2013年9月に書いたヤマノートですが、2015年3月、製作方法などの部分を詳しく加筆しました。
イグルーiglooは「エスキモー式かまくら」とでもいいましょうか。
私が山で実用するイグルーは、本場のものと違って1時間以内で作るのが特徴です。これまでに100以上作り、100泊以上くらいしています。
2017年10月、ちくまプリマー新書「冒険登山のすすめ」に詳しく書きました。御覧ください。米山悟。
テントはやめましょう
イグルー術習得の早道は、保険にテントを持って行かない事です。
よく余興でイグルーを作って、夜は隣に張ったテントで寝る人がいますが、そういうことでは、雪で眠る事の、手ぶらで山に行く事の楽しみを台無しにしてしまいます。「100パーセント手作りの天場で嵐を迎え撃つんだ」という覚悟で臨みましょう。
それから、山で実用するなら、時間を無駄にかけず、1時間以内で作りましょう。
必要な道具はスコップとノコギリと防寒テムレス(雪かき用ゴム手袋)
スコップは対ナダレ装備として、雪山ではそもそも一人一本必携と思います。ブロックをまっすぐ切るためにはなるべく平らなものが望ましいです。
ザックの外につけると落としたり引っかかったりするので、中にパッキングしたほうが良いです。
雪ブロックに触って作業するので、オーバー手や毛の手袋は濡れてしまいます。防寒テムレスがおすすめです。
ノコギリは刃の粗いスノーソーではなく、樹木剪定用の刃渡り30センチ以上のノコがお勧めです。スノーソーは氷屋さんなら良いですが、日本の山では剪定用の方が焚き火もできますし汎用性があります。登山用イグルーでは氷のようなブロックは切りません。時間がかかって実用性がないからです。
ノコの本数が作業の能率を左右するので、これも一人一本が望ましいです。軽い物です。下記ゴム太郎やゴムボーイなどお勧めです。
錆びると丸太の切れ味が落ちるので、帰宅後放っておかずすぐ水を拭いて、ときには油を塗っておきましょう。イグルーが樹林帯なら、傍らで焚き火もできます。電化製品を持つくらいならノコ一本、ナイフ一本のほうが重宝します。
テント、雪洞との利点比較
【イグルーは早く作れる】
製作時間比較(3〜4人用)。雪洞2時間/テントなにかと1時間(撤収もある)/イグルー構築40分仕上げ20分。
雪洞は、初め作業する人は一人だけで、その他の人は寒い中待つだけ。雪に潜って掘るので体も濡れます。
テント本体はすぐ張れるが、整地したり耐風ブロックを積んだり、厳しい天候下での翌朝の撤収などもあり、意外と時間がかかりイグルーを作るのと大差ありません。
イグルーは作れる人が2人いればもっと早くできます。というのも、積む人と以上に、適切なブロックを切りだす人に経験が要るからです。仕上げの20分も同時に進めれば早いので、イグルー心得のある人が2人いれば40分で作ることができます。
【イグルーは安全で軽い】
テントは風や積雪でつぶされる可能性が常にあります。イグルーにはそのストレスがありません。樹林限界を超えた、テントでは危険な領域でも朝夕の絶景を望んで泊まる事ができます。
雪洞と同じくテントの重さ分、持たなくて済みます。その分スピードを上げて登れるから進め方のチャンスは増えます。
←南アルプス4月。聖岳、赤石岳を望む大沢岳山頂
【イグルーはどこでも泊まれる】
雪洞は厚さ2m以上の雪庇の場所が必要。テントは風と積雪でつぶされる危険性を考えて場所を選ばなければならない。これらに対しイグルーは、積雪が50センチもあればどこでも作れる。悪天でつぶされる可能性はほとんど無い。直径2mの場所があれば絶壁でも山頂でも作れます。
左の写真は利尻山南稜バットレス基部です。下のビレイヤーの左脇が、一晩を過ごした3人用イグルーです。見てのとおり、エビのしっぽだらけの岩壁の中の、ほんの少しの吹きだまりです。こんなエラいところでも泊まれます。
【イグルー生活は快適】
