大文字山と疎水分流の終点まで
- GPS
- 05:41
- 距離
- 14.8km
- 登り
- 512m
- 下り
- 486m
コースタイム
天候 | 晴れときどき曇り |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2023年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス
京都市バス 堀川鞍馬口乗車 |
コース状況/ 危険箇所等 |
●南禅寺から七福思案所までは、奥の院を一部ショートカットしています。七福思案所からは、京都一周トレイルの標章40まで点線のルートを進んでいます。以前は荒れていましたが、今では整備されて安心して歩くことのできるようになっています。 ●京都一周トレイルの標章43−2から楼門の滝までも点線のルートです。若干荒れていますが、通行困難ではありません。楼門の滝のに下りていく手前の平坦地の辺りで少し彷徨っています。石が積まれたところから楼門の滝までは踏み跡があり、問題なく下りていくことができます。 ●楼門の滝から大文字山の山頂までは、途中でショートカットする道を進んでいます。明瞭な踏み跡がある山道です。山頂から銀閣寺までの下りは、まったく問題のないハイキングコースです。 ●銀閣寺からは疎水の沿っての舗装路歩きです。北大路通までは、疎水に沿って遊歩道が設置されています。歩行者専用で、自転車も通行不可です。北大路通りを渡ってからは、歩行者用の道がありません。紫明通りの中央分離帯を、公園が連なっていますが、入り口が常に一箇所しかなく、通り抜けていくことができない構造になっていますので、注意が必要です。 |
写真
装備
個人装備 |
Tシャツ
靴下
グローブ
日よけ帽子
靴
サブザック
昼ご飯
行動食
飲料
地図(地形図)
GPS
筆記用具
ファーストエイドキット
常備薬
日焼け止め
保険証
携帯
時計
サングラス
タオル
カメラ
|
---|
感想
琵琶湖疎水が蹴上げで分かれて、一方は南禅寺の水路閣から哲学の道を経て、銀閣寺の前まで繋がっているのは解っていましたが、その後どうなるのだろうと考えたことはありませんでした。なんとなく銀閣寺の前でお終いかな、ぐらいに思っていました。
ところが、紫明通りが実は疎水だと知り、地図を見ると、せせらぎ公園というのが連なっています。さらに紫明通りに至るまでには、白川・高野川・鴨川を横切っています。とても気になったので、大文字山のあとで、銀閣寺前から終点までを辿ってみました。
いままで意識していなくて、これが疎水だったのかという所があったり、白川・高野川・鴨川を越えるところでは、ポンプを利用していないこと(サイフォンの原理を利用しているらしい)や、下鴨神社の境内を流れる泉川と交差していることなど、いろいろと発見があって楽しく歩くことができました。
疎水分流は、ラーメンで有名な一乗寺を通っていますので、せっかくなのでお昼ご飯を頂いたり、洛北高校の近くのパンの名店に立ち寄ったりと、有意義な一日でした。あ、大文字山はついでですね(笑)
「みかの原 わきて流るる 泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」
泉川といえば、小倉百人一首にもある中納言兼輔(紫式部の曾祖父)
の和歌を連想する。
この和歌に出てくる泉川は現在の木津川だが、下鴨神社境内の糺の
森を流れる泉川の名も木津川に由来しているようだ。下鴨神社は正
式名を賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といい、賀茂建角身命
(かもたけつぬみのみこと)を祀っているが、建角身命は木津から
やってきたと伝えられる。
この泉川を、てっきり琵琶湖水系だと思い込んでいたが、高野川の
支流であることが判明した。琵琶湖疏水分線と泉川が松ヶ崎の南側
で交差している様子を、今回確認できたのだ。
疏水はその後西進し紫明通に沿って続くが、疏水の通る中央分離帯
は紫明せせらぎ公園になっている。地図では一見細長い一つの公園
に見えるが、道路と交差する度に途切れ、第一から第七までそれぞ
れ独立していた。疏水を追って公園を通り抜けようにも、各公園は
出入り口が一つ。結局、東側の出入り口に戻って一度歩道側に渡り、
再び中央分離帯まで渡って次の公園から入り直すことになるので、
「縦割り公園」と呼ばせてもらおう。
堀川通の西側へ渡った先に石碑が見えたので、疏水の終点を示す表
示かと思って近寄ってみると、赤穂義士四十六士遺髪塔跡であった。
四十六士(四十七士のうち切腹していない一名は刻名されず)の遺髪
塔は、昭和37年に山科に移転した瑞光院に伴って移設され現在も祀
られているとのこと。こちらに残るのは「跡」である。
歴史の痕跡あふれる京都。今後も「〜の跡」の類いは増殖し続ける
のだろうか。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する