【平ヶ岳】背伸びして平ヶ岳、ハンデ貰って挑んでみたが、健脚者達には敵わずビリになる。
- GPS
- 13:19
- 距離
- 22.3km
- 登り
- 1,792m
- 下り
- 1,780m
コースタイム
- 山行
- 12:16
- 休憩
- 0:59
- 合計
- 13:15
▼復路、台倉清水で小休止を取ったのだが、それが反映されていないところだけが記憶との相違点かな。14:06はおそらく台倉清水を出発した時間と推察している。
▼後から気づいたが、台倉山では休憩した記憶はないのだが、山レコアプリでは休憩したと記録されていますね。多分アプリが正しいのだろうが、記憶に基づき記録した写真のキャプションは修正しないでおこうと思う。
天候 | ▼平ヶ岳への挑戦は、O登山隊内では今年の初夏以降ずっと候補に挙がりながらアクセスの悪さや日帰り難易度の高さから中々実行に移せず、ズルズルと来てしまった案件であった。そんな中、ついにK副隊長が10月10日に天候さえ許せば平ヶ岳登山を実行するとの決意を固めたのは、先の山行である大朝日岳ハイクも終わっていない時期だった。まださほど日の入り時刻も早くなく、夏の暑さも十分に和らぎ紅葉も楽しめる時期であることも10月10日の決行理由であろうが、同日は晴れの特異日であることが最大の理由ではないかと見ている。 ▼実際10月10日の天気予報は、一週間前からずっと晴れで安定していたと思う。てんくらの登山指数はA以外が点灯した記憶がない。山行当日の天気が良いことがほぼ確実となると、天気予報へ注意を払わなくなるのが普通とお思いかもしれないが、私は山行前日の天気も気になっていたので、自宅出発直前まで天気予報のチェックを怠らなかった。今回の山行で最も気を揉んでいたのは、痩せ尾根部分(写真82・おまけ-24)を安全に通過できるかどうかであり、前日に雨が降れば、登山道の路面が滑りやすくなるかもしれないことを警戒していたからである。 ▼前日の天気予報は、当日のそれとは対照的に悪化したり改善したりと目まぐるしく変わった。登山前々日のNHKの天気予報では、太平洋上にある高気圧は日本から離れていくが、勢力を強めながら離れていくので、東日本は比較的好天域が広い様なことを言っていたと思う。それでも山の天気はわからない。平地とは違い、山間部は雨であってもおかしくないので、自宅を発つギリギリまで天気をチェックする。ネットの雨雲レーダーによると、平ヶ岳周辺では1个らいの弱い雨が、登山前日の午前中から夕方くらいまでに断続的に降る可能性があるということだった。1伉度の雨であれば、それほど心配する雨量ではなく、夜のうちに路面も乾くだろうと楽観的に物事を見ようと努めていた。 ▼山行前日の14時にとある駅で待ち合わせ。無事全員集合後、K副隊長の車で東北道西那須野塩原IC経由で鷹ノ巣山登山口を目指す。高速を降りる前から小雨がフロントガラスを叩き始めたと記憶している。登山道の路面、濡れているかもねという嫌な気持ちが湧き上がったが、ここは太平洋側だし日本海側の平ヶ岳はまた別の天気だと自分に言い聞かせた。高速を降りてからしばらく、中央分水嶺を確実に越えたと思うタイミングで路面を見ると濡れている様だ。日本海側でも雨が降ったのかなと不安な気持ちが再度湧き起った。 ▼鷹ノ巣登山口駐車場着、駐車場近辺の落ち葉も濡れている感じだった。やはり直前まで見ていた雨雲レーダーによる予報は正しかったみたいだが、これから雨が降る様子はないことを夜空一面に広がった星々が告げていた。とはいえ、駐車場での夕食会開催中にたまに木々から水滴が音を立てて落ちてくる度に雨ではないかと心配し、夜空に星を確認して雨ではないと安心する作業を数回繰り返した。星空は塩見岳登山時に見たものと比べては酷だが、都会では決して見ることができない暗い星々も確認できた。オリオン座と冬の大三角形、カシオペア座も確認できたと記憶している。 ▼夕食会も終わり、9時過ぎには就寝。思ったより寒くない。