会津駒ヶ岳・大先輩の遭難慰霊碑を訪ねる
- GPS
- --:--
- 距離
- 12.3km
- 登り
- 1,271m
- 下り
- 1,259m
コースタイム
4:00起床
5:00車で登山口に移動開始
5:15登山口駐車場
5:25滝沢登山口
6:55水場
8:30会津駒の小屋8:50
9:08会津駒ヶ岳
9:45中門岳10:00
10:05会津駒の小屋11:30
13:40登山口
天候 | 晴れのち雨強し |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2013年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
コンビニは西那須野塩原ICから塩原方面に5分ほどいったところにセブンイレブンが2軒、その先40分ほど行った国道121号線に1件コンビニがありましたが、こちらは深夜も営業しているか不明。 村民グランドの駐車場に車を止めて車中泊しました。他に登山者らしき車はなし。 ここの無料駐車場は登山での利用可能だそうです。トイレもあります。 朝方に登山口まで車で移動しました。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
残雪は駒の小屋手前からあり。ただ、当日午後から大雨だったので、今はかなり融けていると思われます。 小屋から山頂〜中門岳間はほとんど雪道です。 下山後の温泉は、桧枝岐温泉駒の湯へ。大人500円也 http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/spa/hinoematakoma/hinoematakoma.htm 帰りに蕎麦を食べて帰京しました。 六代目まる家http://www.naf.co.jp/maruyashinkan/sobamaruya.stm 国道を御池方面に向かって登山口から2〜3分ほどです。 車中泊の場所の情報はpippiさんの記録を参考にさせてもらいました。 http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-313643.htm |
写真
感想
以前から行きたいと考えていた会津駒ヶ岳に行ってきました。
会津駒ヶ岳については、高校時代ワンゲル部の顧問の先生から「むかし会津駒ヶ岳で、学院生の遭難があった」という話を聞いて、なんとなく「いつか行ってみたい」と思っていましたが、やっとこの機会に訪れることができました。
都内を20時前に出発しましたが、みなさんの記録にもあるとおり、東北道・西那須野塩原ICを降りてからがとにかく長く、暗い山道を延々と運転しなければならず、かなり大変でした。インター降りてから2時間弱の山道です。
高速を降りて5分くらい走るとセブンイレブンがあるので、ここで食糧を調達。ちなみにコンビニはこの先40分くらい走った国道121号線沿いにもヤマザキストアがありました。通ったのは22時半くらいでしたが、24時間営業しているかは不明です。
あらかじめ調べておいた村民グランドの駐車場には12時ちょっと前に到着。
ここはトイレもあるし、登山口まで車で10分くらいと便利な場所。ちなみに車は自分の1台のみ。意外と少なくて驚く。
翌朝は4時起床、前夜にコンビニで買った朝食を食べて、5時頃出発、10分くらいで登山口に到着。
ここで改めて出発の準備をして5時30分前に出発。
最初はしばらく樹林帯の登り。まだ5時台なのにかなり蒸し暑い。もう夏山なんだなとしみじみ。
50分に一度の割合で休憩しながら登ったので、途中の中間点にある水場はそのまま通過。
2時間ほど歩くと、ようやく残雪が表れてくる。雪はゆるくて、アイゼンなしでも問題なく登れる。残雪が表れると、右前方に下ノ沢を挟んで山頂が見え隠れするようになる。
緑の山肌に残雪をまとった姿が非常にきれい。残雪になったり、ときおり木道が表れたり、雪に埋もれた中にわずかに池塘が顔を出していたりと、変化があって楽しい。
3本目で駒の小屋に到着、ここで20分くらい休憩。この手前に雪の大斜面があり、そこの登りが爽快でした。
駒の小屋から山頂手前までは快適な雪の稜線歩きで最後5分ほど木道の階段を上がると山頂に到着。着いたときは2名ほどいましたが、しばらくすると誰もいなくなり、しばしの間山頂を独占。
遠くは少し霞んで雲が出ているものの、燧ケ岳の端正な双耳峰がくっきりときれい。さらに遠くには平ヶ岳も。ただこちらはほんのわずかしか見えませんでした。
さて、10分ほど山頂に滞在して、この後は中門岳までの稜線を散歩。
中門岳まで行く登山者は少ないようで、この部分の往復で3パーティーしか会いませんでした。
中門岳付近は特に池塘が美しく、行って損はなかったです。越後駒ヶ岳の大きな山容もすばらしかったし、遠くに見えた会津朝日岳もゆるやかそうな山頂が魅力的。
