観音平〜編笠山〜権現岳〜キレット〜行者小屋〜美濃戸口
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- GPS
- 32:00
- 距離
- 18.2km
- 登り
- 1,940m
- 下り
- 1,999m
コースタイム
2日目 4:45青年小屋⇒6:25権現小屋⇒8:53キレット小屋⇒12:43行者小屋⇒15:25美濃戸山荘⇒16:05美濃戸口
天候 | 1日目 曇り 1日目 雨のち曇り 風強し |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス
|
コース状況/ 危険箇所等 |
編笠山までは問題なし。編笠山から青年小屋までは泥濘があり、スパッツを装着した方が良さそう。権現岳のトラバースおよびキレットは、岩が雨でぬれていて風も強いので注意が必要。 |
写真
感想
穂高の大キレット、後立山の八峰キレット、不帰キレット等、キレットと名の付く所は未だ行った事が無い。ツアー登山の企画で、八ヶ岳のキレット越えがあるのを知り、早速申し込んだ。登山口である観音平の駐車場は満杯で、溢れ出た車が道路脇に並んでいる。曇り空ではあるが蒸し暑い中、汗をたっぷりかいて登り、およそ一時間で雲海展望台に到着。薄雲り空の下、雲の上に富士が頭をのぞかせている。しばし休憩し、再び登り始める、暑い。押出川からの登り、岩がゴロゴロしていて雪のある時より登りにくい。登山口より3時間35分かかって編笠山2524mに到着。ガスで赤岳は見えず。頂上でから乙女平へ向かう。青年小屋は満員であるが、掛け布団は一人一枚と余裕である夜間、雨が屋根を叩いている。3時半に起床し、談話室で朝食のオムスビ2個を食べる。どうやら雨は止んでいるようだ。夜が明けだすとともに青年小屋を発ち、森の中に入る。30分程登ると、「のろし場 2,530M」の柱がある。信玄軍がのろしを上げた場所だと云う。ハイマツの稜線に出るがガスで何も見えず、もの凄い風に吹き飛ばされないようにただ前の人について行くだけ。どこをどう通っているのかさっぱり判らない。ハイマツも無くなり、ゴツゴツした岩山を、赤マル印を辿って登る。ギボシの急な崖、鎖に掴まりながらのトラバース。道幅は充分あるが、狭い場所では一歩一歩足の置き場所を見定めて慎重に進む。雨が降り出し、トラバースが終わった時点で、ガイドがカッパを着るよう指示。大した雨ではないので、わたしはウインドブレーカーを着るだけにする。かなりの斜度の岩場を、岩を掴んでの3点支持、時には鎖に頼って登る。要所要所でガイドが立ち止まり、「それでは3点支持になっていない、ゆっくり確実に3点支持をするように!」と、声を掛ける。ハクサンイチゲ、イワベンケイ、キスミレ、シナノキンバイ、ハクサンシャクナゲ等々、写真を撮る余裕は無い。ギボシを下っると、ガスの中に権現小屋が現れる。小屋番が出て来て、ガイドと話しをしている。気象予報士から得た情報では、赤岳近くに雨雲があり、しばらくすると大雨になるかも知れないという。ウインドブレーカを脱ぎ、カッパの上下を着込んで権現小屋をあとにする。稜線に登ると標識があり、右は「赤岳」、左は「三つ頭方面」とある。まずは三つ頭方面に向かうと、間もなく権現岳頂上に到着。頂上は狭く、入れ替わり立ち替わり、それぞれ記念写真を撮る。強風の中、ハイマツの稜線を引き返し、分岐を過ぎた稜線で突風に煽られ、ガイドが耐風姿勢をとるように指示。隊列は一時行軍を中止し、全員うずくまる。風は一向におさまる気配を見せず、いつまでも留まっているわけにもいかないので進軍再開。もう後には引けず、進むのみ。長い鉄梯子が現れる。ガイドが梯子の降り方を説明する。「一段づつ、片足を下ろしたら片方の足を揃えて立ち、決してスキップしないように」。梯子の先はガスに沈んで見えない、61段の「ゲンジー梯子」、云われた通り、足を揃えながら降りる。ガスで周囲が見えないので恐怖感は無いが、これは確かに長く、梯子を握る手が疲れる。権現岳と旭岳の鞍部に下り、旭岳を登る。岩場を3点支持で登り、鎖場のトラバースから頂上に至る。ガスで展望は全く無し。岩がゴロゴロするツルネに降り立つと、コマクサが一杯咲いている。ツルネから下り、樹林帯に入ると風も弱まり、キレット小屋に到着。小屋の向こうにはコマクサの群生、中にシロバナコマクサも混じっていて、これは珍しいと写真に納める。たっぷり休憩をとってから、キレット小屋をあとにする。樹林帯を抜けてハイマツ帯に入り、森林限界も過ぎて、相変わらず強風吹きすさぶ中、岩稜を登る。ピークを越えて少し下り、いよいよこのコースの核心部となり、渋滞が頻発する。この岩棚、所々に白丸印があるが、どこが正規のルートなのか、前の人を見失わないよう、足を置く場所を選んで登る。登り始めてからもう5時間半は経っているが、緊張しているせいか疲れは全く感じない。梯子を上り、ひとつ岩稜を越え、トラバース気味に岩をたどるが、すぐまた岩棚が現れる。いつ落石が起きても不思議でないのに渋滞続発。見上げるとガスの中にコブがぼんやりと見え、文三郎・阿弥陀への分岐に到着。ここで小休止し、ガイドは思案。少し登っては戻り、3人で鳩首会談後。そして赤岳登頂は断念することが伝えられる。この暴風の中、誰も反対するものは無く、一様にほっとした顔付きになる。トラバースして、赤岳への鎖場の分岐に着くと、うって変わって人が多くなる。ここからの下り、赤岳から吹き下って来る強い風、頂上の荒れ模様が伝わって来る。中岳、阿弥陀岳への道を分け、文三郎尾根の階段を下ると、風は徐々に弱まる。大勢の人達と行き違い、行者小屋に降り立った。テン場から溢れたテントが小屋の前まで進出し、広場は大勢の人で大賑わいで坐る場所も無い。ゆっくり休んで南沢を下る。赤岳山頂は踏めず、11時間以上の行程であったが、みんな満足気であった。
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