赤城山: 黒檜山〜地蔵岳〜長七郎岳周回
- GPS
- 07:52
- 距離
- 13.1km
- 登り
- 1,027m
- 下り
- 1,021m
コースタイム
- 山行
- 6:20
- 休憩
- 1:31
- 合計
- 7:51
天候 | 早朝は晴れ、その後曇り、午後に再び晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2018年02月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
小地蔵岳の北斜面にはルートなし。 ほとんどのコースはトレースが踏み固められている。詳しくは感想をご参考にに。 大沼の横断はあくまで自己責任ということで、 |
写真
感想
今回は、東京への出張のついでに赤城山に登ることとした。ヤマレコでも数多くの方がレコを挙げられているが、この人気の高い山に登るなら厳冬期、それも人の少ない早朝からと以前から心に決めていた。出張先に預けておいたリュックの他にテント、シュラフ、スノーシューなどを回収するが、ネクタイ姿でこれらの装備を携行するのは奇天烈以外の何者でもない。高崎駅の近くでスタッドレス、四駆のレンタカーを借りて一路、赤城山を目指す。途中で食料品を調達し、赤城山のキャンプ場に着いたのは既に17時近くであった。この冬のさなか、キャンプをされる方はあっても他に二、三組と思いきや、驚いたことに駐車場にはかなりの車が停まっており、ざっと見渡しても十張り以上のテントが張られているではないか。
美しい夕景を期待していたのだが、大沼の対岸にある地蔵岳も、赤城山最高峰の黒檜山の頂きはいずれも雲の中だ。ちらほらと雪もちらつく。テント場にスペースを見つけて早速、テントを張ることに。隣のテントの若い男性二人組に挨拶すると、純粋に冬キャンプを楽しみに来たとのこと。多くのテントでは外で薪を燃やしており、凍てついた空気の中に炭の匂いが漂う。
夜半にテントの外に出てみると月が煌々と輝き、樹々に落とすシルエットが何とも美しい。月が出ているにもかかわらず、多くの星も見える。勿論、黒檜山や地蔵岳も山頂まで晴れているようである。
朝4時に起床して、準備にかかる。月は既に沈み、まさに星降るが如くに、多くの星が輝いてる。最近、山の中で泊まる度に天候に恵まれておらず、久しくこのような星空を目にしていなかったことに思いあたる。テントを撤収し、いざ車を出そうとすると、フロントガラスが完全に氷ついており、前が見えない。普段は水で溶かすのであるが、今日は水は極めて貴重である。やむなく車内の暖房である程度、溶けるのを待って出発。黒檜山の登山口を通ると男性一人が準備を初めて登り始めるところだった。駒ヶ岳から
おのこ駐車場に着いたのは5時半を過ぎてしまっていた。御来迎を拝むには完全に出遅れてしまっている。
暗がりのせいもあり、駒ヶ岳への登山口がわかりにくい。登山路は途中までは踏み固められたトレースであるが、昨夜の風雪のせいでトレースは雪に埋もれ始める。朝日を拝める尾根に辿り着いた時は空は完全に明るくなっていたが、関東平野の東の方には雲がかかっている。その雲から霞んだ空に陽が昇りつつあるところだった。
ここからは展望のきくなだらかな尾根を駒ヶ岳にむかってゆっくりと登っていく。有難いことに風雪がトレースをほぼ完全に埋めてくれている。しかし、赤城山の名物ともいえる霧氷を纏う樹々は全く見当たらない。
黒檜山への登りの途中で、早朝に登山口で見かけた男性とすれ違う。黒檜山への登りは踏み固められ、ガチガチに凍てついていた。何もつけなくても登れる程度であるが、下りで使う可能性が高いと思い、ここでチェーンスパイクを装着する。黒檜山の山頂近くになるとようやくわずかに霧氷を纏う樹々が現れた。霧氷を目当てに登ってきたわけではないのだが、些か拍子抜けした感は否めない。黒檜山の山頂標には北側にヴューポイントとあるので、そこまで行こうとすると、驚いたことに東側の斜面は霧氷の樹々。しかもほとんどが白樺の樹に思われる。思わず写真を撮りまくり、かなりの時間を費やしてしまう。頂上を辞そうとする頃になって若い女性3人組が賑やかな話し声と共に上がって来られる。下りになると、いままでの静寂とはうってかわり、驚くほどの数の登山者だ。多くの方が12本爪のアイゼンを付けておられるのも驚きだ。
尾根からは大沼の見晴らしが良好だ。沼の上に突き出た赤城山神社の朱色が鮮やかである。それ以上に目を奪うのはビジターセンターのあたりの沼の上に並んだ色とりどりのテントである。冬の赤城山の風物詩、ワカサギ釣りの人達のものであろう。
登山口に下りてもこれから登らんとする多くの登山客で溢れかえっている。スノーシューを出しておられる女性の二人連れに、使う機会がなさそうですと余計な口を挟む。赤城山神社から大沼に出てみると、沼の上には厚く雪が覆っており、歩くのに遜色なさそうだ。
