錦繍の衣装をまとった、みちのくの貴婦人・鳥海山(象潟口)
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- GPS
- 08:35
- 距離
- 15.3km
- 登り
- 1,297m
- 下り
- 1,296m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2013年10月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
・鳥海スカイラインは道幅も広く、運転しやすい立派な道路だった。 ・鉾立登山口 象潟コースの登山基地。ビジターセンター、鉾立山荘、などの建物がある。駐車場は数百台とめられるほど広々としている。日本海の眺望がすばらしい。 ・登山道は、かなりの部分が敷石の幅広い道で、歩きやすい。 ・御室小屋から新山への岩登りを除けば、全般的になだらかな道が続く。ただし、その分距離が長く、なかなか高度は稼げない。 |
写真
感想
庄内平野に夜明けが訪れる。車のフロントガラスの正面に、鳥海山がすぐそれと分かる独特なシルエットをあらわして来た。茜色に染まる空を背景に、まるでドレスの裾を長くひいたようなその姿は、みちのくの貴婦人と呼びたいほど、優美で典雅だ。
芭蕉は奥の細道の「象潟」で「鳥海天をさゝへ」と表現しているが、車窓からの鳥海山はまさに天を支えて、静かに夜明けを迎えている。
鳥海スカイラインを頂点まで登ったところに象潟口の登山基地である鉾立登山口があった。広い駐車場と山荘などの建物がある。ここからの日本海の眺めは素晴らしい。遠く飛島が夜明けの海に青く浮かんでいる。
平日とあって、車の数はそれほど多くはない。山荘で水筒に水を詰めさせてもらう。沢の水なので、あくまでも自己責任で、といわれる。山に入ったら、ほとんどその山の湧き水や、沢水を利用しているが、これまで腹をこわしたことは一度もない。やけに念入りにいわれたので、以前にそういうクレームがあったのだろうか。
6時半、山道に入る。登山道というより、神社かお寺の参道といってもいいくらいの立派な敷石道だ。しかも、2人並んで歩いても十分な余裕があるくらい広い。そして、それがどこまでも続く。これだけの石を敷き詰めるのには相当の労力と石の数が必要だったに違いない。
正面から登ったばかりの太陽が明るく照らす。逆光で、目指す山頂の方向は暗く翳っている。道は緩やかで歩きやすいので、ペースが上がる。次第に両側に草紅葉の草原が広がり始める頃、賽ノ河原に到着する。なるほど、ごつごつした岩が一面に広がる。
昔の人は、ここを此の世とあの世の境と見たのだろう。このあたりから次第に傾斜がきつくなり、登りきると、御浜小屋に到着する。登山者が4人ほど休んでいたが、こちらが着くのと同時くらいに出発して行った。
ここからの眺めは素晴らしい。右手の眼下に鳥海湖、そして左手には紅葉に彩られた山腹の裾がゆるやかに日本海に落ち込んでいく。
そして、正面にはごつごつとした岩山の山頂が鋭く聳えている。遠くから見ると、貴婦人に見えた鳥海山だが、このあたりからは、むしろ人を容易に寄せ付けない荒々しい姿に変貌してきた。賽ノ河原を越えて、突然変わる風景の前に立つと、ここからは彼岸の世界に入って行くのだということが、リアルに感じられる。
標高1700メートル近くまで登って来ると、風が強く、じっとしていると寒さがこたえるので、早々に歩き始める。鳥海湖の向こう、遙か彼方には、もうひとつの信仰の山月山が対峙している。
一旦、御田ヶ原分岐まで下り、七五三掛までゆるやかに登る。七五三掛のベンチで、先ほど御浜小屋にいた若い男女のグループが何やら相談している様子。ここで分岐する千蛇谷と外輪山のどちらのコースを取るのか話し合っているのだろうか。
