令和五癸卯年は信濃石からスタートです。
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令和五癸卯年は信濃石からスタートです。
初日をあびるドーハン君。今年もよろしくお願いします。後ろはこれから登る御嶽山。
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初日をあびるドーハン君。今年もよろしくお願いします。後ろはこれから登る御嶽山。
普寛堂(普寛神社)に初詣です。
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普寛堂(普寛神社)に初詣です。
初日の武甲山が見えます。
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初日の武甲山が見えます。
木曽登山四十五度の「信善行者」さんにもご挨拶。
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木曽登山四十五度の「信善行者」さんにもご挨拶。
御堂の裏手を少し登ると「御嶽大神」(大正十二年、1923)
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御堂の裏手を少し登ると「御嶽大神」(大正十二年、1923)
台石には「普寛元講」とあります。
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台石には「普寛元講」とあります。
薄い踏み跡をたどって、両神山に遙拝。木々が伸びて見えにくいですが、岩場と一寸した平地があります。
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薄い踏み跡をたどって、両神山に遙拝。木々が伸びて見えにくいですが、岩場と一寸した平地があります。
山頂が見えてきました。
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山頂が見えてきました。
特徴的な石積みの上に奥社の石祠(S・42)があります。
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特徴的な石積みの上に奥社の石祠(S・42)があります。
「信濃石御嶽講」
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「信濃石御嶽講」
山名板にはキノコが生えていました。
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山名板にはキノコが生えていました。
展望は木々の間から。こちらは毘沙門山(白石山)。祠から南に下ります。
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展望は木々の間から。こちらは毘沙門山(白石山)。祠から南に下ります。
吉田丘が南に突き出た端のピークに向かって、自然石が数十mきれいに並んでいます。
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吉田丘が南に突き出た端のピークに向かって、自然石が数十mきれいに並んでいます。
地元では鳳林寺山と呼んでいる峰です。
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地元では鳳林寺山と呼んでいる峰です。
そこから少し下ったモミの巨木の所に
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そこから少し下ったモミの巨木の所に
小さな岩窟があります。ここが「さんや(三夜)様」
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小さな岩窟があります。ここが「さんや(三夜)様」
二十三夜の月待の本尊勢至菩薩坐像。今だったら春日似?かな。台座とのずれが気になります。
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二十三夜の月待の本尊勢至菩薩坐像。今だったら春日似?かな。台座とのずれが気になります。
「大勢至菩薩」石塔。台石には当所氏子銘が列刻されています。その向こうに小さな胎内潜りがあります。
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「大勢至菩薩」石塔。台石には当所氏子銘が列刻されています。その向こうに小さな胎内潜りがあります。
細身の方でないと無理かな。
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細身の方でないと無理かな。
ドーハンには問題なし。
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ドーハンには問題なし。
超久しぶりに三夜様から直下します。軍荼利(育玉)山と両神山。そして小鹿野の街並み。
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超久しぶりに三夜様から直下します。軍荼利(育玉)山と両神山。そして小鹿野の街並み。
踏み跡は残っていましたが、最後は超笹薮になりました。
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踏み跡は残っていましたが、最後は超笹薮になりました。
その途中、軍荼利山がきれいに見えました。
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その途中、軍荼利山がきれいに見えました。
笹薮を抜けた所に、「二十三夜供養塔」(宝暦八戊寅八月吉日、1758)
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笹薮を抜けた所に、「二十三夜供養塔」(宝暦八戊寅八月吉日、1758)
鳳林寺境内の「如意輪大士」、天保十四癸卯年(1843)。ちょうど180年前の癸卯ですね。
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鳳林寺境内の「如意輪大士」、天保十四癸卯年(1843)。ちょうど180年前の癸卯ですね。
山門前には六地蔵と増上寺石燈籠。
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山門前には六地蔵と増上寺石燈籠。
参道入り口の増上寺石燈籠と鳳林寺山。
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参道入り口の増上寺石燈籠と鳳林寺山。
紅梅の花と八釼神社。
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紅梅の花と八釼神社。
石燈籠と手洗石は「慶應元乙丑八月吉日」(1865)。
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石燈籠と手洗石は「慶應元乙丑八月吉日」(1865)。
神社境内に信濃石があります。高札場の上は津谷木の天狗山。
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神社境内に信濃石があります。高札場の上は津谷木の天狗山。
尾ノ内氷柱のポスター。1月8日からみたいです。
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尾ノ内氷柱のポスター。1月8日からみたいです。
