【城跡ハイク】下総千葉家の城跡散策その2 圧倒された「本佐倉城」編
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- GPS
- 02:05
- 距離
- 5.9km
- 登り
- 60m
- 下り
- 65m
コースタイム
- 山行
- 2:05
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 2:05
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2024年02月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
危険箇所ナシ |
写真
感想
えーと、下総千葉家の城跡めぐりの続きです。
京成臼井駅周辺の城跡散策を終えたアタシは、京成線に乗ってふた駅。大佐倉駅で下山します。
誰かも言ってましたが、“大”佐倉なんつー名前のわりにはこぢんまりした駅でしたね(*^_^*)
ともあれ、次の目的地は本佐倉城跡です。
今回のお城めぐりのテーマが下総千葉家の城跡ですから、後期千葉家の本拠地である本佐倉城は、いわばメインイベントです。
とはいうものの………こう言っちゃナンですが下総千葉家って、そのネームバリューの割には微妙な存在ですよね。鎌倉時代以前からの名家ではあり、下総国主の家柄だったとはいえ、嫡流は断絶しちゃってますし、戦国期には独立は保てず小田原北条家の傘下で、戦国大名と呼べる勢力だったかは迷うところ。といって国人領主っていうのもちょっと語弊があるかなという…まぁこれは、アタシが上総出身で、しかも親里見家の反小田原北条家派のせいってこともあるでしょうから、あくまでも個人の感想です(^_^;)
まぁそれでもその勢力範囲は一国を領したほどではないので、今まで本拠の本佐倉城に足が向かったといえます。近くの佐倉城跡には何度か行ったことはあるんですけどね。
とにもかくにも大佐倉駅から本佐倉城跡へと向かいます。
…と、その前に勝胤寺に立ち寄り。
こちらは本佐倉城主である千葉勝胤が開基した寺院。院内には千葉氏一族のものといわれる供養塔があり、一基は勝胤のものと伝えられているのだそうです。
そしていよいよ本佐倉城の散策を開始したのですが…東側虎口から足を踏み入れたとたんに度肝を抜かれましたウオッ(゜Д゜)
高く盛られた土塁、郭間を断絶する深い堀、見上げるような塁壁、多くの人馬および物資を入れられるであろう広い郭、なによりも立地や地形を生かした敵を寄せ付けない設計思想…いやぁこれほどの城跡はなかなかお目にかかれませんって。
近隣でいえば滝山城、箕輪城、松井田城に匹敵するとまでは言い過ぎかもしれませんが、けっして負けず劣らずの縄張りです。なんという堅固っぷりでしょう。
前述のように、訪れるまでは本佐倉城主としての千葉家は戦国大名クラスではないとか、名家といっても嫡流は断絶しているとか甘く見てましたが、大いに反省させられました。まぁおそらくは後北条家の下総経営のための資本投下なんかもあったのかもしれませんが、やはりこれは関東きっての名家たるゆえんなんだなぁ…と海より深く反省した次第。
子細をレポートすると長くなりそうなのでいずれブログで報告するつもりですが、イチバン関心したトコだけ記載しますと、本丸跡から見下ろした東山馬場とその北側を囲う東山という縄張り。この方向から敵が攻め寄せても、防衛側の南北からの攻撃で殲滅させられてしまいますって(||゜Д゜)ヒィィィ
ってな感じで、かなりコーフンしてアチコチ散策したのですが、見て回れたのは城跡の中心部のみ。外郭にあたる荒上や向根子谷などまで見る時間はありませんでした。現地にいた案内の方の話だと、そっちにも遺構があるそうです。ヤブの中だそうですが(^^;)
これは再度訪問して時間をかけてじっくりと見て回る必要がありそうですね。
遅筆のため詳細レポートはいずれブログにて
http://awaya-daizen.cocolog-nifty.com/
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