塩見岳
- GPS
- 32:00
- 距離
- 24.5km
- 登り
- 2,148m
- 下り
- 2,149m
天候 | 3日:晴れのち曇り、4日:小雨 |
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過去天気図(気象庁) | 2023年10月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
写真
感想
この夏には御嶽山、北穂高岳から大喰岳までを登り、未踏の3000m峰は塩見岳のみになっていた。来年の楽しみにと思っていたが、秋の他の山の企画がうまくいかなかったので、これを繰り上げて実行することにした。最後まで残ったのは、車の運転がすごく好きな訳ではない私には「遠い」感が否めないためだが、もう臨時バスもなく、時間に束縛されるのも嫌となれば、覚悟を決めるしかない。三伏峠小屋も営業終了しているので、塩見小屋まで行くために前日に登山口まで入っておくという計画で実施に至った。
10月2日(月)
伊那谷を訪れるのは、忘却の彼方も含めて4回目である。車窓からは南アルプスの主峰群と思われる青い山体が垣間見えるが、雲をかぶっているのでどれと特定できなかった。松川町は、若い頃に多大な影響を受けた本多勝一氏が今も在住のはずと左右を見ながら走るが、田舎だという以上の感想はなかった。小渋ダムの周辺では、カーナビの画面では湖の畔を走っているのに、見えるのは一面の砂利の原と濁った流れだけ。水位が下がっているとはいえ、この川の荒れ川ぶりは尋常ではない。リニアの工事関係か、多数のダンプが往来している。いよいよ鳥倉林道に入る。すれ違いは苦手なので緊張したが、平日なので下りてくる車はいくらもなかった。(行程の8割くらいはすれ違い可能である。)自宅からほぼ7時間かかって、16時過ぎにようやく第一駐車場に到着。十数台が駐車していたが、人けはなく、静かな夜を過ごすことができた。
10月3日(火)
鳥倉林道駐車場4:55〜豊口山間のコル6:51〜三伏峠8:47/9:10〜塩見小屋12:18/13:00〜塩見岳東峰14:06/14:35〜塩見小屋15:25
月明かりの下、ヘッドランプで駐車場を出発。尾根を廻りこむとバス停の横に登山道の入り口がある。南アルプス、特に中南部は本当に久し振りなので感慨深い。カラマツ林の中をジグザグに登っていく。背後にいくらかオレンジ色に染まった朝の空が覗く。小尾根の上に出ると右にトラバース気味の登りとなる。鳥の声もない静かな道だ。道標のあるコルから今度は尾根北面のトラバースとなる。針葉樹の落ち着いた森の樹間からは中央アルプスや、乗鞍から槍穂高の稜線が青く望まれる。中アの百間ナギの雪渓と見紛うような白い大崩壊が目を引く。何回か短い桟道を渡るが、谷側に傾いているのもあり、濡れている時は要注意だ。水場を過ぎ、ルンゼというほどでもない小沢を渡ると、峠に向かい傾斜が増す。森の味わいを慰めにしばらく地道に登って行けば、「あと200歩」の標識を見て三伏峠の小屋が目に入ってくる。
小屋は既に閉じていて、塩見から下りてきた方が二人ほど通過した後は静寂の中ゆっくり休憩する。中高時代の山岳部の近い先輩たちが北岳からここまでを踏破しており、峠の看板を眺めながら思いにふける。この峠まで登り着いたとしても、この先の人里は遥かに遠く、なんと大変な峠道なのだろうと思う。スマホをいじってみたらネットが通じ、翌日の天気が良くないことが分かったので、今日中に頂上を往復することも念頭に、少し気合を入れて出発した。ひと登りでハイマツの稜線となり、丸兜のような塩見をはじめ、仙丈岳、白根三山、後方には悪沢岳?らしい頭がずらりと登場し、実に気分が盛り上がる。塩見の山腹は緑のハイマツ帯とその下のいくらか黄色がかった岳樺帯がくっきりと分かれていて面白い。
一旦下り、本谷山への登りにかかる所はバイケイソウの立ち枯れた茎が点在する裸地になっており、これが鹿の食害跡なのだろうか。本谷山は頂上だけがハイマツに囲まれているが、すぐに低い針葉樹林になる。黄色やオレンジのナナカマドが交じり、秋の風情が漂う。だらだらと下った広い鞍部でルートは90度右に曲がるのでテープに注意する必要がある。再び落ち着いた針葉樹林の緩やかな道を、そろそろ疲れを感じながら黙々と歩く。「小屋まであと40分だに」の標識からいよいよ本体の登りにかかる。意外に早く尾根状になり、森林限界を抜ければ、間の岳や農鳥岳へ続く大きな尾根が左手に広がり、南アルプスのスケールの大きさが胸に迫ってくるようだ。後ろには過ぎてきた山々もはるかに遠ざかり、右手の斜面は岳樺の葉が遠目に見たよりも鮮やかな黄色に輝いている。景色を楽しんでいるうちに、塩見小屋の案内が現れ、すぐに尾根の左に隠れているような小さな小屋に辿り着いた。
