我拝師山(がはいしさん) / がはいしやま
最終更新:ベルクハイル
基本情報
| 標高 | 481m |
|---|---|
| 場所 | 北緯34度12分49秒, 東経133度45分17秒 |
我拝師山は、香川県西部にある、特徴的な姿をした山。
詳細は以下のウイキペディアに書いてあるので、ここでは登山道、地質、地形について解説する。
・我拝師山の登山道としては、北麓の出釈迦寺から登り、奥の院を経由して登るルートが一般的である。奥の院までは車道となっており、危険個所はない。奥の院より上は、火山岩からなる岩場となっていて鎖場もあるが、慎重に登ればさほど問題はない。
また、東側の「筆の山」との間のコル(車道が通っている)からも登山道がある。
(この項は、「分県登山ガイド 香川県の山/山と渓谷社刊)を参考にした)
・我拝師山の地質について、山体の大部分は、新第三紀中新世(約1600万から700万年年前ころ)に火山活動が生じた際の、流紋岩質からデイサイト質の火山岩からなっており、山頂西側の岩場も、この火山岩からなっている。
(この項は、産総研「シームレス地質図v2」を参考にした)
・我拝師山を含む「五岳山」は突兀(とっこつ)とした山容で、香川県の山でも良く目立つ山だが、この山容は、火山そのものとして形成されたものではなく、火山岩が、長い期間の浸食作用によって残存した部分が、ピークとなっているものであり、地形学的には「ビュート」と呼ばれるものである。
(この項は、「日本の地形 第6巻」を参考にした)
詳細は以下のウイキペディアに書いてあるので、ここでは登山道、地質、地形について解説する。
・我拝師山の登山道としては、北麓の出釈迦寺から登り、奥の院を経由して登るルートが一般的である。奥の院までは車道となっており、危険個所はない。奥の院より上は、火山岩からなる岩場となっていて鎖場もあるが、慎重に登ればさほど問題はない。
また、東側の「筆の山」との間のコル(車道が通っている)からも登山道がある。
(この項は、「分県登山ガイド 香川県の山/山と渓谷社刊)を参考にした)
・我拝師山の地質について、山体の大部分は、新第三紀中新世(約1600万から700万年年前ころ)に火山活動が生じた際の、流紋岩質からデイサイト質の火山岩からなっており、山頂西側の岩場も、この火山岩からなっている。
(この項は、産総研「シームレス地質図v2」を参考にした)
・我拝師山を含む「五岳山」は突兀(とっこつ)とした山容で、香川県の山でも良く目立つ山だが、この山容は、火山そのものとして形成されたものではなく、火山岩が、長い期間の浸食作用によって残存した部分が、ピークとなっているものであり、地形学的には「ビュート」と呼ばれるものである。
(この項は、「日本の地形 第6巻」を参考にした)
| 山頂 |
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山の解説 - [出典:Wikipedia]
我拝師山(がはいしさん/がはいしやま)は、讃岐平野のうち、香川県善通寺市にある、標高481mの山である。この項では、「我拝師山」を含めて、「善通寺五岳山」(ぜんつうじごがくざん)と呼ばれる山系に含まれる、周辺の山々についても説明する。
この「我拝師山」は、「善通寺五岳山」(香色山・筆ノ山・我拝師山・中山・火上山)と呼ばれる山系の一つで、その中では標高が一番高い。
この山の北麓には、四国八十八ヶ所 第73番札所「出釈迦寺」(しゅっしゃかじ)があり、その奥之院である「禅定寺」(標高;約368m)がこの山の中腹にある。なおこの山の北麓には、四国八十八か所 第72番札所;「曼荼羅寺」(まんだらじ)もある。
この山塊の東側に位置する、現在の善通寺市に生まれたという、弘法大師(空海)が、若い頃、この山で修業したという伝承でも知られている。
またこの山は「四国百名山」の一つに選定されている。
「我拝師山」を主峰とした「善通寺五岳山」と呼ばれる山系の山としては、東側から順に、「香色山」(こうしきざん、標高;157m)、「筆ノ山」(ふでのやま;標高=296m)、「我拝師山」(標高;481m)、「中山」(なかやま、標高;439m)、「火上山」(ひかみやま、標高;409m)と東西に並んでいる。
東西に4kmほどの距離で立ち並んでいるこの「五岳山」は、屏風のように立ち並んでいる様から、かつては「讃岐国屏風浦」(さぬきこく びょうぶうら)とも呼ばれていた、という。
これらの山はそれぞれ、以下のような歴史的、宗教的な特徴がある。
- 善通寺市の市街地の近くにある最東端の「香色山」には、四国霊場八十八ヶ所のミニチュア版としての「ミニ遍路コース」(「ミニ八十八ヶ所」とも)があり、遊歩道が整備されている。 なお、山頂部には平安時代の「経塚」が発見されている。
- 最高峰の「我拝師山」は、前述のように、現在の観音寺市に生まれた「弘法大師」(空海)が若い頃に厳しい修業をしたとの伝承がある。「捨身ヶ嶽」(しゃしんがたけ)という頂上近くの岩場は、空海が、身を投げるほどの厳しい修業をした、という伝承による名前である。
- 最西端にある「火上山」は、古代には「のろし台」があったのが、その名前の由来とも言われる。また「火上山」とその東側の「中山」との間には、平安時代に建てられたと言われる山岳寺院「大窪寺」跡や、「前方後円墳」が残っており、古墳時代に遡る人と山との歴史がある。
これらの山々のうち、いくつかの山には三角点が設置されている。「我拝師山」山頂部には三等三角点が設置されている。公式名称は「禅定山」、標高値は480.85mである。「筆ノ山」には四等三角点が設置されている。公式名称は「筆之山」、標高値は、295.64mである。西端の「火上山」には、四等三角点が設置されている。公式名称は「火上山」、標高値は、408.82mである。
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