ホケノ山古墳と出土品展・講演会
- GPS
- 16:00
- 距離
- 9.0km
- 登り
- 25m
- 下り
- 21m
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2024年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
自転車
|
写真
感想
大和八木のホテル朝食後大和八木駅から桜井駅に向かう。駅からトリシクル輪に向かうが道を間違えてウロウロ、何とか辿り着く。大和八木駅から電話で早めに到着する旨連絡したのですぐにチャリを出していただき、荷物をロッカーに預け、書類に記入しヘルメットも借りて出発。時間の余裕があれば桜井茶臼山古墳なも寄るつもりだったが時間的に厳しそうなのでホケノ山に直行、途中から道が細くなり不安になるが先に見えるようになり、何とか辿り着く。途中萱原古墳だったが10年以上前に訪ねた古墳を見かけたので撮影、以前は藪になっておりマムシが恐ろしかったが今回はかりはらわれて整備されていた。時間がないので墳丘に上らず残念です。ホケノ山は、墳丘斜面下の石室が復元され、以前の見学の時はどのような状態だったか記憶が定かでない。後円部本体の主体部は後で述べるように石槨の中に木槨があるという特異なものだった。弥生末の墳丘墓と出現期古墳の間を埋めるような最も古いタイプの出現期古墳なのだろうか?
ホケノ山古墳見学のあと、桜井市埋蔵文化財センターに立ち寄る。昨年度の発掘調査の最新報告の展示を見る。藤原京第72次調査で出土した縄文時代後期中葉の分銅形土製品で瀬戸内地域(中心は吉備)では弥生時代中期から後期にかけて出土するものに似ている。センターの学芸員に尋ねてもその繋がりはわからないという。乳房の表現のあるものは縄文時代早期の西日本の土偶に似ている不思議なものが出土している。また、同72次調査の第一トレンチからは、縄文時代後期前葉から中葉の土器や石器類が出土している。
また城島遺跡は鳥見山北側の古墳時代後期の集落の一部らしく土師器などが出土している。鳥見山は、古墳時代の墓域と思われ、以前歩いたことがある。また、藤原京期の土坑から紡織具の横木などの木製品が出土している。他に安倍寺の調査資料も展示されていた。
桜井市から橿原市に移動し、橿原考古学研究所付属博物館のホケノ山古墳出土品展示を見学。同古墳出土品が重要文化財に指定されたことを記念しての開催だった。
展示はホケノ山古墳の背景にある巻向遺跡群、巻向型前方後円墳ー辻土坑、巻向大溝などからの出土品が並ぶ。、様々な時期の土器ー弥生時代終末期前後のものから、庄内期、布留0式期以降のものまで、土器だけでなく様々な木製品も興味深い。U字型木製品は、何らかの威信財的なものらしい。
ホケノ山古墳の埋葬施設の復元はさらに興味深い。調査によると石槨の中に木槨がある二重構造で、中の木槨自体は弥生時代の伝統を受け継ぐものらしい。調査によると土器や副葬品の出土状況から木槨の蓋のうえに石槨の木製蓋板があり、その上に土器や副葬品が載っていたと考えられている。木部が腐り落ちたときにのっていた土器や副葬品も落下し、その時以降にさらに石も崩れて上から点々と土器などの破片が落ち込み、さらに石が落下して、土器なども細かく破損し、破片が多数残されることになったようだ。そうしたものを位置を正確に記録し、丁寧に接合を行って、土器や副葬品を復元、手間のかかる作業を行った人々に感謝。
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