現地(群馬県東吾妻町)の駐車場で朝食。お里帰りの入山メンパでいただきます。
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9/29 7:54
現地(群馬県東吾妻町)の駐車場で朝食。お里帰りの入山メンパでいただきます。
本日はまず観音山(瀧峩山)から登ります。かつては松山または岩鼓と呼ばれたそうです。たくさんの岩窟があり、延享四年(1747)に東山に西国・坂東札所、西山に秩父札所の百観音が祀られたそうです。
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9/29 8:23
本日はまず観音山(瀧峩山)から登ります。かつては松山または岩鼓と呼ばれたそうです。たくさんの岩窟があり、延享四年(1747)に東山に西国・坂東札所、西山に秩父札所の百観音が祀られたそうです。
観音山不動堂(瀧峨山金剛院)、当地修験の中心地だったみたい。
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9/29 8:26
観音山不動堂(瀧峨山金剛院)、当地修験の中心地だったみたい。
不動明王像や甲子講の大黒天像がありました。
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不動明王像や甲子講の大黒天像がありました。
そして観音山不動滝、なかなかの迫力です。
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そして観音山不動滝、なかなかの迫力です。
滝見物の後は。登山口へ。「山頂まで400m」
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滝見物の後は。登山口へ。「山頂まで400m」
短い梯子を上ると、
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短い梯子を上ると、
胎内窟があります。
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胎内窟があります。
如意輪観音がお待ちかねでした。
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如意輪観音がお待ちかねでした。
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岩棚に石仏が点在しています。
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岩棚に石仏が点在しています。
次は北向観音の窟に行ってみます。
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9/29 8:37
次は北向観音の窟に行ってみます。
こちらにも石仏が点在。
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9/29 8:37
こちらにも石仏が点在。
どうやら江戸期よりも新しいものもあるようです。熊野修験の碑伝がありました。
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どうやら江戸期よりも新しいものもあるようです。熊野修験の碑伝がありました。
この岩窟もけっこう奥行きがありました。
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この岩窟もけっこう奥行きがありました。
さらに上に行ってみると、
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さらに上に行ってみると、
金堀穴の入口がありました。
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金堀穴の入口がありました。
かつて金を掘るための坑道だったらしい。ライトは必携です。蝙蝠が飛び回っていましたがうまく撮れませんでした。
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かつて金を掘るための坑道だったらしい。ライトは必携です。蝙蝠が飛び回っていましたがうまく撮れませんでした。
出口の明かりが見えました。
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出口の明かりが見えました。
出口ちかくにあった石仏。背中には「奉(納地蔵尊)/山口六(兵衛)」」
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出口ちかくにあった石仏。背中には「奉(納地蔵尊)/山口六(兵衛)」」
象ヶ鼻
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象ヶ鼻
こちらのルートは通禁が解除されたようです。
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こちらのルートは通禁が解除されたようです。
立派な岩場の縁を歩いて行きます。
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9/29 8:56
立派な岩場の縁を歩いて行きます。
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あれが南大岩窟かな。ちょっと近寄れませんが、かなり石仏があるようです。
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あれが南大岩窟かな。ちょっと近寄れませんが、かなり石仏があるようです。
秘密の窟。こちらにも新旧の石仏があります。
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秘密の窟。こちらにも新旧の石仏があります。
こちらにも新旧の石仏があります。
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こちらにも新旧の石仏があります。
石燈籠の火袋みたいなのが落ちていました。
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石燈籠の火袋みたいなのが落ちていました。
そして東大岩窟。
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そして東大岩窟。
蓮華台には札所の番号があります。
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蓮華台には札所の番号があります。