高速を降りてから桧枝岐村へ続く狭くて暗い国道に所々に設置されている温度計は、16〜18℃を示していたが、もっと温かく感じる。今回も寝袋を持ってきていたが、我慢できなくなるまで使用しない方針とした。インナーは大朝日岳同様、中厚手を着用していた。 ▼夜中寒さで眠れないという状況では全くなかった。むしろ少々肌寒いくらいな方が、よく眠れると言う人がいる。まさに当日の私がそれだった。車中泊の割には良い睡眠が取れたと思う。結局今回も寝袋は使わずじまいだった。ブランケットをかぶって寝ていたK副隊長も夜中暑くなり、ブランケットを剥いだそうだ。駐車場でテント泊をしたMさん【元インド駐在】とNさん【初めての登山が剣岳】も寒さを感じたことはなかったとのことだった。車内での結露もなかったと思う。車内外の温度差は小さかったのだろう。 ▼午前三時起床。一時間で準備が整い、まだ暗い中出発する。やはり温かいのだろう、登山開始して20分もしないうちに暑くなりフリースを脱いだ。 最序盤のなだらかな登山道は、路面はあまり濡れておらず、滑る感じでもなかった。ただ痩せ尾根部分に入ると、登山道を覆う木々がないためか路面は濡れていたと記憶しているが、それでも滑りやすいとは感じなかった。やがて暗いながらも、そして思っていたより随分と早く一番警戒していたThe 痩せ尾根部分(写真82・おまけ-24)に到達したことが分かった。ヘッデンのライトが路面の岩肌を照らすと、陰影が岩肌の凹凸を実際以上に際立たせたからか、路面は水平にはほど遠く見える。また路面が乾いているのかどうかもよくわからないので、安全に歩けないのではないかとの緊張が高まったが、幸い路面の岩質は摩擦係数が高いみたいで、滑ることはなさそうだとの確信が次第に生まれた。少々腰が引けた不細工な恰好だったかもしれない、ゆっくりとだったと思うが無事に痩せ尾根部分を通過できた。写真撮影をと一瞬思ったが、暗い中ワザワザ痩せ尾根の撮影をしなくてもいいだろうと考え直し、撮影は復路で実施とした。 ▼次に写真81地点に到達。往路は暗く、登りであるのでそれほど高度感を感じなかったが、復路は下りになるし高度感を感じるだろうな、滑ったら谷底まで止まらないかもしれないなという印象が強く残った。この印象は山行中、心の底で静かにとぐろを巻き、何かの拍子で時々鎌首をもたげる。その度に私は復路に不安を感じるのであった。 ▼少し明るくなり、燧ケ岳のシルエットが浮かび上がる。相変わらず痩せ尾根が続いている。傾斜もきつい。路面が粘土質で登山者により深く抉られている個所もあった。ロープが備え付けられている個所も多数あるが、滑って怖かった記憶はない。休憩がてら痩せ尾根を振り返ると、ヘッデンの灯が点々と列をなして揺れ動いており、後続の登山者が続々と登ってくるのがわかった。日の出予定時刻から20分過ぎたころ、稜線から太陽が顔を出す。当日は気が付けなかったが、どうも会津駒ケ岳方面の稜線から日は昇ったみたいだ。暗さがなくなったことで心の重荷が一つなくなり見上げた空に一筋の飛行機雲が浮かんでいた。上空の湿度は高いみたいだ。風が出てきたりするとガスで一気に曇るかもねと思った。 ▼急登を登り終え、ようやく下台倉山に到着。まだまだその姿は小さいが、平ヶ岳が初めて見えた。以後しばらく傾斜は緩む。路面も濡れていたという記憶はない。燧ケ岳が常に進行方向正面から左手の視界に入る見晴らしの良い稜線歩きだった。 ▼台倉山着。出発して3時間経っているが平ヶ岳はまだまだ遠い。台倉山から白沢清水の区間は、稜線が広くなり樹林帯になっていたと思う。同区間の登山道の大部分には、木道が敷設されていた。前日の雨に濡れた木道は、まだ午前中で日陰であることも手伝って非常に滑りやすい状態であった。私が1〜2回転倒。K副隊長やNさんも転倒していたと思う。私の転倒は少し深刻で、転倒時に手をついた際に、左手首をねん挫したみたいだ。手首のねん挫は痛みがなくなるまで時間が掛かるので、避けたかった怪我だがやってしまったことは仕方がない。更なる転倒を繰り返さないためにも、慎重に歩くことにした。