こちらは予定通り、千蛇谷を行くことにする。それにしても、賽ノ河原に続いて七五三掛という地名、眼に見えないしめ縄をくぐって、神の領域に入って行くようだ。地名と風景が実に見事に合致している。
梯子を登り、分岐を左に行くとまた梯子が掛っていて、今度はそれを下りてから、しばらく急な坂を谷の底まで下り、千蛇谷に入る。
正面から陽を受けた谷に入って、上を見上げると、息を呑むような光景に圧倒される。左を見上げると、新山の鋭い岩峰が聳え立ち、右には外輪山の峰々が鋸の歯のように連なっている。そしてその間を縫って、累々とした岩の集積が、河の流れのように山上から流れ下っている。
ここを千匹の蛇が流れ下ったという伝説があるそうだ。それが本当にあってもおかしくない神話的風景だ。
一旦、谷を埋める雪渓を渡り、左の斜面に切られた道を行く。傾斜はそれほどきつくないが、延々と長い。途中で、ひとりの登山者が下って来るのと出会った。
― 早いですね、と声を掛けると、何かひと言つぶやいて、急ぎ足で下って行った。かなりの軽装だったので、もしかしたら日帰りかもしれないが、まだ9時を回ったばかりだ。いったい何時に登り始めたのだろう。
右手に屏風のように連なる外輪山の山腹に大きな雪渓が見えて来た。登るにつれて形が変化して行き、正面まで来るとまるで魚のカレイのようにも見える。
次第に傾斜がきつくなってきた。新山の険しい岩峰が、頭を抑えつけられるような圧倒的な迫力で、のしかかって来る頃、御室小屋に登りついた。
まずは大物忌神社に参拝する。神社の奥に小さな二つの像が鎮座している。どうも恵比寿と大黒ではないかと思う。並んでにこにこ笑って、こちらを見ている。なんとも可愛らしい。登山の安全を祈って、二つの像に向かって頭を下げる。
リュックを置いて、いよいよ新山の登りに掛る。結構険しい岩登りだ。途中で2人の男女の登山者が後ろから登って来た。何やらひっきりなしに話しながら、かなりの勢いで迫って来たので、道を譲る。この岩山をおしゃべりしながらすいすい登って来るとは、随分山慣れした人達なのだろう。
その2人の後に着いて行ったら、コースから外れた、危なっかしい所に出てしまい、通過するのに緊張したが、何とか無事山頂に達した。
山頂は2人もいれば満杯になるほど狭い。鳥海山2236mと彫られた小さな石標が置かれている。眺めは素晴らしいが、人が次から次へと登って来るので、ゆっくり眺望を楽しんでいる暇はない。ただ、北東の方角に遠く、高山らしい山影を認めることができた。方角からして、もしかしたら岩手山だろうか。
御室小屋まで下りて来て、昼食を食べる。お握りと、ゆで卵と、インスタントラーメンという、日帰り登山定番のメニューだ。ビールが実に旨い。
40分ほど休んで、いよいよ下山に掛る。帰りは外輪山コースを行くことにする。持って来たゼンリンの登山地図によると、行者岳の肩に出る巻道があることになっている。それだと、七高山まで登り返さなくてもよさそうだ。山腹にそれらしき道が見えるが、誰もそこを行く登山者の姿は見えない。この地図が2000年の発行なので、もしかしたら、道は廃道になっているのかもしれない。
近くにいた外輪山コースを登って来た人に道を尋ねる。神社の裏手から七高山への登りが始まる。かなりの急登で、しばらく休んだ後なので、体が重く、今日の登山の中で一番きつかった。
尾根に出ると、眺望が素晴らしい。北東に岩手山?、南に月山、朝日連峰、蔵王連峰と東北の名だたる山々が一望できる。さらに尾根をまっすぐ辿ると、その先には青く霞む日本海が広がっている。何とも贅沢な景色ではないか。
このころから、ヘリコプターが麓の方から飛んできて、何回も山頂と麓の往復を始めた。小屋の荷下しのようだ。せっかくの神秘的ともいえる風景の中に、プロペラ音が響いて、ちょっと興醒めの感がする。
