富士山
- GPS
- 21:25
- 距離
- 11.1km
- 登り
- 1,462m
- 下り
- 1,458m
コースタイム
天候 | 15日曇り 16日晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2013年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
富士宮口新五合目(16日10時30分発) =バス(2,310円)= JR東海道新幹線新富士駅(12時15分着) |
コース状況/ 危険箇所等 |
宝永山の登山道と、御殿場口ルートの登山道は、砂利道で滑りやすく、他の登山道と比べると登りにくい。初心者向きではない。 |
予約できる山小屋 |
|
写真
感想
1 風景印とプリンスルート
今年の始め、「風景印」という言葉を聞いた。「風景印」というのは、郵便局ごとに置かれ、しかも各郵便局の土地柄を表すようなスタンプなのだという。このとき、ふと思った。「富士山頂にも夏季限定の郵便局が置かれているが、その山頂郵便局にも風景印はあるのだろうか?」と。調べてみると、それは存在した。「ならば、ぜひとも風景印を押してもらわないといけない!」
こうして、富士登山へのやる気が無性に沸き起こってきたのだ。「コースはどうしようか?」いつも、悩みの種だ。前回は、御殿場口ルートで、それ以前は、富士宮口ルートがほとんどだ。北からの富士吉田口ルートは、人が多すぎてはじめから論外である。御殿場口ルートは人が少ないので、魅力的だが、前回はひどい目にあってしまった。ガスでコースを間違え、下山路らしき道を登ってしまった。おかげで、相当に体力を消耗し、高山病になりかけてしまい、五合目から山頂まで12時間もかかってしまった。「同じ道を歩きたくない」というのが本音だ。地図を相当眺めたが、なかなか良い案が浮かばない。
そのとき、プリンスルートの存在を聞き知った。皇太子様が富士登山で歩かれたコースのことだ。富士宮口の五合目から、宝永山を経由して、御殿場口ルートにトラバース(横移動のこと)し、八合目で一泊して、翌日山頂を踏むというコースのことだ。これは、すごく魅力的である。宝永山にも登ってみたかったし、いかにも人が少なさそうだ。あとは、アプローチでいかに交通費を倹約するかが問題だ。
さすがに青春18切符を利用して、各駅電車を乗りこなすという情熱は失せている。いつもと同じように、新幹線で楽に済ませてしまいたい。だが、富士登山のためだけに旅費を使うのも、すごくもったいないと思う。
「何とか、家内の実家への帰省のついでに登れないだろうか?」
時刻表で調べてみると、長野県にある家内の実家から朝の特急に乗れば、名古屋経由で11時には新富士駅に到着することができる。休みも、今年はめずらしく9日間連続で取れる。毎年夏の恒例の私の実家への帰省も、娘が大学受験を来年に控えているので取りやめにしている。家内の実家でのんびりしてから、富士登山に向かえばちょうど良い。家内の実家に滞在中に、15日の「しなの」と「こだま」の切符を予約し、肝心の15日夜の山小屋「赤岩八号館」の宿泊予約も簡単に取ることができた。
2 宝永山
新幹線の車窓からは富士山が見えなかった。雲にすっぽり包まれている。さながら、姿を見せないラピュタのようだ。新富士駅に到着すると、実家から持ってきた登山用具以外の荷物をすべてロッカーに入れ、まっすぐに左方にあるタクシー乗り場へと向かう。新富士駅から出ている富士山五合目行のバスはないと思いこんでいたこともあるが、できるだけ時間を稼いでおきたかった。おそらく、タクシー代は1万5千円くらいだろう。まあ、安全をお金で買うつもりで、割り切ってしまう。
西富士道路では、あいにくの渋滞だ。前を進む車のナンバーは、なんと「富士山」となっている。そんなナンバーがあることをこのとき知った。この調子だと、五合目到着は午後2時くらいかもしれない。焦りを感じる。いつも「ゆっくりゆっくり」と言っている。それは、自分が一番時間に焦ってしまうので、自分にじっくりと言い聞かせるためだ。遅く着いても、すべてうまくいく。そう思うことで、ようやく覚悟が決まる。富士宮郊外で車が右折すると、急に他車がみえなくなった。マイカー規制地点まで渋滞なのかと思っていたが、とんだ勘違いだ。タクシーは、どんどんスピードを上げていく。
12時45分に富士宮口新五合目に到着。料金メータは「12,590円(割引540円)」と表示されているが、女性運転手は、パンフレットを示しつつ、期間限定料金の1万円で良いという。すごく得した感じだ。これなら、帰りもタクシーにしようか?