こちらの如意輪観音の蓮華台には「記國 那智山」とあります。“記國”は“紀國”かな?青岸渡寺のことでしょうか。
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こちらの如意輪観音の蓮華台には「記國 那智山」とあります。“記國”は“紀國”かな?青岸渡寺のことでしょうか。
さらに山頂部の岩峰を、、
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さらに山頂部の岩峰を、、
廻りこむように登って行くと、
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廻りこむように登って行くと、
山頂とうちゃこのようです。首なし地蔵さんの背中には、
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山頂とうちゃこのようです。首なし地蔵さんの背中には、
「奉造立火防地蔵(尊) 山口六(兵衛)」とありました。金堀穴の近くにあった石仏と同じ施主さんのようです。
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9/29 9:24
「奉造立火防地蔵(尊) 山口六(兵衛)」とありました。金堀穴の近くにあった石仏と同じ施主さんのようです。
台石には「( )譽忍生廟往居士/宝暦四甲戌天七月日(1754)/願主敬白」「榛名 ( )乗院弟子/権律師智体 宝暦七丑天十二月一日(1767)」どうやら本来地蔵さんのものではない気もします。
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台石には「( )譽忍生廟往居士/宝暦四甲戌天七月日(1754)/願主敬白」「榛名 ( )乗院弟子/権律師智体 宝暦七丑天十二月一日(1767)」どうやら本来地蔵さんのものではない気もします。
その近くに「百番観世音供養塔」がありました。
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その近くに「百番観世音供養塔」がありました。
「昭和七年十月二十八日
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「昭和七年十月二十八日
善導寺念佛講中建之」 百観音の新しいのはこの時のものですね。善導寺は麓にあるお寺です
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善導寺念佛講中建之」 百観音の新しいのはこの時のものですね。善導寺は麓にあるお寺です
石祠の右手前に「大山御献燈」の石柱が二基ありました。
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石祠の右手前に「大山御献燈」の石柱が二基ありました。
「慶應四年辰七月」(1868)
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「慶應四年辰七月」(1868)
そして石祠が二棟。最左は宝塔か石燈籠の笠。左の祠には「三峯講/昭和八年五月建之」、その台石には「三峯神社山根講/第一回/講中連名/昭和十一年七月吉日」、背面に講人銘が列刻されていました。
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9/29 9:31
そして石祠が二棟。最左は宝塔か石燈籠の笠。左の祠には「三峯講/昭和八年五月建之」、その台石には「三峯神社山根講/第一回/講中連名/昭和十一年七月吉日」、背面に講人銘が列刻されていました。
「観音山頂上 標高530m」 ここは柳沢城跡でもあり、南東部の見晴がよく、北側には曲輪や堀切の遺構がありました。
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9/29 9:34
「観音山頂上 標高530m」 ここは柳沢城跡でもあり、南東部の見晴がよく、北側には曲輪や堀切の遺構がありました。
遠景は武尊と日光白根かな。
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9/29 9:34
遠景は武尊と日光白根かな。
小野子三山方面
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9/29 9:34
小野子三山方面
山頂の傍らにもう一体石仏があるのに気づきました。首はありませんが持物から空海さんかなと思いながら後ろに廻ってみると、
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9/29 9:37
山頂の傍らにもう一体石仏があるのに気づきました。首はありませんが持物から空海さんかなと思いながら後ろに廻ってみると、
「南無大師遍照金剛」とありピンポン!遍照金剛は空海の灌頂名であり、大日如来の別名でもあるそうです。他に「二月廿三日/湯本安兵衛」ともありました。残念ながら年号は見つからず。
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「南無大師遍照金剛」とありピンポン!遍照金剛は空海の灌頂名であり、大日如来の別名でもあるそうです。他に「二月廿三日/湯本安兵衛」ともありました。残念ながら年号は見つからず。
山頂から少し下った所に薬師如来さんかな。こちらも首なし。
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9/29 9:42
山頂から少し下った所に薬師如来さんかな。こちらも首なし。
お隣の岩櫃山の眺め
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お隣の岩櫃山の眺め
結構な堀切です。
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結構な堀切です。
取りあえず鉄塔まで来ました。この後うすい踏み跡をたどって西山方面へ。
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取りあえず鉄塔まで来ました。この後うすい踏み跡をたどって西山方面へ。
西山山頂には剣と宝珠を持った虚空蔵菩薩かな。
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9/29 10:12
西山山頂には剣と宝珠を持った虚空蔵菩薩かな。
背中に「宝暦三酉(1753)原町 山根 兩組」、
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背中に「宝暦三酉(1753)原町 山根 兩組」、
年代にしては綺麗なお顔です。
