両神神社里宮(観蔵院)スタート
今日のメンバーは過去に両神山を調査したt先生、地元関係者三名、bukozanさん、それからmontblanc55の六人です。まずは安全登山を祈願して参拝です。
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11/3 8:29
両神神社里宮(観蔵院)スタート
今日のメンバーは過去に両神山を調査したt先生、地元関係者三名、bukozanさん、それからmontblanc55の六人です。まずは安全登山を祈願して参拝です。
両神神社には多くの奉納額が掲額されております。一見の価値ありです。
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11/3 8:30
両神神社には多くの奉納額が掲額されております。一見の価値ありです。
御眷属貸出と呼ばれ、お犬様(大口真神)の御加護があるお札です。「四足除」とは、山畑を荒らす害獣除けの御利益があるのだろう。
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11/3 8:35
御眷属貸出と呼ばれ、お犬様(大口真神)の御加護があるお札です。「四足除」とは、山畑を荒らす害獣除けの御利益があるのだろう。
鳥居を潜り、いざ神域へ
先達はもちろんt先生です。
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11/3 8:40
鳥居を潜り、いざ神域へ
先達はもちろんt先生です。
観蔵堂の解説を受ける一行
見つめる先には…
b)ここから清滝小屋までは、完全に課外授業の状態になりとても勉強になりました。が、ほとんどの参加者が専門の方々に交じった私一人だけ目が点になってました…。
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観蔵堂の解説を受ける一行
見つめる先には…
b)ここから清滝小屋までは、完全に課外授業の状態になりとても勉強になりました。が、ほとんどの参加者が専門の方々に交じった私一人だけ目が点になってました…。
表参道中興の祖と云われる初代観蔵行者像
高さ73cm、慶應三年(1867)とあります。
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11/3 8:42
表参道中興の祖と云われる初代観蔵行者像
高さ73cm、慶應三年(1867)とあります。
神道大教正風位真人之命
高さ118cm
両神山最後の修験者と云われる小関益夫氏のお墓です。
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11/3 8:44
神道大教正風位真人之命
高さ118cm
両神山最後の修験者と云われる小関益夫氏のお墓です。
長尾沢を渡る一行
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11/3 8:58
長尾沢を渡る一行
一心行者像
高さ84cm、寄居町一心開運講による造立です。
一心行者は近世御嶽信仰開祖である普寛行者の最後の弟子。
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11/3 9:06
一心行者像
高さ84cm、寄居町一心開運講による造立です。
一心行者は近世御嶽信仰開祖である普寛行者の最後の弟子。
覚明行者像
高さ51cm
木曽御嶽山を開山した近世御嶽信仰の祖。
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11/3 9:20
覚明行者像
高さ51cm
木曽御嶽山を開山した近世御嶽信仰の祖。
会所
石垣が見えました。かつてはここに木橋が架けられていたそうです。
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11/3 9:25
会所
石垣が見えました。かつてはここに木橋が架けられていたそうです。
七滝沢を渡る一行
現在七滝沢コースは通行止めです。
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11/3 9:34
七滝沢を渡る一行
現在七滝沢コースは通行止めです。
荒沢不動
高さ145cm、上州安中宿豊岡村講中による造立。
両神山最大の石仏であり、かつては下の薄川沿いにあったが登山道の遷移に合わせて、こちらに移されました。
近くには不動滝と呼ばれる小滝があります。
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11/3 9:46
荒沢不動
高さ145cm、上州安中宿豊岡村講中による造立。
両神山最大の石仏であり、かつては下の薄川沿いにあったが登山道の遷移に合わせて、こちらに移されました。
近くには不動滝と呼ばれる小滝があります。
杭岩(カツクイ岩)
あいにくのガスですが、宿題だった杭岩を発見できました。
b)デッカイ岩でしたね。
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11/3 10:14
杭岩(カツクイ岩)
あいにくのガスですが、宿題だった杭岩を発見できました。
b)デッカイ岩でしたね。
二十八丁目石 虚空蔵童子(異字体)
高さ66cm、造立者は逸見兵庫とあります。
両神山の前衛峰である逸見ヶ岳の逸見氏です。
両神山の丁目石は、不動明王を守護する三十六童子碑です。修験者や先達は丁目石ごとに真言を唱えながら、童子に導かれる形で登拝したと云われております。登山道の遷移や流失などもあり、現在は二十数基しか確認できません。