雪洞と同じ。雪は断熱、防音効果があり外に比べ暖かいです。寒くて揺れて喧しいテントと比べ安眠快適です。暴風は気にならず静寂です。食用の雪取りの手間もなく(壁を削ってとります)、トイレも大小ともに中でできる(無臭)。朝まで出入りする必要がないので入り口をぴったりふたしてしまいます。豪雪でつぶされるテントのように深夜の雪かきの必要も無し。中は雪洞の様に暗くなく、ほどよく明るいです。適当に穴があいているので酸欠の心配が無く湿気も溜まりません。タバコの人も立って天井付近で吸うと、下で寝ている人に煙が行かず分煙可能。撤収は簡単、放置するだけ。朝イチのアイゼンも中ではけます。中は少しの手間で広くも作れ、ヒマな停滞時は中で相撲だってとれます。(トイレ方法は岳人2012年2月号に書きました)
雪の質を見る
【簡単にできる雪、苦労する雪】
イグルーがさくさく作れる雪というのがあります。それはほどよく締まっていて、密度の軽い雪層です。風で叩かれてそこそこ硬いけど、ずっしり氷ではない雪庇のような雪です。
イグルー作りの決め手はこの雪層を探し当てる事です。雪庇のところはもちろん、フカフカの新雪を払いのけた下の層などにもあります。こういう層は、ノコで切れ目を入れればさくさくと良いブロックがとれます。風の強い、樹林限界以上の高さなら、すぐに見つける事が出来ます。強風で地面が見えているようなところでも風下側には適地があります。
逆に困るのはふわふわの新雪とガチガチの重い雪です(デブリの様な雪)。ふわふわは踏み固めなければブロックにできないし、ガチガチは重くて、土台用にはいいけれど、三段目以上に積むと安定が悪くて崩れます。接着力もありません。標高の低い、植林の杉林の所などは、積雪が30センチあっても良い雪層があまり見つかりません。だから、里のイグルーはうまく作りにくく少し時間がかかります。
イグルーの作り方
【積雪量次第でふたつの方針】
左の図をみてください。右は雪が深く、縦穴が掘れるところ。左は積雪が浅く地面が近くて壁はブロックだけで作るケースです。
積雪が十分あれば、ドームを小さく作って雪面の下(ブロックの下)で横に広く広げます。ブロックを足元から掘り出すので掘り下げも進み、制作時間が短く済みます。見かけ上のドーム自体の直径も少し小さいです。小さいほうが楽です。
積雪が少なければ、左のように、ドームは見かけ上も大きめになります。ブロックは周りからも集めます。こちらは壁を高く積む作りになります。出入り口も下でなく横になります
【大きさのメド】
室内の直径は160センチ×160センチの正方形に外接する円で3〜4人が寝られるメドで作ります。2人や5人なら楕円形です。テントと同じ大きさに作れば良いのですが、初心者はつい大きくなります。大きくするとなかなか天井が塞げず、手が届かなくなって屋根ができませんからご注意。ドーム部分は小さく作り、地下で大きく横に広げるのがコツです。中で作業する人は一人にとどめた方が小さく作れます。5人以上なら二つに分けて、ひょうたん島型にします。大きな直系のイグルーは作りにくいし、楕円形は長経側の壁が作りにくいので後述の枝渡し術でしのぐこともあります。
【掘り下げ式の行程図です】
雪の層を概念上、上中下に分けてみます。壁の一段目と二段目はなるべく大きなブロックを切り出して土台を積みます。二段目はただ真上に載せず、さっそく中へせり出させます。大きいブロックで、壁に幅を十分(少なくとも20センチ以上)持たせないとと安定しません。
これに対し3段目以上は軽く長細いブロックをとる事。そういう雪層は踏み固めた足元ではなく、サイドにあります。
【土台ブロックの切り方】
土台の一段目ブロックは50×30×30くらいの大きめのブロックで囲みます。足元から切り出します。ノコで四角くすべての面に切れ目を入れ(下面も)、スコップでこじ開けて取り出します。掘り出して積めば床は低く壁は高くなり一石二鳥。
【二段目はぐっと内側へ載せる】
ブロックを傾けて積むのでなく、載せる面は水平で、内側にずらして積みます。円に対してブロックが大きいほど、「橋掛け」ができて、内側へ寄せられます。
【三段目以降は軽くて強くて細長いブロックを橋掛け式に組む】
