(はじめに)
この章は、「近畿地方の山々の地質」の部の最後になります。この章では、近畿地方と東海地方との境目となっている、鈴鹿山脈(注1)、及びその北側にある伊吹山付近の地質と地形について説明します。
また登山対象としてはそれほど著名ではありませんが、鈴鹿山脈に近接している養老山地(ようろうさんち)についても地形的特徴について簡単に説明します。
さて伊吹山も鈴鹿山脈も、近畿地方の主要都市からだけでなく、東海地方の名古屋市などからもほど近く、標高も1000ー1300m台と手ごろで、かつ人工林が少なくて自然がかなり残されていることや、稜線部からの展望も良いことなど魅力のある山々が多く、人気の高い山地と言えます。
一方で、伊吹山には頂上付近までドライブウェーがあり、御在所岳には三重県側からロープウェーがかかっており、ちょっと観光地化しすぎている感もあるのは残念なことです。
注1)「鈴鹿山脈」は、「鈴鹿山地」とも呼ばれ、文献やネット情報によって呼称がまちまちですが、この章では「鈴鹿山脈」という名称に統一します。
また登山対象としてはそれほど著名ではありませんが、鈴鹿山脈に近接している養老山地(ようろうさんち)についても地形的特徴について簡単に説明します。
さて伊吹山も鈴鹿山脈も、近畿地方の主要都市からだけでなく、東海地方の名古屋市などからもほど近く、標高も1000ー1300m台と手ごろで、かつ人工林が少なくて自然がかなり残されていることや、稜線部からの展望も良いことなど魅力のある山々が多く、人気の高い山地と言えます。
一方で、伊吹山には頂上付近までドライブウェーがあり、御在所岳には三重県側からロープウェーがかかっており、ちょっと観光地化しすぎている感もあるのは残念なことです。
注1)「鈴鹿山脈」は、「鈴鹿山地」とも呼ばれ、文献やネット情報によって呼称がまちまちですが、この章では「鈴鹿山脈」という名称に統一します。
1)地形的境界としての伊吹ー鈴鹿ライン
さて、この一帯は大きく見ると、北側には若狭湾が大きく湾入しており、内陸部には琵琶湖、そして関ヶ原より南東側には伊勢湾が大きく湾入していて、本州では最も幅が狭い場所となっています。
また地形的にもこの若狭湾―関ヶ原―伊勢湾の線を境目として、東側は両白山地から飛騨高地、さらに北アルプス、中央アルプス、南アルプスへと標高がどんどん高まる傾向がある一方、西側は前述のとおり、「近畿三角帯」と呼ばれる、小山地と盆地とが箱庭状に集まっている特徴ある地形を示しており、地形的な境界になっていますといえます。
日本の地形の地形区分法には諸説あるようですが、(文献1―a)では、上記ラインを「敦賀伊勢湾線」と呼び(「敦賀湾伊勢湾線」とも呼ぶ(文献2−a))、大地形区の境界ラインと位置づけています。そしてそのラインの西側を「西南日本弧内帯」、「西南日本弧外帯」とし、そのラインの東側を「中央日本西帯(中部山地)」と区分しています。
「敦賀伊勢湾線」は、(活)断層系でもあり、北側から甲楽城断層(帯)、柳ケ瀬断層(帯)、関ヶ原断層、養老−桑名−四日市断層系(鈴鹿東縁断層系を含む)、伊勢湾(中央)断層帯、注2)と南北に断層系が並んでいます。このうち一部は活断層で、活動センスは逆断層あるいは左横ずれ断層です。(文献2−a)、(文献4)。
またテクトニックな視点で言えば、上記のラインの西側は、「南西日本弧」主要部であり、上記のラインの東側は、「南西日本弧」、「東北日本弧」、「伊豆・小笠原弧」の接合部ということになります(文献1−b)、(文献2−b)。
その中で鈴鹿山脈とその北方延長である伊吹山は、上記の「敦賀伊勢湾線」に沿って南北に直線的な山列をなしています。このうち鈴鹿山脈は後述のとおり、鈴鹿東縁断層系によって形成された山脈であり、「近畿三角帯」の東の辺を形成しています。
