10月3日は登山の日。低山から登山を再開します。愛知御津駅をスタートします。
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10/3 11:43
10月3日は登山の日。低山から登山を再開します。愛知御津駅をスタートします。
豊川稲荷遥拝所。愛知御津駅は1888年に御油(ごゆ)駅として開業。当時は豊川稲荷の表玄関として栄えていたそうです。確かに、古い飲食店や旅館・料亭らしき古いたたずまいの建物もあります。
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10/3 11:44
豊川稲荷遥拝所。愛知御津駅は1888年に御油(ごゆ)駅として開業。当時は豊川稲荷の表玄関として栄えていたそうです。確かに、古い飲食店や旅館・料亭らしき古いたたずまいの建物もあります。
本日登山(笑)する御津山の全景です。
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10/3 11:47
本日登山(笑)する御津山の全景です。
豊川市立御津中学校。壁面は旧御津町を彷彿とさせています。
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10/3 11:51
豊川市立御津中学校。壁面は旧御津町を彷彿とさせています。
御津川。水が澄んでいます。
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10/3 11:53
御津川。水が澄んでいます。
山下橋を渡ります。
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10/3 11:55
山下橋を渡ります。
泙野(なぎの)神社にて、安全登山のお祈りをします。この周辺、神社が多くあります。
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10/3 11:58
泙野(なぎの)神社にて、安全登山のお祈りをします。この周辺、神社が多くあります。
泙野神社境内です。ご神木が有名だそうですが、撮り損ねました。
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10/3 11:58
泙野神社境内です。ご神木が有名だそうですが、撮り損ねました。
神社のすぐ脇の泙野児童遊園。通過…と思ったけど、ちょっと気になるものが。
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10/3 12:00
神社のすぐ脇の泙野児童遊園。通過…と思ったけど、ちょっと気になるものが。
パンダに狙われ続けるラクダ。膠着状態。
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10/3 12:00
パンダに狙われ続けるラクダ。膠着状態。
ここから上りになります。
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10/3 12:01
ここから上りになります。
さらに上ると鳥居が見えました。
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10/3 12:01
さらに上ると鳥居が見えました。
岩畳神社。御津神社の別宮というお話もあります。
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10/3 12:02
岩畳神社。御津神社の別宮というお話もあります。
大峯講の行者像
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10/3 12:04
大峯講の行者像
再び歩き始めます。左手の上り道へ。
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10/3 12:05
再び歩き始めます。左手の上り道へ。
ちょっと上るだけで眺めがよくなりました。
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10/3 12:06
ちょっと上るだけで眺めがよくなりました。
きれいに階段が整備されています。
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10/3 12:06
きれいに階段が整備されています。
東三河が一望できます。
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10/3 12:08
東三河が一望できます。
さらに階段を上っていきます。
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10/3 12:08
さらに階段を上っていきます。
多聞閣。毘沙門天の縁日は毎月3日だそうですが、残念ながら拝見できず…。
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10/3 12:10
多聞閣。毘沙門天の縁日は毎月3日だそうですが、残念ながら拝見できず…。
さらに階段を上ります。
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10/3 12:11
さらに階段を上ります。
更なる上り道は整備されています。
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10/3 12:13
更なる上り道は整備されています。
道の上には民家も見えます。
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10/3 12:13
道の上には民家も見えます。
頂上に到着。中央にそびえるのは忠魂碑です。
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10/3 12:16
頂上に到着。中央にそびえるのは忠魂碑です。
海沿いの東三河を一望できる山頂です。
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10/3 12:16
海沿いの東三河を一望できる山頂です。
三角点。94.8mです。
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10/3 12:18
三角点。94.8mです。
頂上は広い園地になっており、桜の名所なのだそうです。円形になっているところは戦時中の砲台の跡だそうで、B29を打ち落としていたそうです。
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10/3 12:21
頂上は広い園地になっており、桜の名所なのだそうです。円形になっているところは戦時中の砲台の跡だそうで、B29を打ち落としていたそうです。
園地から下を眺めます。駐車場があり、ここまで車で上って来れます。
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10/3 12:26
園地から下を眺めます。駐車場があり、ここまで車で上って来れます。
独特な形をした展望台。ここも砲台跡だそうです。上での写真を撮り忘れました( ;∀;)。