本来ならここはスピードの出る時間短縮が可能な区間であるが、CT通りの巡航速度となった。面白みに欠ける区間だったので、私だけではなくK副隊長も往路復路とも一切写真撮影をしていないのが興味深い。ぬかるんだ個所が多数あったことも付け加えておく。 ▼白沢清水を過ぎほどなく、池ノ岳への急登が始まった。すでに下山を開始した健脚なハイカー数人とすれ違った。そしてなんとなく雲行きがおかしいことに気が付く。平ヶ岳からガスが押し寄せてくる感じだ。やはり山で景色を楽しむのであれば、午前中までにとは随分悠長なことで、確実性を求めるのなら遅くとも9時くらいまでに頂上にいないといけないなとK副隊長と再認識した。すれ違った健脚な人たちは、これを真によく知っているから絶景を楽しむために早め早めに頂上に登るんだろうなと。長い急勾配を登り終え、池ノ岳着。ガスの勢いは増しているが、青空はまだ残っている。姫ノ池は青空が映り込んだ状態で撮影出来た為、写真はイメージ通りの仕上がりとなった。越後三山が見えるはずという思いも頭の片隅にあったが、平ヶ岳にかかるガスがどんどん濃くなっている気がする。雨が降るとは思っていないが、ここまで苦労して登ってきたのだから少しでも良い景色を堪能したいではないか。平ヶ岳に急ぐことにした結果、ゆっくり探せば見つかったであろう越後三山を見る機会を以後失してしまったことが悔やまれる。 ▼振り返れば逆方向はまだ青空が残っているものの、平ヶ岳山頂に進めば進むほど、進行方向のガスは濃くなる。朝方あんなにはっきりと見えていた燧ケ岳をはじめ、遠方の山々が見えなくなったのは残念だが、ガスで完全に台無しになってしまうほど平ヶ岳山頂部の風景は柔ではない。非日常的な空間が広がるその様は、少々のガスが掛かっていても十分楽しめた。混んでいた平ヶ岳三角点地点での撮影を後回しにして、最高標高地点である真の山頂に到着。新潟方面からたどり着ける極地だ。その先は、天気が良ければ谷川連峰が見える様だが、今回はガスで覆われ眺望がなかった。それは少々残念なことだが、日常的に太平洋側の住人が、非日常空間である日本海側の極地に空いた破れ目から日常側を覗くという非日常的な体験が出来たので大満足だった。真の山頂から三角点に引き返す。三角点の標柱で撮影後、早めの昼食を兼ねた大休止。登山靴の中敷きを持参し忘れるという大チョンボを犯した私は、足裏のケアを行った。幸いここまで水ぶくれができるなどの大きなトラブルはない。両足裏の今後水ぶくれができそうな個所にバンドエイドを当て、テーピングで補強、この補修は下山まで有効に機能してくれた。 ▼大休止後、玉子石に向かうかどうか迷った。余分に最大1時間必要となる道草だ。日が落ちる前に下山できるか心配がなかったらと言ったら嘘になるが、今度いつ来れるかわからない山なので玉子石への寄り道を決行する。ますますガスが濃くなってきた。近くに見える平ヶ岳の山体もガスで霞むくらいの濃度。風も出てきた。でも見える風景は相変わらず非日常空間だ。池塘越しに山塊が見えた。ここで越後三山のことを思い出す。越後三山かどうか、半信半疑で取りあえずシャッターを切る。どうも越後駒の形が、かつて登った時の記憶と違う。中ノ岳に相当する山が見当たらない。結局撮影した山は荒沢岳であったことが後に判明した。越後三山は雲の中だったと思われる。正解は導き出せなかったが、山座同定上達にはこの違和感を大事にすることだと思っている。精進を続けたい。 ▼玉子石に到着。玉子石から先に道はないが、その延長線上にある空からは既に青色はなくなっていた。方角的には西の方面で太平洋側だ。そういえば平ヶ岳も太平洋側から雲がかかり始めていたな。本日は太平洋側は天気があまりよくないのかもしれない。実際、帰路に就く東北道上で、雨がフロントガラスを強く叩いていたことを付け加えておきたい。玉子石から見える池塘も、光量が不足しているので池ノ岳の池塘の写真に比べると少し見映えが悪いが、玉子石にたどり着けたことをシンプルに喜ぶべきだろう。更に玉子石ではありがちなポーズを決めてはしゃぎながら記念撮影を行う。