堂津岳
- GPS
- --:--
- 距離
- 16.9km
- 登り
- 1,034m
- 下り
- 1,034m
コースタイム
- 山行
- 9:40
- 休憩
- 1:20
- 合計
- 11:00
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2018年05月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
長野市内から国道406号線を鬼無里へ。 鬼無里の信号から3分ほどで奥裾花自然園への県道435号線が右に分岐(信号無し) 早朝は入園料金徴収員不在でした。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
コース全体の7〜8割は雪の解けた地面を歩きましたので、ジャンルは無雪期としました。 稜線へ上がった地点から標高約1750mまでは灌木とチシマザサの薮ですが、幅広く刈り払いされ、分かりにくい所はありません。 ただ、ササの切り株が非常に多くて歩きにくいです。 1750m付近から地相は一変し、1780m付近までは急なやせ尾根で、木も草もなく掴まるものがない区間もあります。地面は草木のない東側に傾いていて、歩き損ねたらずっと下まで転落するでしょう。 1780m付近から1810m付近までは灌木主体で視野の得られる薮、そこから上は頂上まで背丈を超える激藪でしたが、途中から尾根東側の残雪が頂上までつながっていました。この残雪に急斜面はなく、アイゼンなど滑り止めは不要でした。 危険個所としては自然園からの稜線直下で、雪庇崩れの雪壁(高さ2〜3m)の登降と、前述の草木のないやせ尾根の通過です。 奥西山は山らしくない稜線上の一地点ですが、三角点が登山道の真ん中にあり、見逃すことはないでしょう。 そこから堂津岳方面は地形図を見て分かる通り複雑で、現地は多重山稜でした。 夏道は目印が多く、尾根を東へ西へと渡る形ですが、この時季は残雪上を歩いた方が早いため、夏道に溜まった落葉は蹴散らかされている感じではありませんでした。 私はルート調査の意味もあり、帰路は忠実に夏道を辿りました。 自然園から稜線へ上がった地点と堂津岳基部との標高差は100mもなく、小さなアップダウンを延々と繰り返すことになります。 尚、クマの生息密度は高くないようで、クマ棚はどこにも見当たりませんでした。 各地点の標高 登山口=約1140m 自然園の休憩舎=約1250m 稜線へ上がった地点=約1580m 奥西山=1616.5m 堂津岳基部=約1670m 堂津岳=1926.8m 山地図(山と高原地図)の標準コースタイム 上り=5時間 下り=4時間 |
写真
感想
奥裾花自然園のある長野県上水内群鬼無里村は、平成の大合併で2005年1月から長野市の一部となっています。
南北に長い長野県の多くの登山拠点として、奥裾花へ入ったのは長野県では最後でした。
初めて入ったのは2009年11月で、中西山のみ登り、下山後は一夜山と虫倉山へ行きました。その当時、稜線上の中西山と奥西山の分岐には゛登山道開設中 立入禁止”と表示され、テープで遮断されていました。
当時はまだ信州百名山完登は目指してなく、目指し始めたのは翌年からでした。
翌2010年、堂津岳への登山道はまだ開設中らしく、一回目の堂津岳は冬季閉鎖が解除されたGW、残雪を利用しての登頂でした。
この時に撮って今も保存している写真は北信方面だけで、北アルプスなどは一枚もありません。
事前の天気予報で長野県は晴れだったのですが、当時はまだ山の天気は参考にしていませんでした。登頂時、妙高方面はまずまずの展望でしたが、北アルプスには雲が掛かり、後立山連峰は全く見えませんでした。
下山した頃には小雪が桜の花びらのように舞っていました。
北アルプスも何枚かは撮ったはずですが、永久保存するほどの見栄えはしなく、バックアップする際に削除したと思います。
2010年GWのタイム
奥裾花観光センター発4:55 堂津岳7:45〜8:15 下山11:10
歩行時間=5時間20分 休憩=55分 計=6時間15分
一度行った山は二度、三度とはなるべく行かず、その分 未踏の山を目指すのが私の山のポリシーですが、堂津岳へ再び足を向けさせたのは合ノ峰から眺めた美しい稜線でした。
多くの登山者の共通点として、登った山から見えている未踏の山や稜線を歩いてみたいと思うのはごく自然なことです。
