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最終更新:ヤマレコ/YamaReco
採石の歴史と東京湾のパノラマを満喫できる山
鋸山は千葉県の山で、標高は329mです。
正式な名前は乾坤山(けんこんざん)とされますが、山頂部の剥き出た岩肌がぎざぎざしているため「鋸山」と呼ばれています。
山上は採石場の遺構や日本寺(にほんじ)、展望台など名所に恵まれています。また比較的短い時間で登ることができるため、たいへん人気があります。
さらに山頂付近までロープウェーや自動車道路も通じており、観光客も多い山です。
切り開かれてできた鋸歯の山体
鋸山の鋸歯を連想させる山体は、「房州石(ぼうしゅういし)」の採掘跡によるものです。山は凝灰岩でできており、加工がしやすく良質な石材の産地として、江戸時代から昭和60年頃まで盛んに切り出されていました。
その名残りは至る所にあり、鋸山の名物にもなっています。石切り場跡は矩形に切り欠かれた巨大な断崖で、異世界のような雰囲気を醸しています。またそれを覆うように苔や草木が生えており、同時に哀愁も感じさせます。
猫丁場では当時の職人が石壁に彫った猫を見ることができます。岩をハート型にくり抜いたアート作品もあり、これは2021年に作られました。
また「車力道」は石材運搬に使われた道です。石が敷かれており、荷車の轍が残っています。石を切り出すのは男性で、それを運ぶのは女性の役割でした。石材の重さは1本80kgで、一度に3本積んで、1日に3往復したそうです。
山頂部に建つ名刹「日本寺」
鋸山は古来、信仰の対象です。開山は725年で、行基(ぎょうき:668-749年)によって成されたと伝わります。山頂部には日本寺があり、拝観料を納めれば入ることができます。
広い境内は数々の石仏が安置されるほか、見どころがたっぷりです。
百尺観音は石切り場の跡に刻まれており、戦争や交通事故の犠牲者の供養に造られました。
一枚岩に彫られた大仏は、その大きさに圧倒されます。高さが31.05mあり、磨崖仏(まがいぶつ:岩肌に彫刻された石仏)としては日本一の大きさを誇ります。
崖の先端に設けられた展望台は地獄のぞきです。そこに立てば、絶景とスリルを味わうことができます。
東京湾を一望する山
鋸山を貫く登山道は、関東ふれあいの道「東京湾を望むみち」に指定されています。
観月台や日本寺の地獄のぞきなど、見晴らしの良い場所が点在しています。鋸山ロープウェーからも大パノラマが楽しめます。
山頂のやや西に設けられた展望台は「地球が丸く見える展望台」または「東京湾を望む展望台」と呼ばれています。円形にベンチが配置され、休憩することができます。
海越しに富士山や南アルプス、天城山、丹沢山地、伊豆大島などを見ることができます。
鋸山の山頂は森の中です。木々の間から東京湾を望むことができます。
定番ルートは「関東ふれあいの道」と「車力道」
鋸山でよく登られているのは、「関東ふれあいの道」と「車力道」です。
どちらの登山口も浜金谷駅から近く、すぐに入山することができます。また神奈川県横須賀市からフェリーで東京湾を横断し、金谷港からアプローチする登山者もいます。
2本の登山道は、山上の日本寺の付近で合流します。そこから山頂へは1本道です。
関東ふれあいの道の登山道は、長い階段から始まります。このルートは「観月台コース」や「裏参道」の別名も持っています。
階段を登り切りやや進むと、観月台です。公園の跡地で、眺望の良い休憩スポットです。隣接するあじさい広場にはトイレが設けられています。また奥にはひっそりとツリーハウスが建っています。
一方の車力道は「鋸山新登山道」とも称されます。房州石を運搬していた道で、採石業の遺構をいくつも巡ることができます。
登山道に入ってすぐに見られるのは索道跡です。かつては山腹からワイヤーが張られ、石材を運ぶリフトが稼働していました。崖に掘られた凹部は、トラックの荷台を付けていた場所です。
車力道の象徴とも言える石畳みを登っていくと、石のストックヤード跡があります。たくさんの切り出された石材が、打ち捨てられ苔むしています。
登山口 |
金谷港 浜金谷駅 保田駅 関東ふれあいの道・車力道分岐 下部 車力道入口 鋸山日本寺表参道管理所 鋸山ロープウェー山頂駅 |
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基本情報
標高 | 329m |
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場所 | 北緯35度09分37秒, 東経139度50分27秒 |
正式名称は乾坤山。山体は凝灰岩から成り、江戸時代から房州石と呼ばれ、良質石材の産地として盛んに採石がなされた結果、露出した山肌の岩が鋸の歯状に見えることからこの名で呼ばれるようになった。山頂には一等三角点がある。関東百名山・日本百低山・房州低名山である。
山頂 |
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山の解説 - [出典:Wikipedia]
鋸山(のこぎりやま)は、千葉県安房郡鋸南町と富津市との境に位置する標高329.5メートルの山。索道として鋸山ロープウェーが通る。日本寺、地獄のぞきなど観光地化されている。日本名山図会の日本80名山、日本百低山に選定されている。正式な名称は乾坤山(けんこんざん)という。乾坤は天地の意。日本寺の山号となっている。
山は凝灰岩から成り、建築などの石材として適している。そのため古くは房州石と呼ばれ、良質石材の産地として、江戸時代から盛んに採石が行われた(石切場跡が現存する)。結果、露出した山肌の岩が鋸の歯状に見えることからこの名で呼ばれるようになった。1862年9月8日(文久二年八月十五日)、外交官アーネスト・サトウは、イギリス駐日公使館の通訳生として赴任するため横浜へ向かう途中、江戸湾(東京湾)洋上の汽船ランスフィールド号から、右手に鋸の歯のような恰好をした鋸山を眺望した旨、著書に記している。採取された石材は、幕末から明治、大正、昭和にかけて、主に横須賀軍港や横浜の港湾設備、東京湾要塞の資材として利用された。また、靖国神社や早稲田大学の構内にも利用されている。自然保護規制の強化により1985年(昭和60年)を最後に採石を終了。石切場や石材搬出路の跡は産業遺産として観光資源になっている。
江戸期には谷文晁が『日本名山図会』において日本80の名山のうちに数えたが、深田久弥が改めて日本百名山を選んだときに選に漏れ、現在では小林泰彦選の日本百低山に入っている。
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