非日常空間には、色々な意味で疲れた50を超えた図々しい男たちの心すら弾ませるパワーがある様だ。 ▼玉子石での寄り道でおそらく45分余分に時間が掛かった。池ノ岳に正午過ぎに戻ってきた。皆下りに備えてストレッチを始める。鷹ノ巣登山口まで9kの道標を見ながらここからの下りが本当の勝負と気を引き締めた。特に疲労が溜まっているであろう最終盤に来る痩せ尾根部分の下りは、私にとって最大の核心部となるだろう。私の足だと下りでも5時間は掛かる。下手すれば登りと同じ6時間掛かるかもしれない。日が入る前に痩せ尾根だけは通過しておきたいと強く思う半面、実力以上に飛ばして精魂尽き果てた状態で痩せ尾根部分に突入もしたくない。まして実力以上に飛ばして怪我をしても意味がない。葛藤を抱えたまま下山を開始した。 ▼自然は偉大だ。そして時に意地が悪い。私がそんな葛藤を抱えていることを見透かしているかのように、下山開始と同時に突風を吹かせ始める。突風で体温が急激に下がったりはしなかった。急勾配を下るだけでも体温はあがり、顔が火照る。その面だけを見れば寧ろ突風は有り難かったが、この突風が痩せ尾根通過時も吹き続けたら嫌だなとしばらくそのことで頭が一杯だったので、私の柔なメンタル面を冷やすには十分な威力を持っていたと思う。でも色々悩んでいても、どんな状況であろうと、まずは池ノ岳山頂直下の急勾配を下り終えないと家路に就けない。苦手な下りに苦戦しながらも、まずは復路一つ目の急勾配を下り終えた。 ▼再び白沢清水近辺から台倉山の樹林帯に入る。風はいつ止んだかわからない。止んだ理由もわからない。実際には止んでいないかもしれないが、とにかくその区間で突風を感じた記憶がないことは確かだ。往路同様、傾斜が緩く比較的なフラットな地形が続く、速度を上げ易いボーナスゾーンでもあるのだが、濡れた木道に再度足を取られるのはごめんだ。往路と違い、随分木道も乾いた気がするが、小走り気味になることもなく慎重に進む。ほぼCT通りでの通過となった。 ▼やがて台倉山を通過する。傾斜が緩く、少なくとも片側に樹木が植わっているので目立たないが、復路視点で言えば痩せ尾根は台倉山から始まっていると思う。足を滑らさない様慎重に進むので、これまたCT通りの速度しか出すことができなかった。下台倉山到着直前で、核心部の長い長い痩せ尾根が下へ伸びているのが見えた。岩が露出して白く長い稜線部分は、痩せすぎた結果剥き出しとなった背骨のように見えた。下台倉山は14時くらいには通過したかったが、結局は15時過ぎの到着となった。 ▼下台倉山から登山口までの下りが、この山行最大の核心部。疲れた体に鞭を打ち、集中力が切れかかった精神にも喝を入れ、自分を鼓舞しながら最後の痩せ尾根下りに取り掛かる。往路の登りで、The 痩せ尾根部分(写真82)の通過は登山開始後30分程度だったと思う。登山口⇔下台倉山の区間、私の場合だと登りも下りもあまり時間が変わらないだろう。登りに2時間掛かったので下りも2時間とすると、痩せ尾根部分に到着するのは下台倉山を発って1時間半後の16時半くらいではないか?それなら日没前だ。まあ仮に日没後の通過となっても、往路は暗闇の中、あの痩せ尾根を通過できたのだから復路も通過できるだろう。そう考え心を落ち着かせた。急勾配の下りに再び体温が上昇し、顔が火照ってきた。往路で11か所くらいと記憶していたロープ場も、下りで数えなおしたら11を遥かに上回る数あったという誤算もあったが、ゆっくりとだが着実に急斜面を下っていく。やがて往路でマークしていた箇所(写真81)が現れた。周囲を見ずに足元に集中、幸い摩擦係数の高い路面であったため、それほど苦も無く無事通過。通過後すぐに降り返って写真撮影できる余裕があった。痩せ尾根はまだ続くみたいだが、一つ目の難所をクリアしたことで少し心に余裕が出た。 ▼10分後、ついに目の前にThe 痩せ尾根部分がある。最後に残しておいたスポーツドリンクを飲み干す。末期の水となるかもしれない、そんな気持ちと甘じょっぱい味覚が集中力を高めてくれた。