伯耆大山
- GPS
- 03:06
- 距離
- 8.0km
- 登り
- 1,057m
- 下り
- 1,057m
コースタイム
08:25 夏道登山口 08:26
09:14 六合目避難小屋 09:20
09:52 大山 10:00
10:13 石室 10:14
10:32 六合目避難小屋 10:32
11:02 夏道登山口 11:03
11:25 大山寺 11:32
11:40 大山寺駐車場
天候 | 曇り時々晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
07:20のバスに乗れば08:14に着きます。始発です。 片道700円ですが乗り放題で1000円となります。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
道の状況(危険箇所など):終始石や木の階段があり歩きやすいです。 しかし、山頂付近木道は滑りやすいので注意が必要です。 それに石室をまわるコースは藪化しており歩きにくかったです。 登山ポストの有無:登山口にあります。夏道登山口に限らずどのコースから行ってもあります。 下山後の温泉や飲食店情報:大山寺は観光地となっているので宿やお土産屋等駐車場付近あります。 |
写真
感想
今回はだいぶ遠征し山陰の旅に大山を入れました。
交通手段に憧れていた青春18きっぷで乗り継ぎを繰り返し行きました。
大山登山は米子駅スタートとなりるーぷバスを使用。
朝一のバスに乗り山頂往復です。
大山寺行きに乗り停車場に着くとやはり何人か登りそうな人たちがいます。
登山口に着くともう下りてきた人も。
始めは石段を登ります。阿弥陀堂まで続きます。
そこからさきは本格登山になります。
小さい子供たちも元気に登ってました。
負けてられないと汗だくになりながら山頂を目指します。
ここで大山について。
大山(だいせん)は、鳥取県のおもに大山町にある標高1,729mの火山。鳥取県西部の旧国名・伯耆国の名称を冠して伯耆大山(ほうきだいせん)とも呼ばれる。
古来より日本四名山に数えられた。また、登山家 深田久弥選出の日本百名山の一つであり、日本百景にも選定されている。
大山は中国山地から離れた位置にある火山。最高峰は標高1,729mの剣ヶ峰(けんがみね)で、これは中国地方の最高峰でもある。石川県の白山から島根県の三瓶山、大分県の由布岳・九重山に連なる大山火山帯の名前の由来となった火山(ただし、現在はこのような火山帯の区分は使われておらず、大山は西日本火山帯の一部とされている)。山体は東西約40km、南北約35km、総体積120km3を越える。
なお、大山とは一般的に主峰の剣ヶ峰〜三鈷峰と外輪山の烏ヶ山・野田ヶ山・矢筈ヶ山・甲ヶ山・勝田ヶ山・船上山を総称しての名称でもあるが、岡山県側にある擬宝珠山・蒜山(上蒜山、中蒜山、下蒜山)・皆ヶ山なども含めて表すことも多く、専門家は同じ山系として位置づけている。現存する大山に関する最も古い記述は『出雲国風土記』の国引き神話で、三瓶山と同様に縄を引っ掛けて島根半島を引き寄せたとある。『出雲国風土記』中には「火神岳」(ほのかみだけ)と記されている。
山頂付近はガスの中でしたが風が強く時々晴れて眼下の景色を楽しむことができました。
最高峰は剣ヶ峰ですが、2000年秋に発生した地震により登山道が崩落し縦走が不可になりました。現在山頂としてるのが弥山となってます。
下山は石室を通るコースに寄り道しましたが、あまり人は通らず草木が登山道に出てきて歩きずらいです。今回は時期を外しましたが、シーズンにはお花畑となるでしょう。
大山は北側(北壁)から見ると、崩落が激しく厳しい山で、春は元谷上部からの落石を時々見る。伯耆大山ができたのは、今から5万〜1万年前の噴火によりできたという。(歴史資料館)山頂からは島根県の三瓶山、隠岐の島、また瀬戸内海を見ることができます。(気象条件による)
大山そのものを御神体として崇められている伯耆大山
出雲神話に「八束水臣津野命」(やつかみずおみつぬのみこと)は、狭い国 出雲を広くしようと伯耆大山と三瓶山に綱を架け国来いと引き寄せ出雲の国を広くした。綱は長い長い園の浜、稲佐浜と弓ヶ浜(米子市)であったという。八束水臣津野命は私の古里の氏神さまである長浜神社に主祭神としてお祀りしている。
下山はあっという間で下りましたが、バスの時間とあわず調整のため大山寺に参拝しました。
大山寺について
大山寺は、奈良時代養老年間(約一,三〇〇年前)出雲の俊方という方に依って開山されました。
昭和の三年四度の火災に見舞われた本堂は昭和二十六年に再建されました。現在も尚、山内寺院十ヶ院、重要文化財阿弥陀堂及び弥陀三尊を初め、宝物類も数多く残され、実に山陰の名刹として、天台でいう所謂鎮護国家の霊場として更に、中国地方一円の人々から御先祖様に会える寺として崇敬を集めています。
山陰・大山(だいせん)の旅ホームページ 国立公園大山は、大阪から車で約3時間、東京から飛行機で一時間ちょい!
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大山寺本堂(だいせんじほんどう)
鳥取県西伯郡大山町大山 0859-52-2502(大山町観光案内所)
大山栄華の歴史の象徴
僧兵3000人の魂が今ココに・・・
山岳信仰に帰依する修験道の修行道場として栄えた大山寺。
平安時代以降、山岳信仰の仏教化が進むにつれて寺院が増え、最盛期には100を超える寺院と3000人以上の僧兵をかかえるほど。一大勢力として、比叡山、吉野山、高野山に劣らないほどの隆盛を極めていました。
しかし、明治初期の神仏分離・廃仏毀釈をきっかけに衰退の一途をたどり、数多くあった寺も現在は4つの参拝堂と10の支院を残すのみ。
本堂は天台宗の古刹で、昭和3年に一度焼失、同26年に再建されています。もとの大日堂で、明治8年以降本堂となる。大山寺の開創は養老2年(西暦718年)金蓮上人が地蔵菩薩をお祀りし、修験道場として開かれましたが、貞観7年(西暦860年)天台宗第4代座主慈覚大師により天台宗に。
近世、封建時代には江戸幕府より3000余石寺領をゆるされ、別格本山としてその隆盛を極めました。
現在の本堂は、昭和3年の火災で焼失したものを昭和26年に再建したものです。
てっきり丹沢の大山に家族連れで登ったのかと思いながら写真を見ると・・・避難小屋?
良く見たら「だいせん」ぢゃまいか!
ずいぶん遠くまで遠征して来たもんですなぁ。
丹沢を通り過ぎてしまいました。
今回は出雲大社にお参りが目当てでした。
折角だったので行ってきました。
kenpapaさんのとこも通過しました。
大雨で止まったら連絡してたかもしれなかったです。
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