【東国の古城を攻める】『のぼうの城』忍城とさきたま古墳群
- GPS
- 05:05
- 距離
- 11.5km
- 登り
- 2m
- 下り
- 3m
コースタイム
- 山行
- 5:05
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 5:05
過去天気図(気象庁) | 2016年10月の天気図 |
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アクセス |
写真
感想
腕の靱帯損傷のためギプス生活を余儀なくされて12日。
なんと前日に再び派手に転び、すっかり自信をなくしておりました。
(膝を擦りむきましたが、腕はギプスに守られ無事でした。)
そんな私でしたが夫に誘われはるばる行田へ。
辺りはすっかり住宅地になってしまい「浮き城」であった名残はほとんど
ありませんでしたが、十万石まんじゅうの十万石は忍城が由来であったことを
知ったのは収穫でした。
さきたま古墳群はぜひまた行きたいですねぇ。
古墳もすばらしかったのですが古墳から出土した国宝の数々がこれまた見事で。
特に金錯銘鉄剣(刀剣に金で文字が書かれたもの)はずっと見ていても
飽きませんでした。
機会がありましたらぜひ実物をみてください。
【東国の古城を攻める】第3弾は埼玉県行田市の忍(おし)城。野村萬斎主演で映画化された『のぼうの城』の舞台となった城であります。北に利根川、南に荒川なこの土地は、もうね、見事なまでに何処までも平ら!石田三成が水攻め選んだのがよく分かるのですな。
忍城自体は近年整備されたものなので実はそれほど見所はない。でも「さきたま古墳群」の中のひとつ、丸墓山古墳の頂上(高さ19m。今回の最高地点w)から忍城の方角を眺めると、忍城水攻めの際のその広大な範囲が一望出来ていろいろ納得。実はこの丸墓山古墳の頂上、忍城攻めの際の石田三成の陣が敷かれていたとのことで、ああ、実に400年余の時を越えて、光成と同じ景色を見渡しているのだなぁ、とちょっと感動。
さて。
実は今回訪れたさきたま古墳群、あまりちゃんとした前知識も無く漠然と来ちゃったんだけど、いやいやこれがなかなかのもの。再現保存されている前方後円墳たちの威容も素晴らしいんですが、なによりも古墳群に併設されているさきたま史跡の博物館に展示されている、そこで出土した「金錯銘鉄剣」(国宝)がとんでもない代物で、実はそっちにスッカリやられちゃいました。
稲荷山古墳出土鉄剣
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E5%87%BA%E5%9C%9F%E9%89%84%E5%89%A3
金錯銘鉄剣が語るもの - Google Arts & Culture
https://www.google.com/culturalinstitute/beta/exhibit/%E9%87%91%E9%8C%AF%E9%8A%98%E9%89%84%E5%89%A3%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%82%82%E3%81%AE/WgJSNOAGEvhjLQ?hl=ja
471年の世に生きたプロフェッショナルが遺した文字たちが、1500年もの時を越えて彼らがそこで生きた証しになっている。素晴らしいです。
世の中どんどんデジタルに置き換わっていくけれど、デジタルのデータなんて電気と機械がないとなんにも出来ない。こうして手に取れる遺物だからこそ遺ってるのですね。
コメント
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こんばんわ!順調に回復しているようで、なによりです。
さきたま古墳群、周りの復元埴輪とかは前はなかったような気が。往事の面影が蘇るようで、周りの古墳も整備されるのが待ち遠しいです。
そして国宝剣、あの時代に文字が日本にも残っていたって、驚きですね。
撮影OKだし、国宝とは思えぬ敷居の低さ。この時代のグンマーのお宝たちは上野の博物館所蔵になっちゃったものが多いのですが、都内の博物館に持ち出されずに、発掘場所に近い場所で保管されているのも、うらやましく感じました。
yamaonseさん、こんにちは。
じりじりとではありますが回復傾向にあります。
さきたま古墳群、以前は復元埴輪なかったんですか。あると当時の雰囲気がわかりますよね。
あの国宝群には驚きました。まったく予備知識なしで立ち寄ったのですが、数々のお宝に圧倒されました。いいですよね〜発掘されたところで展示されるのって。
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