なお地質学的には、地形区部分とはまた異なり、伊吹山と鈴鹿山脈の大部分はジュラ紀付加体である「丹波・美濃帯」に属しています。「丹波・美濃帯」はその名の通り、近畿地方に分布する「丹波帯」と東海地方に分布する「美濃帯」を合わせた地帯構造区分上の一つの「地帯(地体)」名称ですが、ジュラ紀の付加体である点で、同じです。
従って上記の「敦賀伊勢湾線」は、地質的な境界にはなっていません。
注2)上記「敦賀伊勢湾線」に沿う断層帯の名称や、どの断層をどの断層帯に含めるかは、調べた範囲で、文献によって差異があります。
また地形的にもこの若狭湾―関ヶ原―伊勢湾の線を境目として、東側は両白山地から飛騨高地、さらに北アルプス、中央アルプス、南アルプスへと標高がどんどん高まる傾向がある一方、西側は前述のとおり、「近畿三角帯」と呼ばれる、小山地と盆地とが箱庭状に集まっている特徴ある地形を示しており、地形的な境界になっていますといえます。
日本の地形の地形区分法には諸説あるようですが、(文献1―a)では、上記ラインを「敦賀伊勢湾線」と呼び(「敦賀湾伊勢湾線」とも呼ぶ(文献2−a))、大地形区の境界ラインと位置づけています。そしてそのラインの西側を「西南日本弧内帯」、「西南日本弧外帯」とし、そのラインの東側を「中央日本西帯(中部山地)」と区分しています。
「敦賀伊勢湾線」は、(活)断層系でもあり、北側から甲楽城断層(帯)、柳ケ瀬断層(帯)、関ヶ原断層、養老−桑名−四日市断層系(鈴鹿東縁断層系を含む)、伊勢湾(中央)断層帯、注2)と南北に断層系が並んでいます。このうち一部は活断層で、活動センスは逆断層あるいは左横ずれ断層です。(文献2−a)、(文献4)。
またテクトニックな視点で言えば、上記のラインの西側は、「南西日本弧」主要部であり、上記のラインの東側は、「南西日本弧」、「東北日本弧」、「伊豆・小笠原弧」の接合部ということになります(文献1−b)、(文献2−b)。
その中で鈴鹿山脈とその北方延長である伊吹山は、上記の「敦賀伊勢湾線」に沿って南北に直線的な山列をなしています。このうち鈴鹿山脈は後述のとおり、鈴鹿東縁断層系によって形成された山脈であり、「近畿三角帯」の東の辺を形成しています。
なお地質学的には、地形区部分とはまた異なり、伊吹山と鈴鹿山脈の大部分はジュラ紀付加体である「丹波・美濃帯」に属しています。「丹波・美濃帯」はその名の通り、近畿地方に分布する「丹波帯」と東海地方に分布する「美濃帯」を合わせた地帯構造区分上の一つの「地帯(地体)」名称ですが、ジュラ紀の付加体である点で、同じです。
従って上記の「敦賀伊勢湾線」は、地質的な境界にはなっていません。
注2)上記「敦賀伊勢湾線」に沿う断層帯の名称や、どの断層をどの断層帯に含めるかは、調べた範囲で、文献によって差異があります。
2)伊吹山
伊吹山(いぶきやま:1377m)は、新幹線の車窓からもその堂々とした姿が良く見え、特に冬場から3月末頃までは白く雪化粧し、標高1300m台の山とは思えない、迫力ある姿が麓からも望めます。冬場には日本海から敦賀湾、琵琶湖を通ってやってくる雪雲のため、標高の割には積雪量の多い山です。以前は中腹にスキー場もありましたし、積雪時は名古屋市内からもその白く輝く姿が望めます。また百名山の一つでもあります。
さて、伊吹山の地質は、割と良く知られていると思いますが、かなりの部分が石灰岩でできています。伊吹山の西面は石灰岩の採掘場となっており、階段状に削られた山容は痛々しさを感じます。
