記録ID: 840535
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ハイキング
東海
三ヶ根山から田土山を経て三河湾へ 東西三河境シリーズ
2016年04月05日(火) [日帰り]


体力度
2
日帰りが可能
- GPS
- 04:00
- 距離
- 11.0km
- 登り
- 568m
- 下り
- 600m
コースタイム
天候 | 晴れときどき曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2016年04月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
前回「坂野峠から貧乏山縦走 東西三河境シリーズ」にて坂野峠から東西三河境に沿って貧乏山の稜線をたどり、愛知工科大学裏の高台まで歩きました。 そのあと境は工科大学の真中を通っています。それは避けて向こうへ回るとしても、その後の境は里とちょっとした山を交互に綴って複雑に曲がって入り組んおり、山には道がなく、その上を縫って行こうとしてもどうにも無理です。境の通りに行こうとすると、あるお宅の居間を通させていただかなければならない場所もあるなんてことも聞き及んでいます。 しかしながら、蒲郡市形原町と幸田町を結ぶ道で、市境となっている福地峠まで飛べば、再びこの概念を全うすることができそうです。あと、ほぼ東西の三河境をたどる形で最後は三河湾の波打ち際まで行ってしまうことができます。ただ、すべて境の通りに道があるわけではなく、ないところはできるだけ沿った近い場所を通ります。 以前より暖めていた構想を本日実現させました。 三ヶ根山(サンガネサン)山頂へは「市境尾根登山ルート」を利用しました。JR三ヶ根駅から徒歩で市境の福地峠まで行き、そこから山道登りが始まります。アップダウンのある結構骨の折れる尾根道を進んで、三ヶ根山ロープウェイ山頂駅跡まで登ります。境はそこから三角点の場所まで行っているのですが、折角なら昔からの三ヶ根山のシンボルたる三ヶ根観音へ寄ろうと思い、市境より外れますが足を伸ばしました。 あと、三角点へ戻って、昔の金平から登るメインの登山道で廃道になった道に沿って下山しました。この道を通ると一番境に近い形でたどることができます。この廃道については私が3月1日に投稿した「三ヶ根山 形原温泉より2古道往復」の帰路に利用して詳細に報告しました。 今回はもちろん形原温泉へは降りず、三ヶ根山スカイラインの上を料金所を抜けてそのまま下って行かせていただきました。ただ、最後里に降り立つ手前であまりにも遠回りになるためスカイラインを離れて全くの山の中を通させてもらう形で里に降りました。 東西三河境はそのあと袋川に沿って里を這い、田土山(タドサン)山塊の北端に至る地点でその稜線に沿う形で標高を上げ北から南へ走り、最後は三河湾に出て終わっています。今回私はこの部分はほぼその通りにたどって海に出ました。今埋め立てができていて、その一番左端の堤防に沿って一直線に境が伸びています。ついでにと、その一番突端まで行き、あと南端に沿って迂回して日産マリーナまで行き、中を通させてもらって名鉄こどもの国駅まで歩き、行程を完了しました。 田土山の山行記録は珍しいと思います。低い山のため、わざわざ登って投稿するには至らないのでしょう。蒲郡市西浦町と、西尾市幡豆町洲崎(ハズチョウスサキ)との境になる山でして、今は洲崎の山の大部分は「愛知こどもの国」の領域になっています。昔(60年も前の話)は山頂へ登るコースがあり、そこからはまたとない三河湾への展望ができました。 長年経て、その登山コースが残っているか気になって2回ほど調べたことがあります。見つかりませんでした。3年ほど前再度調べたら、今中電の鉄塔が4基ほど稜線に沿って設置されており、その鉄塔維持のための道が通じてあるのが分かりました。ほぼ昔のルートと同じです。そのときは草に覆われていましたが、昨年整備されて今難なく通ることのできる道となっていまして、利用させてもらわないともったいない、の感じさえします。田土山の稜線に沿ってずっと道は行き、最後海に降りる部分は境を離れて蒲郡市側へシフトして降り立っています。この部分境に道はありませんので。 昔景色の良かった田土山の頂上は、今は樹木にさえぎられて、鉄塔のために切り通しされた部分を除いて見通しは利きません。ただ、4番目の鉄塔付近からは切り通しを抜けて西浦半島や三河湾へのすばらしい眺望が楽しめます。 なお、田土山を行くルートは終始愛知こどもの国と境を接していて、自然発生的にできた通じる道もあるのですが、今回はこどもの国へは足を踏み入れていません。 |
その他周辺情報 | 三ヶ根駅西口近くのコンビニは閉店してしまいましたので、登山口へ歩く前に弁当などを仕込むには駅の逆側へ行くしかありません。その跡地にスープ屋さんができていまして、食事もできます。 三ヶ根山へ登って、三ヶ根観音へ行く途中に喫茶店「ゆーとぴあ三ヶ根」があり、非常に景色の良い喫茶店です。 あと、田土山へ登ってゆく左手に見えるのが「ユトリーナ蒲郡」で、入浴施設やプールがあります。入浴してから帰るといいのですが、田土山へ登るとなるとルート的にうまくなく、遠回りとなります。 最後に通った「日産マリーナ東海」のクラブハウスには雰囲気の良い素敵なレストランがあります。(今もあるはずだと思います) |
写真
福地峠の手前、道が大きく膨れていて、自動車を置くことができます。ただ、私も自動車で来て何回か市境尾根コースを利用していますが、ここへは置かず、もっと人目に付かないある場所におきます。
この辺り、ドッと下りになってしまい、登った高さを損します。こんな場所が3ヶ所ぐらいあって、この「市境尾根ルート」を、結構手応えのあるコースにしています。三ヶ根山へ登るコースでは一番きつい?