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10/3 12:27
独特な形をした展望台。ここも砲台跡だそうです。上での写真を撮り忘れました( ;∀;)。
頂上を後にします。登山を始めてから1時間も満たずに下山開始です。
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10/3 12:27
頂上を後にします。登山を始めてから1時間も満たずに下山開始です。
案内図に従い、このあと大恩寺、御津神社方面に向かいます。
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10/3 12:28
案内図に従い、このあと大恩寺、御津神社方面に向かいます。
駅前も山麓も旅館や料亭がいくつかありました。
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10/3 12:30
駅前も山麓も旅館や料亭がいくつかありました。
こちらも料理旅館の看板です。これらを横目に下ります。
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10/3 12:33
こちらも料理旅館の看板です。これらを横目に下ります。
この道を右側へ。下ります。
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10/3 12:37
この道を右側へ。下ります。
アスファルトの道が出てきて、御津神社の駐車場が周辺にいくつかありました。
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10/3 12:41
アスファルトの道が出てきて、御津神社の駐車場が周辺にいくつかありました。
さらに下っていきます。周囲の様子はあまりよくわかりません。
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10/3 12:43
さらに下っていきます。周囲の様子はあまりよくわかりません。
御津山は旧宝飯郡御津町。その頃の下水マンホールです。
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10/3 12:45
御津山は旧宝飯郡御津町。その頃の下水マンホールです。
御津山浄土真院大恩寺(浄土宗)に到着しました。御津山というだけあって、今回登山した山のことを大恩寺山と呼ぶこともあるようです。創建は敏達天皇の時代と言われています。
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10/3 12:49
御津山浄土真院大恩寺(浄土宗)に到着しました。御津山というだけあって、今回登山した山のことを大恩寺山と呼ぶこともあるようです。創建は敏達天皇の時代と言われています。
大恩寺の山門。寛文12年(1672)の建立だそうです。
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10/3 12:50
大恩寺の山門。寛文12年(1672)の建立だそうです。
大恩寺山門は、愛知県指定文化財の建造物です。三間一戸の重層門。入母屋造・本瓦葺で禅宗様です。岡崎市の大樹寺三門、名古屋市の建中寺山門など愛知県内では類例が少ないそうです。
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10/3 12:51
大恩寺山門は、愛知県指定文化財の建造物です。三間一戸の重層門。入母屋造・本瓦葺で禅宗様です。岡崎市の大樹寺三門、名古屋市の建中寺山門など愛知県内では類例が少ないそうです。
大恩寺の御由緒です。松平氏とのつながりが深く、家康の祖父の清康や、父の広忠のお墓もあるそうです。
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10/3 12:52
大恩寺の御由緒です。松平氏とのつながりが深く、家康の祖父の清康や、父の広忠のお墓もあるそうです。
かつて天文22年(1553)建立の念仏堂(国指定)があったものの、平成6年に火災に遭い焼失したらしいです。浄土宗史上重要な遺構だったそうで、残念!焼失した念仏堂を偲んで…。合掌。
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10/3 12:52
かつて天文22年(1553)建立の念仏堂(国指定)があったものの、平成6年に火災に遭い焼失したらしいです。浄土宗史上重要な遺構だったそうで、残念!焼失した念仏堂を偲んで…。合掌。
立派な本堂です。このお寺はもともと豊川市の新宮山にあった浄光院を新宮山大運寺とし、その後、松平氏の保護を受け、松平親忠が現在の地へ移しました。家康の父松平広忠はこの寺を徳川家に大恩ある寺として、御津山浄土真院大恩寺と改名しました。
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10/3 12:54
立派な本堂です。このお寺はもともと豊川市の新宮山にあった浄光院を新宮山大運寺とし、その後、松平氏の保護を受け、松平親忠が現在の地へ移しました。家康の父松平広忠はこの寺を徳川家に大恩ある寺として、御津山浄土真院大恩寺と改名しました。
このお寺は牛久保城主・牧野氏の菩提寺です。
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10/3 13:00
このお寺は牛久保城主・牧野氏の菩提寺です。
山門のバックショット。後ろ姿も勇壮です。
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10/3 13:00
山門のバックショット。後ろ姿も勇壮です。
参道も整った由緒正しきお寺です。
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10/3 13:01
参道も整った由緒正しきお寺です。
冏運院(げいうんいん)というお寺が大恩寺参道横にありました。創建は永正3年(1506)。浄土宗鎮西派のお寺だそうです。
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10/3 13:02
冏運院(げいうんいん)というお寺が大恩寺参道横にありました。創建は永正3年(1506)。浄土宗鎮西派のお寺だそうです。
安貞院(あんていいん)というお寺。創建は天文13年(1544年)の浄土宗のお寺です。
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10/3 13:02
安貞院(あんていいん)というお寺。創建は天文13年(1544年)の浄土宗のお寺です。
大恩寺横にあった葵生庵というお店で、ちょっと一服。
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10/3 13:40
大恩寺横にあった葵生庵というお店で、ちょっと一服。
御津神社は大恩寺前にあります。一の鳥居(だと思います)をくぐります。
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10/3 13:41
御津神社は大恩寺前にあります。一の鳥居(だと思います)をくぐります。
延喜式に名を連ね、三河二十六座に数えられている由緒ある式内社です。むむっ!…烏賊(いか)祭?