産総研「シームレス地質図v2」で確認すると、伊吹山には石灰岩質の地質が、山頂部、西側斜面、及び東北面に分布しています。石灰岩分布域の周辺には、海洋性の玄武岩体も分布しています。なお伊吹山の中腹から山麓部にかけては、ジュラ紀付加体(丹波・美濃帯)の砂岩を中心とした地質が分布しています。(文献5)によると、砂岩層の上に、「石灰岩/玄武岩体」が衝上断層(しょうじょうだんそう)で乗っかっている状態です。
この伊吹山の石灰岩体(+玄武岩体)は、海洋プレート上にできた海底火山(海山)がその由来です。玄武岩体が海底火山の本体部分で、その上部にサンゴ礁が形成され、それが積もりに積もって石灰岩体となったものです。海洋プレート沈み込み帯において、その海山が部分的に崩壊しつつ、付加体となって陸側プレートへとくっついたものです。その時期は山麓部の砂岩類と同じく、ジュラ紀(約2.0〜1.5億年前)です。(文献6)。
日本列島では類似の海底火山由来の石灰岩体は、関東の武甲山、中国地方の秋吉台、四国の四国カルストなどいくつも存在します。後の節で述べる、鈴鹿山地北部にある石灰岩でできた山々も同じようにして形成されたものです(文献5)。
伊吹山は花の名山としても有名であり、中腹以上は高木が少なくて草原状になっていますが、その草原には初夏から秋にかけ、色とりどりの花々が咲きます。一部の植物は、北アルプスなどの高山地帯に生える植物もあります。「伊吹山頂草原植物群落」という名称で国の天然記念物にも指定されています(文献7)。
これは、石灰岩質の土地は、土壌に栄養分が少ないこと、雨水の保水性が悪いことなどで、通常この標高では生い茂るはずの高木の成長が妨げられていることや、茅場(かやば)として人為的に手入れ(一部の高木の伐採)がされていたからだと考えられています(文献7)。
さて、伊吹山の地質は、割と良く知られていると思いますが、かなりの部分が石灰岩でできています。伊吹山の西面は石灰岩の採掘場となっており、階段状に削られた山容は痛々しさを感じます。
産総研「シームレス地質図v2」で確認すると、伊吹山には石灰岩質の地質が、山頂部、西側斜面、及び東北面に分布しています。石灰岩分布域の周辺には、海洋性の玄武岩体も分布しています。なお伊吹山の中腹から山麓部にかけては、ジュラ紀付加体(丹波・美濃帯)の砂岩を中心とした地質が分布しています。(文献5)によると、砂岩層の上に、「石灰岩/玄武岩体」が衝上断層(しょうじょうだんそう)で乗っかっている状態です。
この伊吹山の石灰岩体(+玄武岩体)は、海洋プレート上にできた海底火山(海山)がその由来です。玄武岩体が海底火山の本体部分で、その上部にサンゴ礁が形成され、それが積もりに積もって石灰岩体となったものです。海洋プレート沈み込み帯において、その海山が部分的に崩壊しつつ、付加体となって陸側プレートへとくっついたものです。その時期は山麓部の砂岩類と同じく、ジュラ紀(約2.0〜1.5億年前)です。(文献6)。
日本列島では類似の海底火山由来の石灰岩体は、関東の武甲山、中国地方の秋吉台、四国の四国カルストなどいくつも存在します。後の節で述べる、鈴鹿山地北部にある石灰岩でできた山々も同じようにして形成されたものです(文献5)。
伊吹山は花の名山としても有名であり、中腹以上は高木が少なくて草原状になっていますが、その草原には初夏から秋にかけ、色とりどりの花々が咲きます。一部の植物は、北アルプスなどの高山地帯に生える植物もあります。「伊吹山頂草原植物群落」という名称で国の天然記念物にも指定されています(文献7)。
これは、石灰岩質の土地は、土壌に栄養分が少ないこと、雨水の保水性が悪いことなどで、通常この標高では生い茂るはずの高木の成長が妨げられていることや、茅場(かやば)として人為的に手入れ(一部の高木の伐採)がされていたからだと考えられています(文献7)。
3)鈴鹿山脈の地形概要