足の裏で摩擦が大きいことを確かめながら、周囲に気を取られることなく足元だけを見つめながら進んでいく。復路でのThe 痩せ尾根部分の出口は軽く登坂となっているが難なくこなした後、振り返って後続のNさんとK副隊長と一緒にThe 痩せ尾根撮影した。出口部分の登り坂は、往路では下りの入り口となるわけで、暗くてわからなかったけど明るかったら怖かったかもしれないなとぼんやり考えた。 ▼これで核心部は通過し終わった。でもまだそこそこ勾配に急な下りは続いている。気が抜けて最後の最後で怪我をしないよう自分を戒めるが、まだこの下りは終わらないのか?まだ下りが終わらないのか?という気持ちがどんどん強くなる。気が抜け始めている証拠だ。まずいと思いながらも、下る動作にだけ集中し、焦る気持ちを紛らわせる。平ケ岳まで10k標柱(写真82)までは気を抜くな。何度繰り返しそう思ったことかわからない。そしてついに標柱が現れた。ホッとした。解放された、修行が終わったと思った。 ▼私の悪い癖で、まだ完全には山行終わっていないのだが、ゴール手前の実質の山行終了地点で気持ちが完全に切れてしまうというのがある。今回もその癖が出た。残りのお釣りみたいな行程では、気持ちが切れてしまった結果、歩行速度が極端に落ちる。体の疲労や痛みもどっと増す。10k標柱から駐車場までの平坦な15分程度の歩行が、本当に辛かった。それでも全ての物には終わりがある。無事駐車場に帰還する時がやってきた。開放感に浸りながら往路では暗くてまともに撮影できなかった登山口の様子を撮影した。後ろからMさんが、その写真を後でLINEで送ってくれと言っている。山行の締めくくりとして保存しておきたいとのこと。Mさんのスマホはバッテリーが切れてしまった模様。それほど長い山行がついに終わった。 |
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過去天気図(気象庁) | 2021年10月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
電車:最寄駅 → 待合わせ場所 自家用車:待合わせ場所 → 鷹ノ巣山登山口駐車場 【復路】 自家用車:鷹ノ巣山登山口駐車場 → 待合わせ場所 電車:待合わせ場所 → 最寄駅 |
コース状況/ 危険箇所等 |
<総括> ・今回のコースを総括すると長いの一言に尽きる。体力は必要なので、前日の体調管理は重要。全体的に難易度の高い箇所はない。登山口〜下台倉山迄の痩せ尾根部分は、もちろん注意が必要だが、一般的な注意を以てすればそれほど難易度が高い場所ではない。夜明け前の暗い時間帯でも、ヘッデンがあれば十分通過可能。同区間設置されているロープ場も、難易度が高い箇所はない。ただ、長い山行で体力的にも精神的にも疲れている最終盤に痩せ尾根の急勾配の下りが来るので、気が抜けた下山をすると危ないと思う。 ・危険個所といえば、台倉山から白沢清水間にある木道は、雨で濡れているとかなり滑るので十分注意されたし。 ・2つある急斜面上の路面は、粘土質で登山者により抉られ段差が大きくなっている箇所も多数あり。ただ、前日に降った雨を吸収した粘土質の割には滑りやすさは感じなかった。 ・水は3.5リットル持って行ったが、2リットルちょっとの消費であった。季節は秋で、気温の割に消費量が多かった印象だ。やはりコースが長いからであろう。途中にある水場も玉子石近くの水場以外は当てにならない。念のため多めの水を持っていくほうが無難であろうと思う。 ・また、途中ベンチはおろか、腰掛けられる様な広いスペースもなく小休止をする場所の確保が難しいコース。その部分は、越後駒ケ岳と非常に似ていると感じた。 <鷹ノ巣登山口〜下台倉山> ・登山口から10k標柱(写真83)までは緩やかな道。以後直ぐに急登と痩せ尾根が始まる。The 痩せ尾根部分は登山口から30分程度の距離に位置する。早朝出発時は季節によっては暗い中通過することになるが、実際に暗中通過となった今回の経験からは、常識的な注意を以ってすれば大きな危険はないという印象を持っている。 ・写真キャプションでも書いたが、The 痩せ尾根部分は、往路は下りで痩せ尾根部分に進入、復路は登りで痩せ尾根部分から脱出となる。今回私は暗くてわからなかったが、往路のほうが少し高度感があって、怖いのではないかと推測している。 ・もう一つ山行中ずっと上手く下ることができるか心配していた写真81の箇所について。下る時は少し高度感があるかもしれない(私は足元だけ見ていたので実際高度感があるかどうかの確信はない)が、路面は摩擦が大きいのでリラックスして足元を見て対処すれば十分対応可能と思われる。 ・同区間に設置されているトラロープの数は20〜22か所程度。難易度の高いものはないが、上部の方(下台倉山山頂から数えて6番目、ただし数え方は人によって違う為、順番は前後する。保証の限りではない)に位置するロープ場で、岩に当たっている部分が擦られてた結果細くなり、それほど遠くない将来切れるだろうと想像がつくロープがあったので注意されたし。 <下台倉山〜台倉山> ・傾斜は緩やかになる。片側は樹木が生え、切れ落ちていると思われる崖側も、登山口〜下台倉山間の痩せ尾根部分とは違い縁まで低木が生えているのであまり高度感を感じないが、実は痩せ尾根継続中。油断は禁物。往路で、崖側の縁から片足を踏み外し転倒、幸い滑落はしなかったが肝を冷やした場面があった。また復路の同区間で、路面の岩か木の根に躓き、かなり勢いよく数歩踏鞴を踏んでしまったこともあった。方角が悪く、もうちょっと崖側にずれた方角に踏鞴を踏んでいたら滑落していたかもしれない。油断大敵区間であることを再度強調しておきたい。 ・晴れていたら進行方向前方に、燧ケ岳が見える眺望のよい区間である。中々の紅葉も楽しめる区間でもある <台倉山〜白沢清水> ・傾斜は急ではない。多少アップダウンのある樹林帯。眺望はよくない退屈な区間。 ・木道が設置されている区間が多かったと記憶している。この木道が非常に滑るので注意。山行当日が晴れでも、前日雨だと濡れた木道は樹林帯で日陰ということもあり、午前中には乾ききらない模様。 ・本当なら速度を上げて、山行時間を短縮すべき区間だが、木道が濡れている時は注意が必要。 <白沢清水〜池ノ岳> ・急登り。路面粘土質で段差大きい箇所もあったと記憶しているが、ロープ設置個所はなかったったと思う。難易度が高い箇所なし。 <池ノ岳〜平ヶ岳> ・大部分が木道。濡れていなかったので条件は一緒といいきれないが、台倉山〜白沢清水間の木道よりコンディションは良い印象を持った。 ・只々景色を楽しむべし。 ・玉子石への寄り道は、45〜60分余分に時間が掛かると見ておけばよい。 |
その他周辺情報 | ▼登山口駐車場のキャパは、山と高原の地図によると20台となっているが、35台程度は駐車できると思われる。今回18時頃登山口に到着したが、20台程度が既に到着していたと思う。早朝は、ほぼ満車状態だったのではないかと推測している。 ▼登山後の入浴は、桧枝岐の駒の湯を利用。今年会津駒(2021.7.24)を登った時と状況はかわっていない。【以下引用】登山後の入浴には、駒の湯を使用。登山口BSから国道を尾瀬方面に進むと車だとすぐ。入浴料\600。コロナ対策の為か、待合室等に椅子は設置されていなかった。露天風呂も稼働していなかった。源泉かけ流しで、泉質は良かったと記憶している。【引用終わり】 |
写真
感想
▼百名山中、日帰り最難関との定評がある平ケ岳に登ってきました。いつもの通り、写真のキャプションが完成したのでレコを先行してUPしてしまう。そしていつも通り後日加筆したいことを頭出ししておく。まだ写真も追加すると思うし、今回はレコの完成まで1週間以上掛かるかもしれないが、ゆっくり書いていければと思っています。
【備忘録】
・当ヤマレコ題名について。大朝日岳を登って気が付いたことが平ケ岳でも当てはまるのではないかと事前に予測。そしてその通りとなったこと。ここまで書いたら、お察しいただけるかと。(済)