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10/3 13:41
延喜式に名を連ね、三河二十六座に数えられている由緒ある式内社です。むむっ!…烏賊(いか)祭?
烏賊祭にはイカを奉納すると書かれています。
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10/3 13:43
烏賊祭にはイカを奉納すると書かれています。
二の鳥居(だと思います)をくぐります。
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10/3 13:44
二の鳥居(だと思います)をくぐります。
天満社。とりあえずいくつになっても賢くありたいのでお参りをして牛を撫でます。
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10/3 13:44
天満社。とりあえずいくつになっても賢くありたいのでお参りをして牛を撫でます。
天満社の御由緒を見ると、この神社にしては意外と歴史が浅かった…。でも、信じるものは救われる。
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10/3 13:44
天満社の御由緒を見ると、この神社にしては意外と歴史が浅かった…。でも、信じるものは救われる。
立派な社殿です。
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10/3 13:46
立派な社殿です。
この楠はご神木で、樹齢は千年を超えるそうです。市指定天然記念物です。写真を撮る角度を間違えてしまいました。実物は、もう少し勇壮な姿です。
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10/3 13:49
この楠はご神木で、樹齢は千年を超えるそうです。市指定天然記念物です。写真を撮る角度を間違えてしまいました。実物は、もう少し勇壮な姿です。
石でできた船形。上には「龍神石 雌龍神」(切るところがわからない)が祀られています。いわれはわからないですが、4月第3日曜日の例大祭の前日に挙行される「烏賊祭」の由来は、祭神である大国主命が出雲国より船で御津に着いた際に漁師が烏賊を献上したことが始まりだそうです。この船形もお祭りも、関係があるのかもしれません。
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10/3 13:49
石でできた船形。上には「龍神石 雌龍神」(切るところがわからない)が祀られています。いわれはわからないですが、4月第3日曜日の例大祭の前日に挙行される「烏賊祭」の由来は、祭神である大国主命が出雲国より船で御津に着いた際に漁師が烏賊を献上したことが始まりだそうです。この船形もお祭りも、関係があるのかもしれません。
ちょっと寄り道をし過ぎました。再び戻ります。
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10/3 13:56
ちょっと寄り道をし過ぎました。再び戻ります。
先ほど下りてきた道を上ります。アスファルトで舗装された道が続きます。
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10/3 13:56
先ほど下りてきた道を上ります。アスファルトで舗装された道が続きます。
旧宝飯郡御津町は現在の豊川市。マンホールは合併後の市のものです。先ほどの旧町のものも味があってよいですね。
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10/3 14:04
旧宝飯郡御津町は現在の豊川市。マンホールは合併後の市のものです。先ほどの旧町のものも味があってよいですね。
山から下りてきた道を再び上ります。ちょっと急坂になっています。
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10/3 14:06
山から下りてきた道を再び上ります。ちょっと急坂になっています。
先ほどは右を選択して御津神社に向かった道を、今度は左に行きます。御津山と連なっている部分に上ります。
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10/3 14:07
先ほどは右を選択して御津神社に向かった道を、今度は左に行きます。御津山と連なっている部分に上ります。
こちらは人が入った気配があまりなく、何匹もの大きなクモがいくつもクモの巣を張り巡らしていて、今回一番の難所(笑)となりました。ここは那田蜘蛛山か!クモの餌食になるな!
