8年ぶりのお母さんに会いに船窪小屋へ
- GPS
- 26:42
- 距離
- 9.8km
- 登り
- 1,501m
- 下り
- 1,504m
コースタイム
- 山行
- 4:35
- 休憩
- 1:35
- 合計
- 6:10
天候 | 9/7土 曇り一瞬晴れ 9/8日 曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2024年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
予約できる山小屋 |
七倉山荘
|
写真
感想
かつて10回位宿泊させてもらった船窪小屋。
2016年に船窪のお父さんお母さんが山を下りられてからは、コロナ禍もあって訪れていなかった。そして3年前にはお父さんが旅立ってしまわれ、さらに足が遠のいていた。
が、妻が前日に「船窪のお母さんが8年ぶりにヘリで小屋に上がってるって!月曜日にはもう降りられちゃうので、久々に会いに行きたい!」とゴネた。
これまで1泊する場合はいつも扇沢から針の木経由で行っていたが、もう体力も劣化しているし、午後から雷雨予報であったので、「七倉往復条件ならばやむなし」と宣告。
七倉では登山客の多さにビックリ。以前はいつ訪れても登山者は少なかったのに。
が、殆どが烏帽子に向かうらしく七倉尾根はいつも通り人がいなかった。しかし、ものすごく暑く、途中で何度も休憩し、これまでいつも3時間代で到着していたのに4時間以上もかかってしまった。
船窪小屋では8年ぶりのお母さんとの再会。20年前から全然変わっておられず、本当に嬉しかった。
午後はずっと七倉や小屋前でまったりする。
高台にあるお父さんのケルンにもお参り。
今日はひ孫さんたちも登ってこられるとのことで、お母さんはとても嬉しげであった、
今日は久々のお茶会も開催。
お母さんが入山されているので、さぞや常連の方が多いかと思ったが、リピーターは我々だけであった。
翌日も昼から雨予報であったため、縦走はせず下山。
たくさんの懐かしい思い出のある船窪。
お母さんとの8年ぶりの邂逅も嬉しかった。
お父さんのケルンにも詣でられた。
懐かしの鐘の鳴る船窪。
お父さんとお母さんに包まれて、いつも本当に楽しく過ごさせてもらった。
お父さんの代名詞だった囲炉裏ではもう薪は使われず炭オンリーに。
そして、お父さんが断固として使わなかった発電機も今は使用されており、時の流れを感じたが、アットホームな雰囲気は相変わらず。
そして、もう小屋に来るのは最後とおっしゃっていたお母さんであるが、往年のアザミの天麩羅を
揚げるお姿は現役そのもの。
お母さん、お父さんの分までいついつまでもお元気で!
鐘の音に送られながらしみじみとしてしまった。
これが最後とおっしゃらず、またぜひ山上のこの懐かしの小屋で再会したい。
「人の縁というものを大事にし、これ以上便利になり過ぎない世の中であって欲しいと思います」というお母さんのお話が身に染みた。
コメント
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ワタシは一度しか行ったことないからお母さんの顔は知らない(代替わりしてから行ったかな)
妻さんの情報収集力はすごいね。
七倉と言えば、あのテント場のデンジャラス水場の印象が強すぎて・・・
あの水場も崩れてしまって今は使えないとか・・・
山もドンドン変わっていくねえ。
船窪のお父さんお母さんは、8年前に80歳を機に下山されたので、
姐さんが行かれた時はもう引退されていたかもです。
88歳になられたお母さんですが、とてもお元気でした。
あのデンジャラスな水場は崩落してしまい、今は天水になっていました。
冷たくて美味しい水でしたので、崩落はとても残念です。
今まで女性専用だった屋内トイレに男性も入れるように変わっていました。
男女差別撤廃の流れか
お母さんも元気そうで良かったですね。
このアットホームな雰囲気は少し違うかも知れませんが鍋割山荘とも似ているような気がします。
鍋割山荘もイベントのあった翌日はみんなで記念撮影をしていました。
こう言う小屋は残って欲しい。
それにしても今年は暑い。
鍋割山荘は鍋焼きうどん食べに行ったのみで宿泊したことは無いのですが、
こんな感じですか。
お父さんお母さんが下山されてから少し現代化しました。
発電機導入もそうですね。
昔は、全員で山の歌を歌ったりもしていましたが、
流石に今は歌は無くなりました。
自分は歌いませんが、妻はいつも元気よく合唱していました。
あの頃は毎晩お茶会もありましたし。。
Hakkutuさん向きの小屋でしたね。
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