・転倒 2〜3回 踏鞴を踏んだ回数1回 どれも結構やばかったと考えている。(済)
・痩せ尾根部分については、コース状況/危険箇所等で詳しく書けばいいかな(済)
・登山における早起きは三文の得説、今回も当てはまる。(済)
【後日記】
■下山して1週間後にようやく感想欄の記入に着手となった。少し時間が掛りすぎかな。天候欄にかなり感想チックなことも書いてしまったので、ここで態々重複する必要はないと思う。備忘録に記載した事項に絞って書けばいいと思う。
・しかし、今回の天候欄は少しやり過ぎた。天候欄はあくまで天気のことを中心に書くべきだ。この頃は天候欄に、できるだけ細かく天気のことを時系列的に書いていくと結果的に第二の感想欄の様になり、情報も多く記録できているので、それを実行してきたが、天候欄を感想欄として使うという意図はなかったし、今もないつもりだ。
・今回出だしは天気のこと、気象のことを中心に記載しているので問題ないのですが、後半部分はほとんど天気のことに触れていない。実際山行後半は、精神的にも肉体的にも天候のことを気にする余裕がなく、覚えていないのだから書けないという事情がある。ならそこで終わらせればいいのだが、上手い終わらせ方がみつからないまま、天候とは無関係な本来なら感想欄に書くべき感情の揺らぎなどを中心に書きなぐってしまった。分けるより、一気に前半の天候中心の内容と一緒に書き上げてしまう方がヤマレコ記録としての臨場感が出るような気もするが、本来の趣旨と違う使い方をするのはよくないな。反省しておこう。
■山行中の転倒について。下台倉山〜台倉山間の稜線で1回。台倉山〜白沢清水間の木道で1〜2回転倒。その他復路の台倉山〜下台倉山間の稜線で岩か木の根に躓き、かなりの勢いで数歩踏鞴を踏んでしまった事象あり。
・転倒回数:2〜3回(目標未達)
・転倒理由:登山道踏外し→油断と不注意。木道での転倒→濡れた木道。踏鞴を踏む→登山道に露出した岩か木の根に躓いたため。転倒に至らず怪我等もなかったが特記事項として記録。
・目標達成山行率(目標達成山行/全山行数 2021年8月21日以降の山行より集計開始): 1/5=20.0%
<コメント>
・下台倉山〜台倉山の稜線は、目立たないけど実は痩せ尾根であることは、天候欄やコース状況/危険箇所等で記載した通り。傾斜が急ではないため油断しがちだが常に注意は怠ってはならない。往路で左足を登山道から踏み外し、転倒した。幸い樹木があり滑落には至らなかったが、油断したことによる転倒であることがすぐに分かったため、情けなく悔しくて数秒立ち上がることができなかった。また復路の同区間では、路面に露出した木の根か岩に躓き勢いよく数歩踏鞴を踏んでしまった事象があった。方向が悪く、崖側に踏鞴を踏んでいたら滑落していたかもしれない。往路にK副隊長から踏鞴を踏みそうな場所での事前の心構えとして、常に山側に転ぶことを意識していると、踏鞴を踏んだ瞬間に山側に向かうことが出来る確率が高くなる、ご自身が直近に登った西穂高でもその心構えが役に立ったという話を聞いていたことを思い出した。今後は片側が切れ落ちている狭い登山道を通過する際は、山側を意識するよう心掛け様と思う。身をもって得た教訓だと思う。
・濡れた木道での転倒は、私の場合下りでかつ木道が水平を維持できていない箇所で起こることが多いと考えている。今回もそうだった。水平ではない木道が目の前に来たなとわかっていたのだが、何かの拍子に一瞬集中力が途切れたのも覚えている。次の瞬間転倒していた。木道での転倒は、勢い良く転倒するためか、怪我につながることが多いと思う。避けなければならない転倒なんだけど、今回も派手にやらかした。結果左手首のねん挫。山行終了後10日経っても痛みは残っている。