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年代にしては綺麗なお顔です。
「十二平」597.37 m三等三角点
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「十二平」597.37 m三等三角点
山頂直下の作業道から巡視路を行きます。
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山頂直下の作業道から巡視路を行きます。
やや川幅のある徒渉がありました。すぐに車道に出ました。
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やや川幅のある徒渉がありました。すぐに車道に出ました。
岩櫃山平沢登山口、近くに広い駐車場があります。
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9/29 10:50
岩櫃山平沢登山口、近くに広い駐車場があります。
水仙の名所があるようです。
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9/29 10:54
水仙の名所があるようです。
観光案内所にあったジオラマ
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9/29 10:56
観光案内所にあったジオラマ
まずは岩櫃神社へ参拝
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9/29 11:03
まずは岩櫃神社へ参拝
社殿の左脇に「岩櫃神社紀念碑」(大正五年)、
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9/29 11:04
社殿の左脇に「岩櫃神社紀念碑」(大正五年)、
三棟の石祠。左「十二宮/文久二年戌二月吉日(1862)/大前杢兵エ」、中「安政五午十月吉日(1858)/平沢氏子中」。
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三棟の石祠。左「十二宮/文久二年戌二月吉日(1862)/大前杢兵エ」、中「安政五午十月吉日(1858)/平沢氏子中」。
榛名の峰々
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9/29 11:10
榛名の峰々
すでに三合目。尾根通りへ行きます。
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9/29 11:15
すでに三合目。尾根通りへ行きます。
堀切を歩くKOさん
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9/29 11:20
堀切を歩くKOさん
一の曲輪への登り
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9/29 11:25
一の曲輪への登り
鉄塔のある峰からちょい右の峰が西山かな。
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9/29 11:25
鉄塔のある峰からちょい右の峰が西山かな。
南竪堀と榛名山
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9/29 11:27
南竪堀と榛名山
広い平地(標高593m四合目)が岩櫃城本丸址です。
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9/29 11:28
広い平地(標高593m四合目)が岩櫃城本丸址です。
岩櫃城由来
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岩櫃城由来
尾根通りで山頂を目指します。途中の天狗岩。
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9/29 11:39
尾根通りで山頂を目指します。途中の天狗岩。
六合目の分岐。ここでコースミス。
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六合目の分岐。ここでコースミス。
尾根を進んだら、岩壁でゆき詰まり。戻りました。
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9/29 11:52
尾根を進んだら、岩壁でゆき詰まり。戻りました。
分岐に戻って問題の道標。(沢通り)とあったので、そちらではなく、尾根道を進んでしまいました。
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分岐に戻って問題の道標。(沢通り)とあったので、そちらではなく、尾根道を進んでしまいました。
梯子をのぼったり、
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9/29 11:57
梯子をのぼったり、
岩と岩の間をすり抜けたりしながら、
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9/29 12:00
岩と岩の間をすり抜けたりしながら、
登って行きます。
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9/29 12:02
登って行きます。
平成の七合目石がありました。
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9/29 12:03
平成の七合目石がありました。
九合目から先はちょっと危険な岩場になっていますが、
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9/29 12:10
九合目から先はちょっと危険な岩場になっていますが、
KOさんはスイスイ下って行きます。
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9/29 12:11
KOさんはスイスイ下って行きます。
無理やりダイヤモンド岩櫃にしてみました。
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9/29 12:14
無理やりダイヤモンド岩櫃にしてみました。
山頂に立つKOさん、なかなかカッコいい!
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9/29 12:16
山頂に立つKOさん、なかなかカッコいい!
