西穂高岳(過去レコです)。
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- GPS
- 32:00
- 距離
- 7.6km
- 登り
- 877m
- 下り
- 878m
天候 | 晴れ。 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2007年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
ケーブルカー(ロープウェイ/リフト)
|
コース状況/ 危険箇所等 |
西穂独標の先、危険個所は一杯あります。 |
写真
感想
2007年9月23日(日)と24日の秋分の日の休日を利用して、西穂に登ることにした。
7時に出発し、東海北陸道をひた走り高山に向かう。清見ICから高山に行き、時間はたっぷりあるので神岡経由で新穂高に向かうことにする。ゆっくり走っても、12時前には新穂高の第二ロープウエイ駐車場に着いた。ロープウエイのレストランで昼食時、山に登る時にはアルコールは飲まないという掟を破って生ビールを一杯。120人乗りのゴンドラは、酔いが醒める間もなく7分で西穂高口まで運んでくれる。12時50分、ザックを背に階段を下り、観光客で賑わっている千石園地遊歩道に入る。避難小屋で登山届けに必要事項を記入する。「これより登山道、登山装備されていない一般のお客様は立ち入らないで下さい」と書かれた登山口に入ると、観光客の姿は無くなり静寂が広がる。間欠性跛行の症状すなわち右下肢のシビレが出現し、じきに汗が出てきて心臓が脈打つ。いつもの歩き始めの症状だが、今日はとくにビールの負荷が堪える。下肢のシビレは間もなく消失するが、ビールはなかなか出切らない。下ったり登ったり、途中、ロープウエイへも西穂山荘へもどちらも1500mの中間地点で、丸太に腰をおろして小休止。下る人、登る人、大勢の人が行き交うのを眺めながら水分を補給する。ここからはもう登り一辺倒になり、結構な急坂を喘ぎながら登る。前方に小屋の屋根が見え、14時10分に本日の宿泊先である西穂山荘に到着した。テン場にはカラフルなテントが立ち並び、小屋の前の広場では大勢の人達がそれぞれのグループごとにかたまって、食べたり飲んだり話しをしたり、大賑わいである。受付を済ませると部屋まで案内してくれ、昨晩は今日の倍の宿泊者で混雑し、布団1枚を2人で使う状況だったと云う。今日は各自それぞれ布団があり、余裕で寝ることが出来そうである。あてがわれたのは8人部屋で、ほかの客はまだ誰も到着していないので、隅の一角の特等席に布団を敷いておく。着替えを済ませて外に出て、ベンチにまたがって生ビールを飲む。足りずにさらに缶ビールを空ける。寒くなったので中に入り、食堂で山の写真集を見ながら時間を潰すも夕食にはまだ早い。部屋に戻ると他の6人が横になって、中にはイビキをかいている者もいる。眠気が襲ってくるのを我慢して5時半からの夕食まで何とか持ち堪える。食べ終わって部屋に帰り再びブランデーを飲み、7時前にはもう布団の中へ。布団の中に入っても寝付くことは出来ない。長袖のトレーナーを着込み毛布と布団を被っていると、8人の人息れで部屋の中は真夏状態となる。トレーナーを脱ぎ、毛布は足元に追いやり、布団をかかえたり被ったり剥がしたり、暑さと寒さが交互にやってくる。いつしかウトウトと寝入り、目が覚めた時は12時、雨粒の音を聞きながらウトウトを繰り返し、5時に起床。