鈴鹿山脈は、関ヶ原を境にしてその南側から南北に50kmほど伸びる直線状の山脈です。南端をどこにするかは諸説あり「鈴鹿峠」を南端とする考えもあるようですが、地形的な境界としては鈴鹿川に区切られています。しかしその先には山列の続きとして「布引山地」が伸びています(文献8)。
この山脈は全体に、東側(三重県側)は傾斜が急で、一部では断崖状になっていますが、西側(滋賀県側)は以外となだらかで、麓へと緩やかに下っています。
このような地形的特徴を作った要因としては、鈴鹿山脈の東側に逆断層があり(鈴鹿山地東縁断層帯)、鈴鹿山脈側が隆起、伊勢湾側が沈降する活動センスを持って、何回も断層活動が繰り返された結果、形成された地形です。このようなタイプの山地は「傾動山地」と呼ばれ、鈴鹿山脈は、その代表例といえます(文献3−a)。
この断層の活動は約200万年前から始まり、約100万年前から活動が本格化し、鈴鹿山脈の本格的隆起が始まったと推定されています。(文献3−b)。
またこの断層帯は、10−1章で述べた「近畿三角帯」の最も東側の縁を形成している断層帯でもあります。
なお滋賀県側は川の上流部の水系が少し複雑になっていますが、これはこの鈴鹿山脈が隆起する前の水系が先行河川として残っているのか、あるいは隆起時期が新しいことにより河川浸食がまだ源頭部まで進んでいないために、河川の流れが定まっていないのかも知れません。(この段落は私見です)。
この山脈は全体に、東側(三重県側)は傾斜が急で、一部では断崖状になっていますが、西側(滋賀県側)は以外となだらかで、麓へと緩やかに下っています。
このような地形的特徴を作った要因としては、鈴鹿山脈の東側に逆断層があり(鈴鹿山地東縁断層帯)、鈴鹿山脈側が隆起、伊勢湾側が沈降する活動センスを持って、何回も断層活動が繰り返された結果、形成された地形です。このようなタイプの山地は「傾動山地」と呼ばれ、鈴鹿山脈は、その代表例といえます(文献3−a)。
この断層の活動は約200万年前から始まり、約100万年前から活動が本格化し、鈴鹿山脈の本格的隆起が始まったと推定されています。(文献3−b)。
またこの断層帯は、10−1章で述べた「近畿三角帯」の最も東側の縁を形成している断層帯でもあります。
なお滋賀県側は川の上流部の水系が少し複雑になっていますが、これはこの鈴鹿山脈が隆起する前の水系が先行河川として残っているのか、あるいは隆起時期が新しいことにより河川浸食がまだ源頭部まで進んでいないために、河川の流れが定まっていないのかも知れません。(この段落は私見です)。
4)鈴鹿山脈北部の山々
関ヶ原を挟むように、北側の伊吹山と相対する形で霊仙山(りょうぜんざん:1083m)があり、鈴鹿山脈の北端となっています(文献8)。
霊仙山から 御池岳(おいけだけ:1247m)、藤原岳(1128m)あたりは、産総研「シームレス地質図v2」で確認すると、伊吹山と同様、特に稜線部に石灰岩の多い山々です。それ以外に玄武岩が結構広く分布しています。
この地質の形成メカニズムは伊吹山と同様、海洋プレート上に形成された海底火山(海山)由来で、玄武岩体が海底火山の本体の名残り、石灰岩体はその上に形成されたサンゴ礁由来です。また付加時期はジュラ紀であり「地帯構造区分」上はこの辺りも、伊吹山と同じく「丹波・美濃帯」に含まれます。
この一帯の山々の山麓部の地質は同じくジュラ紀付加体ですが、メランジュ相の地質(主に滋賀県側)、及び砂岩層(主に三重県側)が占めています。
霊仙山や御池岳あたりの地形的特徴としては、頂上部が台地状に広くなっており、一部には石灰岩質地形に特徴的なドリーネ(雨水によって石灰岩が浸食されてできた窪地)などがあるカルスト台地となっています。また伊吹山と同じく高木が少ないこともあって、標高のわりに高原状の山容になっています(文献8)。