すぐに出発する。周囲はガスに閉ざされ、見るべきものは何もない。登山客はそれほど多くはない。この時間帯は少ないのかもしれない。どのパーティーも熟練者が先導し、ゆっくり登っている。ときおり、植物や岩石の説明をしている。立ち止まって説明を聞いているパーティを追い越しながら、六合目へ向かう。
六号目で山小屋に連絡を入れる。
「5・6時間はかかりますから、頑張ってください。」
携帯を閉じつつ、「えっ?」と思う。地図のコースタイムでは、3時間程度と書かれている。休憩などの時間を考慮しても、4時間程度ではないのか?これでは、夕方の5時到着どころか、夜の7時になりそうだ。ヘタをすると、夕食を食べられないかもしれない。まあ、いずれにせよ、二合分の高低差を登るだけだ。ガスでプリンスルートが識別できるか心配だったが、意外と道ははっきりしている。しかも、涼しい。宝永山を仰ぎ見る地点まで、快適な登山道が続く。
宝永山への登り道を見て、楽勝だと思った。実際に登っている長蛇のパーティは、かなりのスローペースのようにみえた。いくら「ゆっくり」が良くても、あのパーティの速度は遅すぎではないだろうか?だが、その考えは間違っていた。実際に登ると、とんでもない登山道だった。崩れやすい砂利道だった。砂利といっても、すべてが富士山の溶岩の成れの果てだ。細かい岩と砂になって、登る人のすべての足を惑わせていた。滑らないようにと、細心の注意を払っても、体重を載せただけで、足場が重力の方向へとズルズルとずり下がってしまう。ずり下がることが頭ではわかっていながらも、体は無条件にずり下がらないようにと、無益なバランス反応を繰り返し、無駄なエネルギーを浪費してしまう。一歩一歩の間隔を短くしながら、音を立てないように静かに体重を移動させつつ、上へ上へと登っていく。
ようやく先程のパーティの最後尾に追いつく。そのまま、彼らのペースで宝永山の山頂まで登り続ける。すぐ前を歩いていた女性たちが「リューノス(竜の巣)よ!リューノスよ!」と騒いでいる。振り返ると、ガスの切れ目から富士山のむき出しの地肌が見えている。一部しか見えないので、富士山がとてつもなく大きく感じる。富士山をラピュタに例える人たちがここにもいるとは面白い。14時30分、宝永山山頂にたどり着く。先程の長蛇のパーティは40分に出発するらしい。そんなリーダの休憩時間の声を聞きながら、私は早々に山頂を立ち去った。長くいても、ガスで何も見ることはできない。
3 赤岩八合館
しばらく宝永山の快適な尾根道を横へと移動し、御殿場口ルートの下山道と合流した。しかし、この上り道は先程の宝永山の登山道よりも難物だ。下山専用のルートだからだ。確かに、先行する外国人のパーティがその登り道で苦戦していた。奇声を発し、天を仰ぎ、外国人特有のオーバーアクションを交えながら、ヨロヨロヨタヨタとよじ登っていた。だが、本当のコースは別にあった。「プリンスルート」と書かれた小さな標識は、水平に横の方へと伸びていた。たぶん、このまま上り専用の登山道へとトラバースしているのだろう。皇太子様がこんな登りにくい下山道をよじ登るとはとても考えられない。というわけで、私は皇太子様専用のルートをたどることにした。実に快適だ。上から私を見ていた外国人たちも、間違いに気づき、私の後をたどろうとしている。意外と簡単に御殿場口ルートの上り専用コースと合流できた。しかしながら、まだここは六合目よりほんの少し上に過ぎない。でも今日は、八合目までで良いと思うと、本当に気が休まる。何度もこの山に登っているが、今まで、夜行でいきなり山頂を目指していたのが、バカらしく感じる。自分でも不思議だ。
「本当に今年は、登山客でいっぱいなのだろうか?」この上り専用の登山道を下山するパーティは当然少ないのだが、登る登山客は、私を追い抜いていった2人しか見ていない。実に静かな空間だ。聞こえるのは、私の足音とそれに合わせた呼吸音だけだ。呼吸だけは、注意を十分に払う。気をつけていないと、すぐに呼吸がおろそかになる。最初の一歩目で不要な空気を吐き出し、もう一歩で、さらに空気を吐き出す。次の一歩で、新鮮な空気を吸い込み、もう一歩で、さらに空気を吸い込む。こうやって、肺の中の空気を完全に入れ替えてやる。気圧が低いので、肺と血液との間の浸透圧も低くなり、血液の中に酸素がうまく浸透しないのだ。肺の中を新鮮な空気で十分に満たすには、歩くリズムに合わせて呼吸をするのが最適だ。
