峠山・鳥居峠 奈良井宿から薮原宿へ
- GPS
- 03:21
- 距離
- 11.4km
- 登り
- 611m
- 下り
- 613m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2021年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
問題ないが峠山への標示がないので注意 |
その他周辺情報 | 奈良井宿 藪原宿 道の駅も近い |
写真
感想
2021年(令和3年)6月1日(火)
峠山・鳥居峠 奈良井宿から薮原宿へ
2回目の峠山になる。
木祖村の「信州ふるさと120山」となっている。
このコースのメインは鳥居峠そして歴史の道探訪になるが。
当初計画は前回と反対、薮原宿から奈良井宿への歩きを考えていた。
奈良井駅発のJR列車に数分の差で間に合わなかったのだ。
1時間10分ほどで着く予定が、朝の渋滞に巻き込まれてしまった。
木曽路を車で奈良井に向かうに、奈良井駅手前で乗る予定の電車に抜かれてしまった。
そこで薮原駅まで行き、時刻表を確認すると20分後に奈良井方面への列車が来ることが分かった。
この列車がなければ薮原からの峠山往復、あるいは他の山へとも考えた。
ちょうど良い時間帯の列車がありラッキーではあった。
藪原駅9:11発に乗車し奈良井駅へ。
奈良井宿から薮原宿へと峠越えする前回と同じ行程になった。
歩き始めた奈良井宿は静寂感に包まれていた。
人通りはなく古びた家並みの間をのんびり歩くことができた。
街道の先には峠山が緑の山容を覗かせていた。
鎮神社まで来ると宿場の建物はなくなる。
疫病を鎮めるとの鎮神社にお参りし登り始める。
一端車道に出るが、しばらく行くと中山道の標示があり石畳の登りとなった。
戦国時代には勢力争いの場、江戸時代にはメイン街道としていくつかの茶屋があったという。
葬沢は武田勝頼の兵、五百名ほどの戦死者が葬られたという沢だ。
中山道の名残、一里塚跡、茶屋跡も休憩所として復元されてもいる。
鳥居峠は奈良井宿と薮原宿の間にあり戦の場として、街道の休憩地として要衝だったのがうかがえる。
この鳥居峠からさらに登ると峠山となる。
ここに峠山方面の標示がないので迷ってしまったが林道をひたすら歩くと電波塔などが建ち並ぶ山頂へと着く。
塔の横に三角点はあるが峠山の標示は見られなかった。
展望も木々そして塔に遮られ良くない。
ただ木曽谷側に坊主岳と経ヶ岳が眺められた。
鳥居峠からすると見放された小さなピークに過ぎなかったのかもしれない。
ただ電波の中継所としては価値のある頂に違いない。
山頂を後に林道を下っていると目の前に御嶽山、乗鞍岳、十石山そして鉢盛山が見られた。
鳥居峠から先大きなトチノキが見られた。
迫力ある大木、そして緑が太陽に輝きまぶしく感じられた。
御嶽山展望所のある御嶽神社へと出る。
残念ながら御嶽山は霞んでしまっていたが、遙拝所として多くの石像も安置されていた。
神社の下には丸山公園があり、芭蕉の句碑が置かれていた。
芭蕉とも縁ある土地柄、縁者もいたようだ。
薮原の街並みを眼下に見て、後は石畳の下りをしばらく下ると舗装された林道へと出た。
奈良井宿の通りに比べると昔の面影は薄い薮原宿を通り駅に出た。
今は鳥居トンネルもでき、車、電車での行き来が簡単にできるが、和宮一行も峠越えをしたという中山道を再び歩いた。
今朝も鳥居トンネルを利用し奈良井から薮原に急遽移動、計画変更して歩けた峠道だ。
ふるちゃん
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