一方で、山頂部が台地状のために、視界が悪いときには道が解りにくくなり、しばしば道迷い遭難起きている、以外と注意が必要な山々とも言えます。冬場の積雪も以外と多いことがあるようです(文献8)。
霊仙山から 御池岳(おいけだけ:1247m)、藤原岳(1128m)あたりは、産総研「シームレス地質図v2」で確認すると、伊吹山と同様、特に稜線部に石灰岩の多い山々です。それ以外に玄武岩が結構広く分布しています。
この地質の形成メカニズムは伊吹山と同様、海洋プレート上に形成された海底火山(海山)由来で、玄武岩体が海底火山の本体の名残り、石灰岩体はその上に形成されたサンゴ礁由来です。また付加時期はジュラ紀であり「地帯構造区分」上はこの辺りも、伊吹山と同じく「丹波・美濃帯」に含まれます。
この一帯の山々の山麓部の地質は同じくジュラ紀付加体ですが、メランジュ相の地質(主に滋賀県側)、及び砂岩層(主に三重県側)が占めています。
霊仙山や御池岳あたりの地形的特徴としては、頂上部が台地状に広くなっており、一部には石灰岩質地形に特徴的なドリーネ(雨水によって石灰岩が浸食されてできた窪地)などがあるカルスト台地となっています。また伊吹山と同じく高木が少ないこともあって、標高のわりに高原状の山容になっています(文献8)。
一方で、山頂部が台地状のために、視界が悪いときには道が解りにくくなり、しばしば道迷い遭難起きている、以外と注意が必要な山々とも言えます。冬場の積雪も以外と多いことがあるようです(文献8)。
5)鈴鹿山脈中部の山々
鈴鹿山脈のうち、主峰 御在所岳(ございしょだけ;1212m)や、その南側の鋭鋒 鎌ヶ岳(かまがたけ;1161m)は、前節の石灰岩質の山々とは山容が異なり、比較的険しい山容をしており、特に断層によって急こう配となっている三重県側は一部崖状地形となっており、ロッククライミングのゲレンデ(藤内壁など)となっている場所もあります。
これらの山々およびその山腹の地質は、石灰岩質の北部の山々と異なり、深成岩である花崗岩(白亜紀)で形成されています。地中にあった花崗岩体が、断層活動によって持ち上げられて地表にでて、更に山地の稜線部、山腹部を形成しています。
地表に露出した花崗岩は以外と風化しやすく、御在所山の東面は花崗岩が風化、浸食されて残された奇岩が名所ともなっています。また鎌ヶ岳やその南の鎌尾根付近は浸食により、その名の通り、割と険しい山容となっています(文献8)。
一方で主稜線の西側は比較的傾斜も緩く、例えば御在所岳の西側にある雨乞岳(あまごいだけ;1238m)やその周辺は、準平原状の、かなりなだらかな地形をしています。この非対称な山容は東側に断層系があって東上がりに隆起した「傾動山地」の典型的な地形といえます。
このような、片側を逆断層によって持ち上げられ線状の山列をなす地形、および山地の一部に古い地質体(「丹波美濃帯」の付加体型堆積岩)がある一方で、一部には基盤となっている花崗岩質の地質がでている地質的特徴をもつ山地はこの第10章でも、すでにいくつか出てきました。
例えば六甲山地、比良山地が同じような地形的、地質的特徴を持っており、地形形成メカニズム、地質構造もほぼ同じです。
なお御在所岳や鎌ヶ岳は、稜線部のほとんどを花崗岩類が占めていますが、その滋賀県側山麓や三重県側の山麓には、ジュラ紀付加体(メランジュ相の地質など)が分布していることから、地帯構造区分上はこの付近も「丹波・美濃帯」に属します。
これらの山々およびその山腹の地質は、石灰岩質の北部の山々と異なり、深成岩である花崗岩(白亜紀)で形成されています。地中にあった花崗岩体が、断層活動によって持ち上げられて地表にでて、更に山地の稜線部、山腹部を形成しています。