その横に古い石碑があります。右面には十九丁と刻まれており、その下に三田姓の三人の人の名前が刻まれています。苗字で分かります、これは鹿川登山道の最後の丁目石。左面には「右競馬道」と刻んであります。昔この辺で競馬が行なわれていたのでしょうか。「補陀寺の競馬」は最初良くて最後に必ず負けることを言うのですが、それと関連が?
三角点です。ここは東西三河境の上でもあります。ところが、ここから東へ東西三河境に降りて行く道は全くありません。昔もありませんでした。境に近い所をたどっていた廃道に回りましょう。
さらに来ると展望台跡があります。ここで一服して昼食。ここから三角点のある辺り、さらにその先まで、ロープウェイがあった頃は木がなく開けて景色が良く、動物もいて、遊園地のようになって賑わっていました。
しばらくの間元の道はスカイラインになっているのでスカイラインを歩きます。前はこのガードレールの切れ目から再び廃道に入って形原温泉へ降りましたが、今回はそのままスカイラインを行きます。
料金所のすぐ下の辺り。東西三河境はここからスカイラインを離れてこの正面から山を下ります。が、道はなく、無理に山の中を通っても途中崖になっていて危険。したがって、スカイラインの上をそのまま行かせてもらいます。
左側は高くなっているので、山の右側の斜面を巻いて進みます。
※なお、直接斜面を降りると袋川の上流で、そこが境なのでそうしたいのですが、川へ降りる直前が崖になっていて、安全に降りられる場所を見つけるのが難しい。なので巻いて山伝いに行きます。
※なお、直接斜面を降りると袋川の上流で、そこが境なのでそうしたいのですが、川へ降りる直前が崖になっていて、安全に降りられる場所を見つけるのが難しい。なので巻いて山伝いに行きます。
道から下がって川を渡ります。袋川です。三ヶ根山の山中の支流からこの川が境です。山を降りた場所からでもこれに沿って歩きたいのですが、他人の屋敷に入ってしまうので少し離れて歩いて来ました。
同じく第二鉄塔の場所から東側、西浦町側へ少し降りる(この時期にしかできない)と、火事で焼けた田土山神社の跡地がありますので寄りました。社殿の土台が残っているほか、手水鉢や石灯籠も残っています。写真左の祠の右側に焼けた跡がいまだに残っています。火事のあと神社は八王子神社境内に遷宮されました。
堤防を右に歩くと、ちょうど境の地点に来ます。そこから張り出した幡豆町側の埋め立てが市境ギリギリに伸びています。この写真の堤防に沿ってずっと向こうにまで、境が続く格好となっています。端まで行って見ましょう。
撮影機器:
感想
田土山を降りて海へ出ようとする西浦と幡豆の境の地点で、昔私の叔母(故人)が畑仕事をしていたところ、自動車で来た数人の人に囲まれてインタビューを受けました。テレビ局のスタッフで、東三河と西三河の境を取材に来ていて、ここが東西境の海に出る場所に違いないねと聞いて来たとのことです。叔母はそのあとテレビに出たと言っていました。
その事実を私が忘れることができず、「東西三河境」のコンセプトにつながっています。二回に分けて、坂野峠から貧乏山、三ヶ根山から田土山を経て三河湾に出ました。特に今回のコース、歩いた場所の一つ一つ、私のこれまでの中であれをしたこれをしたの記憶がいっぱい甦ります。
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