■今回のヤマレコの題名について。実は数回変えてようやく今の題名に落ち着いた。最初は、【平ヶ岳】健脚者のみが集うコース、予想通りビリだったというもの。これだと、私もまるで健脚者として自負して平ヶ岳に挑んだがビリだったという風に伝わってしまうかもしれないので、今の題名に変えた次第。元々速度には自信はないし、下りなんて本当に遅い。スタミナだって決してある方ではない。絶対に健脚者ではないと自覚したうえで、実力的に背伸びしたコースに挑んだのだが、やっぱり上級者コースなので当然の結果ビリになったということが言いたいわけです。これは前回の山行である大朝日岳の時も感じたことで、本当に上級者しかこないコースってあるんだなあと。そんな中に混じって山行すると、どんどん抜かれて後ろには誰もいないという状態(これをビリになると表現)になるんだなあと。大朝日岳山行を経験したことで、出発前夜からそんな展開になるのではないかと思っていたけど、やっぱりそうなったなあと。そんな山行を2回連続行いましたということ等々を記録したかったわけです。今回、我々の出発(AM4:00発)はかなり早かった方だと思います。これをハンデ貰ってと表現した訳です。出発して1時間ちょっとの写真5には、後続者のヘッデンが少なくとも4つ写っています。多分5時から6時くらいに出発した人もソコソコの人数いたでしょう。それら全員に最終的に抜かれたと思っています。往路は次から次にぬかれたし、池ノ岳からの下りですれ違った人もいなかったし、頂上や玉子石で出会った人やすれ違った人にも、復路の早い段階で抜かれたし、我々の下山が17時過ぎと日没ギリギリの時間であった等々を考慮した結果導き出した結論です。
・ここまで書いてきて、2つほどO登山隊の名誉のために断っておかないといけないことがあります。一つ目は、レコによると我々の30分ほど後に出発された方で、往路暗い中まだ我々を抜いていないと思われる地点で人糞を踏んだ方がいるとのこと。決して我々の仕業ではないことを、ここで明確に宣言します。ひょっとすると、我々が通過した時に既にあったのかもしれないが、あまり広くない痩せ尾根部分だから気がつくと思うんだよね。写真5に写っているヘッデンの持ち主の中に、真犯人いるかもね。
・もう一つは、巡航速度が遅いのは私だけであって、同行してくれた3人はもっと速く歩けると言うこと。私の速度に突き合わせてしまってストレス溜まったと思います。本当に申し訳なかったと思うと同時に、忍耐力に感謝します。
■痩せ尾根のことはもう十分書いたので、感想欄では割愛ですね。
■山における早起きは三文の得説、今回も機能した。下台倉山までの急登は、傾斜と山行時間からナデッ窪と同じきつさを想定していたのですが、寝ぼけた頭、暗くてよく見えない視野、元気な体の3つが機能して想像よりずっと楽でした。ただ、その分は復路できちんっと倍返しされるという落ちがつくのですけどね。
■はい、一応全部書ききったかな。天候欄で書きすぎたから、感想欄はこんなもので十分だと思う。一生記憶に残る山行だったと最後に付け加えておきますね。
■更に後日追記。今回の山行で出会った健脚な人々
・我々が池ノ岳への急登に取りつく大分手前の樹林帯や木道ゾーンだったと思う。2人組とすれ違う。K副隊長が「もう、下りてきたのですか?」と声を掛けると、「3時45分と早い出発だったから」とのこと。出発時間、我々とあまり変わらない。間違いなく午前中には下山していると思われる。出発がほぼ一緒でも、ゴール到達時刻に5時間も差がついてしまうほど、巡航速度に差がある人が世の中にはいるのだなあ。
・同じく樹林帯・木道ゾーンのどこかで抜かれた長靴をはいたご年配の方。ものすごいスピードで抜き去られた。外見から60歳以上であることは間違いないとみんなで話していたが、他の方のレコでこの方のことを言及していた。それによると、御年79歳とのこと。いやー、79歳で単独行で平ヶ岳を上ること自体すごいことなのに、あのスピードとは。どんな登山経験をお持ちなんでしょうかねえ。
■Mさん【元インド駐在】のヤマレコIDが判明したので、IDと当レコの紐付けを実施した。(2022年7月27日)
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