地表に露出した花崗岩は以外と風化しやすく、御在所山の東面は花崗岩が風化、浸食されて残された奇岩が名所ともなっています。また鎌ヶ岳やその南の鎌尾根付近は浸食により、その名の通り、割と険しい山容となっています(文献8)。
一方で主稜線の西側は比較的傾斜も緩く、例えば御在所岳の西側にある雨乞岳(あまごいだけ;1238m)やその周辺は、準平原状の、かなりなだらかな地形をしています。この非対称な山容は東側に断層系があって東上がりに隆起した「傾動山地」の典型的な地形といえます。
このような、片側を逆断層によって持ち上げられ線状の山列をなす地形、および山地の一部に古い地質体(「丹波美濃帯」の付加体型堆積岩)がある一方で、一部には基盤となっている花崗岩質の地質がでている地質的特徴をもつ山地はこの第10章でも、すでにいくつか出てきました。
例えば六甲山地、比良山地が同じような地形的、地質的特徴を持っており、地形形成メカニズム、地質構造もほぼ同じです。
なお御在所岳や鎌ヶ岳は、稜線部のほとんどを花崗岩類が占めていますが、その滋賀県側山麓や三重県側の山麓には、ジュラ紀付加体(メランジュ相の地質など)が分布していることから、地帯構造区分上はこの付近も「丹波・美濃帯」に属します。
6)養老山地
養老山地は、濃尾平野(名古屋、岐阜側)から見ると、鈴鹿山脈の前衛のような感じで、ほぼ北北西から南南東の走向を持って20kmほど並んでいる、標高800m前後の小型の山地です。この節では養老山地の地形的特徴を少し述べます。
養老山地は、その裏手にある鈴鹿山脈と同じく断層によって形成された山地です。
養老山地の濃尾平野側には「養老断層」と呼ばれる活断層があり、その活動によって養老山地側が隆起して直線的な山地となったものです。
養老山地自体は標高が800m程度とさほど高い山並みではありませんが、その直下の濃尾平野西端部は基盤が最大で約2000mも沈降しており(文献2−c)、この断層による累積の標高差は約3000mにもなる大断層です。
養老山地や鈴鹿山脈を形成した断層群の活動は、約200万年前から始まり、約100万年前ころからは活動が活発になって山地が形成されたと推定されています(文献3−b)。
この断層群による山地形成活動は現在も続いており、養老山地は成長途中の山地とも言えます。
また養老山地の山稜部は稜線に沿っての起伏が少なく一種の小起伏面を形成していますが、これは隆起して山地になってのがそれほど古い時代ではないことを示しています(文献3−b)。
続いて養老山地を形成している地質について、産総研「シームレス地質図v2」で確認すると、大部分がジュラ紀の砂岩層で形成されており、地帯構造区分としては、西隣りの鈴鹿山脈と同じく「丹波・美濃帯」に属します。
ただし鈴鹿山脈が、その北部が海山由来の石灰岩の多い地質、中部がその下の基盤である花崗岩の地質であったのとは異なり、養老山地では砂岩がほとんどを占めていることから、浸食には弱く、そのためにゴツゴツした山容をしておらず、断層のある東斜面を除くと柔らかな山容になっていると思われます(この段落は私見です)。
養老山地は、その裏手にある鈴鹿山脈と同じく断層によって形成された山地です。
養老山地の濃尾平野側には「養老断層」と呼ばれる活断層があり、その活動によって養老山地側が隆起して直線的な山地となったものです。
養老山地自体は標高が800m程度とさほど高い山並みではありませんが、その直下の濃尾平野西端部は基盤が最大で約2000mも沈降しており(文献2−c)、この断層による累積の標高差は約3000mにもなる大断層です。
