筑波山【2004年のリベンジ】(白雲橋コース→御幸ヶ原コース)
- GPS
- 04:20
- 距離
- 6.6km
- 登り
- 746m
- 下り
- 747m
コースタイム
10:30筑波山神社(参詣10分)
11:00白蛇弁天
11:50弁慶茶屋跡(10分休憩)
12:40女体山山頂(10分休憩)
12:58せきれい茶屋(40分休憩)
12:46御幸ヶ原(10分位うろうろする)
13:13男山山頂(撮影など5分)
13:30ケーブルカーの宮脇駅(神社の横)
14:40筑波山神社
天候 | 快晴(師走と思えないほど暖かかった) |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2008年12月の天気図 |
アクセス | |
コース状況/ 危険箇所等 |
●山の概要 標高1000m未満だが、一応、深田百名山の一座。 ●ルート ・積雪は女体山・男体山山頂付近のみ。アイゼン不要。 ・白蛇弁天や弁慶茶屋跡を経由する白雲橋コースを今回登りとしたが、白雲橋コースは結構急峻なので体力の無い人は下りに使った方がよい ・今回、御幸ヶ原コース(いわゆる表参道)を使って下山したが、表参道といっても全く舗装路ではなく結構きつい岩の道だ。 (高尾山や奥多摩御岳山の表参道のような舗装路を想像してはいけない。大山の表参道が似ているかもしれない) ・筑波山は地元の子供が遠足で登るような山だが、ロープウェイやケーブルカーを使ったとしてもパンプスやブーツはNGではないだろうか。 男体山はまだしも、女体山山頂はかなり急なので足元がしっかりしていないと危ない ●危険個所 原則なし。 ただ、2004年に行った時には女体山山頂には手すりなど無かった筈だが、この時には割と高さのある木枠の手すりがあった。滑落事故があったため、というようにも聞いた。 確かに手すりの無かった当時は女体山山頂も足を滑らせて落下しそうな岩場があったが、手すりのある現在、滑落の危険性はかなり減ったかもしれない。 ●分かりづらい場所 特になし。 ●混雑度 ・筑波山は観光地でもあるので大抵混雑しているそうだ。 特に道路が渋滞する。この時、暮れも押し迫った12月30日に行ったのは、通常土日の道路渋滞を避け駐車場を確保するためだ(2004年に車で行った時は道路渋滞に巻き込まれたのと、駐車場確保とでかなりな時間のロスを食った)。 ・幸い12月30日と大みそか近いので、登山口付近の一本道も、駐車場も空いていた ・しかし、大みそか近いのに筑波山神社にも山にも(うんざりするほどの数ではないにせよ)大勢の人がいた ・行きを白雲橋コース(白蛇弁天や弁慶茶屋跡を経由)にしたので、ちょっとマイナーなコースかと思っていたが、大勢のハイカーが同じルートを使って登っていた。 ・地元の方の話では、大みそかと三が日は参拝客、特にご来光目当ての人で、年間で一番混雑する時期だそうだ。私たちが登った12月30日は空いている方だとのこと。梅林があるので梅のシーズンも混雑するそうだ。 ・茶店は全ての店が営業していたが、店に入れないほど混雑していたわけではなかった ●展望 ・冬なので女体山からの眺望を期待していたが、残念ながら女体山到着時にはガスが出ていた(暖かったせいだと思う) ・男体山山頂からの景色は、女体山からの景色よりも良くない。御幸ヶ原の広場も同様。やはり、今回行ったコース上では女体山山頂が展望を得るに最適な場所だと思う。 ●トイレ 筑波山神社駐車場。山頂の御幸ヶ原の広場(ケーブルカー山頂駅そば)。筑波神社脇のケーブルカー宮脇駅。 他に、女体山山頂そばのロープウェイ駅にもあるようだが、今回はルートから外れるので寄っていない。 ●水・食べ物の調達 ・後述する茶店で調達可能。但し、茶店の営業日時が不明なため、事前に準備して行く方が良い。 ●休憩場所 ・女体山と御幸ヶ原の間にある茶店で暖かい食べ物にありつけた。 ・他、茶店は御幸ヶ原広場にいくつもあった。これら茶店脇に自販機があったかどうかは記憶にない。 ・ロープウェイ駅は女体山駅もつつじが丘駅にも食堂があるらしいが、どちらもこの時歩いたルートから外れるため寄っていない。 ・ケーブルカー宮脇駅に自販機やお土産物屋があったが、茶店ではなかったように思う。 ・2004年に行った時、白雲橋コース途中にあった弁慶茶屋は既に跡かたもなく、広場になっていた。 ・今回歩いたルート上、あずまやは無かったのではないだろうか? ・ベンチは白雲橋コース上では、奇岩めぐりの辺りまで無かった。女体山山頂から御幸ヶ原の間にもベンチがいくつかあった。 ・下山路とした御幸ヶ原コース(表参道コース)でもいくつかベンチはあったが、数は数えるほどだった ・弁慶茶屋跡の広場にベンチはなかったが、丸太かなにか木材があったと思う。ここでお昼を食べている人もいた。 ・登山路、下山路上は岩尾根ばかりで人も多く通りベンチも少ないため、落ち着いてご飯を食べられる場所は総じて少なかったように思う。 ●最寄り駅情報 なし。 つくばエキスプレスで「TXつくば駅」に行ったとしてもそこから長時間バスに乗らなければならず、しかも道路渋滞に巻き込まれるリスクもある。更にバス内も普段の土日祝日は混雑し座れないことも多いようだ。 