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10/3 14:08
こちらは人が入った気配があまりなく、何匹もの大きなクモがいくつもクモの巣を張り巡らしていて、今回一番の難所(笑)となりました。ここは那田蜘蛛山か!クモの餌食になるな!
到着した一番高いところには高圧線の鉄塔が建っていました。
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10/3 14:11
到着した一番高いところには高圧線の鉄塔が建っていました。
唯一光が入るところはすべて鉄塔の付近です。
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10/3 14:11
唯一光が入るところはすべて鉄塔の付近です。
眺めも残念ながら見ることはできませんでした。標高は89mです。
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10/3 14:12
眺めも残念ながら見ることはできませんでした。標高は89mです。
先ほどの最大の難関、那田蜘蛛山の蜘蛛鬼一家(笑)に負けず、なんとか切り抜けます。
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10/3 14:13
先ほどの最大の難関、那田蜘蛛山の蜘蛛鬼一家(笑)に負けず、なんとか切り抜けます。
蒲郡周辺はみかん栽培が盛んです。
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10/3 14:14
蒲郡周辺はみかん栽培が盛んです。
遠く三河湾が一望できます。
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10/3 14:15
遠く三河湾が一望できます。
再び舗装された道に戻り、下っていきます。
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10/3 14:20
再び舗装された道に戻り、下っていきます。
御津山配水場。山の麓なので水源があるのかもしれません。webを見ると休止中と書かれています。
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10/3 14:21
御津山配水場。山の麓なので水源があるのかもしれません。webを見ると休止中と書かれています。
東三河は農業も栄えています。高台からビニルハウス群を眺めて。
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10/3 14:24
東三河は農業も栄えています。高台からビニルハウス群を眺めて。
だいぶ道を下ってきました。
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10/3 14:24
だいぶ道を下ってきました。
山と平地の境まであとちょっとです。
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10/3 14:26
山と平地の境まであとちょっとです。
再度御津川を眺めて。
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10/3 14:27
再度御津川を眺めて。
JR東海道本線からすぐの場所に山はあります。
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10/3 14:31
JR東海道本線からすぐの場所に山はあります。
踏切を渡ります。
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10/3 14:33
踏切を渡ります。
踏切から眺める駅舎。
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10/3 14:33
踏切から眺める駅舎。
廣幡神社に到着。創建年代は不明だそうですが、室町時代にはすでに建立されているという記述があるそうです。
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10/3 14:35
廣幡神社に到着。創建年代は不明だそうですが、室町時代にはすでに建立されているという記述があるそうです。
かつては八幡宮と呼ばれていたようです。あ、ここも4月第3日曜日がお祭りです。
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10/3 14:37
かつては八幡宮と呼ばれていたようです。あ、ここも4月第3日曜日がお祭りです。
右側の木が豊川市指定天然記念物のヤマモモの木で、ヤマモモにしては大きいそうです。
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10/3 14:37
右側の木が豊川市指定天然記念物のヤマモモの木で、ヤマモモにしては大きいそうです。
曹洞宗医王山東光寺。創建は慶安4年(1651年)で、松平忠高によるものとされています。本当は今日行こうと思っていた呑海山法住寺の末寺にあたり、そちらには忠高の墓もあるそうです。
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10/3 14:38
曹洞宗医王山東光寺。創建は慶安4年(1651年)で、松平忠高によるものとされています。本当は今日行こうと思っていた呑海山法住寺の末寺にあたり、そちらには忠高の墓もあるそうです。
ゴールの明治32年創業の「角三」で、苦難の道(笑)を制した自分を褒め称えるため、饂飩居酒屋を愉しもうとおもったら、なんと!「本日18時から営業します」と無情の言葉が…。涙
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10/3 14:40
ゴールの明治32年創業の「角三」で、苦難の道(笑)を制した自分を褒め称えるため、饂飩居酒屋を愉しもうとおもったら、なんと!「本日18時から営業します」と無情の言葉が…。涙
ということでゴールに到着。山に登っている時間よりも散策の方が長かったですが、だんだん高い山をめざしてリハビリを続けていきたいと思います。
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10/3 14:43
ということでゴールに到着。山に登っている時間よりも散策の方が長かったですが、だんだん高い山をめざしてリハビリを続けていきたいと思います。
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