養老山地や鈴鹿山脈を形成した断層群の活動は、約200万年前から始まり、約100万年前ころからは活動が活発になって山地が形成されたと推定されています(文献3−b)。
この断層群による山地形成活動は現在も続いており、養老山地は成長途中の山地とも言えます。
また養老山地の山稜部は稜線に沿っての起伏が少なく一種の小起伏面を形成していますが、これは隆起して山地になってのがそれほど古い時代ではないことを示しています(文献3−b)。
続いて養老山地を形成している地質について、産総研「シームレス地質図v2」で確認すると、大部分がジュラ紀の砂岩層で形成されており、地帯構造区分としては、西隣りの鈴鹿山脈と同じく「丹波・美濃帯」に属します。
ただし鈴鹿山脈が、その北部が海山由来の石灰岩の多い地質、中部がその下の基盤である花崗岩の地質であったのとは異なり、養老山地では砂岩がほとんどを占めていることから、浸食には弱く、そのためにゴツゴツした山容をしておらず、断層のある東斜面を除くと柔らかな山容になっていると思われます(この段落は私見です)。
(参考文献)
文献1) 米倉、貝塚、野上、鎮西 編
「日本の地形 第1巻 総説」 東京大学出版会 刊 (2001)
文献1−a) 文献1)のうち、
第1部「日本列島の大地形と地形区分」の、
1−3章 日本列島とその周辺の地形区分の項、及び
図1.3.2「日本の地形区分」
文献1−b) 文献1)のうち、
3―2―(1)節 「島弧―海溝系としての日本列島」の項、
3−2−(2)―3)項 「3つの弧が重複・衝突している中央日本」の項、
3−2−(2)―4)項 「フィリピン海プレートに面した西南日本」の項
文献2) 町田、松田、海津、小泉 編
「日本の地形 第5巻 中部」 東京大学出版会 刊 (2006)
文献2−a) 文献2)のうち、
第7部 「両白山地と福井・金沢平野」の、
コラム「柳ケ瀬断層 ―直線的な断層谷と横切る水系」の項
文献2−b) 文献2)のうち、
1−1―(1)節 「中部地方の地形と地形区分」の項、及び
口絵 図3「中部地方の地形区分」
文献2―c) 文献2)のうち、
6−2―(1)節「濃尾平野の地下構造」及び、
図 6.2.2「木曾山脈−三河高原北部―濃尾平野―養老山地の
地形・地質断面と濃尾平野の地下構造」
文献3) 太田、成瀬、田中、岡田 編
「日本の地形 第6巻 近畿・中国・四国」東京大学出版会 刊 (2004)の、
文献3−a) 文献3のうち、2−1−(2)―1)項 「鈴鹿山地」の項
文献3−b) 文献3)のうち、2−2−(1)節 「養老山地と山麓地域」の項
文献4)産業総合研究所 ネット上の情報
「活断層データベース」
https://gbank.gsj.jp/activefault/
文献5) 日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第5巻 近畿地方」 朝倉書店 刊 (2009)のうち
3.2.6節 「(近畿地方の)丹波帯」の、
3−2−6−b―(5)「(丹波帯)東部」の項
文献6) インターネットサイト「地質で語る百名山」産業総合研究所 リリース のうち
「伊吹山」の項
https://www.gsj.jp/Muse/100mt/ibukisan/index.html
文献7) 米原市 ホームページのうち、
「天然記念物「伊吹山頂草原植物群落」保存管理計画」の項、
及び、添付資料の「保存計画書(本文)」
(2022年2月 閲覧)
https://www.city.maibara.lg.jp/kanko/rekishi/11421.html
https://www.city.maibara.lg.jp/material/files/group/47/ibukiyama2.pdf