雨は止んでいるが雲が立ち込めご来光は無し。5時半からの朝食を済ませ、6時にサブザックを背負って山荘を出発。丸山への段差の大きい大石の登りは、朝一番の登り始めにはきつく、胃の中で朝飯が揺れている。重いザックではなく、水と雨具だけが入ったサブザックなので、全く重さを感じないだけまだマシだ。すでに森林限界を過ぎ、比較的背の高いハイマツの中に切り開かれた道を登りきり、ケルンの前で記念写真。緩やかになった道で息を整え快適に歩く。所々に展望用の小広場があり、そこからはうっすらとガスに覆われた明神岳から続く前穂が見え、見下ろせば梓川が蛇行し、帝国ホテルの赤い屋根が緑の森の中でひときわ目立っている。やがて小石が積み重なった歩きにくい斜面となり、勾配も増してくる。右手に霞沢岳を眺めながら登り、振り向くとゴツゴツした岩肌の焼岳が姿を見せ、その向こうに乗鞍岳が雲の上から頭を出し、さらにその向こうには御嶽山も浮いている。左手には錫杖岳から笠ヶ岳、そして弓折岳へと山並みがつづいている。天気予報では曇りのち雨であるが、西穂頂上からの展望が期待される。小石が積み重なった斜面を登るとハイマツの背も低くなってきて、小石は岩にかわり、独標も見えるようになる。独標の頂上には大勢の人がいるのも判る。岩山の斜面を回り込んで、○☓↑印しがペイントされた大岩の積み重なった急な稜線を慎重に下り、独標との鞍部に降り立つ。手袋をはめ、本日最初の鎖場に取り付き、7時10分、独標の頂上(2701m)に至る。独標の先にはいくつものピークが連なり、一番向こうにひときわ高く奥穂の岩峰が構えている。奥穂につづくピークの一つが西穂なのだろうが、どれが目指す西穂なのかは定かでない。ピラミッドの形をしたピークがピラミッドピークなのだろう、てっぺんには人のシルエットが小さく見える。独標は多くの人で溢れそうで、ゆっくり休む間もなくいよいよ西穂に向かって下りにかかる。どこに道があるのか分からないが、印を頼りにハイマツの中に入ると急な崖となり、一瞬足が止まる。気を取り直して数歩下ると、ちゃんと足を掛けることの出来るしっかりした岩が要所要所にある事が判り、余裕を持って前向きで下ることが出来る。案内本には、独標を降りる事が出来れば大丈夫というような事が書かれてあったような記憶があり、これから先の行程に自身が湧いてくる。幾つかの小さなピークを三点支持で越え、大岩が積み重なったピラミッドピークに這い上がる。西穂が眼前に聳え、その頂上に人の姿を識別することも出来る。 もうひと頑張りだ。鎖が掛けられているが、それに身を預けて登るほどのものでもない。ピークを越えたり大岩を回り込んだり、いよいよ西穂の登りにさしかかる。岩が砕けて砂利状になり、滑らないようにと気を付けながら登っていくと、大きな一枚板のような岩が立ちはだかる。勾配はそれほど急ではないが、掴む岩が無く、足を掛ける岩も無い。小さな凹みにつま先を引っ掛け、ルートを探しながら登る。降りてくる人達は一様にお尻をついて、足先でひっかかる場所を探しながら、時には滑りながら悪戦苦闘している。これを登りきって西穂高岳頂上(2909m)に到着。まだ8時30分、まだ仕事も始まっていない時刻である。山荘から2時間半の行程で、参考タイムの3時間より大幅に速い。いつもは参考タイムより遅れているのでわたしの登る速度は平均より遅めと卑下していたが、そうでも無いと自信を深めた。頂上から見える北アルプスの岩稜は感動的である。目の前に奥穂高岳が立ちはだかり、それに向かう稜線上に間ノ岳、ジャンダルムのピークが聳えている。積み重なった岩板の層が垂直に並び、この山の隆起の成り立ちを物語っている。稜線の右側ではガスが湧き上がり、左側は雲にすっぽりとおおわれ、雲より上にわたしは立っている。モコモコ、フワフワ、飛び込みたくなるような雲の絨緞である。正面の穂高連峰はあくまでくっきりと姿を見せ、奥穂から左へと北穂、南岳が連なり、その先に槍が天を突いている。穂高の峰々に心を洗われ、こんな景色は二度と見られまいと、神々しくさえある山々をしっかりと目に焼き付ける。槍から北穂にうっすらとガスが掛かり始めたのを機に下山開始。頂上直下の岩板をお尻を使って慎重に下り、幾つものピークを越え、ピラミッドピークも独標もじっくり楽しみながら越える。雨にも会わず、2時間ほどで西穂山荘に帰り着いた。デポしておいたザックにサブザックの中身を詰め込み、まだ昼食には早いのでさっさと出発。山荘からロープウエイまではゆっくり下り、随分長く感じたが実際は1時間程度のものであった。
立ち寄り湯で汗を流し、岐阜に着いた時は小雨が降っていた。
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