赤岩八合館には、16時45分に到着した。ホウキで登山靴とズボンの裾の汚れを落とし、2食付1泊料金の7千円を払って、小屋の中に入る。登山靴は、渡されたレジ袋に入れる。案内された小屋の中は意外に狭かった。上下2段に分かれていて、各段に一人が80cmくらいの間隔で横になるような仕組みだ。敷ふとんや掛ふとんは、重ねて敷き詰められており、誰がどの布団を使うという区別がないようだ。「割り当てられた範囲内の布団にそのままの状態で入れ」ということらしい。この山小屋は150人宿泊可能となっているが、その時は互い違いになって寝るのだろうか?今日は、50人程度が宿泊するようだ。
壁に設けられた横材に、予備の靴紐で、帽子とか懐中電灯などをぶら下げる。20年以上前に購入したノースフェースの防寒具兼用の雨具は、すぐに取り出せるようにザックの上に載せておく。そのザックは壁に立てかけておく。食事の時間までザックに背中を預け、ゆったりとする。食事の時間は17時から20時半までの間で、21時には消灯だ。消灯が早いのは、山頂でご来光を迎える人たちが午前2時過ぎにはこの山小屋を出発するからだ。私は朝食を食べてから、山頂を目指す予定だ。この八合目から見るご来光も山頂の十合目から見るご来光も似たようなものだ。
夕食はカレーライス。お代わり自由だ。使い捨てのスプーンを取り、これまた使い捨てのトレーに、ご飯とカレーライスと福神付けを自分で盛っていく。私は一杯で十分だ。食べ過ぎると、すぐにお腹を壊すので、少なめで済ます。缶ビールも販売しているが、3200m地点の高所だとアルコールが回りやすいし、利尿作用でトイレの回数も増えるので、遠慮した。お茶だけは2杯飲んだ。水2リットルと麦茶1リットルはザックの中に入ったままだ。登りが涼しかったので、あまり飲まずに済んだのだ。
食事が済めば、消灯まですることもない。ザックにすがりながら、他の登山客たちの食事を見つつ、会話を聞きつつ、まどろむ。いつのまにか、消灯時間が過ぎていたので、ザックを枕替わりにして、完全に布団の中に入る。音で目が覚める。2時過ぎのようだ。ご来光を山頂で迎える登山客がゴソゴソと出発の用意をしている。普段は腰の痛みを感じたことはないのだが、同じ姿勢でいると、どうにも腰が痛くなる。腰が痛くなると、寝返りを打つ。雨具を着込んで用を足しに外に出てみた。外に作られたトイレまでの道には灯りがあるので、懐中電灯がなくても問題ない。バイオ式で1回300円だ。使用した紙は別の容器に捨てる。匂いは相変わらずだが、随分清潔になったものだ。トイレを出て天を仰ぐと、満天の星空。天空を二分するように、天の川が地平線から天頂へと立ち昇っていた。
いつの間にか、外が明るくなっていた。4時半くらいだが、まだ陽は昇っていない。雨具を着込んで外に出る。軍手はザックの奥に入ったままなので、ズボンのポケットに手を入れる。5時少し前にご来光を迎えた。地平線にいきなり光の欠片が溢れ出すといった感じだ。
5時になれば、朝食の時間。プラスチック製の弁当箱には、あらかじめハムエッグと漬物が詰め込まれていた。後は各自で残りのスペースにご飯を盛り、お味噌汁をもらうだけだ。ご飯と味噌汁はお代わり自由。朝食も私は一杯で十分だ。お茶は一杯だけ飲んで、出発に取り掛かる。
4 郵便局と電波標識
5時半に山小屋を出発。歩いてすぐに、着用していた雨具をしまい込む。下界はすっかり雲に覆われているが、今日の天気はよさそうだ。じっくりと山頂を目指す。十合目の山頂はもう間近に見えている。呼吸が怪しくなると、速度を緩め、ゆっくりと歩き続ける。鳥居をくぐると、御殿場口ルートの十合目だ。郵便局は、神社の方かと思ったが、目の前にあった。赤い箱型の郵便ポストが目立っている。郵便局の中に入り、ザックからハガキを取り出し、今年だけの世界遺産記念スタンプを自分で押印する。人が少ないので、順番を待つこともなく、局員にハガキを預ける。これで、ようやく自分自身のゴールに到達。でも、とりあえずは3776mの山頂を目指そう。正確には日本一高い所にある電波標識だ。