時間と余力があったので、頂上を目指す。ハイマツの尾根からは、南アルプスの北半分と南半分のジャイアンツが左右に見渡せるほか、北ア、中ア、御嶽山、恵那山、蓼科山から赤岳、奥秩父まで眺望が広がり飽きる暇もない。天狗岩の小ピークを越すと、眼前に本峰が岩の塊となって立ちはだかる。上部には鎖も付いているが大したことはなく、頂上の標識が目に飛び込んできた。より高い東峰はすぐ先だ。目の届く範囲に人間はおらず、うねるような主稜線はうら寂しい枯草と岩の灰色の世界だ。最初の3000m峰は、中学3年生の夏合宿で踏んだ、聖岳、赤石岳、荒川三山だった。半世紀近くを経て、最後の3000m峰から、もう歩けそうにない二軒小屋への大下り、転付峠への道を目で辿り、懐旧にふけってしまう。
天気予報のとおり、頭上の青空は消え、遠方や周囲の山にみるみる雲がかかり出した。去らなければならない。この歳になると、「いつでもまた来よう」でなく、「もう来られないだろう」が気持ちのデフォルトになってしまう。感傷を込めて三角点の標石とハイマツに最後のタッチをして頂上を後にした。下り始めると急に左膝が痛み始め、翌日の長い下りが不安になる。小屋に着き、尖った塩見のピークを眺めながら、この時はまだのんびり気分でビールを飲んだ。
夕食は私ひとり。他に4人の予約があったが、天候予測でキャンセルになったとのこと。明日はみぞれ交じりになるかも、と聞いて一層不安になる。三伏峠までほとんど高度を下げることができない。膝の不調でさらに時間を要したら、疲労凍死となりかねない。いざとなれば見栄を張らずもう一泊だと自分に言い聞かせ、不安と後悔の中で寝袋にもぐり込んだ。
10月4日(水)
塩見小屋6:30〜三伏峠9:10/9:25〜鳥倉林道駐車場12:25
0時頃、屋根を叩く雨の音で目が覚めた。断続的な土砂降りが朝まで続いたが、明け方いくらか治まってきたのでスマホを覗いてみると、強い雨雲は東に抜けたようだ。ラッキー!の一言。入念に防水を整え直して小屋を出る。気温はさほど低くなく、周りの山は見えないがガスはかかっていない。これなら行けそうだ。転倒負傷しないよう、また膝に負担をかけないようゆっくり歩く。ポツポツと雨粒か、樹から落ちる水滴かの音を聞きながら、しみじみと雨の山を味わう余裕もでてきた。草紅葉や苔の緑が濡れて一層鮮やかだ。
本谷山の登り返しはだらだらと長く気が滅入るが、後は順調に三伏山の最後のハイマツに別れを告げ、峠の小屋に到着した。生還が見えてホッとする。峠からの急な下りの途中から、また膝が痛み出した。脚をかばいながら、長い長い前日のルートを再び淡々と辿る。ようやく林道に下り着き、素直な達成感ではない微妙な感情を味わった。
〔総括〕
1シーズンで残っていた3000m峰を全て終了したのは、身体に負担をかけたかもしれないが、来年が必ずあるわけではない年齢なので、頑張って良かった。山登りをする者としては、必須の課題を終えたようなスッキリした気持ちはある。のだが・・
今回は天候判断に誤りがあり、計画としては失敗だった。「山の天気予報」サイトで当日、翌日の予報は追っていたが、2日月曜午後に林道に入りスマホが使えなかったため、火曜日までの好天の予報しか見ていない状態だった。水曜日に関しては予測天気図で降水も予想されていたのだが、大したことはないだろうと、おそらく計画を中止したくない無意識のバイアスから決めてかかってしまった。
水曜日未明の強雨が数時間ずれたら、下山困難あるいは遭難に至る可能性があり、本当に運に助けられた。濡れても大丈夫な季節、場所ではないのだから、天候に関しては徹底した情報収集と慎重な判断をすべきだった。10月上旬のアルプスでは天候不順による中高年登山者の遭難事例は多くあり、頭では分かっていたつもりが、自分が嵌ってしまい、大変悔しい。身体のみならず、山に向かう姿勢が衰えていたのではないか、改めて反省しないとこの先はないと痛感している。
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