【甲府北山】湯村山、法泉寺山、要害山


- GPS
- --:--
- 距離
- 20.9km
- 登り
- 894m
- 下り
- 897m
コースタイム
天候 | 晴れのち曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2014年11月の天気図 |
アクセス | 自宅から徒歩 |
写真
装備
個人装備 |
地下足袋ノーマルソウル
|
---|
感想
急な休日、半日あって、甲府盆地北部山地のトラバース道を行けるだけ行ってみた。家から歩いて行けるのでハードルが低い。歩き出してしまえば、躊躇は無い。湯村山を20分で登り、以前雨の中途中まで行った武田の杜遊歩道。30年くらい前に県が整備したが、標識や腰掛けはどれも朽ちている。もともと、このトラバース道は武田信玄時代からあるのではないかなと思う。甲府盆地北山の見晴らしよい岬状の場所には狼煙台が連発してあり、山中の移動経路だったのではないか。昔の人にとっちゃ、こんなところはへのカッパだろう。しかも今と違って、山は禿げ山だったかもしれない。道中、巨木の類いは全く無かった。炭焼きに建材に、森は育つヒマは無かったかもしれない。16世紀以降では今が一番鬱蒼としている時代かもしれない。
前回の下降地点を過ぎて、盆地北端を目指す。
誰にも会わないので、大きな声で寮歌を放吟する。先週の寮歌祭以来、忘れていた寮歌がするすると喉から出てくる。20代で憶えた歌というのは確かなものだ。
来月このルートでトレイルラン大会をするようだ。樹間に集落が見え隠れしてくる。案外近いところを通っているのだ。中峠、金子峠、穴口峠に通じる分岐案内がある。山の上、帯那の集落に通じる縦の道も横切る。今はあまり歩かれていないようだ。武田の居城を見下ろす台地状への道だから往時は重要なルートだったはず。
古湯坊温泉が忽然と現れ建物ウラの入り口を探すのに地図を凝視する。更にトラバースし、要害山の分岐へ。要害山は山というより、その後の山から南南西にでた長細い尾根の上である。
要害山へはウラから攻めた格好になる。元から細い尾根の細いところの両側を堀に見立て(竪堀)、石垣で補強し、橋のように狭くしてあり、その入り口には石垣を組んで門があったようだ。この仕掛けがいくつもあり、容易に本丸へは行けない。いくつかの曲輪を過ぎてようやくの本丸は意外に広かった。土塁で囲まれた広い場所だった。樹間からは甲府盆地を見下ろす。甲斐の王はこんな安心感ある所を詰城にしたわけだ。
要害温泉に降り、積翠寺の古い町並みの中を下る。要害城足元で、由緒ありそうな門構えの民家もあり。ダイコンを抜いていたおばさんと話ししたりする。バスは日に二本。18時台まで無いと聞く。要害温泉でまったりも出来るけど日が短い。ウチに帰って子供とお風呂に入ったほうがいいや。てくてく甲府盆地目指して歩いて帰る。積翠寺から下積翠寺へと細く古い道を下り、興因寺のあたりでは懐かしい石垣の集落だ。このあたりは車で来ても入れない昔の道。車の人はバイパスをどうぞ。相川を渡って武田神社(躑躅ヶ崎館/元祖甲府城1519年)の広大な森が夕空の下に見えて来た。町にはちらほら灯りもついた。女子中学生の下校時間と重なり、後ろ4mを2人組が話し乍らずっと歩いている。いい話ししてる。知らない住宅街の夕暮れ。このあたりは中心部から近いのに昔の風情の細い道を残していて美しい。我が家までの最短ルートをくねくね歩き、湯村山の縁の法泉寺、塩澤寺を通って帰宅。アスファルトはやっぱり地下足袋の足に厳しい。土の上なら10時間でも歩けるのに。
我が家から歩いて10分の荒川、飯田河原は、1521年信玄の父武田信虎が敵(今川勢)と合戦していた古戦場。丁度今ごろの季節、その合戦の最中に、信玄は要害山で生まれたそうだ。行程を足で歩き通して、16世紀の土地感覚がよく分かった。
甲府名所の要害山、車で積翠寺から登ったんじゃつまらない。
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
寮歌と聞いて思い出しました。またまた、七帝柔道更新されて読んでます、漫画ですが…今は北大最強の分け役佐々木先輩の辺りです。この世に生きた証を残さないようにひょうひょうと生きてるらしい。ちょっとかっこいいと思いました。みんなこの世に自分の生きた証を残したくてしょうがないのでは?と思ってましたので…
私も二年ほど寮に入ってましたが、寮歌など、もちろんなく、私以外は同期が全員タバコをスパスパ吸って気管支系の弱い私は毎晩屋上に逃げてました。実習や先輩のイジメやストレスから原因不明の病気やら、その時は早くここから抜け出したいと泣いていましたが、あの辛い下積み時代から比べたら、今の仕事なんて遊びにいってるもんだと思えます。あの二年のおかげです。
北大寮歌祭が先週東京でありまして、4時間も歌っていました。柔道部 OBもたくさん来ていて、七帝柔道記は話題になっていましたね。柔道部東征歌、歌っていました。
まろさんの寮生活は厳しいものですね。
二度訪ねた事のある要害城ですが、支城の熊城はいまだ観ておりません。今度竪堀を目当てにお邪魔します。
お武家様!クマ城、知りませんでした。調べてみると、すぐ隣ですね。今回は瑞岩寺のほうへは足を伸ばしませんでした。クマ城、もしおいでなら声かけてください。一緒に歩きましょう。
地下足袋ノーマル魂かと思いました
ラバーソウルでゴイス。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する