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11/3 10:47
二十八丁目石 虚空蔵童子(異字体)
高さ66cm、造立者は逸見兵庫とあります。
両神山の前衛峰である逸見ヶ岳の逸見氏です。
両神山の丁目石は、不動明王を守護する三十六童子碑です。修験者や先達は丁目石ごとに真言を唱えながら、童子に導かれる形で登拝したと云われております。登山道の遷移や流失などもあり、現在は二十数基しか確認できません。
八海山大頭羅新王
高さ96cm「江戸」などの銘文がある。
木曽御嶽山五神の一神で、越後八海山の守護神。
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11/3 10:48
八海山大頭羅新王
高さ96cm「江戸」などの銘文がある。
木曽御嶽山五神の一神で、越後八海山の守護神。
伊波羅天
高さ91cm「江戸築地 皆帰講 行者貞涌」
木曽御嶽山五神の一神で、秩父御嶽山の守護神。
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11/3 11:10
伊波羅天
高さ91cm「江戸築地 皆帰講 行者貞涌」
木曽御嶽山五神の一神で、秩父御嶽山の守護神。
弘法之井戸 岩上に座すのは弘法大師像
高さ64cm「一心誠講 先達渡辺ひさ 納人河合壮介」「石工弓沢助弘」
両神山の霊水を汲んで、お昼のコーヒーに利用しました。
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11/3 11:28
弘法之井戸 岩上に座すのは弘法大師像
高さ64cm「一心誠講 先達渡辺ひさ 納人河合壮介」「石工弓沢助弘」
両神山の霊水を汲んで、お昼のコーヒーに利用しました。
清滝避難小屋に到着です。
勉強しながら歩いたので遅くなってしまいましたが、ここでお昼休憩をとることになりました。
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11/3 11:50
清滝避難小屋に到着です。
勉強しながら歩いたので遅くなってしまいましたが、ここでお昼休憩をとることになりました。
昼食後は一位ヶタワ方面(清滝避難小屋の南)へ進みます。ここは一昔前、キャンプ場やバンガローがあったとのことです。
b)42年ぶりに歩きました。
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11/3 12:27
昼食後は一位ヶタワ方面(清滝避難小屋の南)へ進みます。ここは一昔前、キャンプ場やバンガローがあったとのことです。
b)42年ぶりに歩きました。
一心誠講の聖地を目指し、道なき道を進む一行。
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11/3 12:29
一心誠講の聖地を目指し、道なき道を進む一行。
途中には清滝避難小屋の水源がありました。
mはこれを見れただけでも感動でした。
b)大きな岩の根元から湧き出る清水を一旦樽で受け、そこから小屋までホースで引いてありました。
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11/3 12:32
途中には清滝避難小屋の水源がありました。
mはこれを見れただけでも感動でした。
b)大きな岩の根元から湧き出る清水を一旦樽で受け、そこから小屋までホースで引いてありました。
清滝上の断崖は、このような岩の裂け目が多く見られます。
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11/3 12:33
清滝上の断崖は、このような岩の裂け目が多く見られます。
二十年以上前の記憶を頼りに探索しているので、なかなか見つかりません。
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11/3 12:35
二十年以上前の記憶を頼りに探索しているので、なかなか見つかりません。
濡れている岩場もあり足下が大分悪いので、一旦引き返すことになりました。
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濡れている岩場もあり足下が大分悪いので、一旦引き返すことになりました。
ミーティングの結果、t先生他三名は一旦清滝避難小屋に戻っていてもらい、mとbさんで時間を決めて再度探索することになりました。
b)t先生の談によると、かつて滑落事故のあった付近を歩くので、くれぐれも注意して歩くようにと助言をいただきました。
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ミーティングの結果、t先生他三名は一旦清滝避難小屋に戻っていてもらい、mとbさんで時間を決めて再度探索することになりました。
b)t先生の談によると、かつて滑落事故のあった付近を歩くので、くれぐれも注意して歩くようにと助言をいただきました。
一心誠講の聖地
ダメ元で探索した谷の奥にありました。まさかこんなところにあったとは…感動の瞬間です。
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11/3 13:17
一心誠講の聖地
ダメ元で探索した谷の奥にありました。まさかこんなところにあったとは…感動の瞬間です。
一心誠講の聖地遠景
撮影を済ませたら、石造物の調査です。