まだ下山する前から多くの登山者が、次はどこの山へ登ろうかと思案しているはずです。
山の茜を顧みて 一つの山を終りけり
何の俘(とりこ)のわが心 早も急(せ)かるる次の山
深田久弥の生地、石川県大聖寺にある『山恋いの碑』の碑文です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
11日(金)午前1時半頃家を出て、奥裾花観光センターには丁度良い夜明けに着きました。
愛知県ナンバーの先行車が一台あり、私が身支度をし始めた際、その人達も下車して支度に取り掛かりました。少し話しかけると、やはり堂津岳とのこと。
私が一足先にスタートしました。
(途中では行き会わず、引き返した跡がありましたが、下山時はまだ車がありました。もしかして稜線からの下降点を間違え、下山が遅くなったのかも知れません。結局、当日の堂津岳は私以外に登山者はいませんでした。)
車道の西岳展望地では逆光で薄暗く、上空はこの時刻特有のグレー色でした。
稜線までは明瞭なトレースがあり、途中で斜面がやや急になった所でチェーンアイゼンを装着しました。
残雪がとても多い年は堂津岳に近い北寄りの稜線に上がれますが、雪解けが進むとそのトレースは使えないほどの激薮です。
稜線直下は雪庇が崩落し尽くした雪壁でした。滑っても下まで滑落することはありませんが、冬季閉鎖解除後に初めてトレースを付けられた方には難儀だったと思います。このトレースでは、雪が消えた所に夏道が出ており、薮は全くありません。
雪壁は手がかりがなく、上りより下りが心配で、人によっては稜線の立木にロープを張って降りれば簡単でしょう。
稜線は幅広く綺麗に刈り払いされていますが、成人の親指ほどもあるネマガリタケの切り株が非常に多く、とても歩きにくいのが実情です。転んで切り株に頭をぶつければ、かすり傷では済まないかも知れません。
8年前には往復6時間15分でしたが、今回は11時間も掛かりました。
膝の不調のほか、持病の関係でふらつき易い傾向があり、
山頂からの下りで、掴まるもののない急なザレ状のやせ尾根では、ほとんどしゃがみこんだ体勢でした。安全圏まで下った時には大きなため息が・・・・・
前回の2010年もこのやせ尾根は地肌が出ていました。
堂津岳に登山道が開かれ、無雪期には登頂困難な信州百名山はなくなりました。
残雪期に行った方が断然早いですが、折角開かれた登山道も長年利用者がないと自然に還ります。登山道を維持するためにはできるだけ多くの人が歩くべきであることは言うまでもありません。
山頂からの下りで、三角点から下へしばらくの間は背丈をこす薮ですが、よく踏まれた道形があり、刈り払いされたとしても、ここでは切り株は問題なさそうです。
その下は小さな灌木のやせ尾根ですが、灌木以外に掴まるものはなく、ここは現状維持が望ましく、さらにそれから下がルート上で最も要注意の裸地のやせ尾根です。
多重山稜でも尾根上に水場はなさそうで、登山適期は日の長い夏場〜初秋です。
ザックに少し多めの水や食料を詰め、一部を登山道沿いにデポするか、急登が始まる地点で必要最小限の物をサブザックに詰め替えて頂上へアタックするのも一考でしょう。
薮山の体験者には言わずもがなですが、着ている物もザックもゴミだらけ、鼻水もどす黒く汚れています。
多くのゴミを吸い込むことになりますから、マスクも役立ちそうです。
下山後は車に乗り込む前に、人目を忍んで肌着以外を着替えました。
平日ですが、自然園には大勢の観光客が来ていました。午後3時を過ぎても大きな団体風の一団が自然園へ向かっていました。
持久力的にはまだまだ歩けそうでしたが、「近道」に敷設された木段や神社の石段は交互に足が出せないほどの痛みでした。
短い橋の上では対向して来たシャトルバスが、橋の手前で止まりました。
私が橋を渡り終えるまで待って下さいましたが、小走りにびっこを引く姿がバスドライバーにはどのように映ったでしょうか?
四阿山の米子瀑布駐車場でも経験したことですが、紅葉期の交通規制を知らずに進入した私に対し、地元の関係者はとても温かい心で対応してくださいました。
観光客(登山者を含む)など外部から来る人に対してとても親切であることは、その観光地そのもののイメージを高めることでもあります。
その意味においても、奥裾花自然園は素晴らしい所だと感じた次第です。
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する