ここから上は先に触れた、良い雪質のブロックを使います。直径は1mちょっとに狭まっていますから円の弧を切る弦のように、なるべく細長くて軽いブロックを組んで行きます。細長いブロックは雪の積雪層に水平に切り出すと強度も強い物がとれます。40×15×15くらいでしょうか。サイコロのような立方体よりも、消しゴムのような直方体のほうが、転がらず安定してドームを積み易いですよね。最後は細長いまな板のような軽くしかも強度あるブロックがとれれば、もう天井に板の様に渡してしまいます。
【出入り穴】
竪穴式の場合、出入り穴は壁の下部20センチほどから横に開けます。中の人が掘って、最後は足で蹴破れば穴があきます。この場合、イグルーを雪庇等のある急斜面の際に作っておくと排雪が楽です。竪穴式ではない場合は、あらかじめブロック部のところに門を設けて築きます(写真二枚目、利尻のイグルー参照)。
どちらの場合も皆が中に入り終わったら、寒いのでさっさと壁をブロックで塞いでしまいます。外は氷点下20度でも中は0度ほどです。トイレは中でできるから問題ありません。
【仕上げ 隙間埋めと天井のカド落とし】
ブロックの隙間を、ブロックのかけらなどで外から塞ぎます。地吹雪が強い時等、この隙間から粉雪が吹き込みますから丁寧にやりましょう。天井付近は外からは手が届かないし、少しあいていてもいいです。この作業でせっかくのイグルーを崩落させないように。積む時は微妙なバランスでかろうじて崩れないように積みますが、時間が経つとブロック同士、くっついて強い殻に変わります。一晩経てば上に人が乗っても壊れないほどになります。これが雪の不思議な性質です。内部の天井を見上げて、雫の落ちそうな出っ張りはノコで削っておきます。ストーブをあまり長時間つけて夜を過ごすと、ぽたぽた水滴が垂れることがあります。
関連のリンク
2008年青森に転勤した時25人に講習したときのリンクです。
PEAKS 2015年3月号の61pから67pまで、イグルー記事を組んでいただきました。
イグルーに関して大切だと思う事をまとめたブログです。
こんなところで作れるのかという記録3つ
幅1.5mの絶壁の上、岩壁基部のほんの少しの吹きだまりに作る(利尻南稜4月)
登攀ルート中間の幅1.5mに作る。雪が悪く、棒切れで梁を作る(谷川一ノ倉尾根3月)
ペテガリの山頂で低気圧迎え撃ち。ヒマさえあれば粘って好天を待つ。(中部日高1月)
悪天をやり過ごしながら進める長期山行こそイグルーの使いどころです。
屋根がどうしても作れなければ、誰でもできるこんな裏ワザもあります。だからテントはいりません
良いブロックが取れず、どうしても「サイロ」になってしまって日が暮れてきたときは、近くの枝をノコで切って上に掛けると、簡単に大型ブロックが乗っかって屋根が作れます。中で過ごすと固まって、翌日はストックなどを抜いても屋根が壊れません。
五月はブロック二段積んだらその上にタープを張ってしまいます。雨が降ったりすると屋根が落ちるので。
標高低すぎて雪悪く天井が作れず、木の枝を渡して梁にしてブロックを載せ、無理矢理作る(津軽半島1月)
5人以上なら連結式を作ります。巨大直径イグルーは難しいのです。
大人数8人で3連結イグルー 迷路のような雪中基地(津軽半島1月)
イグルー失敗の事例集2本(雨で崩落と地吹雪吹き込み)
地吹雪、強風でブロックが崩れるということも無いわけではないが、そういう恐れのある時はブロックを厚く二重に積む等で対処して来た。本当に風の強いところは雪が積もらず地面が見えていたりするので、そういうところでイグルーを作る事は無く、少し離れた吹きだまりに作る。吹きだまりに作れば削られる事は無い。テントと違って埋まるのは大歓迎なので。
以下の事例は驚いたが、辛抱できる範囲。寝床周りの装備品は眠る前にちゃんと片付けておきましょう。
雨で夜中に崩落。気温高いとやはり駄目(白神山地3月)
でも雨が降るほど気温が高いので、それほど悲惨な感じはなかった。
凄い地吹雪で隙間から吹き込み、イグルー内で積雪5センチ(富士山2月)
yoneyama様
2回目にしてイグルーうまいこと作れました!快適でした!