地蔵岳の登山口のある赤城山少年自然の家を目指して大沼を横断する。赤城の山々を見渡す沼を横断するというのは、なかなか出来ない体験である・・・される方は自己責任でお願いします。
少年自然の家に着くと、こちらは冬の野外学習に来れれた小学生達が丁度、出発するところのようだ。賑やかな小学生達をよそに地蔵岳の登山口に取り付く。こちらはワカンのトレースがあるものの、明らかに今朝のものではない。尾根の始点で?からのルートと合流すると、ここからはトレースはほぼ完全に消えている。スノーシューを装着し、白樺の林の中をトレースを自在につけながら登っていく。先程の喧騒が嘘のような静けさである。傾斜が緩くなると途端にトレースが出現して驚いたが、風の通り道が決まっているということだろう。
地蔵岳の山頂は静かと思いきや、既に数組がおられた。いずれも八丁峠から登ってこられたようだ。先に山頂で休んでおられた若いご夫婦とお話しさせて頂くと、「縦走される方は駒ヶ岳、黒檜山と登ってから大沼を渡ってここまで来られる、さらにこの先の長七郎岳に行かれるそうですよ」「まさにそのルートを来たのですが」と応えると吃驚される。
地蔵岳の山頂付近にはいくつものパラボラ・アンテナが林立し、異様な光景だ。頂上の東端からは雪で覆われた小沼が可憐な姿を見せ、白色の液体を注ぎ込んだかのようである。昼食とするが、後からも続々とと登ってこられる。たまたまかもしれないが、黒檜山ではほとんど見かけなかったスノーシューを装着されている方がとても多いことに驚く。下りに入るとさすがに多く登山客が往来したためであろう、踏み固められたトレースとなっている。スノーシューの出る幕ではないと思われ、リュックの背後に括りつけたまま、一気に八丁峠まで下る。
いよいよ、最終章の長七郎岳である。まずは小沼のほとりに出る。心なしか、大沼よりもシュカブラの紋様が顕著なようだ。沼の上につけられたトレースを追って、南端にある水門を目指して歩く。水面が近いのであろう、トレッキング・ポールの先に氷があたる。水門からは山頂にかけて、緩やかな登りであり、人気のハイキング・コースらしい。登山路はやはりしっかりと踏み固められている。この小振りの山は人気ないかと思いきや、豈図らんや、山頂にはやはり多くの人が寛いでおられる。いつしか、空には蒼空が戻っていた。しかし、春霞のせいであろうか、関東平野は相変わらず薄墨色の靄がかかったようである。左手に地蔵岳の端正な容姿を眺めながら、なだらかな尾根を行くと小地蔵岳だ。山頂は展望はないが、
ここから、八丁峠に戻ろうかとも考えたが、折角、携行したスノーシューを少しは活躍させる場が欲しい。ルートのない北斜面を下ることとした。当初、斜面を下る方向を見誤り、北に下りはじめるヤマレコ の足跡を参照すると北東の鳥居峠に向かうのがよいことに気がつき、斜面をトラバースしてルートを修正。深い雪の急な斜面のトラバースは、スノーシューの得意とする局面ではないが、それでも携行した甲斐があったというもの。すると、雪に埋もれているものの、下から登ってきたものと思われるトレースの跡を見つける。それも数本。さすがである。
鳥居峠からは覚満淵に降りる。沼のはたでは男女のペアが昼休みを取られているようだが、ここはビジターセンターに近いにもかかわらず、静かで長閑な光景だ。ここも沼の中を歩かせて頂き、車路に出ると、すぐに車を止めたおのこ駐車場に帰り着く。朝、車を停めた時には他には車はなかったが、満車に近い状態であり、下山された登山客達が続々と到着する。わずか、しばらく前に通過してきた覚満淵の非現実的な情景から道路一本を境に現実的な世界に舞い戻った感じがする。
赤城山の賑わいもさることながら、とりわけ印象深かったのは、早朝の駒ヶ岳から黒檜山の稜線、地蔵岳のノートレースの北斜面、大沼、小沼の横断、小地蔵岳から覚満淵への下りといった、人とほとんど出会わない静かなところであった。人の少なさというのは山の魅力における大きな要素なのだろうと改めて再認識した山行であった。
明後日からは海外出張であり、暫しの間、日本の冬山とお別れだ。京都に戻ると小雨と共に生暖かい風がそよいでいる。帰国する頃には春めいていることだろうか。
いつも表現が美しくて、やまねこさんの世界に吸い込まれていきます。小説家みたい…
私の長い文章は読むのに辟易される方も少なからずいらっしゃることと思いますが、こちらこそ、このレコに最後までお付き合い下さり、こうしてコメントまで頂けますこと、感謝しております。次は異色のレコになると思いますので、乞う御期待です。
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