会津や越後の山々は、やはり魅力的ですね。最近この山域が好きになってきました。
中門岳からの帰りは山頂は通らず巻き道へ。この巻き道、意外に木道が滑って2度ほど転倒してしまった。この辺りからじょじょに遠くの空の雲行きが怪しくなってくる。
小屋についての昼食は天気が怪しかったので軽く済ませ、12時前に下山開始。けれど歩き始めて1時間ほどで強い雨へと天候は急変。
しばらくすると登山道が沢になるくらいの豪雨になってしまいました。
帰りは休憩無しでひたすら歩き続けたので、写真を撮る暇もありませんでした。
久しぶりに本格的な雨に遭遇。縦走だったら、100%停滞を選ぶくらいの大雨でした。
さて、冒頭でも触れたとおり、今回会津駒ヶ岳を選んだのは、高校のずっと上の同窓生がこの会津駒ヶ岳で遭難死して、慰霊碑が建っているという話を聞いたから。行きのときには見落としていましたが、下山時にやっと見つけることができました。国道沿いの、意外と分かりやすい場所に建っていました。
深田久弥の『日本百名山』の「会津駒ヶ岳」の頁でも、この遭難について触れられています。
「橋のたもとに、早稲田高等学院の生徒二人の遭難碑が、高田早苗学長の筆跡で立っていた。それは大正十五年(一九二六年)十月十九日の出来事で、一行三人は霧に巻かれて道を失った上に、季節はずれの新雪に見舞われ、そのうちの二君が疲労凍死したのであった。(中略)
顔に傷を作って檜枝岐へ着いた時はもう薄暗くなっていた。親切な宿の主人は『上ノ沢でよかった。下ノ沢だったら絶対下れません。早高生の遭難は下ノ沢で、屍体をわざわざ尾根まで運びあげてからおろしたのです』と言った。」
事故があったのが1926年、自分が新制の54期卒でしたから、かれこれ自分の卒業した77年前という計算になります。
10月の会津ですと、もう年によっては雪が降るようですね。登山道の右手に見えた下ノ沢は急峻で、地形図を見ると崖や滝が点在していて、確かに「絶対下れません」というのも納得。
山頂からの尾根はなだらかなので、確かにガスが濃かったらルートを見失いやすかったです。ガスで道に迷った上に雪が降り始めて、焦って下ノ沢方面に沢筋を下ってしまい、進退窮まって疲労凍死に至ってしまったのかもしれません。
深田久弥も会津駒ヶ岳からの下山時に道に迷って、沢筋を強引に下って大変な目に遭ったという話が出てきます。「下ノ沢だったら助からなかった」という話が出てくるということは、相当険しい谷なのでしょう。
碑文には
「大正十五年十月十八日 第一早稲田高等学院在学中 於駒ヶ岳遭難 檜枝岐村民ノ真摯ナル努力モ空シク遂ニ永眠ス
昭和三年十月十八日当三周忌友人一同建之」
とありました。碑文にわざわざ村民の救助活動のことが書かれていたことからも、遭難事故に村が総出で尽したことが想像できます。
石碑は当時の大学のほうの総長だった高田早苗が揮毫していました。
当時はかなり衝撃的な出来事だっただろうことが想像できます。
やっと見つけた石碑を前に、ゆっくりと手を合わせてながら、山で斃れた同窓の先輩の冥福を静かに祈り、帰京の途につきました。
いろいろと感慨深い山行でした。
会津駒ケ岳は未踏ですが、たくさんのレコで駒の小屋を拝見していつかは訪れたい小屋となりました。
次の雪のシーズンにと思っていましたがグリーンシーズンも素敵ですね!
それにしてもレコを拝見して驚きました。
なんとhibaはwadachiさんの先輩にあたるようで
ワンゲル部ではありませんでしたが。。
静かな山行、先達に学ぶことは多いですね。
素敵なレコありがとうございました。
wadachiさん、こんにちは。初めましてですね
このたびは、私の拙いレコを見て下さいまして有難うございます。
wadachiさんのレコは的確に書かれているので、初めての方でも分かりやすいですね。
先程改めて自分のを読んだのですが、物凄く分かりにくくて(^^;)
解読出来たwadachiさん、凄いです
中門岳の碑も木道もだいぶ現れてきたようで、融雪の早さに驚かされました。
これからは緑の中に延びる木道、点在する池塘。
雰囲気が良さそうなので、再訪したいと思っております。
石碑に無事に手を合わせることが出来て良かったです。
wadachiさんが訪れたこと、喜んでいるのではないかと思います
kamehibaさん
コメントありがとうございます。先輩だったんですね!
当日すれ違ったのは団体さん含めて30人くらいでしょうか。他の有名な山に比べて少なかったので、静かな山歩きを楽しめました。
pippiさん
車で山にいくごとに毎回悩むのは車中泊の場所なので、情報ありがたかったです。
あれだけたくさんあった雪も今月末には全て融けてしまうなんて想像できないくらい、雪が多かったですね。
今度は秋にでも小屋泊で行ってみたいです。
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