文献8)「アルペンガイド 鈴鹿・美濃」山と渓谷社 刊 (2000年版)のうち、
第1部 序章 「鈴鹿山脈の概要とアドバイス」の項、及び
各山のガイドの項
「日本の地形 第1巻 総説」 東京大学出版会 刊 (2001)
文献1−a) 文献1)のうち、
第1部「日本列島の大地形と地形区分」の、
1−3章 日本列島とその周辺の地形区分の項、及び
図1.3.2「日本の地形区分」
文献1−b) 文献1)のうち、
3―2―(1)節 「島弧―海溝系としての日本列島」の項、
3−2−(2)―3)項 「3つの弧が重複・衝突している中央日本」の項、
3−2−(2)―4)項 「フィリピン海プレートに面した西南日本」の項
文献2) 町田、松田、海津、小泉 編
「日本の地形 第5巻 中部」 東京大学出版会 刊 (2006)
文献2−a) 文献2)のうち、
第7部 「両白山地と福井・金沢平野」の、
コラム「柳ケ瀬断層 ―直線的な断層谷と横切る水系」の項
文献2−b) 文献2)のうち、
1−1―(1)節 「中部地方の地形と地形区分」の項、及び
口絵 図3「中部地方の地形区分」
文献2―c) 文献2)のうち、
6−2―(1)節「濃尾平野の地下構造」及び、
図 6.2.2「木曾山脈−三河高原北部―濃尾平野―養老山地の
地形・地質断面と濃尾平野の地下構造」
文献3) 太田、成瀬、田中、岡田 編
「日本の地形 第6巻 近畿・中国・四国」東京大学出版会 刊 (2004)の、
文献3−a) 文献3のうち、2−1−(2)―1)項 「鈴鹿山地」の項
文献3−b) 文献3)のうち、2−2−(1)節 「養老山地と山麓地域」の項
文献4)産業総合研究所 ネット上の情報
「活断層データベース」
https://gbank.gsj.jp/activefault/
文献5) 日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第5巻 近畿地方」 朝倉書店 刊 (2009)のうち
3.2.6節 「(近畿地方の)丹波帯」の、
3−2−6−b―(5)「(丹波帯)東部」の項
文献6) インターネットサイト「地質で語る百名山」産業総合研究所 リリース のうち
「伊吹山」の項
https://www.gsj.jp/Muse/100mt/ibukisan/index.html
文献7) 米原市 ホームページのうち、
「天然記念物「伊吹山頂草原植物群落」保存管理計画」の項、
及び、添付資料の「保存計画書(本文)」
(2022年2月 閲覧)
https://www.city.maibara.lg.jp/kanko/rekishi/11421.html
https://www.city.maibara.lg.jp/material/files/group/47/ibukiyama2.pdf
文献8)「アルペンガイド 鈴鹿・美濃」山と渓谷社 刊 (2000年版)のうち、
第1部 序章 「鈴鹿山脈の概要とアドバイス」の項、及び
各山のガイドの項
(産総研)
このリンク先の、10−1章の文末には、第10部「近畿地方の山々の地質」の各章へのリンク、及び、「序章―1」へのリンク(序章―1には、本連載の各部へのリンクあり)を付けています。
第10部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
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【書記事項】
初版リリース;2022年2月12日
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