こうひとつ小っちゃい信濃石もあります。
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こうひとつ小っちゃい信濃石もあります。
いつもの般若の丘より信濃石御嶽山。
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いつもの般若の丘より信濃石御嶽山。
麓の中央に普寛堂。その真上に奥社のある杜。
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麓の中央に普寛堂。その真上に奥社のある杜。
北西方面の眺め。信濃石御嶽から続く吉田丘陵から観音山への尾根。その向こうは寺平、父不見、大久保山の山稜。
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北西方面の眺め。信濃石御嶽から続く吉田丘陵から観音山への尾根。その向こうは寺平、父不見、大久保山の山稜。
北西の眺め。御嶽から続く吉田丘陵、首部沢の峰。その向こうは破風山。
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北西の眺め。御嶽から続く吉田丘陵、首部沢の峰。その向こうは破風山。
東はヨウバケとハサミバケ。ピークが天狗山かな。
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東はヨウバケとハサミバケ。ピークが天狗山かな。
日影の霜に凍えるパレオファミリー。
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日影の霜に凍えるパレオファミリー。
所変わって、県道43号皆野荒川線品沢の(ヨウバケ)展望台入口から入ってすぐ、旧県道の道標があります。
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所変わって、県道43号皆野荒川線品沢の(ヨウバケ)展望台入口から入ってすぐ、旧県道の道標があります。
その旧県道のちょい上が展望台。と言っても簡単な柵があるだけですが・・・
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その旧県道のちょい上が展望台。と言っても簡単な柵があるだけですが・・・
ヨウバケの眺め。その縁を辿って行きます。
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ヨウバケの眺め。その縁を辿って行きます。
少し急な下り。絶対に左には転げないように注意です。
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少し急な下り。絶対に左には転げないように注意です。
崖面と城峯山
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崖面と城峯山
信濃石御嶽山、吉田丘陵越しに辺見尾根〜両神山の眺めが素晴らしい。
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信濃石御嶽山、吉田丘陵越しに辺見尾根〜両神山の眺めが素晴らしい。
崖上のある不動明王「嘉永七甲寅年十月四日」(1854)は
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崖上のある不動明王「嘉永七甲寅年十月四日」(1854)は
「此所 捨命」ここで亡くなった方の墓碑のようです。
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「此所 捨命」ここで亡くなった方の墓碑のようです。
崖下を望む。かつて「化石園」キャンプ場等の施設がありました。
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崖下を望む。かつて「化石園」キャンプ場等の施設がありました。
小鹿野二子山の頭が見え始めて、マイフェイバリット3山です。
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小鹿野二子山の頭が見え始めて、マイフェイバリット3山です。
こちらは先程の般若の丘と伊豆沢尾根の峰々、そしてどっしりした山容の和名倉山です。
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こちらは先程の般若の丘と伊豆沢尾根の峰々、そしてどっしりした山容の和名倉山です。
その和名倉から両神山。大きく蛇行する赤平川の様子もうかがえます。
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その和名倉から両神山。大きく蛇行する赤平川の様子もうかがえます。
♬雄々し両神 (気高き武甲・・・)
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♬雄々し両神 (気高き武甲・・・)
ヨウバケの地層。果てしない時間の積み重ねですね。
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ヨウバケの地層。果てしない時間の積み重ねですね。
ウスタビガの落ち繭。今季はまだぶら下がりには出会ってません。
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ウスタビガの落ち繭。今季はまだぶら下がりには出会ってません。
天狗山「弁天」380.25 m四等三角点
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天狗山「弁天」380.25 m四等三角点
八人峠入口にある案内図。
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八人峠入口にある案内図。
「→品澤ヲ経テ小柱皆野村方面行/←横峠ヲ経テ長若村小鹿野町方面行」(昭和三年十二月十日、1928)(大田村在郷軍人分會第二班建設)
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「→品澤ヲ経テ小柱皆野村方面行/←横峠ヲ経テ長若村小鹿野町方面行」(昭和三年十二月十日、1928)(大田村在郷軍人分會第二班建設)
「八人峠ヲ経テ下吉田村札所三十三番」(御大典記念 寄所 上原道浩)
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「八人峠ヲ経テ下吉田村札所三十三番」(御大典記念 寄所 上原道浩)
駐車地の南は小鹿野両谷城跡のある峰です。
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駐車地の南は小鹿野両谷城跡のある峰です。
ヨウバケの崖下です。
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ヨウバケの崖下です。
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あの崖上を歩きました。
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あの崖上を歩きました。
「太陽のあたる崖」。数年前にはこの崖面を使ったプロジェクトマッピングのイベントもありました。