岩櫃山802M山頂です。
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9/29 12:17
岩櫃山802M山頂です。
好展望そして
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9/29 12:18
好展望そして
なかなかの高度感です。
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なかなかの高度感です。
榛名山系
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榛名山系
浅間山〜四阿山〜白根山方面
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浅間山〜四阿山〜白根山方面
吾妻山と薬師岳かな。
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吾妻山と薬師岳かな。
小野子三山と赤城山
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小野子三山と赤城山
四等三角点が埋め込まれています。
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四等三角点が埋め込まれています。
山名方位盤
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9/29 12:20
山名方位盤
イヤ〜ここは怖いですねぇ。
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9/29 12:21
イヤ〜ここは怖いですねぇ。
それでもKOさんはスルスルと
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それでもKOさんはスルスルと
青天を衝くKOさん
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9/29 12:27
青天を衝くKOさん
帰りは沢通りで
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9/29 12:39
帰りは沢通りで
四合目石。これは平成より古そうです。
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9/29 12:49
四合目石。これは平成より古そうです。
車道から観音山への案内に進むと、トラロープの行き止まり。
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9/29 13:12
車道から観音山への案内に進むと、トラロープの行き止まり。
と思ったら、この岩窟がどうやら(第三)石門のようです。
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9/29 13:13
と思ったら、この岩窟がどうやら(第三)石門のようです。
ここにもあちこち石仏がありました。
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9/29 13:14
ここにもあちこち石仏がありました。
梯子と鎖場でちょっとスリリング。
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9/29 13:15
梯子と鎖場でちょっとスリリング。
振り返ってあの穴から出てきました。
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9/29 13:18
振り返ってあの穴から出てきました。
東屋から下ると滝の横に降りました。
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9/29 13:20
東屋から下ると滝の横に降りました。
「瀧我山」不動堂に戻りました。
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9/29 13:21
「瀧我山」不動堂に戻りました。
洞窟、岩山と無事生還できました、
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9/29 13:25
洞窟、岩山と無事生還できました、
道の駅あがつま峡でお昼にしました。ソースカツ丼の大(1100円)。ぱっと見、ゼリーフライ丼かと思った(笑)
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9/29 14:03
道の駅あがつま峡でお昼にしました。ソースカツ丼の大(1100円)。ぱっと見、ゼリーフライ丼かと思った(笑)
所変わって、久しぶりの尻焼温泉。休日は混雑するので足が遠のいていました。
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9/29 15:12
所変わって、久しぶりの尻焼温泉。休日は混雑するので足が遠のいていました。
地場産の入山メンパのコレクション。左の2つは現在の山本幹雄さんの作。中の2つは2000年前後の物、そして
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9/29 15:18
地場産の入山メンパのコレクション。左の2つは現在の山本幹雄さんの作。中の2つは2000年前後の物、そして
一番右が80年代の山本直義さん(幹雄さんの父上?)の作。
「入山小判メンパ」金文字の化粧箱付です。
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9/29 15:19
一番右が80年代の山本直義さん(幹雄さんの父上?)の作。
「入山小判メンパ」金文字の化粧箱付です。
尻焼♨。初めて来たのは40年ぐらい前。その頃は道も悪く、本当に秘湯感がありましたが、
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9/29 15:20
尻焼♨。初めて来たのは40年ぐらい前。その頃は道も悪く、本当に秘湯感がありましたが、
現在は道も良くなり、近くに駐車場もできて休日は大変混雑します。河風呂は水着OKです。
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9/29 15:27
現在は道も良くなり、近くに駐車場もできて休日は大変混雑します。河風呂は水着OKです。
川底に落ちてました。女の子の名前があります。湯小屋の籠に入れておきました。
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9/29 15:31
川底に落ちてました。女の子の名前があります。湯小屋の籠に入れておきました。
あの山肌が崩れて川の半分ぐらい埋まっちゃったこともありました。
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9/29 15:31
あの山肌が崩れて川の半分ぐらい埋まっちゃったこともありました。
雨がちの日が続いていたので川風呂は超ぬるめです。
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9/29 15:33
雨がちの日が続いていたので川風呂は超ぬるめです。
でもここから危険な熱い湯が湧いています。
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9/29 15:42
でもここから危険な熱い湯が湧いています。
紅葉には早すぎましたが、やはり平日に来てよかったです。
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9/29 17:18
紅葉には早すぎましたが、やはり平日に来てよかったです。
最後は小屋の湯で温まってから上がりました。ゆっくり堪能できました。
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9/29 18:09
最後は小屋の湯で温まってから上がりました。ゆっくり堪能できました。
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