ともあれ、外輪山コースの尾根歩きは快適そのものだ。行者岳、伏拝岳、文殊岳と、いかにも信仰の山らしい山名のピークを辿りながら下る。振り返ると、新山が、御室小屋が、千蛇谷が織りなす景観が、まるで完璧な絵のようだ。
七五三掛あたりまで下って来ると、鳥海湖がぽっかりと眼に入って来る。遠回りにはなるが、その岸辺に立ち寄ってみたいという欲求が抑えられない。下山して後、また3時間以上も車を運転して、帰宅しなければならないので、少しでも早い時間に登山口まで行き着きたいのだが、この欲求には抗しがたいものがあった。
御田ヶ原分岐で休憩をして、地図を見ながら、しばし考える。鳥海湖まで下った後、また御浜小屋まで登り返さなければならないのが、いかにも辛い。しかし、せっかく来たのだから、登った時と別の風景の中を歩いてみたいという欲望には勝てず、左の木道に足を踏み入れる。
ところが、湖のすぐ側を通る道は、通行禁止になっていて、迂回路を行くしかない。振り返っても、誰もこちらの方に回って来る人影はない。
鳥海湖はちょうど渇水期なのだろう、かなりの部分が干上がっている。ここは、水を満々と湛えた時期に立ち寄るべき場所だと思った。
湖のはずれ、鳥海湖T字路を過ぎたあたりで、愛宕坂の方向からひとりの登山者が下って来るのに出会った。単独行の女性だった。どちらから来られたんですか、と声を掛けると、大平口からだという。語尾に若干の東北訛りがあったので、地元の人かなと推測し、
― 鉾立口に下りたいのですが、やはり御浜小屋まで登り返さないといけないんです よね、と尋ねると、
― いえ、違う道もありますよ。笙ヶ岳分岐のところを右に行って、しばらく広い道が続きます。それをそのまま行くと、大平に下りてしまうので、途中で谷に真っ直ぐ下る道があるので、そこを行くと、鉾立に下る道に出られますよ。
― そっちの方が楽ですかね。
― それはもう大分違いますよ。
女性は終始にこやかに、親切に説明してくれて、本当に有難かった。
持参した地図にも、それらしいルートは書かれているのだが、何しろ古いので、御室小屋付近のルートのように廃道になっていないとも限らない。
既に7時間以上歩いているので、高みに小さく見える御浜小屋まで登り返すのは、いかにもしんどいし、時間も食ってしまいそうだ。
女性に教えられたとおり、ところどころ地図で確認しながら、しばらく行くと、右手の谷あいに、歩く人影を見つけた。鉾立に通じる道に違いない。あそこに下りる道はないかと、捜しながら行くと、一本の細い踏み跡が真っ直ぐ谷に下って行く。下手すると見逃しかねない細い道だ。
そこを下ること10分もしないうちに、見覚えのある場所に出た。賽ノ河原だ。ほっとすると同時に、単独行の女性に感謝した。あのアドバイスがなければ、大分時間と体力をロスしたにちがいない。
賽ノ河原からは、広い、敷石道をペースアップして、下る。正面に鉾立の駐車場が次第に大きくなって来た。右手の尾根の紅葉が斜陽に照らされて、何とも美しい。立ち止まってしばらく眺めていたいが、帰りのことがあるので、後ろ髪をひかれながら下り続ける。
午後3時、最後の石畳を下り、登山口に着いた。もう一度、登って来た山の方を振り返る。山は傾きかけた陽を受けて、遠くほのかにオレンジ色に染まりつつあった。
鳥海山、乏しい登山経験ではあるが、これほど変化に富んだ、様々な顔を持った山は初めてだ。広く草原のような山裾、荒々しい火山岩の山頂、神秘に満ちた谷と湖、そして山頂に立てば、見はるかすみちのくの山々、眼下には青く広がる日本海…。多少大げさにいうならば、絶景に次ぐ絶景で、目眩がするほどだった。
今度はどの季節に登ろうか、もう次の登山のことを考えながら、日本海に沈む夕日をいっぱいに受けて、車を走らせた。
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