitude exposure: a randomized clinical trial. Eur Heart J. 2014;35:3113-3122.
[3] Bilo G, et al. Ambulatory Blood Pressure in Untreated and Treated Hypertensive Patients at High Altitude: The High Altitude Cardiovascular Research-Andes Study. Hypertension. 2015;65:1266-1272.
[4] Cornwell WK 3rd, et al. Clinical Implications for Exercise at Altitude Among Individuals With Cardiovascular Disease: A Scientific Statement From the American Heart Association. J Am Heart Assoc. 2021;10:e023225.
[5] Niebauer J, Burtscher M. Sudden Cardiac Death Risk in Downhill Skiers and Mountain Hikers and Specific Prevention Strategies. Int J Environ Res Public Health. 2021;18:1621.
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