また、帰路のバス最終便も(日帰り温泉に寄ってゆっくりしたい私たちにとっては)早い時刻のため、今回も車で行った。 尚、2004年11月3日に車で行った時は、行きは相当な道路渋滞に巻き込まれ難儀したが、この日は12月30日だったため往路・復路のどちらも道路渋滞はなかった。 ●日帰り温泉 ・筑波山温泉、つくば湯に行った。受け入れ時刻が遅めの日帰り温泉はここだけだったための選択。 筑波山神社そばの筑波山神社前口BSから徒歩10分くらい。筑波山は観光地だからだろうか、この場所で1000円を越える価格設定は強気だと思う。 ・他、筑波山神社そばにある宿坊やホテルで日帰り温泉に入ることができるらしいが、入浴の営業時刻終了が割と早め。 ●その他 ・筑波山神社そばの集落に、酒屋が一軒あった。都内では入手できないような地酒やワインがおいてあり、店主も熱の入った説明をしてくれた。感謝。 |
写真
感想
●概観
これは2004年の文化の日に筑波山で遭難しかけた一件のリベンジハイクだった。
筑波山で遭難?あり得ないと思われることだろうが、2004/11/3に本当に遭難しかけてしまったのだ。
その時のリベンジをこれで晴らす、と気負って登山口から歩きだしたが、登りのペースを誤って、すぐにばてた。
弁慶茶屋跡に着いた頃には相当な息切れ。ひどいものだった。
しかしこんな急峻な岩の道を、2004年遭難時は携帯のライトだけを頼りに二人で下ったんだなあ、と、ばてながらも感慨ひとしお。
奇岩めぐりを始める頃にはバテも治まり、後は普通に女体山・男体山と登り、御幸ヶ原でだらだらしてから下山。
この時期の日の短さを考慮すれば、こんなお気楽な感じでちょうどよいスケジュールだったと思うが、肝心のリベンジはどうだったかといえば、余りリベンジできたとは思えない。
理由は、白雲橋登りで一度ばてたため。いつか、全コースばてずに余裕で踏破してやる!と心に誓ったのだったが、関東ふれあい茨城コースに着手するまで筑波山は当分お預けかな〜。(何しろ我が家からはちょい遠いって)
●詳細
以下は2004/11/3、筑波山白雲橋遭難しかけた時の話-----------------
その時は御幸ヶ原コース登山開始が12時過ぎ、女体山・御幸ヶ原でゆっくりし過ぎ、15時過ぎから白雲橋コースを下山開始、飲み物も食べ物も用意せず、街歩き用のリュックしか持っていなかった。
当然、ヘッドライトどころか懐中電灯すら持たず有名な観光地だから何とかなるだろうと思っていたところ、弁慶茶屋(当時はまだ営業していた)から先に進むとぱたっと人にすれ違わなくなった。
今思うと、弁慶茶屋に着くまですれ違っていた多くの人たちは、みんな女体山のロープウェイ駅か御幸ヶ原のケーブルカー山頂駅を目指していたのではないだろうか。
弁慶茶屋を過ぎて30分位回ったところで日は暮れ出し、つるべ落としの呼び方にふさわしくあっという間に秋の陽は暮れた。
それでどうしたか?はじめは、いたち大臣を責めた。スケジュールがなっていないのだと。しかしながらそんなことを言っても始まらない状況なことは明白だった。足元すら見えない位、深い闇の中で二人で取り残されているのだ。
なぜそのようなことになったのか忘れたが、二人で携帯電話を取り出し、携帯の明かりで足元を照らしながら歩きだした。途中、標識もなく道の広さもわからず、迷いそうな箇所がいくつかあった。
もし迷っていたら、低山とはいえ崖から滑落ということもありえた。本当に危険だった。
携帯の充電が切れていたら?幸い私が仕事用と個人用の2つの携帯を常備しており、仕事用は常に充電切れしないよう気にかけていたので、そこは何とかなっただろうと思う。
問題は、心細いこと。山の闇があんなにも心細いものとは知らなかった。熊が出たら(筑波山には熊はいないのだが、当時はそれすら知らなかった)どうしようとか、山岳救助を頼んだ方がいいのかどうか、ヘリでの救助は金がかかるなど、色々な考えが頭の中をよぎった。
おまけにこの時、暗闇の中でいたち大臣が大きく転倒した。痛い痛い言っていたが、山を下りないことには仕方がないので暫く休んでから慎重に先を進む。駐車場を借りている茶店の電話番号の入ったチラシ?をもっていたことを思い出し、電話して今いる場所を伝え(その付近の標識を伝えた)迎えに来てくれるよう頼んだところ、すげなく断られてしまった。
今考えれば、断られるのが普通だ。スケジューリングがなっていないこちらが悪いのだから。
白蛇弁天に着いた時は本当にほっとした。そこから進むと遠目に車道への出口らしき灯りが見えた。この時ほど、灯のありがたみを感じたことはない。
茶店の駐車場に着いたのは18時半過ぎ、通常は御幸ヶ原の広場から2時間で下山できるコースを、3時間かけたことになる。
暗闇にいたのは弁慶茶屋よりも少し下った辺りからなので、1時間余計に暗闇にいただけでこんなに疲れることになるとは・・・教訓:山をなめてはいけない。スケジューリングと準備を万全にしよう。
後日譚:車道に出ると、いたち大臣が転んだ方の足が激しく痛むと言い出した。翌日病院に行ったところ剥離骨折が判明。この事件以降、2008年6月に東海道歩きで箱根越えするまでの3年半以上、私たちが山に行くことはなかった・・・。
(おわり)
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