左に立てかけてある簀子は、一心誠講の講中集団(三十人規模)が祈祷の際に座すためのモノだったようです。その他に神に捧げられたであろう一升瓶や、ここへ登るための小さな梯子などが落ちていました。
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11/3 13:17
一心誠講の聖地遠景
撮影を済ませたら、石造物の調査です。
左に立てかけてある簀子は、一心誠講の講中集団(三十人規模)が祈祷の際に座すためのモノだったようです。その他に神に捧げられたであろう一升瓶や、ここへ登るための小さな梯子などが落ちていました。
黒狐大明神
高さ57cm「一心誠講 先達渡辺ひさ 納人久保慶治」「昭和三十三年九月吉日」
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11/3 13:30
黒狐大明神
高さ57cm「一心誠講 先達渡辺ひさ 納人久保慶治」「昭和三十三年九月吉日」
両神開山神魂霊神
高さ166cm幅90cmを測る。
鈴木家は両神神社(観蔵院)の宮司鈴木氏のことだそうです。鉄板に銅板を巻いている造りかと思われますが、これを六人がかりで八海山まで運び、その先はロープで吊り上げたそうな。運搬費だけで35万円かかったといわれています。
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11/3 13:30
両神開山神魂霊神
高さ166cm幅90cmを測る。
鈴木家は両神神社(観蔵院)の宮司鈴木氏のことだそうです。鉄板に銅板を巻いている造りかと思われますが、これを六人がかりで八海山まで運び、その先はロープで吊り上げたそうな。運搬費だけで35万円かかったといわれています。
金明水神
高さ94cm「一心誠講 先達渡辺ひさ 納人大久保義範」「昭和四十三年八月吉日」
海老弦ノ頭付近にある、銀明水神と対になるものかもしれません。立派な銅像です。
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11/3 13:30
金明水神
高さ94cm「一心誠講 先達渡辺ひさ 納人大久保義範」「昭和四十三年八月吉日」
海老弦ノ頭付近にある、銀明水神と対になるものかもしれません。立派な銅像です。
聖元大師
高さ38cm「東京都昭島市 一心誠講 先達渡辺ひさ」「昭和三十五年九月吉日」「石工富田章」
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11/3 13:30
聖元大師
高さ38cm「東京都昭島市 一心誠講 先達渡辺ひさ」「昭和三十五年九月吉日」「石工富田章」
八頭姫大神
高さ35cm「納 河野美根」
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11/3 13:30
八頭姫大神
高さ35cm「納 河野美根」
金晃姫大明神
「先達渡辺ひさ 建立者河野惣太郎」「深井家供養為」「昭和三十三年九月吉日建」
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11/3 13:31
金晃姫大明神
「先達渡辺ひさ 建立者河野惣太郎」「深井家供養為」「昭和三十三年九月吉日建」
明月大神
高さ58cm「先達渡辺ひさ 大久保義範」
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11/3 13:31
明月大神
高さ58cm「先達渡辺ひさ 大久保義範」
不明の女神像
高さ61cm「一心誠講一同 先達渡辺ひさ」
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11/3 13:31
不明の女神像
高さ61cm「一心誠講一同 先達渡辺ひさ」
亀岩八大龍王 天津彦火瓊々杵命 木花咲耶姫命
高さ54cm「昭和三十三年九月吉日」「石工富田章」
石碑上部には富士山のマークもあり、富士浅間信仰に関わる神様かと思われます。
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11/3 13:32
亀岩八大龍王 天津彦火瓊々杵命 木花咲耶姫命
高さ54cm「昭和三十三年九月吉日」「石工富田章」
石碑上部には富士山のマークもあり、富士浅間信仰に関わる神様かと思われます。
磐門山 清滝神社
高さ62cm「一心誠講 先達渡辺ひさ」「武蔵野町扇町屋 信者 納人豊田希一 作田とき 、藤田ハレ」
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11/3 13:33
磐門山 清滝神社
高さ62cm「一心誠講 先達渡辺ひさ」「武蔵野町扇町屋 信者 納人豊田希一 作田とき 、藤田ハレ」
両神開山神魂霊神背面
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11/3 13:47
両神開山神魂霊神背面
洞窟の奥は6〜7m位の横穴になっておりました。
b)両神山荘で伺ったお話によると、修験者の断食行に使用されていたそうです。
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11/3 13:50
洞窟の奥は6〜7m位の横穴になっておりました。
b)両神山荘で伺ったお話によると、修験者の断食行に使用されていたそうです。
洞窟内部の岩を切り崩しながら整地し、石垣を積んで前庭を造成している事が分かりました。
b)この日はガスで視界の無い状態でしたが、天気の良い日は遥か東の筑波山まで望めるそうです。
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11/3 13:55