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「太陽のあたる崖」。数年前にはこの崖面を使ったプロジェクトマッピングのイベントもありました。
化石館横にかわいいパレオ君たちがいました。
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化石館横にかわいいパレオ君たちがいました。
所変わって、両神探検隊の初山行です。釜の沢の亀岩の背中を登っています。
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所変わって、両神探検隊の初山行です。釜の沢の亀岩の背中を登っています。
城峯山から小峰山〜破風山の皆野アルプス
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城峯山から小峰山〜破風山の皆野アルプス
笠山〜横瀬二子山遠景
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笠山〜横瀬二子山遠景
松の枝を慎重に超えて、亀の頭へ。
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松の枝を慎重に超えて、亀の頭へ。
酉谷山と熊倉山方面の眺め。まさか亀岩の上に立てるとは思ってもいませんでした。
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酉谷山と熊倉山方面の眺め。まさか亀岩の上に立てるとは思ってもいませんでした。
武甲山と対峙するチー様。
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武甲山と対峙するチー様。
亀岩を下から。ほんと亀の首みたい。
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亀岩を下から。ほんと亀の首みたい。
子亀みたいな岩もありました。ちょっと苦しいかな(笑)
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子亀みたいな岩もありました。ちょっと苦しいかな(笑)
亀岩の展望所より。いつもは見てるだけでしたが、まさかさっきまであの上にいたとは信じられない。
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亀岩の展望所より。いつもは見てるだけでしたが、まさかさっきまであの上にいたとは信じられない。
絶妙なバランス。ちょっと屋久島チックですね。
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絶妙なバランス。ちょっと屋久島チックですね。
今日は朝からほんとに穏やかな元日になりました。
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今日は朝からほんとに穏やかな元日になりました。
毘沙門山と小鹿野二子山の眺め。
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毘沙門山と小鹿野二子山の眺め。
和名倉あたりに陽が沈むようです。さすがに夕刻になって風が出てきました。
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和名倉あたりに陽が沈むようです。さすがに夕刻になって風が出てきました。
リサイクルな石祠ですが、しっかりお飾りされています。
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リサイクルな石祠ですが、しっかりお飾りされています。
中ノ沢の頭
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中ノ沢の頭
竜神山
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竜神山
鉄塔ピークを経て、
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鉄塔ピークを経て、
みゆちゃんのウサちゃんです。
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みゆちゃんのウサちゃんです。
夕刻の秩父の峰々
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夕刻の秩父の峰々
癸卯年の兎岩。これは幸先いい山行になりました。私には兎に見えます!(笑)
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癸卯年の兎岩。これは幸先いい山行になりました。私には兎に見えます!(笑)
冬場、風がなく穏やかなのは助かりますね。
崖上の不動明王、この崖から捨身をして亡くなった行者がいらしたということなんでしょうか💧
当時の人達が大変苦しくて、それを救済する為には、人々が贖わなければならない罪や苦しみを、自分が背負って捨身せねばならないとした行者がいらしたのだろうかと、ズシンときました。
石に会うとすごく嬉しいのですが、この石を建てるには、想像が及ばないぐらい大変なことがあったのだというのが、すごく堪えることがあります。
活動的なので、すっかりお元気かとおもいきや、腰に心配があったのですね。お大事にして下さいね。
umiminさんの感性にはホント優しさが身に染みるものがあります。この不動明王についてもう少し詳しくお話しすると、女性の戒名があり、「行年十七歳」とあります。きっと若い娘さんが何か悩むところがあって、ここから身を投げたのだと思われます。どんな事情があったかは判りませんが人生これからという時に自ら命を絶ったという事実は悲し過ぎますね。また、施主はおそらく親御さんだと思われますが、その心境も計り知れないものがあります。初めてこの不動像を見つけた時はこおどりして喜んだのですが、銘を読んで複雑な気持ちになりました。ただそれはそれとして不動様にはこれからも風雨に耐えて末永く頑張っていただきたいと手を合わせております。
それから私の身体の具合までご心配いただきありがとうございます。それでは。 godohan
あえて細かいところをあげていなかったのに、説明させてしまって、申し訳ありません。
若い娘さんだったのですね。余計にしんどいですね。
お不動様を見つけていただき、手を合わせていただき、娘さんにも親御さんにも心を寄せていただけたこと、本当によかったです。娘さんにも親御さんにもよい供養になったと思います。それが出来たのも、お不動様を見つけただけでなく、しっかり読み取ったからこそですね。私も、出来るだけ読まなくては。
忘れないこと、二度と繰り返させないこと、その為にも、お不動様には頑張っていただきたいですね。
このお不動様だけでなく、みんなみんな頑張って残って伝えていただきたいですね。
全くその通りですね。路傍の野仏もただ漫然とそこに有るわけではなく、百年以上もの星霜の中、日々の雨風に耐え、あるいは廃仏毀釈や土地開発等の波を逃れてそこに有ると思えば感慨もひとしおです。さらに未来永劫残るものではないので、今見ておかないと、という気持ちでおります(ちょっと大げさですね)。銘文も読んでもらいたくて、それを伝えたくて彫ってある、と勝手に解釈しています。先人の残した思いを些少でもお伝えできればと、僭越ながら思っております。
釈迦に説法でしたね(笑) お互い今年も素晴らしい出会いがあるといいですね。では。godohan
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