登山客が少ないのに驚く。今まで登った中で一番人が少ないような気がする。大勢の登山客で賑わう富士吉田口ルートが何らかの理由で閉鎖されたのか?そう思うくらい人が少ない。噴火口の縁に作られた広い道をたどって、剣が峰を目指す。上空は快晴だというのに、下界はすっかり雲に隠されている。最後の馬の背と呼ばれる滑りやすい道を登る。あとは、測候所が置かれている高台に登るだけだが、そこには50人くらいの行列ができていた。「三七七六m」と書かれた標識で写真を撮るための行列だ。写真を撮る必要のない私は、その行列の横を一気に駆け上る。撮影で夢中の登山客が群がる標識を通り過ぎ、奥の電波標識にたどり着く。こちらの標識はまったく人気がない。奥には鉄製の展望台があるのだが、立ち入り禁止となっていた。
あとは、下山するだけだ。滑りやすい馬の背は、踵でしっかりと踏み込みながら下山する。地面がむき出しになっていて、踏み込めない箇所は、左の露岩帯を下山する。ふと、ここで、お鉢めぐりをしようかと思いつく。ルートはどこだろうと探すと、先程の行列のできていた道だ。そのルートに戻るためには、今下った馬の背をもう一回登り返さないといけない。というわけで、簡単に諦めてしまった。人が少ないので、山頂の好きな場所でラーメンを作れるのだが、あいにく食欲がまったくない。プチトマトを食べて、とりあえずのエネルギーを補給する。食欲がないときは、酸っぱい食べ物が口に合うようだ。太陽が上に昇るにつれ、まぶしさがキツくなる。メガネにグリップ式のサングラスを取り付ける。
富士宮口ルートの登山客も少ないようだ。ならば、このルートを下ることに何ら問題はない。そのまま、下り続ける。快調に下山する。体調も膝の調子も良いので、スピードを抑えるのが大変だ。結局、休憩無しで、七合目まで下ってしまう。ようやく疲労を感じるようになる。後は、慎重に下ろう。でも、ついスピードが出てしまう。疲労しているので、バランス感覚も悪くなっている。滑って、何度か大きく転倒してしまう。ほんの少し出血をするような傷を手のひらに作ってしまった。今更ながら、軍手をしていないことに気がつく。そんなに疲労はしていないはずだが、ザックから軍手を取り出すということにも思いいたらず、水で手のひらを消毒するということも思い浮かばず、そのまま新五合目まで下山してしまった。
新五合目のトイレの洗面所で、手の傷口をよく洗い、バスターミナルへと向かった。15分後に新富士駅行きのバスが出るという。増発のバスもあり、運良く座席に座ることができた。料金は2310円で、またしても得した気分だ。ターミナルの隅っこには、タクシーが2台ほどお客を待っていた。冷房が効いたバスで、半分ほど残っている麦茶を飲みながら、新富士駅へと向かった。2リットルの水は使わないまま、ザックの中で眠っている。
結局、五合目と新富士駅をつなぐバスは、新富士駅を出て右方にあったわけだが、今となってはどうでもよいことだ。ロッカー代は合計で600円で済む。ただし、100円玉を用意するために、1000円札で飲料水を買う羽目になったが、仕方がない。赤岩八号館のトイレで100円玉を9枚も使ってしまったのが誤算だ。富士宮口ルートのトイレは、1回200円が標準のようだ。
新幹線に乗り込み、富士山を見るが、行きと同様でリューノス(竜の巣)に覆われたままだ。今回の富士登山の練習のために、丹沢の大山と塔ノ岳に登ったが、2回とも富士山を見ることはなかった。結局、美しい富士山を見ないまま、富士山に登ってしまった感じだ。両足と両手と肺と心臓が、富士山の圧倒的な存在を体感したというのに、少しばかり残念な気がする。
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