洞窟内部の岩を切り崩しながら整地し、石垣を積んで前庭を造成している事が分かりました。
b)この日はガスで視界の無い状態でしたが、天気の良い日は遥か東の筑波山まで望めるそうです。
神像の基壇はモルタル?で化粧されています。
もはや神殿とも呼べるような手の入れように、驚きを通り越して感動すら覚えます。
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11/3 13:56
神像の基壇はモルタル?で化粧されています。
もはや神殿とも呼べるような手の入れように、驚きを通り越して感動すら覚えます。
調査を済ませた後は、今一度参拝します。
「お世話になりました。」
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11/3 14:00
調査を済ませた後は、今一度参拝します。
「お世話になりました。」
谷を戻りますが、写真以上に結構な急坂です。
戻る途中mは落ち葉でスリップしてしまい、冷や汗モノでした。
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11/3 14:02
谷を戻りますが、写真以上に結構な急坂です。
戻る途中mは落ち葉でスリップしてしまい、冷や汗モノでした。
この下がスラブ状の岩場になっており下るのは危険と判断し、上の一般登山道へエスケープすることにしました。
7
11/3 14:04
この下がスラブ状の岩場になっており下るのは危険と判断し、上の一般登山道へエスケープすることにしました。
支尾根は岩稜で危険なので、ルンゼを登ることにしました。こういった判断は地形図やGPSに加え、経験や勘が頼りとなります。
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11/3 14:06
支尾根は岩稜で危険なので、ルンゼを登ることにしました。こういった判断は地形図やGPSに加え、経験や勘が頼りとなります。
エスケープ途中にも窟を見つけました。
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11/3 14:11
エスケープ途中にも窟を見つけました。
奥行き4〜5mくらいあり、不自然にならされているところもありました。おそらくここも篭行で使われた窟に違いないです。
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11/3 14:12
奥行き4〜5mくらいあり、不自然にならされているところもありました。おそらくここも篭行で使われた窟に違いないです。
振り返って見る急登
直登は厳しい斜度の悪いガレザレだったので、適宜セルフ九十九折で登りました。
埼玉県警山岳救助隊のヘリが注意喚起の放送をしており、少し反省する場面もありました。
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11/3 14:21
振り返って見る急登
直登は厳しい斜度の悪いガレザレだったので、適宜セルフ九十九折で登りました。
埼玉県警山岳救助隊のヘリが注意喚起の放送をしており、少し反省する場面もありました。
無事に一般登山道にエスケープできました。
ここでbさんと別れ、mは山頂へピークハントすることになりました。
b)30分前に清滝小屋から下山開始した先行部隊に伝令の為、ここからは駆け下ります。
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11/3 14:32
無事に一般登山道にエスケープできました。
ここでbさんと別れ、mは山頂へピークハントすることになりました。
b)30分前に清滝小屋から下山開始した先行部隊に伝令の為、ここからは駆け下ります。
両神神社本社
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11/3 14:44
両神神社本社
御嶽神社本社内部
御嶽山座王大権現様が見えます。
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11/3 14:45
御嶽神社本社内部
御嶽山座王大権現様が見えます。
御嶽山座王大権現の本地仏である、大日如来立像。
この台石は本来、先程の銅像のものだった可能性があります。
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11/3 14:45
御嶽山座王大権現の本地仏である、大日如来立像。
この台石は本来、先程の銅像のものだった可能性があります。
両神山 剣ヶ峰
三時までにアタックできなければ諦めようと思いましたが、ギリギリセーフでした。
この時間なので貸切かと思いきや、天武将尾根から登られた某山岳会の二人パーティーが休んでおられました。少し交流しお菓子を頂きました。ありがとうございました。
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11/3 15:00
両神山 剣ヶ峰
三時までにアタックできなければ諦めようと思いましたが、ギリギリセーフでした。
この時間なので貸切かと思いきや、天武将尾根から登られた某山岳会の二人パーティーが休んでおられました。少し交流しお菓子を頂きました。ありがとうございました。
産泰尾根の看板
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11/3 15:33
産泰尾根の看板
清滝不動三尊
デポした荷物をまとめて、ダッシュ(小走り)で下山です。
