記録ID: 3252815
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ハイキング
中国山地西部
成君寺山(じょうくんじやま)
2021年06月06日(日) [日帰り]
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体力度
2
日帰りが可能
- GPS
- 03:12
- 距離
- 8.0km
- 登り
- 560m
- 下り
- 554m
コースタイム
日帰り
- 山行
- 2:56
- 休憩
- 0:16
- 合計
- 3:12
距離 8.0km
登り 560m
下り 561m
天候 | 曇り時々晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2021年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
上宇塚のバス停から県道143号は舗装路、国穏寺の入り口から成君寺までは中国自然歩道となりあまり歩かれている感じではありませんが広い道です。成君寺から成君寺山への登山道は普通の山道です。下山したコースも至って普通の山道、登山口から成君寺までは中国自然歩道を歩きましたが誰も歩かないのか結構な荒みようです。 |
写真
すぐに四差路、右、成君寺山頂とありますがこの先に北側の登山口があります。成君寺山登山だけならこちらがメインルートです。登山口に数台止められる広場があります。
国穏寺、成君寺を経由するなら右折です。
国穏寺、成君寺を経由するなら右折です。
国穏寺
説明板には山代地区は和紙が特産と書いてありますがとんでもないです。大内氏の時代は河川平野が狭く耕作には向かない地域ということで年貢はそれなりでしたが毛利氏が治めてからは重い年貢を割り付けられ米ができないなら楮、ミツマタを植えろとわずかな耕作地をそれらに替えられますます貧しくなっていったのです。それに対しての反乱が一揆という形になるのですがその舞台がこれから向かう成君寺です。
説明板には山代地区は和紙が特産と書いてありますがとんでもないです。大内氏の時代は河川平野が狭く耕作には向かない地域ということで年貢はそれなりでしたが毛利氏が治めてからは重い年貢を割り付けられ米ができないなら楮、ミツマタを植えろとわずかな耕作地をそれらに替えられますます貧しくなっていったのです。それに対しての反乱が一揆という形になるのですがその舞台がこれから向かう成君寺です。
成君寺へ0.8km
ここでGPSが迷う、ご丁寧に成君寺までは通行困難とか書かれていたのでGPSの軌跡を信じて道から外れ山肌を歩き彷徨いましたがまったくの無駄、GPSが正常になるとなんのことはない、広い道を矢印の向きに歩けばいいだけでした。
ここでGPSが迷う、ご丁寧に成君寺までは通行困難とか書かれていたのでGPSの軌跡を信じて道から外れ山肌を歩き彷徨いましたがまったくの無駄、GPSが正常になるとなんのことはない、広い道を矢印の向きに歩けばいいだけでした。
宇佐郷村 山田平兵衛さんがうちの地元の庄屋さんだったのか・・・
毛利が萩にやってきて独自で検地をし石高が一気に2.5倍に跳ね上がる、おまけに毛利の年貢率は70%を超えるひどいものだったので一揆は起こるべくして起こったものでした。
毛利が萩にやってきて独自で検地をし石高が一気に2.5倍に跳ね上がる、おまけに毛利の年貢率は70%を超えるひどいものだったので一揆は起こるべくして起こったものでした。
途中の展望地から本郷を見下ろす
山代地区は毛利が安芸の国を治めていた時代も領地でした。
広島から入りやすく本郷から山代地区全体へのアクセスが良かったのも中心地になった理由でしょう。
山代地区は毛利が安芸の国を治めていた時代も領地でした。
広島から入りやすく本郷から山代地区全体へのアクセスが良かったのも中心地になった理由でしょう。
撮影機器:
装備
個人装備 |
長袖シャツ
Tシャツ
ズボン
靴下
雨具
日よけ帽子
靴
ザック
行動食
地図(地形図)
ヘッドランプ
予備電池
GPS
筆記用具
ファーストエイドキット
携帯
時計
タオル
ストック
カメラ
|
---|
感想
白滝山に続いて本日2座目です。
本当の目的はこちら「成君寺山」でした。
山代の人々が毛利に歯向かった「山代一揆」の舞台が代官所の置かれたここ、本郷だからです。首謀者である庄屋11人の碑が成君寺にあるということで一度は訪れたかった寺であり山でした。
明治維新の立役者、英雄のように扱われる毛利ですが見方を変えると非人道的な重い年貢の徴収を行っていた卑しい藩だったのです。
米が取れないなら楮を植えろ、ミツマタを植えろ、益々山代は貧しくなっていくのです。
山口県民でも長州と周防では毛利の印象は相当違うと思います。
周防の人間であるぼくは毛利には決していい印象は持っていません。
でも、新政府軍と幕府軍では新政府軍を応援しますけど・・・
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