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-597925.html
ただ、まだまだ制作に時間がかかります。冬山イグルー道精進致します。
作っていて、新たにお聞きしたいことができました。
1.ブロックと入り口の間はどれぐらいの長さをとればいいものやら…
壊れるのが怖くてブロックと入り口の間の縦幅を大きくとりすぎたために、
イグルーの中を新たに掘り下げる必要ができてしまって時間がとられました。
イグルーのブロックと入り口の横穴の間は何cmぐらいとるのが適切なのでしょうか…もちろん雪質やブロックの大きさ等いろんな場合があると思いますので、なんとなくの目安を教えて頂ければ嬉しいです。
2.植林の杉林のところはイグルー向き雪なのでしょうか?逆なのでしょうか?
本記事の「雪の質を見る」の記載だと、
良質な雪がとれるように読み取れるのですが、植林の杉林の中って、
あまり固い雪があるイメージがなく、ほんとかなぁと確かめたくなりました。
3.トイレ方法について
寝る場所のすぐとなりに用を足すのも嫌だったので、
入り口に掘った竪穴部分に用を足して、あとから雪をかけたのですが、
やはりカバーしきれず…もう少し快適な方法がないかなぁと、
トイレ方法ももう少し詳細を教えて頂けると嬉しいです。
がくさん
●ブロックと入り口の間というのはブロック最下段の下はどのくらい下を掘れば、という意味ですね。20センチくらいでしょうか。でもその部分の雪の締まり具合にも寄ります。いくつも作ってください。掘り下げに時間かかるとの事ですが、積むのを低く抑えて掘り下げをたくさんする方が技術的に楽です。たくさん積み上げない方がよいと思います。
●植林杉林はイグルーに向かないという文意です。文章が駄目ですみません。
●自分の寝ているマットをめくってど真ん中当たり目がけて立ちヒザで小便します。終わったらマットを戻してその上に横になります。大便は、やはり同じく自分の幅40センチの中だけでやります。深さ20センチの穴を掘って済ませ、雪で埋めます。マットの下なら生活中は自分の下だからフンがあっても気になりません。体重で固められるので漏れる事もありません。出入り口は公共のスペースだし、出入りで踏んだらはみ出そうで嫌ですね。人のフンは嫌なものです。
でもイグルー内で大をやるのは何日も悪天で停滞して、外に出るのもタイヘンな時です。やっている最中、他の人は寝袋に潜ってやり過ごすわけなので。一泊ぐらいなら朝どうせ出発なんだから早く靴履いて、外出てやります。
yoneyamaさん
ご回答ありがとうございました。
●ブロック下20cmですか!なるほど。なるほど。
次回はもう少し浅い位置に入り口掘ってみます。
●トイレの件、
自分の下とは!全く思いつきませんでした。
ただ入り口付近でも近くによると少し臭ったので、自分の下だとけっこう臭うのではないかしらん。
今度イグルー作った時は、真ん中で用足してみます!
ありがとうございました!
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