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11/3 15:39
清滝不動三尊
デポした荷物をまとめて、ダッシュ(小走り)で下山です。
日も傾きだした頃、ガスが晴れました。
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11/3 15:49
日も傾きだした頃、ガスが晴れました。
黄葉越しの日向丸
9
11/3 15:49
黄葉越しの日向丸
ガスの晴れた杭岩
100m規模のサイズ感があり、さながら天に突き上げる杭の様です。
b)いつかルート探しに挑戦したい岩ですね。
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11/3 16:05
ガスの晴れた杭岩
100m規模のサイズ感があり、さながら天に突き上げる杭の様です。
b)いつかルート探しに挑戦したい岩ですね。
普寛行者像
近世御嶽信仰の開祖です。
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11/3 16:24
普寛行者像
近世御嶽信仰の開祖です。
両神山荘に到着しゴールです。
9
11/3 16:39
両神山荘に到着しゴールです。
下山後は両神山荘にて、お茶や手料理をご馳走になりました。主人の山中氏はかつて、一心誠講の神々を運び込む強力の持ち子をされたそうです。「いいお小遣いになったんだよ。」「十五年位前までは一心誠講の関係の人は来ていた。」など色々と貴重なお話を伺うことができました。さらに、
m「あそこは、なんという名前なのですか?神変窟ですか?」
y「そういう風には言ってなかったな。」
m「では、仮に名前を付けるとしたら、一心誠講の聖地というのはどうでしょうか?」
y「そう呼ばれれば嬉しいんじゃないかな。」
というお話をさせていただきました。ありがとうございました。
写真は両神山荘の愛犬「ぽん」です。おしまい。
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11/3 16:39
下山後は両神山荘にて、お茶や手料理をご馳走になりました。主人の山中氏はかつて、一心誠講の神々を運び込む強力の持ち子をされたそうです。「いいお小遣いになったんだよ。」「十五年位前までは一心誠講の関係の人は来ていた。」など色々と貴重なお話を伺うことができました。さらに、
m「あそこは、なんという名前なのですか?神変窟ですか?」
y「そういう風には言ってなかったな。」
m「では、仮に名前を付けるとしたら、一心誠講の聖地というのはどうでしょうか?」
y「そう呼ばれれば嬉しいんじゃないかな。」
というお話をさせていただきました。ありがとうございました。
写真は両神山荘の愛犬「ぽん」です。おしまい。
bukozanさん montblancさん こんばんは
なんか凄い所に行かれたのですね。両神山には歴史的な遺構が多いよう
ですが、その方面の知識は皆無なので勉強になります。ところで、実は
皆さんが調査中の頃、自分は八丁峠辺りをうろうろしてました。
埼玉のchii
chiiさん、こんばんは。
そう言っていただけると、励みになります。ありがとうございます。
両神山の踏査については、まだまだ宿題が沢山あるので、安全第一で取り組んでいきたいと思います。
それは驚きですね!レコ編集中ですか?楽しみにしていますね。
chiiさん、おはようございます。
なんとあの日に八丁峠付近をウロウロしていたとは・・・・。
ちゃっかり一人で、赤岩尾根でも楽しんできたのでしょうか(^_-)-☆
レコがアップされるのを楽しみに待ちますね。
bukozan
montblanc55さん こんばんは。
一心誠講の聖地の発見おめでとうございます!montblanc55さんの造詣の深さとbukozanさんの岩稜のスキルとやはり最強のコンビですね。今回のレコも本当に見応え、読み応えがありました。清滝の上方にあのような聖地があるなんて感動ものです。私の知らない両神山を次々に紹介していただいて本当に有難いです。
山頂の帝釈天様も健在でしたね。また、大日様の台石はなるほどそういう見方ができるんですね。石像と石組の具合がちょっと不自然な感じですものね。
それでは、石造物の詳細、楽しみにしております。 godohan
godohanさん、おはようございます。
こちらこそ、いつもgodohanさんの石仏レコ楽しみにしています。
一心誠講の先達渡辺ひさは、両神に訪れる際には参道沿いに住む子どもたちにお菓子を配るなど、地元の方々にとても慕われていたそうです。カリスマ的な宗教者としてのイメージが先行してしまいますが、見方を変えると本当にお優しい女性だったことが窺えるのかなと思います。
さて、一心誠講の聖地については登山道を少し分け入るぐらいに考えていましたが、想定外の険しいところにありました。かつては三十人規模で訪れていたことを考えると、正道を外している可能性もありますが、ロープ類を持ち合わせていなかったのもあるし、事故を起こしたら先生方に迷惑をかけてしまうのでかなり緊張しました。
そんな状況だったので、bukozanさんのサポートは本当に感謝でした。窟奥の横穴も一人だったら入る勇気もなかったのかなと思います。
御嶽山座王大権現については、以前紹介した史料に「明治二年、御嶽権現、横濱講中(以下略)」と記されており、その可能性は高いです。神社内に侵入するのは流石に…なので、いつか許可をいただいて、銘文を確かめたいと考えています。
コメントありがとうございました。
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